第一〇一四話、必殺の電龍
3隻の装甲艦は、砲弾渦巻く最前線へと突っ込んだ。
低空を飛行する巨大物体はしかし、飛来する砲弾に当たることもなく前衛無人艦隊の間をすり抜けると、異世界帝国二千艦隊の隊列へ飛び込む。
艦首の30.5センチ三連光弾砲で、シールド関係なく敵前衛のプラクス級重巡洋艦に嫌がらせをしつつ――速度差があり過ぎて、当てるのが難しいというのもあるが、運がよいと敵重巡に命中弾を与えられた。
プロートン級、オリクトⅢといった異世界帝国戦艦が、正面の日本艦隊に砲撃を続けつつ、高角砲などで大雷型装甲艦への迎撃を行う。しかし空中を高速で移動し、装甲に守られた大雷型には致命打を与えるのは困難だった。
かといって当たれば大破に追いやれる主砲は、空中艦にまったく追従できない。
三方に分かれた装甲艦は、異世界帝国戦艦群の後方へと抜けた。そこで反転、着水すると、魔法陣型転移ゲートを展開した。
・ ・ ・
「ゲートだと……!」
二千艦隊司令長官、ソフィーア・イリクリニス元帥は、旗艦『キーリア・ノウェム』にいてその光を観測した。
魔法陣ゲートを用いて友軍艦隊を連れ去る戦法――日本軍の策が、イリクリニスの脳裏をよぎった。
オルドー参謀長は言った。
「こちらの艦隊は魔防シールドを展開しております。勝手なゲート転移など無効です」
「そうだ。通用しない」
イリクリニスは、ちらと参謀長へと頭を動かした。
「まさか魔防シールドを切ったままの愚か者はいないよな……?」
「だと思いたいですが……。こちらからの転移の指示なくばシールドは張るように指示してありますから」
それでも飛ばされた場合は、その艦の艦長のミスであろう。
間違って転移される味方艦はいないか確認作業を進めるが、そのような間抜けはいないことに一同安堵した。
だがそれも当然のことであった。何せゲートは飛ばすのではなく、送りつけてきたのだから。そしてイリクリニスもそれに気づいた。
「待て、敵が転移で突撃してきたのではないのか?」
「もしそうであれば、近くの艦から通報が入るのでは――」
オルドーが言いかけた時、それは舞い込んだ。
『ゲートより大型魚雷らしきものが転移! 戦艦群へ向かっています!』
「魚雷!?」
「そんなものをゲートで送ってきたと!?」
参謀たちがどよめく中、オルドーは失笑した。
「虚をつかれましたが、しょせんは魚雷。シールドで防御できましょう」
「本当にそうか?」
ギロリ、とイリクリニスは参謀長を睨んだ。
「敵はシールドをすり抜ける武器を持っている。我が軍にもシールドを貫通する魚雷がある。どうして敵に同様の武器がないと断言できる?」
若き美人司令長官は、その長い銀髪に指を絡ませる。
「わざわざあの魚雷を出すために空中軍艦を突っ込ませてきた敵だ。……ただの魚雷でない」
イリクリニスの読みは正しかった。
大型魚雷――特殊潜航艇『電龍』は、たちまち目標を捕捉すると、前進を開始しつつ腹に抱えた53センチ誘導魚雷を発射した。
砲撃戦に集中していたプロートン級やオリクトⅢ級、ディアドゴス級といった戦艦群は、至近に現れた小型の潜航艇を脅威として見なかった。
防御シールドを展開すれば事足りる――オルドー参謀長と同じことを考えた結果、手痛いしっぺ返しを喰らうのである。
その魚雷は、ムンドゥス帝国の沈没艦艇から鹵獲したシールド貫通魚雷だったのだ。シールドをこじ開けるように通過した魚雷は、戦艦に命中すると特殊エネルギーを発生させ、爆発しつつその艦体をざっくりと削った。巨大な何かに噛み千切られ、大量の浸水が発生。それはあっという間に巨艦を大傾斜させ、揚弾機をストップさせて主砲の砲撃能力を喪失させた。
複数の魚雷を受けた戦艦は、隔壁による浸水阻止もできず転覆、あるいは沈没する。
ムンドゥス帝国が開発した新魚雷は、その脅威的な破壊力を遺憾なく発揮した。敵に対してではなく、自軍が身を以て体験することになるとは思っていなかっただろうが。
・ ・ ・
電龍隊攻撃開始の報告は、連合艦隊旗艦『敷島』にも届いた。二千艦隊上空で睨みをきかせている戦術偵察隊のアステールが観測した結果である。
「電龍隊、第二撃を開始!」
小型潜水艇『電龍』は最高速度まで加速しつつ、残存する敵戦艦へ突撃を開始する。
『大型魚雷』と見紛う姿をした電龍の真骨頂――自動コアによる誘導、体当たりである。
軍令部第二部――当時の部長、黒島 亀人少将が進めた無人兵器による体当たり攻撃――電龍もまた、その一つである。
無人機の体当たり、小型潜水艦の活用などを考えていた黒島である。それら両者が結びついた特殊潜航艇に対してもノータッチのはずがなかった。
異世界帝国から鹵獲し、大量に在庫があったシールド貫通魚雷を流用し、一本の魚雷命中でも敵に大打撃を与えられる兵器として、乙標的『電龍』は作られた。
搭載魚雷を使用後、電龍は自身もまた大型魚雷として敵艦に突撃した。こちらもシールド貫通魚雷を利用した特殊エネルギー弾頭魚雷である。直撃されたプロートン級やディアドゴス級のような大型戦艦でさえ一撃で艦体をもぎ取られ、航行不能もしくは戦闘不能に陥った。
これらの突入の結果、二千艦隊は42隻の戦艦が落伍、ないし戦闘に支障が出る大損害を受けて、そのうちの20隻が海に沈んだ。
異世界帝国側の虚を衝き、護衛艦艇が比較的手薄になったところへの奇襲は、評価できる分の戦果をあげた。欲をいえば60隻の戦艦を撃沈破したかったところだが、贅沢は言えない。
「これだけの戦果だと、もう一、二回は仕掛けたいところですが」
高田 利種首席参謀が本音を言う。古賀 峯一連合艦隊司令長官は首を振る。
「敵もたかが魚雷と侮ったが故の戦果だっただろう。次はおそらくここまで上手くいくまい」
敵も攻撃を受けないよう事前迎撃を徹底し、回避しようと務めるに違いない。一度目の奇襲だからこそ、ここまで上手くいったというべきだ。
「まあ、少なくともこの戦いで二度目はないが」
電龍は全て投入した。それ自体が巨大な魚雷であり、生還、再補給して出撃という兵器ではない。一度出撃すれば帰ってはこないのだ。
だがこの攻撃で敵二千艦隊の戦艦戦力は、確実に消耗している。