悠里と佐奈の場合(後半)
(……やってしまった。 つい、嫉妬してやり過ぎた。 でも、やばかった……相川の泣き顔、まじで可愛かった!)
悠里は両手で顔を覆って息を吐く。 脳裏には、佐奈の泣き顔が焼き付いて離れない。
佐奈が伊織に頬を染めて見つめる。 伊織が手を伸ばして佐奈の頭をクシャクシャに撫でる場面が過ぎる。
悠里の胸に嫉妬心が広がって、脳裏に何度も同じシーンが駆け巡る。 伊織が佐奈の横を通り過ぎる時に、悠里に目線を寄越した事を思い出す。 下駄箱を拳で叩きつけて、大きく溜息を吐いた。
「お前、何やってんの?」
悠里が背後から聞こえた声に振り返ると、伊織が下駄箱に片腕を預けて佇んでいた。 悠里が顔を顰める。
伊織の顔に呆れたような表情が浮かでいる。 伊織の視線が悠里の後ろにある傘立てに、移動していくのを黙って見ていた。 伊織の視線の先を追って、悠里も後ろを見る。 傘立てはひしゃげていて、折れた置き傘が地面に散らばっていた。 瞬時に先ほどの事が脳裏に浮かぶ。 結構な騒音だったみたいだ。
「塩谷、お前がやったのか?」
「あ……えと……」
伊織の笑顔に不穏な空気が漂う。 伊織の雰囲気に呑まれて後ずさる。
(伊織くんの目が笑ってない……ああ、でも俺の所為か……)
「……はい」
佐奈の泣き顔が思い出されると仄暗い光が心に刺す。 伊織は腕を組んで溜め息を吐いた。
鋭い目で悠里を見ると
「学校の備品壊すなよ。 そこ片付けて、用務員室から新しい傘立て貰って来い。 明日の朝一番に反省文の提出な」
伊織はそれだけ言うと踵を返して歩き出す。 入り口付近で振り返るとじっと悠里を見つめた。
「ちゃんと反省しろよ」
伊織の言葉に何か別の意図が含まれているようで、悠里に後ろめたい事があるからそう聞こえたのか分からなかった。
「はい……」
「後、相川のアレな、アイドルを愛でてるのと同じだからな」
「……えっ」
伊織は後ろ向きで手を振って後にした。 伊織が言った事が理解出来なくて悠里は怪訝そうに入り口を眺めた。
――放課後の美術室には、悠里の姿があった。
佐奈たちのクラスは、テストも近いようで応援団の練習はないようだ。 校庭に佐奈たちの姿は見えない。 悠里はいつもの窓際に座ってスケッチブックをひろげた。 美術室の扉が開く音で、誰かが入って来た気配を感じて、悠里は顔を上げた。 入り口付近で馴染みのある声が聞こえた。
「やっぱり、ここに居たか。 期末が近いから部活動停止中だろ」
「京か……すぐ帰るよ」
「何かあった?」
悠里の様子で察した京太郎が訊いてきた。 素直じゃない悠里は眉間に皺を寄せて答えるのが嫌そうな顔をする。 それでも京太郎は笑顔を崩さない。 悠里が口を割るまでは。
「お前、それ中学の時に振られた原因の再現じゃん!」
京太郎は眉毛をへの字にして呆れてものも言えない。 顔にはありありと馬鹿じゃないのかと書いてあった。 京太郎は悠里が暴走しないように気にかけてくれていた。 だから、無言を貫く事にした。
「まぁ、無駄かもしれないけど……相川に謝って、当たって砕けろって事で、告って見れば……自己満にしかならないけど、すっぱり諦めれるだろ。 これも中学の時の再現になるけどな」
悠里は目を見開いて、頬を引きつらせた。 京太郎は振られる確率が高いと踏んでいる。
京太郎の顔には骨は拾ってやると書いてあり、ニヤリと意地悪な顔で笑った。
――それからは佐奈とは全くすれ違う事もなく、姿も見かけないかった。
(ここまで遭わないって、絶対避けらてるな。 相川の教室まで行ったりしてるんだけどな。 まぁ、教室の前通るだけだけどな)
悠里は、佐奈の教室の前の廊下で、腕を組んで窓に寄りかかっている。 悠里の眉間に皺を深く刻んで嘆息した。 ずっと、避けられているので、佐奈を待ち伏せしているのだ。 何とも近寄りがたい雰囲気を醸し出している悠里を、佐奈のクラスメイトたちは戦々恐々して様子を伺っていた。
悠里の周りには、ピリピリした空気が漂っていて、他の生徒たちに遠巻きにされている事に、悠里は全く気付ていなかった。 ピリピリした空気の中、中央階段の方から女子数人の姦しい声が聞こえてきた。 聞きなれた声も混じっている。 悠里は、中央階段の方角を見る。
