第一〇〇一話、頑強なる二千艦隊
日本軍が夜襲を仕掛けてきた。
キーリア級旗艦級大型戦艦『キーリア・ノウェム』の司令塔。二千艦隊司令長官、ソフィーア・イリクリニス元帥は、自身の長い銀髪を整えながらやってきた。
「お休みのところ、申し訳ありません、閣下」
「報告を」
イリクリニス元帥は司令官席に着席しながら、オルドー参謀長に確認した。
「現在、敵は三隊以上で行動しています。艦隊内に入り込み、空母を重点的に叩いている模様です」
「順当」
イリクリニスは、海域を表示する大モニターを見やる。
「決戦を控え、こちらの航空戦力に打撃を与えようというのは常道と言える。で、迎撃は上手くいっていないのか?」
切れ長の目を参謀長に向ける。
「護衛の戦艦はついているだろう?」
「はっ。しかし、敵の戦艦の火力が想定より高いようです。瞬く間に撃破され、敵に有効な打撃を与えられていない模様です」
「うむ。……数はそれほどではないか」
手元の速報では、敵は戦艦2隻、巡洋艦2から4、5、駆逐艦10隻前後の小艦隊が三つ、と見られていた。
「転移で踏み込んでくる敵だ。夜間での限られた視界での近接戦は、衝突事故もあり得る。故の少数編成なのだろうが」
けだるけにイリクリニスはレポートを置いた。
「しょせん少数だ。どう頑張っても沈められる艦の数など、高が知れている」
二千艦隊である。たとえ空母100隻を失ったとして、他の戦力がどれだけ残っているか見てみるがいい。
「精々粋がるがいいさ。いかに精鋭をつぎ込もうとも、いずれ包囲殲滅されるだけだ」
「では、特にご指示はございませんか?」
「ない」
イリクリニスは目を伏せて天井を仰いだ。オルドー参謀長は直立不動のまま言う。
「では、お休みになられますか? 後はこちらで片をつけます」
「よい」
イリクリニスは目を閉じたまま答えた。
「些事である。何かあった時のために控えておらねばならないのが指揮官の務めだ」
「何か、あると思われますか?」
「たとえば、皇帝陛下の呼び出しとか、な」
フッとイリクリニスは笑う。
「さすがにその時に司令官が不在では格好がつかないであろう? 皇帝陛下の娘として部下に恥をかかせられない」
ソフィーア・イリクリニスは、数あるムンドゥス皇帝の子の一人である。あまりに子の人数が多すぎて、顔は覚えているが名前を忘れている者も少なくなかったりする。
「皇帝陛下が前線に出られているのだ。何があってもおかしくはない」
あの父親のことだ。例の参謀総長とよろしくやっている。つまり起きているだろう。故に、問い合わせの連絡くらい寄越すかもしれない。――問い合わせてきても、あの参謀総長の方だろうが。
『報告! 日本軍は空中軍艦ならびにアステールを少数機使用との連絡あり!』
「アステール……。鹵獲機か」
イリクリニスは視線を投げかけた。
「こちらのアステールは全損していたな」
「はっ、この海域で飛んでいる友軍のアステールはありません。……厄介ですな」
オルドーは答えた。イリクリニスは軍帽を被り直す。
「厄介で面倒なのは認めるが、シールドを張った艦艇に対する攻撃効率はあまりよくない。少数なのだろう? 直に失せるだろうよ」
・ ・ ・
日本海軍星辰戦隊は、四隻の空中砲艦と四機のアステール改で構成されていた。
飛行機なのか船なのか論争に対して、円盤兵器のままのアステールを航空機、軍艦型に改修したものを『砲艦』として分類することで決着がついた。
閑話休題。
『北辰』『妙見』『心星』『月宿』の四隻は航空機のように飛行しながら、海上の異世界帝国艦を狙う。
艦を傾け、主砲は右舷方向に固定。艦のほうを射撃コースに乗せるように飛行する。
「攻撃! 攻撃だ!」
星辰戦隊司令の高橋 総二郎大佐は吼える。
「空母に光弾砲を叩き込め!」
旗艦『北辰』の艦首40.6センチ単装三連光弾砲が光弾を放つ。刹那の間に三発放たれた光弾は、パゴヴノン級双胴空母の防御シールドに着弾した次の瞬間には、その飛行甲板を戦艦級光弾が直撃し、艦内から爆発を起こさせる。
光弾砲のメリットは、船体が傾いていても攻撃ができることだ。
通常の艦艇の砲は揚弾機によって砲弾を主砲に上げる。だがフネが傾いているとこれが使えない。
戦艦や大型の巡洋艦が砲撃戦において、艦を水平に保とうとするのは、要するに傾いていると砲弾が砲に届かず、撃てなくのを防ぐためだ。
しかしエネルギー式の光弾砲は船体の傾きは関係ない。だから飛行しながら下にいる敵も撃つことができる。
戦艦『蝦夷』が飛行能力があっても移動用でしか使えないというのは、斜めで飛行すると揚弾機が使えなくなり、自慢の51センチ砲を連続して撃つことができないからである。
上面にある砲は空中から下を狙うことが困難であり、『北辰』がやっているように船体を傾けないと狙いをつけられないのである。
星辰戦隊は、空中からの光弾砲攻撃で異世界帝国の艦艇を叩く。『北辰』と『心星』は40.6センチ砲。『妙見』と『月宿』は20.3センチセンチ砲で、防御シールド貫通の光弾を撃ち込んでいく。
敵護衛艦が高角砲や両用光弾砲を打ち上げてくるが、高速飛行する重装甲の塊を撃墜するには威力不足であった。
さらに空中円盤もしくは円盤兵器と言われるアステール改も艦隊攻撃を行う。
搭載された光線砲の弾数に制限はあるが、それで防御シールドを破砕した後の追加の光線砲か8センチ対空光弾砲の雨あられ。光線砲の直撃を受けた空母は大破、巡洋艦は轟沈。もとからシールドのない駆逐艦などは、8インチ光弾の雨に穴だらけとなり、爆沈する。
日本軍がアステール円盤群の大群を恐れて対策したように、日本軍が鹵獲したアステール改は異世界帝国艦にとって災厄以外の何ものでもなかった。
「対空電探に敵夜間戦闘機とおぼしき反応!」
「光弾機銃で各個に応戦!」
敵空母から夜間対応機が発艦し向かってくる。空母が400隻もいれば攻撃を受けずにいる艦から迎撃機が出てきてもおかしくない。
空中砲艦に装備されている各種光弾機銃が近づいてくる敵機に光弾を浴びせる。装填作業も艦の傾きもさほど影響しない機銃群の迎撃は、その正確な弾道も相まって被弾、墜落していく敵機も少なくない。
星辰戦隊の猛攻は続く。しかし、全体を見れば二千艦隊はまだまだ戦力を残している……。