第一〇〇八話、乱戦艦隊
「まったく、よくやってくれる……」
二千艦隊司令長官、ソフィーア・イリクリニス元帥は、うざったそうにその長い銀髪をかきあげた。
日本軍の航空隊による転移攻撃。遮蔽によって姿を消しての奇襲は対遮蔽解除装置によって事実上、無効のはずだった。
だが地球人は転移で懐に飛び込ませることで、ほぼ遮蔽奇襲と同じことをやってみせた。
「何とも酷いものだ」
イリクリニスが呟けば、参謀長であるオルドー中将は姿勢を崩すことなく言った。
「このような混戦は私も経験がありません。航空管制士官も上手く直掩機を誘導できなかったのではないでしょうか」
まさにその通りでレーダーの表示は敵味方入り乱れ、現れたり消えたりする反応で完全にお手上げ状態。クリアボードが仕事をせず、航空管制など不可能であった。
パゴヴノン級大型双胴空母、リトス級大型空母が集中的に叩かれ、特に第四次攻撃隊を発艦させようとしていた第四空母群が瞬く間に撃滅された。
「そして攻撃が落ち着いたと思ったら、間髪を入れず第三次攻撃隊を送りつけてきた」
双発爆撃機や四発重爆を低高度で侵入させるという正気を疑う方法で。不意打ちから立ち直り、猛烈な対空砲火で反撃。かなりの敵機を撃墜したものの、今度は比較的手つかずの中型空母群が大打撃を受けた。
「集計は終わっていないのだろう?」
「はっ。健在な双胴空母、大型空母ともに六分の一。中型空母はおよそ八分の一まで減少したものと推定されます」
「酷いな」
イリクリニスは繰り返した。
そこへ新たな急報が二千艦隊司令部に飛び込んできた。日本艦隊が転移で二千艦隊内に突撃してきたのだ。
「日本軍は艦隊突撃を仕掛けてくる軍隊です」
オルドーが言えば、イリクリニスは表情を険しくさせる。
「だからこうなることもわかっていた、と? ……ふん、皇帝陛下はきっと喜んで観戦なさっているだろう」
それでこそ、地球世界にきた甲斐があったというものだ、と。
「閣下、全艦隊にご指示を」
「目の前に見える敵艦を攻撃せよ――以上!」
イリクリニスはシンプル過ぎる命令を発した。オルドーは眉をひそめる。
「それだけですか?」
「艦隊内に踏み込まれているのだ。細かな指示など出している余裕もないし、統一した艦隊運動など不可能だ」
すでに先の航空攻撃で隊列は崩れている。軍帽の端から参謀長を見上げるイリクリニスの表情は冷淡そのものだった。
「こちらは敵よりも数に勝っている。策を弄する必要はない。目の前の敵を倒す、それで充分」
『敵艦隊は、三個艦隊――』
二千艦隊に踏み込んだ日本艦隊の情報が司令部に上がってくる。戦艦30隻以上、巡洋艦20から50の三個艦隊。これらが乗り込んできたことで、艦隊の陣形はさらに乱れることになった。
・ ・ ・
突撃したのは第二艦隊――巡洋戦艦16隻、大型巡洋艦が16隻。重巡洋艦8、軽巡洋艦10、駆逐艦32と、無人戦艦第四、第五艦隊だった。無人戦艦はそれぞれ戦艦36、重巡洋艦16、ル型巡洋艦40、駆逐艦32であり、第二艦隊も含め、三方向からそれぞれ襲撃をかけた。
第二艦隊は黒金型大型巡洋艦――異世界帝国で唯一確認されたテュポース級大型巡洋艦の鹵獲改装艦――を先頭に、龍王型巡洋戦艦『龍王』『鷲羽』『大喰』『薬師』が続く。
大型巡洋艦が30.5センチ三連装砲を三基九門を活用して道を切り開けば、龍王型が46センチ砲を、その後ろに後続する天城型巡洋戦艦12隻が41センチ連装砲を振りかざす。
異世界帝国のオリクトⅢ級戦艦は強力な戦艦であるが、一万メートルを切るような砲戦ともなれば、多少の装甲などあってないようなものだった。
『龍王』『鷲羽』の46センチ連装砲の直撃を受けた敵戦艦が炎上して足を止める。その奥から新たなオリクトⅢ級が現れるが――
「左舷の残骸の向こうより、改メギストス級戦艦!」
見張り員の報告に、旗艦『龍王』の司令塔にいた伊藤 整一中将は視線をやった。艦長が改メギストス級――プロートン級戦艦に艦砲を向ける指示を出すのが聞こえる。第二艦隊参謀長である森下 信衛少将は言った。
「相手はこちらと同格の18インチ砲を持つ戦艦です。高速戦艦の本艦には少々荷が重いかもしれません」
「そうなのかね」
伊藤は落ち着き払った声で尋ねた。森下は苦笑する。
「いえ、前職で乗っていたフネが『大和』だったもので……。それと比べてしまうと、巡洋戦艦だけあってどうにも心もとないと感じまして」
龍王型――13号型巡洋戦艦は、かつての八八艦隊構想で設計されたものだ。異世界帝国が作り、それを奪って使っているというのは妙なものだが、それはさておき、13号型が設計された頃は、巡洋戦艦の脆弱性を払拭すべく、それなりに装甲が強化されていた。なので巡洋戦艦というより高速戦艦に近いものがあるが……。
「どうにも敵さんは、防御より攻撃を重視しているように見受けられます」
これまで何度も海戦を経験してきた森下は、二千艦隊が防御的思考を取らず、積極的に反撃していることが気になっていた。
近距離砲戦は経験しているが、そこでの敵は防御障壁を用いて、こちらの攻撃を防いで機を見て反撃するという行動を取るパターンが多かった。状況を考えれば、狙われた艦が防御し、僚艦が攻撃を担当することで被害を最小に抑えて戦うというのはアリである。
異世界帝国側が数が多いのだからそれが割とベターなのだが、二千艦隊はひたすら攻撃してくる。
「守りを捨てているような……。これは厄介かもしれません」
森下の危惧は当たっていた。
異世界帝国艦は遮二無二に攻撃を選択し、第二艦隊と無人艦隊第四、第五艦隊に応戦した。
しかし無人艦隊も負けてはいない。日本本土防衛戦での釧路沖海戦――無人艦隊を用いた近接砲撃戦の経験を得ていた日本軍は、損害を承知で果敢な攻撃を実行。
ル型巡洋艦40隻は、各個に散らばり手近な敵艦へ踏み込み、艦隊の航行間隔に割り込んで暴れ回った。
元が無人なので、被害が拡大しようと士気が下がることなく突進を続け、中には敵艦艇に体当たりして相打ちに持ち込んで沈める艦もあった。
標準型無人戦艦も41センチ、もしくは40.6センチ主砲を手近な大型艦に撃ち、ダメージ覚悟で距離を詰めた。それは自艦の装甲でも耐えられない一撃を受ける可能性を拡大させたが、無人艦に慈悲も躊躇いもない。
バイタルパートを貫通し、弾薬庫が吹き飛んで轟沈する戦艦が双方相次いだ。突撃した無人艦隊は全滅覚悟で暴れ回るよう制御されていた。
まるで帆船時代のような至近距離での戦いは、誤射も上等。流れ弾でやられる艦艇も少なくなかった。
だが戦いは、数に勝る二千艦隊が次第に優勢になりつつあった。