第5話 ⑳[異世界転移]
「有り得ない、そんな馬鹿な」
「出来ない事はない、そうだなシェルフは思いつかんだろうな? アンタはそう言う奴だ、どこまでも純潔でどこまでも自分に正直だ。だがイートは少し思いつくところがあるんじゃないか?」
突然話しかけられてイートは考え、至る。
「まさか侵略者の聖具化のスキルか?」
「何だそれは?」
知らない、シェルフは異世界転生された人間に力はないと思っていた。それはある意味間違っていない。
彼らがたまに持ってる聖具化された武器を奪い取ったものだと思っていたのだ、だがそれは違う。
「その通り、シェルフは知らないのだから説明しよう。侵略者がゲーム内転生だとか思い込んで都合のいい妄想をする、そしてそれは魔法として形をなして一つの魔具を作り出す。それは剣であったり盾だったり様々だが、たまーに才能がある奴がいて聖具化させる奴がいる」
「? いや待て? それはおかしい、あいつらは武器を武器としか思わない人種のはずだぞ?銃とか爆弾とかがいい例だろ?」
「ああそうだな、聖具化は道具に対する“愛”にも似た感情が必要だ、呼吸を整えて身体の一部と化かすことによって固有のスキルが魔具に発現し、聖具となる。そんな事意思のない魔具だと思ってたら不可能だ」
そこまで言うとシェルフは、思い至った。
「まさか、そうか。まさかあの魔具の中に、人が居るのか??!」
「そうだ、しかも大抵が転生者の元家族や血縁者だ。だったら聖具化まで行ってもおかしくはないだろう?だってその魔具はただの使い捨ての道具ではないのだからな、そして異世界側にいる肉親との絆はとても大きい力を作る、それまで不可能だと思われたスキルを2つ作る」
「成る程、つまりはそのスキルが、異世界転生を可能にするわけか…………なぁアイナ、それは異世界人から奪ったものか?」
「当たり前だ。今は戦時だ、非常識が跋扈し敵に損害を与える事が許される。だが安心しろよ、向こう側にいる異世界人の肉親には何も残らん、心の傷も思い出も何も残らない」
殺された異世界人の記録は記憶も、痕跡も何も残らない。
それはどこで死んでも同じ事だ、ゲームに関わった記憶ごと転生者が死ねば。
何も残らない。
それが意味することを、それをする罪深さを理解できないほどシェルフはアホではない。
「それは、本当の外道だ。心の死は肉体の死よりも重い、だがお前らを責める気はないぞ私は。それのおかげで、私はあちら側に行けるのだからな」
「ああ、不要だとは思うが一応説明はしておく。侵略者を殺すと魔具、聖具に関わらず侵略者の肉体ごと持ってる武器に封印される」
「ああ、だからあいつらは死ぬ手前でいつも光に分解されていくのか、成る程。いつも武器だけがその場に残っていたから不思議ではあった。お前は私に嘘をついていたんだな?奪い取ったものだと報告していたぞ?」
「当たり前だ、アンタみたいな聖女が何を考えているかくらい予想できない私じゃない、罪を被せる気はなかったんだよ。私は奴らの武器を解析し、封印の術式を改変すればその異常なスキルを使う事ができる事を確認したんだ、まぁその代償として武器に封印された侵略者の恨言を聞かされるがな? そして私は見つけた。異世界転移を可能にする聖具を」
聖具化、とは要は賢治がゲームの中で魔剣を魔法少女の肉体にしたあの現象のことだ。
だがあの肉体変化は普通ではない、通常は人型であっても召喚獣の様に直線的なフォルム、つまりメカニックな見た目になる。
そして大半は魔具の時の上位互換の武器や防具になるのだ。
そしてアイナはそれを他の転生者から奪って魔術的に研究したのだ。
「責めればいいさ。神出鬼没のあの力を持った個人が何をするか分からなかった、侵略者と戦う前に内乱になってはいけなかったんだ」
「責めるわけないだろう?今は戦時だ。敵に与えた損害はどんな形でも許され、褒められる、それが今の常識だ」
イートは2人の会話に口を挟まない。
何故なら異世界転移の実験に巻き込まれるかもしれないからだ。
彼はもう賢治に関わりたくない。
その身で恐怖を植え付けられた彼は去勢された畜生だ。
「本当だったらそこのイート君に実験台になってもらいたかったんだけど?」
「ひっ!!い、いやだ!もう関わりたくないっ!!!嫌だぁああ!!!!!!」
