第一〇一三話、物量の差
日本艦隊と二千艦隊、双方の前衛が激しい砲撃戦を繰り広げる。
異世界帝国艦隊は、プロートン級大型戦艦、オリクトⅢ級戦艦を前へと前進させる。横列を組んで整然と大群が動く様は、さながら軍事パレードのようだった。力強く、行進を阻むものなどないとばかりに。
対する日本艦隊の前衛は無人戦艦群。だが圧倒的な二千艦隊戦艦群の砲撃の前に、被弾、爆沈していく艦が相次ぐ。
恐るべきは、主力を務めるプロートン級戦艦の18インチ砲。日本海軍の無人戦艦は、かつての異世界帝国のオリクト級が多く、その砲は16インチ砲である。正面からの砲撃戦でどちらが優勢なのかは火を見るより明らかだった。
だが日本艦隊は正面から迎え撃つ。数の差、攻撃力の差は無情。だがそれでも第三艦隊旗艦に制御される無人戦艦は、敵戦艦への砲撃を繰り返す。
集中砲火を受けた敵戦艦がシールドを失い、立て続けに砲撃を受けて大破、隊列から落伍する。一方で、単純な威力によって障壁を剥がされた無人戦艦が、砲塔、弾薬庫への直撃を受けて轟沈する。撃沈レートは露骨な差を生んだ。
後衛である連合艦隊主力も前へ出つつあるが、戦場全体に対して双方の数が多いため、中々戦闘に加われない。
――だがそれでいい。
連合艦隊司令長官、古賀 峯一大将は、旗艦『敷島』にいて、前衛の無人艦隊が劣勢である様を見やる。
――敵の18インチ砲弾を少しでも消耗させろ。
第一艦隊、その切り札たる播磨型戦艦12隻が本格参戦する時までに、どこまで敵を消耗させられるか。必殺の51センチ砲弾が、数の差を覆すためにも。
「両翼より敵駆逐艦群が前進。無人艦隊ならびに連合艦隊を左右から挟撃する動きの模様」
二千艦隊に動きがあった。正面から堂々たる進撃だけでは進撃ペースが遅いと見たか、快速の高速艦艇を左右から突撃させてきたのだ。
「右翼、左翼双方、駆逐艦100隻以上! 前衛無人艦隊の水雷戦隊が迎撃を開始!」
飛び込む報告。古賀は、草鹿 龍之介連合艦隊参謀長を見た。
「前衛艦隊の無人駆逐艦だけでは足りないか」
「はい、こちらも一水戦、三水戦を出しましょう。第二艦隊からも残っている水雷戦隊があります。こちらの艦隊直掩は、機動部隊の駆逐艦を分派してもらいます」
「よろしい。やりたまえ」
古賀は静かに命じた。
砲撃戦の最中、前衛無人艦隊から無人駆逐艦が増速。数隻単位の単縦陣を形成して、それぞれ左右から迫る異世界帝国駆逐艦を迎え撃つ。
12.7センチ両用砲を撃ち込みながら突進する無人駆逐艦を、異世界帝国のカリュオン級駆逐艦が13センチ単装両用砲や8センチ光弾砲で反撃する。艦隊側面から切り込もうとする異世界帝国水雷戦隊に対して、無人駆逐艦も果敢に突っ込む。
ノーガードの殴り合いだった。日本側駆逐艦は魚雷を発射し、艦列を組んだまま進む異世界帝国艦に送り込む。海面下はたちまち魚雷が行き交い、直撃した駆逐艦を紙切れのように引き裂き、分断した。
戦いは互角に見えたが、それはつまり数に勝るほうがジリジリと押し出すということだ。
大破、炎上し障害物と化す駆逐艦の残骸を避けて、なお突撃する異世界帝国水雷戦隊。
だがそこに連合艦隊の精鋭水雷戦隊が、戦艦群への接近は許さないとばかりに突き進む。カピターニ・ロマーニ級改装の妙風型駆逐艦8隻が39ノットの快速で現れると長砲身12.7センチ連装両用砲八門を動員して、敵駆逐艦を破壊していく。
第一水雷戦隊、第三水雷戦隊が奮戦し、駆逐艦の第一陣は抑えられるかに見えた。だが――
