第一〇一六話、基地航空艦隊の後退。されど我らは止まらず
日本海軍の四つの基地航空艦隊は、第四次攻撃隊の準備中に奇襲を受けた。内地、軍令部でその知らせを受けた小沢 治三郎中将は渋面を作った。
「間に合わなかったか……」
戦術偵察隊による敵情報告。その中で後方警戒部隊を失いつつも、その守りを特に固めなかった二千艦隊。その配置を聞かされた第一遊撃部隊の神明 龍造少将は小沢に指摘した。
『この配置、罠くさいです』
あの転移戦術の第一人者は、敵が遮蔽対策を怠るとは思えないと断言し、こう告げた。
『ただちに位置を変えた方がいい……敵は海氷飛行場の位置を突き止めていると見るべきです』
異世界帝国軍二千艦隊は、こちらの基地航空艦隊などすでに存在していないかのように振る舞っていると神明は言った。
それはつまり、基地航空艦隊に対して何らかの手を打った可能性が高いということ。
『だが、こちらの基地航空隊も敵に見つかった兆候はないだろう?』
小沢が言えば、神明は事務的に答えた。
『敵は遮蔽対策をしていますが、我が軍には遮蔽対策装備がまだありません。敵の遮蔽偵察機が基地航空艦隊の出所を探して飛び回っているはずです』
だが、こちらはそれを探知できない。
『そして敵はおそらくこちらの海氷飛行場を探り出した。二千艦隊がやられた後方警戒部隊の穴を埋めないのは、つまり対策したと言うことです』
この時点で、もう敵が動いているのであれば、先に攻撃を受けるのは日本軍の航空艦隊のほうだ。
『だから位置を変えて、敵の攻撃を空振りさせる必要があります。こちらが連合艦隊と基地航空艦隊で共闘するためにも』
神明の警告を受けて、第一、第二、第五、第十一航空艦隊に軍令部から直接伝令を転移室経由で走らせたのだが……。
結果は、敵の先制を許してしまった。伝令を送った直後ということはタッチの差でやられたのだ。小沢が歯噛みするのも無理もない。
「さて、神明。これからの手だが――」
九頭島から転移室を通って軍令部にきた神明に、小沢は地図に目を落としながら言う。
「頼みの航空艦隊は出鼻を挫かれた。転移退避して、どれだけ戦力として使えるか不透明だから、当面これについては除外するとして……貴様の第一遊撃部隊は」
小沢が合図すると、同席している富岡 定俊軍令部第一部長が地図上の敵主力――二千艦隊の後方に友軍の駒を置いた。
「後方から襲撃をかけて、敵を混乱に陥れる」
「……」
「何か意見があるか?」
「お言葉ですが、その位置は罠です」
神明は、富岡の置いた駒のさらに後ろを指でなぞった。
「おそらくこの辺りに、敵艦隊が潜んでいます」
「敵だと? 馬鹿な――」
「どういうことかな、神明少将」
富岡が尋ねると、神明は首を振った。
「どうもこうもこの辺りに遮蔽で隠れた艦隊がいる。証拠は、敵が遮蔽対策艦をこちらに再配置しなかったからだ。それを配置したら隠れている友軍の姿が丸見えになってしまう」
そもそも、日本軍の奇襲攻撃隊を警戒しているはずの異世界帝国が、担当警戒艦が失われたところを補充しないのがおかしい。
「だが、そこは警戒部隊がやられるまでは、遮蔽対策艦がいた。敵が遮蔽を使っていたらなら、そこでその隠れている部隊はとっくに発見されているのではないか?」
「そう、明らかに矛盾しているが、我々は敵がそれらしい場所で紫に発光する装置を見たら、無条件で遮蔽は無効にされると思い込んでいないだろうか?」
「フェイクだったというのか? まさか」
驚く富岡に、神明は続けた。
「もちろん推測の域を出ないが、敵が遮蔽対策艦を再配置しない理由がどうしても思いつけなかった。連合艦隊と決戦しているから配置し忘れているというほど、間抜けでもあるまい。……こちらを後方に引き寄せたところを、さらに後方に隠れていた部隊で挟撃するための作戦ではないか」
「なるほど、こちらを誘い出すための罠、か……」
小沢は眉間にしわを寄せた。
「しかしそうなると、どこから叩く?」
「後ろの艦隊を襲撃する、という手もあります」
神明は小沢を見た。
「確か、通商破壊任務に就いている潜水艦も根こそぎ招集をかけていましたよね?」
「うむ。第六艦隊だけでは押さえきれないようだからな。水上艦の数で負けているのに、ここで潜水艦と合わせてこられては、万が一にも勝ち目が薄くなる。……潜水艦を使うのか?」
「機雷敷設型の潜水艦を集められるだけ集めて、二千艦隊の後方に機雷をばらまきます。遮蔽を使っている際は、防御障壁は潜伏露見を防ぐために使われていませんから、機雷原に突っ込めばダメージを与えられます」
そこでシールドを使えば、遮蔽から姿を現すことになる。
「待ち伏せしている敵を逆に痛打し、そのまま二千艦隊後方も脅かせば、敵の注意や戦力を分散させられるかもしれません」
「しかし神明少将」
富岡は考え込む。
「遮蔽に隠れている敵艦隊、というのは君の推測で証拠はない。もしいなければ、敷設した機雷が無駄になるのではないか?」
「その時は、転移ゲートで二千艦隊の中央に機雷原を移してやれば、敵駆逐艦の足を止められる」
まったく無駄にならない――神明の言葉に、聞いていた小沢は口元を緩めた。
「よし、神明。やってみせろ。基地航空艦隊が戦力にならん今、少しでも手が欲しいからな」
・ ・ ・
第一遊撃部隊は弾薬補給もそこそこに出撃の準備にかかった。
さらに小沢が集め、補給を終えていた潜水艦群のうち、機雷敷設型の潜水艦が第一遊撃部隊に合流した。なおそれ以外の潜水艦は直接戦場へ移動し、第六艦隊に加わって敵潜水艦隊と交戦している。
「……しかし、伊121型潜水艦って、まだ動いていたんですな」
戦艦『蝦夷』艦長の阿久津 英正大佐は、合流した潜水艦戦隊を見やり、そう言った。
「かなりのロートル潜水艦ですよね?」
「海軍唯一の機雷潜型だからな」
神明は頷いた。第一次世界大戦型のドイツ潜水艦U125をほぼコピーして作られたのが伊21型(1938年に伊121型に改名)である。
「魔技研が、使えるフネはすべて再生処理で新品化させた。ちまちま敷設活動には活躍していた」
伊121型以外にも機雷敷設型の潜水艦が集結する。異世界帝国に利用されたものを撃沈、再回収して手を加えたものが。伊121型4隻のほか12隻、計16隻。
これに加えて、第一遊撃部隊所属の潜水艦にも誘導機雷コンテナを外付けして出撃させる。
「これで一枚」
神明は視線を転じる。
「そしてあれで二枚」
それは二千艦隊との夜戦で用いた巨大氷壁――突撃海氷艦と、もう一つ巨大構造物があった。
氷山空母――ゲラーンの置き土産が。