第5話 ㉑[簀巻き]
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(見られているな)
森に入ってから聖女はその視線に気がついていた。
遠くから感じる視線に。
ここ魔女の森はファーストウェーブという大災害時に出来た所有者不明の土地となった所だ。
何があったのか、その詳しい資料は残されていない。
情報社会であっても残されないくらいの大災害だった。
この森は曰く付きとなり200年以上の間人の手から自らを守る為に魔法で迷わせ人を遠ざけまた人を惑わし殺す。
富士の樹海以上の霊地となった。
しかしここを支配した女がいた。
それが世界のヒロイン賢治の母親、谷戸奏美だ。
彼女は魔王、ここは魔王の領地。
ここに侵入するという事は魔王に楯突くと同義。
樹齢100年以上の高く太い樹木が無数にある。
静かではあるが遠くから波打つ海の音がする。
森に海、不自然に近いが。
不自然もまた魔術であり魔法だ。
(なんだろうな? この視線は、まるで覗かれているのをわからせるための様な? 舐められてる? 完全に隠す気のない熱視線、ん、成る程多分これは)
「出てこい! 私が絶世の美少女だからと言ってそんなに熱い視線を向けられてはお前を殺さねばならない!」
殺意はない。ただ監視されているだけ。
それがわかった瞬間、不用意に監視する相手に話しかけた。
愚策、愚行、しかし愚こそが正解。
不利になるとわかっていてもここは声を出して、正確な居場所を晒してでも煽る。
(信じられないがこの視線の雰囲気はエルフのものだ。この世界にそんな存在はあり得ない、だが私の直感はそう告げている。あいつらはその能力を伝達と指向性魔術に能力を傾倒している、だからあいつらの視線は刺さりすぎるんだ。私の位置を探ろうとすると、逆に私が索敵できる)
凡人には不可能だ。
そして聖女にはもっと無理だ。
聖女に生まれた人間は戦闘能力の才能を犠牲にしてしまう。
そしてシェルフはそれを知っている、100年の間才能を覆す研鑽を積み重ね剣聖となった。
魅惑の力を減退させる程の努力、しかしそれでもシェルフが聖女であることに変わりはない。
魔術アビリティ
聖女スキル「魅惑」
ほんの少しだけ自分の魅力をあげる。
注目される。
どんなに気をつけていても本能的に獲物を見て殺意を向けてしまう。
それは反応だ。
極寒の大地で体を震わせる様な、梅干しを口に入れるのを想像して唾液がすこぉし出てしまう様に、シェルフを獲物として見てしまう。
それは狩猟に特化したエルフにとっては抑えられる様なレベルのものではない。
その僅かな殺意を見逃さなかった。
「そこか? 見つけたぞエルフ」
目線が合った、200メートルは離れている。
暗闇などは魔眼で明るみになるがそれはエルフ側も百も承知。
視界に入らない大木の枝の上で、横目で見ながら隠れていたというのに。
「化け物みたいね? あのお嬢ちゃん」
女のエルフだ。
金色の細く長い髪、前髪をふたつに分け背後で髪を束ねている。
容姿端麗、エルフらしい長い耳と白い肌、少し切長の目、左目下の頬側に魅惑的の涙ホクロがある。
少し濃い緑色の瞳、セクシーな体つきでふくよかな胸部と引き締まった腹に長い足、どう見ても異世界側の見た目だが。
だが来ている服はジャージである。
黒いジャージ、ヤンキーママが着ていそうな黒字に金色のラインの微妙にお値段高めそうなジャージ。
確かに一番動きやすい格好ではある、後汚しやすい。よく見るとジャージに皺が目立つ、まるでさっきまで寝そべってテレビでも見ていた主婦の様な。
エルフと聞いてこの格好を見たらきっと夢がぶち壊しだ。