丁度、数人の女子が廊下に差し掛かり、姿が見えた所だった。 移動教室の帰りなのだろう。 全員、化学の教科書を持っていた。 グループの一番端にいた佐奈と目が合った。 佐奈が目を見開いて、眉毛を下げる。 困った顔をした佐奈が、一歩後退する。 逃げ出そうとしてる佐奈に、悠里も身構える。 無言で見つめ合った後、両方の喉がなった。
次の瞬間、佐奈が脱兎の如く踵を返して逃げ出した。 後を追いかける悠里。 二人の様子を何事と周りの生徒たちは、振り返っていく。 中央階段をスピードを緩めずに駆け下りていく。
一・二年校舎を出て、中庭を駆け抜けて横切る。 佐奈が三年校舎の裏に逃げ込んだのが見えた。 後を追いかけて校舎裏に入ると、佐奈が体を折り曲げて、脇腹を抑えて咳き込んでいるのが見えた。 かなり辛そうにしている。 佐奈の様子につい言ってしまった。
「相川は、体力ないな。 そんなんで応援団できるの?」
悠里は文化系なのに以外と体力もあり、運動神経もいいので少し、息が切れているだけで、ふぅと深呼吸しただけで息も整った。 悠里の言葉に佐奈が目を鋭くして睨んで来た。 佐奈の怒った顔も可愛い、もっと見たいと、悠里は腹黒くも思ってしまった。 顔に出ていたのか佐奈は益々、嫌そうに顔を歪める。
(相川が俺の気持ち知ったら、どんな顔するんだろう? 嫌な顔をするのか? 困った顔か? 想像出来ないな……でも、どんな顔するのか見てみたい。 その前にこの間の事、謝らないとな)
「この前は悪かった……ごめん」
頭を下げて謝った悠里を佐奈が目を見開いて見つめている。 『この前』の事を思い出したのか、佐奈は真っ赤になった。 俯いた後、ごにょごにょと何か呟いている。 『謝るならしないでほしい』と尖らせた口から、呟きが零れ落ちた。 何か面白くないような顔している佐奈を見て悠里は首を傾げた。 頭の上には、はてなマークが浮かんでいる。
「かっこ悪いけど、嫉妬したんだ」
「えっ……」
「相川は伊織くんが好きなんだろ……伊織くんに見惚れてるのが腹立ったんだ。 それに触るなって思って……」
悠里は真っ赤になって、最後の方は声が小さくなって何も言えなくなってしまった。 佐奈はそんな様子の悠里を黙って見ていた。 そして、佐奈の頭の上には、恐らくはてなマークが浮かんでいる。
「私が伊織くんを好き?」
「?……違うの? いつも伊織くんの事、目をキラキラさせて見てるだろ……」
悠里は、腕を組んで佐奈から目を逸らして、ぶすっと面白くなそうに言う。
「ああ、うん。 伊織くんの事は凄くかっこいいと思う」
佐奈の言葉に胸がギュっと痛くなる。 悠里の顔が痛みで歪む。
「伊織くんの顔がめっちゃ好みなんだよね。 だから、伊織くんと目が合うと恥ずかしい……でも、好みの顔だから見たいじゃない。 一番いいのは、伊織くんに見つからないように遠くから眺める事よね」
佐奈は興奮気味に目をキラキラさせて熱弁している。 悠里は少しの違和感を覚えた。
『相川のアレな、アイドルを愛でてるのと同じだからな』悠里は伊織の言葉を思い出した。
「えっと、もしかして、伊織くんは観賞用なのか?」
「うん。 顔は好みだけど……腹黒い人はちょっと……」
佐奈の言葉に喜びと悲しみが同時にやって来た。 またも悠里の失恋が決定した。 悠里は自分が腹黒くないとは思っていない。 故にきっと悠里の事はタイプではないだろうと結論付けた。
(どうするかな……でも、もう告白したも同然だよな? 嫉妬したとか言ったし……簡単には諦めたくないし)
悠里は佐奈をじっと見た。 悠里の雰囲気が急に変わって、真剣な目をした悠里に佐奈はたじろいだ。
ふぅと深呼吸したら、悠里の口からすんなりと言葉が出た。
「ずっと君が好きだった」
佐奈が目を大きく開いて真っ赤になった。 悠里はにっこり笑って佐奈との距離を詰める。 悠里の顔には、拒絶なんて許さないと書いてある。 佐奈が後退した分距離を詰めて、壁に追い詰める。
オロオロと挙動不審になっている佐奈を逃がさないように囲う。
「絶対、逃がさないから、覚悟してね」
悠里は、にっこり笑う。 佐奈が青ざめて壁にピッタリ引っ付いて悠里からの圧力から逃げようとする。
「〇△□※~~!!」
佐奈の言葉にならない叫び声が校舎裏に響いた。 悠里は佐奈の様子を面白そうに、クスっと笑って眺めた。
――完
『I've always liked you ~ずっと君が好きだった~』を読んで頂き誠にありがとうございます。
気に入って頂ければ幸いです。