ウネウネとムカデの様に這いながらシェルフの部屋から出て行く。
「ありゃりゃ、逃げちゃった」
「わざと煽ったな?」
その醜い様を見て聖女は考察した。
(本当に恐怖が植え付けられている、そんな奴を私は倒せるか? 殺せるか? 出来る、やらねばならない。例え黒猫と殺し合おうともやり遂げなければならない)
「……本当にいいんだな?分かってるとは思うが一方通行だ、あっちに行ったきり戻っては来れない」
「やってくれ、アイナ。もう覚悟は出来ている」
◆
決心の揺るがぬ内に、と言うわけではないがそのまま歩いてあいなの研究所に移動した。
中は色んな紙の巻物が入った書棚、掃除を楽にした機能性重視の綺麗な大理石の床、実験用の動物、薬品の類、そして戦死した人間の保存体。
センスが曲がったマッドサイエンティストな部屋だった。
「なんだか女の子の部屋って感じじゃないな」
「当たり前だ、何を期待していたんだ?」
「ふ、そうだな、私はこれから実験されるんだったな?」
「ん?ああ実はもう実験は成功してる、10年くらい前に1人だけ異世界に転移したんだ。ステータスも、意思も、魂すらも何も変質しない事は確認済みだ」
当たり前の事の様に言った。
だがそれは情報漏洩につながる実験である。
転移した人間の行動次第ではスパイだと言われても文句は言えない。
帰って来れない異世界人が何をするか?
その予測不可能さはナーロッパと揶揄されるラノベを浴びるほど読んだ人間なら痛いほどわかる事だろう?
「本当に危ない事をするな? お前は」
「賭けは嫌いじゃない、まぁ一応厳選した人材ではあったけどね? 監視もしてる」
「そうか、もしかしてそれはアイテム化した人間か?」
そう、10年かそこらで死ぬ個体なら実験には持ってこいだ。
「ノーコメント、どっちにしろ関係ないだろ?アンタも私に監視されるんだ。でもまぁ、いいんじゃないかな? 魔王を殺した暁にはアンタそっちの世界の王になれる、もしかしたらアンタが魔王に成り代わるかもしれないが。その時はアンタのハーレムに私も加えさせてもらってもいいかな?」
「はっはっはっはっはっ、その時は『今更心代わりそしてももう遅い!』と言ってやろうか? 最近の流行りのナーロッパとか言う小説の様にな?」
冗談の様に笑い、生まれた世界に最近起きた事、昔あった事を懐かしむ。
そう、あと数分でこの世界ともお別れなのだ。
ガチャ
実験室の奥にある厳重に魔術的な施錠を施し管理された棚がありその中から一つ、棍棒を取り出した。
「これを使う前に確認はしておく、向こうに行ったきりもう帰って来れない。こっち側のことは私がなんとかしておくが、アンタの準備は大丈夫か? 今のうちに持ってくものとか、家族、とかに言い残しておくこととかないか?」
「ない。オヤジの事なら好きにそこら辺に投げ捨てておいてくれ」
異世界に転移すれば、刻席から外れるのか? まだ何もわからないがおそらくは外れるだろう事は2人とも予想はしていた。
「そうか…………なぁシェルフ……」
「シェリーでいいぞ? もう建前は必要ない、お前と私は友だ。だからお前は私をシェリーと呼べ。向こう側でもその名を使おう」
「…………シェリー、選別ってわけじゃないがお前に向こう側でも使えるスキルを渡そうと思う、手を出してくれるか?」
「ん?いいぞ」
手の甲を突き出してきたのでその手を取り術式をかける。
「ここに契約は完了した」
「ん?何だこれ? 礼装?」
術式を読み取ったシェルフはその中身が変身用のものだと看破した。
「あ、ああ! 向こう側の服をデザインしておいた。念のためだ、念のため」
何か焦った感じだったがシェリーは気にしないことにした。
「お前は本当に優しいな、そんな気遣いまでしてくれて、ん? ちょっと布地が薄くないか?」
「それが向こう側に持っていける限界だったんだ、まぁその格好が向こうじゃ非常識だからな、もし視線に耐えられなかったら使ってくれ」
「? そんな時は来ないと思うぞ? 気に入らない奴は殴ればいい、それはこっちでもあっちでも一緒だしな」
「ええ、ふふふ」
少しキモい笑い方だ。
だが今のシェルフ、いやシェリーはそんな事に違和感を覚える余裕などなかった。
この時もっと気をつけていれば、気づけただろうか?
