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悠里と佐奈の場合(前半)

 五月の終わりの空がどんより曇ってきている。 風に乗せて雨の匂いが立ち込めている。 雨が来る。 もうそろそろ梅雨の季節だ。 正門から校舎に続く街路樹の花壇には、紫陽花が今が見頃と咲き乱れている。


 四階の端にある美術室の開け放たれた窓からは、部活動に勤しむ生徒たちの声や、遠くに電車の音が微かに流れ込んでくる。 白いカーテンが揺れると、美術室にも雨の匂いが風に乗って漂う。 

 静寂に包まれた美術室には、生徒たちが一心不乱に各々の課題に向き合っている。 部活動の騒音に紛れて、最近流行っている英語の歌が耳に入って来た。 微かに叱咤する声も聞こえて、窓際に座っていた塩谷悠里はスケッチブックから顔を上げた。 窓の下を覗いたら、隣のクラスの数人の男女たちが、校庭の端で歌に合わせて振り付けの練習をしている。 二学期の初めに体育祭がある。 振り付けが応援団っぽい所を見ると、応援合戦の練習をしているのだろうと推測する。


 (気が早いな。 もう、体育祭の練習してるのか)


 集団から一人の女子が目に入った。 一人だけリズムが合わず、挙動不審になっている。 自然と口の端が上がって、頬から笑みがひろがる。 小柄で小動物の様な容姿に、悠里の目の奥に怪しく光が宿る。

 いじめっ子体質のどうしょうもない性だ。 好きなのかと訊かれたら、正直、分からないと悠里は答えるだろう。 ただ、高校に入学してからの、お気に入りなのは理解している。 挙動不審な小動物を眺めながら、先日の出来事を思い出す。 思い出しながら益々、笑みが広がった。



 

――自転車が乱暴に止めれる音が辺りに響く。

 随分、慌てた様子で一人の女子が自転車に鍵を青い顔でかけている。 それもそうだろう、悠長にしていられない。 遅刻ギリギリで、教室まではダッシュしないと間に合わない。 

 少女の首や、半袖のシャツから伸びる腕、開いた第一ボタンから覗く胸元から、大粒の汗が流れている。 新陳代謝がいいのだろう、額からも汗が流れている。 自転車で飛ばしたからか、髪もボサボサだ。 まだ、五月だというのに既に暑い。 今年の夏は残暑になるだろう。 

 その場に偶然に居合わせた悠里は、汗だくの少女、相川佐奈を凝視していた。 佐奈だけが雨にでもうたれたかのように、白いシャツが汗で濡れている。 肌が透けているシャツを眺めて、一人納得する。


 (大方、寝坊して、慌てて着替えたから、インナーを着忘れてんだろうな)


 その様子を想像して、吹き出してしまう。 入学当時から彼女の事を知っている悠里は、容易に想像できた。


 「おはよう、相川 珍しいな遅刻ギリギリって」


 悠里の挨拶に佐奈の肩が大きく跳ねて、小さく「ひぃ」と悲鳴が上がった。 身体の全ての関節が軋んでいるような音が鳴って、佐奈が振り返る。 顔を引きつらせながら、佐奈の口から挨拶が紡がれた。


 「お、おはよう。 塩谷くん」


入学当初に知り合ってから、何かと佐奈にちょっかいをかけては意地悪してきたので、佐奈の態度は理解で出来る。 ちょっと怯えて、後ずさる様子も可愛いとも思うも、少しムッとする。 


 (そんなに怯えなくてもいいだろうに……まぁ、分からなくもないけど)


