第一〇〇二話、肉迫敢闘
日本海軍の夜襲は、ムンドゥス帝国二千艦隊にダメージを与えていた。
だが帝国側も反撃する。空母の傍にいる戦艦。側面援護の巡洋艦、駆逐艦が遊撃部隊に砲撃を仕掛けてきた。
「駆逐艦『早雨』被弾の模様! 脱落しつつあり!」
「『早雨』に転移離脱を指示。ここで沈ませるな」
第一遊撃部隊司令官の神明 龍造少将は命令する。
正面の敵空母に『蝦夷』が51センチ砲弾を転移で送りつける。次の瞬間、火山が噴火したかのような大爆発が起きて、周囲を明るく照らした。
異世界帝国のメテオーラ級軽巡洋艦が単縦陣を形成し、その砲塔をすべてこちらに向けてきているのが見えた。
「そろそろ狩り場を変えよう。敵が集まってきた」
「了解です」
阿久津艦長が頷く。転移砲で戦っている艦は防御障壁を展開しているため、こちらが発砲している状態でもシールドが発動している。
転移砲を使用するメリットであり、事実『蝦夷』と『大和』は無数の敵弾を浴びせられても、なお無傷であった。
しかし巡洋艦以下の艦にとっては障壁の出力もあって、早雨のように効果が切れてしまっている艦が出てくる。
神明は海図台で、四式水上偵察機の投下した転移中継ブイの位置を確認。遊撃部隊各艦に移動する地点を連絡を入れさせる。
「全艦に転移地点の通達完了。いつでも転移できます!」
「よろしい。第一遊撃部隊各艦に転移を指示。本艦は最後だ。――艦長」
「了解です。砲術、右30度の敵戦艦に一番、二番を撃ち込め! そいつで打ち止めだ!」
水柱が乱立する中、距離を詰めてきたプロートン級大型戦艦。その45.7センチ砲が緩やかに旋回する中、『蝦夷』の51センチ連装砲がスムーズに指向する。
『照準よし!』
「撃て!」
刹那、突然目標としたプロートン級戦艦の艦首側の主砲が吹き飛ぶ。転移砲は直接照準だが、発砲と命中がほぼ同時だから認識していないと、相手が突然自爆したように見えてしまう。
「僚艦含め、転移完了! 残っているのは本艦だけです」
「転移」
短い命令。敵軽巡洋艦の放った15.2センチ砲弾が連続して防御障壁に触れた。10隻90発の半数が火花を散らし爆煙が広がるが、夜ということもあってさほどのものではなかった。
戦艦級の防御障壁の堅牢さは折り紙つきだが、あまり喰らいすぎるのもよくはない。これ以上削られる前に、戦艦『蝦夷』はその姿を消すのであった。
・ ・ ・
第三遊撃部隊は敵中深くへ切り込み、双胴空母7隻、大型空母8隻の撃沈破を記録した。
だが敵の反撃もまた激しく、味方艦の損害もまた大きくなっている。
旗艦である戦艦『山城』も敵弾の被弾で艦中央部が炎に包まれている。
「『扶桑』に魚雷命中! 最低二本! 速度低下しつつあり」
その時、激震が『山城』を襲う。艦長が叫ぶ。
「被害報告!」
『四番砲塔のバーベットに被弾! 火災はありませんが四番砲塔、旋回不能!』
副長からの報告。艦長が歯噛みするが、指揮官の西村 祥治中将の敢闘精神は尽きていなかった。
「まだだ! まだ光線砲を撃ち尽くしていない! 突撃を続行せよ!」
砲撃が届くならば、突き進むのみ。夜のうちに敵空母を1隻でも沈めることが、明日の決戦で連合艦隊を助けることになる。
たとえ差し違えても、敵空母を沈める。
「正面に敵戦艦! オリクト級二!」
「空母への射線を切ろうというのか!」
友軍空母を守ろうと壁のように立ち塞がる敵戦艦。その主砲は長砲身40.6センチ砲。扶桑型の攻防性能ではまともにやれば返り討ちにあう。
「前方、『春日』が急速潜航を開始!」
「艦長! 本艦も潜航! 『春日』に続け!」
西村は叫んだ。
特殊巡洋艦『春日』――イタリアから購入した日露戦争時代の装甲巡洋艦を魔技研が大改装したもの。潜水機能を与えられ、強力な光線砲を主砲に据えたフネ。
それが敵戦艦の壁を潜航で避けて突破しようとしているのだ。潜水機能があるのは、こちらの『山城』も同じだ。
闇に紛れ、水柱に囲まれながら『山城』は重力バラストを用いて急速潜航を行う。甲板で燃えていた炎も大量の海水であっという間にかき消され蒸気と化した。扶桑型の高い艦橋が沈むまでしばし時間がかかったが、水中に潜ることで敵戦艦の砲撃から逃れる。
マ式ソナーによって、付近の水上艦艇の位置把握がおこなわれ、慌ただしく動き回る艦によって海面はめまぐるしい。
『こちら水測。敵戦艦の下を通過! 『春日』、浮上をかけました』
「本艦も浮上する。重力バラストを調整。浮上ゆっくり――」
やがてまず艦橋から『山城』は海面に現れる。その眼前で、巡洋艦『春日』が敵艦の砲撃を食らって艦体中央が爆発した。
「『春日』がっ……!?」
横に滑るように逸れていく『春日』。しかし艦尾の光線砲が、リトス級の大型空母に向き光線を放った。障壁を一撃で破壊する光線は大型空母に吸い込まれるが、わずかな間を置いて砲弾が直撃した『春日』が大爆発を起こして真っ二つに折れた。
「『春日』……ありがとう」
西村は呟くと軍帽を被り直した。
「目標、前方の大型空母!」
「一番、二番! 撃ち方始め!」
浮上した『山城』の艦首二基の35.6センチ連装砲が火を噴いた。ほぼ必中の距離。逃げるリトス級大型空母の艦尾を砲弾が貫き、そして爆発した。
「取り舵! 三番、五番砲塔、右舷に指向! 敵空母にトドメを刺せっ!」
戦艦『山城』は左へ舵を切りつつ、中央、艦尾で動く砲を向ける。艦首の二基の砲も旋回し、四番砲塔以外の砲すべてが空母を捉える。
そして発砲! リトス級空母の艦体が膨れ上がり爆炎が噴き出した。
これでまた1隻空母を沈めた。先行する特殊巡洋艦戦隊は、すでに光線砲を撃ちきり、最後に残っていた『春日』は沈んだ。
やれる範囲の敵は叩いた。西村はホッとした瞬間、破滅が訪れた。潜ることで躱した敵オリクト級戦艦2隻が浮上した『山城』に砲を向けて、至近距離から40.6センチ三連装砲を撃ったのだ。
尻を蹴飛ばされたのは『山城』の方であった。艦尾のみならず艦中央の三番砲塔の弾薬庫までまとめて吹き飛ばされ、『山城』は爆沈した。