「知っているとは思うがあちらの言語とこちらの言語はさほど変わらない。さっき渡した術式に意味だけは相手に伝わる式を入れておいた、だがもし強敵と対峙した時は魔力節約のために相手と会話が出来づらくなるだろう」
「強敵と対峙してる時に会話などしないよ、ただ眼前敵を殺すだけだ。なんだかさっきからお母さんみたいだぞ?」
「ははは………あの髪飾りは持っていかなくていいのか? 確か母さんの形見なのだろう?」
「ああ、あれはこの世界で生まれたもの。大切だからこの世界に置いていく、オヤジと一緒に処分してくれても構わん、どんなに大事にしたところで結局は土に還る運命だしな」
柔らかに笑う。
優しく、朗らかに笑って残酷にアイナを傷つけた。
だからこそ、アイナは決心をより堅くした。
「大丈夫だ、アンタをあっちの世界に送ったままにしない、何がなんでもアンタを連れ戻す、それまであの髪飾りは私が保管しておく」
「ふ、ありがとうな、魔王を倒した暁にはあれをかけて蝶よ花よとたわむれる少女に戻ろう、その時私はもう剣聖ではないからな」
2人の少女が笑い合う。
棍棒を持ったアイナ、小さく何かの詠唱を始め魔術を展開する。
すると暗闇が2人の間に出現し、次第に大きくうねりだす。
「ヒラケ、ゴマ」
最後の詠唱、日本語での合言葉の様なものを言った瞬間、暗闇が形を持ち始め“両開きの大きな扉”になる。
黒い扉、黒曜石の様な輝きがある、金色の取っ手がついていて黒に映える。
「これが異世界への扉か」
「一応ここと同じ気圧の場所を選んだからな、今あっちは夜だから多分人目にはついていないと思う」
「気圧? まぁなんだかよくわからんが、私のために色々準備をしてくれたんだな、はっはっはっ」
(ん? 準備出来るほどの時間があったのか? でもまぁアイナは頭がいいしな)
「シェリー、良い旅を」
旅ではないが、今はそんな事はどうでも良かった。
今生の別れになるかもしれない友にかける言葉を考えるのに必死で矛盾した点などどうでも良かったのだ。
「ああ! ちょっと魔王をブチ転がしてくるわ!!」
かちゃり。キィイイン!!!
扉を開けるとそこには暗闇が、そして夜の街のネオンの輝き、どうやら少し離れにある道路の様だ。
「おお、これがアスファルトか!思いっきり踏んだら確実に壊れるな、ステータスをかけずに歩く練習にはちょうどいいか?」
「気をつけて、気をつけてくださいませ私の剣聖様!」
それは初めて会った時のアイナの言葉、本当に幼い頃の可愛い可愛いアイナの顔だ。
恥ずかしそうに頬を赤らめて言う姿は、シェルフを迷わせた。
(つ、連れていきたい!! さっきまでの態度と反して一気にそんな無防備な顔! 可愛い♡ くっ! だが、可愛いからこそ連れていけないっ! 我慢!!)
「お、おう! じゃあな!」
動揺した顔を隠せずそのまま逃げる様に異世界側に飛び立った。
ガチャ、
◇
扉をシェリー側から閉めると、数秒後に泡と煙に分解されて消えていく。
「…………海の音と潮の香りがする、そうかここは海が近いのか?」
すぐ後ろを見ると砂浜が、さらに周囲を見ると大きな木々が密集した森林が。
「聞いていたより自然と一体になってるな、基本異世界側では悪い事しか情報がないからな、聞くのと実際の目で見るのとではやはり違うな」
(野宿するならあの森の中がいいな、泉があれば水浴びも出来る。見たところ精霊の循環が富んでいるし、よし、まず先住民をぶっ潰して奪うか!!)
どこの蛮族なのだろうか? 敵地である事を見てもこの聖女は無駄に交戦的だ。
そして彼女はまだわかっていない、そこは個人の所有する土地であり…………
谷戸奏美が所有する森林で通称『魔女の森』なのである。
そう、いきなり本当の魔王の生まれ変わりに喧嘩を売りに行ってる事に彼女はまだ気が付いていない。
そして彼女の敵はこの世界だけでなく仲間の中にもいるのだ!!
いったいどこのアイナが裏切っているのだろうか???
全くもってさっぱりである!!