「敵軽巡洋艦50、駆逐艦50が両翼よりさらに接近! 第二波!」
水雷戦隊のガードを突破するために、二千艦隊は巡洋艦部隊を投入してきた。だがそれならばと、第三艦隊旗艦『八咫鏡』は、ル型巡洋艦を投入する。五つの無人艦隊前衛に各40隻配備されているル型――ルベル・クルーザー改は、すでに半数が戦艦群の砲撃戦と敵プラクス級重巡洋艦に対応し、相応の被害が出てきた。
しかしまだ半数が直掩に残っていた。これらが砲撃をしながら前に出るが――
「敵水雷戦隊、一斉に魚雷を発射の模様!」
艦隊が密集し、巨大であればあるほど隙間なく放たれた魚雷は回避が難しく、どれかが敵艦に当たる。
これに対してル型巡洋艦群は防御障壁を展開して、魚雷を受け止める。通常の魚雷であれば、それで艦隊中央を守れるのだが、障壁に突き刺さった魚雷はなお突進して防御を破ると、ル型の艦体に当たり爆発、食い破った。
敵はシールド貫通魚雷を使ってきたのだ。
日本側は一式障壁弾による対魚雷防御を展開する。敵貫通魚雷は一回は障壁を抜けるが、次に衝突すると信管が作動して爆発してしまうため、障壁弾を当てることは有効だった。
だが運の悪い艦はいるもので、貫通魚雷が直撃し、大破沈没するル型も少なくなかった。だが無人艦の壁は、連合艦隊主力への魚雷被害をほぼゼロに抑えた。
戦況を見守っていた古賀は振り返った。
「敵の護衛艦艇もだいぶ前に出てきている。いよいよ、仕掛けどころだと思うがどうか?」
「はい。頃合いと考えます」
高田 利種首席参謀が頷いた。草鹿をはじめ、参謀たちも右に同じであった。
「では、装甲艦ならびに水上機母艦――いや、甲標的母艦に命令。甲雷撃作戦、発動!」
古賀の指示は、ただちに連合艦隊直卒部隊に伝わった。
装甲艦4隻のうち『柝雷』『若雷』『土雷』の3隻が海上から浮遊すると、超低空飛行で敵艦隊へと飛んでいく。
エ1式機関搭載の大雷型装甲艦は、空中砲艦のように水上艦艇を置いてけぼりにする高速力を発揮した。
一方、連合艦隊直卒として随伴していた水上機母艦『千歳』『千代田』『日進』は、その艦尾を開き、小型潜水艇をスロープを辿って海面に放つ。
アメリカを仮想敵として軍備を整えていた日本海軍は、甲標的と呼ばれる小型潜水艇を活用する戦術を研究していた。対米戦力比率を埋めるために考えられたものの一つである。
外洋には向かない小型潜水艇を決戦の場で使う。海軍軍縮条約で戦力を抑えられた日本が、数に勝る敵を打ち破るためにあらゆるものを使おうとした現れでもある。
そしてこの航続距離も短い小型潜水艇を運ぶための母艦が設計、建造された。それが水上機母艦の千歳型、その準姉妹艦である『日進』である。平時においては水上機母艦として活動し、いざ戦争となれば秘密兵器『甲標的』の運用母艦になる。
もっとも、これは異世界帝国との戦争となり、ほとんど出番のないまま1945年にまできてしまったわけだが……。
そんな一度は忘れ去られた甲標的であるが、軍令部第二部は、研究していた小型潜水艇を活用すべく、甲標的を再び表舞台に引っ張り出した。……ただし、純粋な甲標的とはもはや異なる代物であったが。
新型特殊潜航艇、その名も乙標的『電龍』。甲標的の原点である誘導兵器という視点に立ち帰って作られたそれは、出撃すれば帰ってこない兵器である。
これら乙標的は、3隻の甲標的母艦から出撃すると、装甲艦『鳴雷』の周りに整列する。
新兵器、乙標的『電龍』は突撃の時を待っている。