佐奈の相変わらず流す大粒の汗に、これは本格的にやばいだろうと思い、鞄からバスタオルを出す。

 佐奈の頭からバスタオルをかけて、腕を掴んで引っ張って校舎に向かって歩き出した。

校舎中央にある正面玄関に入ると、一階の女子トイレに佐奈を突っ込む。 悠里の暴挙に何事かと慌てる佐奈に声をかける。


 「いいから、汗をふけ。 そして、鏡を見ろ。 俺は先に行くから。 バスタオル洗って返せよ」


女子トイレから佐奈の言葉にならない叫び声が聞こえてきた。 慌てふためく姿が容易に想像出来てほくそ笑む。 その後、昼休みに佐奈と廊下ですれ違った時、佐奈は真っ赤になっていた。 汗で濡れたシャツは、半袖の体操服に変わっていた。 悠里は今日が『ネクタイデー』じゃなくて良かったと独り言ちた。 基本、上着は自由、前日に掲示されるけど、ランダムに月一で『ネクタイデー』がある。

 薄いシャツでも乾くまでは、それなりの時間がかかるだろう。 今日は、体操服を着ていても目立たない。  



――何てことを思い出して、悠里は笑いを堪えていた。

 悠里の背後から呆れたような溜め息が聞こえて、振り返る。 文字通り呆れた顔の同級生で幼馴染の瀬戸京太郎が腕を組んで立っていた。


 「雨が来そうだから、窓、閉めるぞ」

 「分かった」


 二人で手分けして窓を閉めていく。 遠くにあった雨雲がすぐそこまで来ていて、空気が湿って来ている。 校庭の端、佐奈たちが居た場所を覗きみる。 一同は練習を切り上げて、校舎に入るところだった。 悠里は部員に飲み物を買ってくると言い残して美術室を出た。 後ろから京太郎が追いかけた来た。


 「俺も喉が渇いたから」


 中庭に出て、食堂に入ると。 案の定、佐奈たちも休憩するのか財布を手に自販機に向かっている。 

佐奈が悠里に気づいて、慌てて鞄の元に戻ってこちらに近づいてきた。 手に袋を持っている。 おもむろに袋を差し出して来た。 意味が分からないが受け取って中身を見ると、貸したバスタオルが入っていた。 心なしか佐奈の耳が真っ赤になっている。 


 (多分、あの時の事を思い出してるんだろうな。 耳がめっちゃ真っ赤だ)


佐奈の姿に、もっと見てみたいという感情に駆られる。 いつもの意地悪な笑みを浮かべると、佐奈の肩が小さく跳ねた。 顔を引きつらせる佐奈を無視して、バスタオルを取り出すと、顔に近づけてわざと見せつけるように匂いを嗅いで見せる。 


 「うん、佐奈の家の匂いがするな」


『佐奈の』を殊更、強調してみた。 佐奈はみるみる全身が真っ赤になった。 狼狽えている佐奈はとても可愛い。 後ろで見ている京太郎が、何度目かの呆れた様な溜め息を無視する。 

 さっき買ったばかりのスポーツドリンクを佐奈にあげて、食堂を後にする。 後ろからついて来た京太郎が声をかけてきた。


 「あんまり過ぎると嫌われるぞ」

 「……」

京太郎の言葉に悠里の目の奥が鋭く光った。

 「お前、気づいてる? お前が本気になればなるほど、意地悪になって、スケッチブックが似顔絵でいっぱいになるの。 スケッチブック何冊目だよ」

 「……」


京太郎はいつの間にか悠里を追い越して先を歩いていた。 振り返りながら意味深な笑みを悠里に向ける。 京太郎の言うスケッチブックを思い出す。 確かに何冊ものスケッチブックは佐奈の似顔絵でいっぱいになっている。


 (ふむ、なるほど。 いつの間にか好きになってたのか、一年以上経って気づくって……恥ずっ)


悠里は口元に手を当てる。 自覚した途端にじんわりと顔に熱が集中していく。 自分の鈍感さに愕然とする。 更に佐奈はそれに輪をかけて鈍感だ。 当然、悠里の気持ちには気づいてないだろう。

『I've always liked you』を読んで頂き誠にありがとうございます。

気に入って頂ければ幸いです。

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