しかしジャージは運動服、肉体美をそのまま形作る。
(なんだ!? あのえっろい格好は! 肌が顔しか出てないのに裸同然じゃないか! ゴクリッ! こ、殺さずに簀巻きにして隷属させよう、今日から私のカゴの鳥だ、グヘヘへ)
性女様はゲス顔である。
「ちょっと手加減しろと言われてるわよ、シェルフ・ルフ・エインフェルク。アンタはぶっ倒して簀巻きにして奏美さんの籠の鳥にしてやるわ!」
200メートル離れている2人の間の会話、全てエルフが感知してエルフが伝えて成立させている。
目は2人ともマサイ族を超える視力を持っている。
「私の名前を知っている!? 何故だ! どうして? 私の名前を知っている?!」
「そんなの決まっている、お前、裏切られてるんだよ、アイナにな」
「…………な、にぃ??」
「おかしいと思わなかったか? 何故都合よく異世界転移の力をアイナはお前に教えた? 何故お前のことが好きなアイナが何の反対の意も示さずにすんなりここに転移させた? 何故転移先でゲームの様に都合よく居住区にしやすい精霊の富んだ地にきたのか?」
(ゲームとは都合のいいものなのか? いやそれよりアイナが裏切り者? ありえんな、あいつはなんだかんだ言いつつ私にメロメロのチョロインだ、私が罠にかかるわけがない。つまり思考を読み取る系の魔術? だがこの森は精霊の領域ではあったが動物の結界はなかった、ステータスが私より上ならあり得るが私より強いステータスなどこの世界の人間如きにはない。罠?私の知らない術式がこの世界にあるのか? ならばあり得る、つまりブラフ、私を動揺させて殺すつもりか? このエロエルフめ! 捕まえたら散々になぶってやろうぞ!)
人は信じたくない事から目を避け、都合のいい様に物事を受け取る。
しかしそれは戦闘時には好転する。
欲は感情を生み出し感情は魔力を強める。
聖女は腰に帯びた両刃の剣を抜刀する。
そして両手で剣を構えた。
「へぇ、両手で剣を持つのね貴女。日本だとメジャーだけど異世界だとかなり異端なんじゃない?」
「お前に話しても無意味だがこれはエインフェルク流独自の構えだ、海賊魔王と呼ばれた叔父の剣を受けてみるか?」
剣が真っ直ぐ正中線に沿う様に構える、受けも攻めも両方に対応した構えだが。
(おかしい、私は今エインフェルク抜刀術を展開したはずなのに剣が聖具化しない!? 異世界だからか? 出てこい太陽の剣!! ぬごぉお!!)
[聖具化]
・魔具と呼ばれる剣に魔術的鍛造を施したものに個人が有するオーラと信念、才覚、魂によって変質させる事を指す。
・聖具化中は聖具化した本人のオーラで動くため魔力を使う。
・聖具化すると元の魔具に戻る事はできるが別の聖具になる事はない。
・聖具は何かしらの特殊な能力、効果を二つほど持っていることが多い。
「な、何故聖具化しない!!?私の〈攻撃範囲全体化〉の斬撃でこの森ごとバッサリ切ってやろうとしたのに!!?」
本来は抜刀した段階で聖具化された武器が顕現しているはずだった。
それが起きない。
シェルフはなんだか面白い顔をしている。
「貴女可愛い顔して考えることえげつないわね」
「ぬお!! やはり心を読んだな! エロエルフ!! 私のおもちゃになるのだ!」
「口に出してたわよ」
「!?!」
聖女は驚く、聖具化出来ない剣にかつてないほどのオーラを注ぎ込んでるのにまだ会話が出来ていることに驚いている。
(何故だ!? 何故まだ会話ができる??! もう既に全力で聖具化しようとしてるのに!!? 会話をしている余裕などない。そんなことに魔力を使ってしまう程私の魔技は衰えていない筈だ)
「嘘じゃないわ、アイナに渡された術式に罠が仕掛けてあったのよ、そしてこれで貴女が裏切られてるのがこれでわかったでしょ? 貴女のお得意の太陽の剣だっけ? 聖具化、全然出来ないでしょ? 戦闘に魔力を配分できない様になってるのよ」
エルフの綺麗な顔が笑顔で歪む。
しかし歪んでも絵になりそうなくらい綺麗な顔である。上下ジャージ&スニーカーだけど。
「お前の言ってることが本当だとしてもこのシェルフ、いやこのシェリーは抜刀した手前引く事は許されん。どんなトリックかは知らんが魔具のままでもお前如きに遅れはとらん!! さぁさ弓と矢を構えろ!」
「持ってきてないわそんな物騒なもの、私は貴女と会話しにきたのよ」
「信じられるか! でぇえい! 舐めてるのならこの私が成敗してくれるわぁああグヘヘへ!!」
不純な表情だが剣術の型は流石に歴戦の戦士だ。
殺さない、とは考えているがそれは出来ればということだ。
手加減をして殺されてやることなどするわけがない。
心の臓をくり取る構えに、攻めの姿勢、型にうつる。
(抜刀するなら殺す気で。まず自分を守らねば相手を守ることなどできぬ)
殺す気で殺さない。
矛盾しかない言葉だが、そんな矛盾を気にするほど戦闘時は余裕などない。
守る事より攻める。
目的を超えたその超理論で彼女は異世界の戦場を生き残ってきたのだ。
バキンッ! ガッ!!
構えた瞬間足の下の地面が回転しながら抉れ、土煙が舞い吹き飛んだ。
魔術が上手く使えなくともステータスは別だ、聖女のステータスは100回以上更新している。
これだけでも地上の生物のどれも屠るに足る筋力なのだ。
ゴリラに魔術など要らなかったのだ。
(足場の強化がうまくいかない!異世界だからか??これではろくな踏み込みが出来ないじゃないか! 沼で戦闘など出来るか)
これは物語ではなく実際起きてる事、ラノベの様に強力な攻撃にはそれを受け止めるに足る地面の硬さが必要なのだ、高速で自動車を走らせるにはアスファルトが必要なのと同じ事である。
(だが意識的に地面を強化すれば走る事も可能だ!)
一歩が大きい。
一歩だけで10メートル以上移動することができ2歩目はさらに加速し3歩目で2人の距離を半分に、4歩目に至る寸前。
エルフが手を向けて宣言する。
「眠りなさい、赤子の様に」
魔術アビリティ
心傷魔術スキル「眠れ眠れ私の良い子」
・宣告、口頭詠唱、泣きぼくろによる魅惑を成功させるとステータス無視の睡眠付与。
「はははは!!そんなもの睡眠耐性の、ある、え?」
ズゴおおお!!
思いっきりずっこけた。
超高速度によりずっこけて。
立派な聖女の鎧が土にまみれてずっこけた。
魔王をぶち転がすと宣言した聖女様がずっこけてずっこけまくって、ぶっ飛びながらずっこけた。
(いてぇええ!! すっ転ぶなんて何十年ぶりだ、クッソいてぇえ! 自分で地面強化してたからめちゃんこいてぇえ! 眠気もぶっ飛ぶ、あれ?)
眠気は吹っ飛ばない。
魔術により意識が混濁して、シェルフは眠り落ちた。
「くぅうううううう…………zzzzzz」
寝ている。死んだ様に、ムカつく感じで呑気に寝ている。
「やっと眠ったか、どんだけ睡眠耐性ガン積みしてんだこの女の子。可愛い顔してゲスい笑顔だったし……可愛い……取り敢えず簀巻きにしておくか面倒だし」
何処からいつの間に出したのか? その手には長くて細めの荒縄があった。
ゴクリッ…………
「姫騎士みたいな格好しやがって、特に理由がないが簀巻きじゃなくて亀甲縛りにしてやろう、ふへへへ」
結局みんなゲスである。
「こうやって胸をきゅうっと、うふふふふ❤︎」
◆
わるいおんなエルフにつかまった!!!_
このままシェルフはくっころされてしまうのか!??_




