第5話 ⑲[シェルフの侵略、覚悟]
「イートとはあのイートか!? 『即・死地イート』任意の場所を死地にする固有異世界の持ち主で、神聖属性オーラを持つ異才児だったが保有する力と真逆の呪い系の固有異世界を作った為、本来ランクSの能力であったにも関わらずランクBに能力を落としてしまった、別名『選択ミスのイート』口癖は「神」で悪い事があると直ぐに神聖勇者か神の所為にするお茶目な一面を持つと言われるあのイート!!! 戦場での勝率は2割、大体が誤射で仲間を殺されたりして味方に嫌われて勝ち戦から追い出されてしまうのが理由だというあのおっちょこちょいイートか!!!?」
イートは今にも死にそうな顔をしている。
シェルフは有名人にあった一般人の様にウキウキした顔をしている。
「姉上、完全に馬鹿にしてますよね?」
「何故だ?! 間違ったことは言ってないぞ?!」
「…………そういうところですよ、正しければ何をしても良いと思ってませんか?」
「いいに決まってるだろ? 私は悪くない」
いじめを正当化する小学生の様な言い分だ。
「貴女はあの時から、エルフ少年を教会から貢がれてノータイムで受け取ってなんで批判されてるかまるでわかってないのですね?」
「据えられたご馳走は食うに限る、それに何故私が他人の妄想する姿を演じなければならん。私は私だ、文句があるなら噂などではなく直接言いにくればいいんだ」
シェルフのこういう場の空気を読まない所があまり好きでない様だ。
場の空気が読めないのではなく読まない。
非常識が跋扈する戦時ではある程度そう言う非常識は必要なのだ。
「ふむ、それでイートとやら。お前の警告を聞こう、ヤト・ケンジ?ああ彼方は家名が前に来るんだよな?という事はケンジが名前、ケンジ……か」
その名前には心当たりがあった。
と言っても剣と魔法の世界での事でだが。
「姉上、確かケンジという名前は始まりの魔王の最初の配下、賢臣ケンジではないでしょうか? しかし何故娘に男の名前を?」
それは最大の謎だ。
誰にもわからない、どうしてあんな可愛い幼女にガチガチの男くさい名前をつけたのか? さっぱりである!!! 非常識すぎるっ!!!!!
「伝え聞く勇者ではなく、裏の歴史書にあるマシューならば絶対そんな事はしないな、どうやら奴は旅先々で女を抱く不埒者だ、私より可愛い女の子が生まれればきっととびきり可愛い名前をつけるはずだ」
さっき部下に好色について注意されたことなどもう頭の中にない様だ。
アイナのもため息マックスである。
「じゃあ母親ですか? だが私はよくあちら側の監視をしているからわかるのですけど、賢治という名前はあちら側でも確実に男の名前です。しかもかなり古い」
古い。
その一点に2人とも嫌な予感を得た。
そしてさっきから場の空気だったイートがようやく口を開く。
「私も最初何故あのような聖女に男の名をつけたのか疑問ではありました。しかも本人も男である様な自己催眠をかけている節すらあり不気味さを…………その時点で撤退していれば良かったのですが、どうしても、どうしてもどうしてもあの聖女の横顔が視線が、妖艶な魅力が私の脳裏から離れず! いくさの切り札にする筈だったスペア体を急拵えで作り理性を保てず、誘拐しようとしました」
言ってる事は犯罪者のそれであり、軽蔑されても致し方のない悪行だった。
こちらの世界での常識では。
だがこの異世界では違う、魅力耐性や洗脳にかからない様にするのは魔術師ならば基本中の基本、それに『即死地イート』と名高い彼は神聖属性オーラを常に纏い誘惑耐性が強い事で有名な魔術師だ。
そんな彼が年端もいかぬ (23歳)幼女の誘惑に翻弄された。
これはイートが悪い、ではなく賢治が魔族の中でもやばい部類の淫魔である事を示していた。
「間違いなく純潔魔族、夢魔のサキュバス型だろうな。もしこれでインキュバス型だったら女の私は抵抗のしようもなくメロメロにされるぞ」
残念ながらインキュバス型である。
この世界では淫魔とは体が他者を誘惑する性質の事を言う、そして男を誘うのがサキュバス型、女を誘うのがインキュバス型だ。
そしてその性質は誘わない性別には嫌われるバッドステータスがある。
もっと詳しく言うと魅惑耐性のない男には反転する魅力という事なのだが、相手が魅惑耐性がある場合その反転を無効化する。
つまりバッドステータスによる影響がなくなり普通に魔力によらない魅力には誘惑されてしまうのだ。
それでも誘惑が効かない神聖な化け物である彼が女を誘うインキュバス型に誘われた。
つまり女性のシェルフがくらう魅力はイートのくらったそれの比ではない事になる。絶望的すぎて考えつかない様だ。
「聖女を我が物にしようと供回りの女をひとり、即死させようとした瞬間。あれが。ぐふ、うぐぷゅっ!」
頬を膨らましている、どうやら胃の内容物が口内に戻ってきた様だ。
急に顔を歪め吐き出しそうになるが今は聖女の御前、ギリギリのところで耐えた。
吐くほどの何かを、あの時の賢治に感じたのだ。
「アレは、一気に本性を表した!! アレは人の形をした“魔”そのもの。理不尽と言うほど理がなく理解もできず。巨悪というには純粋すぎる嗤い、ダークエルフ共に伝わる寝物語の魔王の歌そのものです。アレは、アレこそが本当の魔王! なのです!!!」
ゲロ臭い口で大声で叫ぶ、自分の感じた危機をそのままに感情を込めて叫んだ。
ここでいう“魔王”が“どの魔王”なのか、2人とも言わずとも心で理解できた。
「確かお前は、イート・イーター・インコルールは数々の自称魔王を討ち殺してきた筈だ、私も殺したし姉上も殺してきた、お前のいう魔王とは、まさか?」
「あんな魔法にも見捨てられた紛い物達とは比べるのも馬鹿らしいですね、アレは毛先から足の爪先まで全てが恐怖と混沌の権化、始まりの魔王の生まれ変わり。きっと神聖勇者は、かつてくびり殺した魔王が娘に転生して苦しんでいらっしゃるのではないでしょうか?」
魔王の恐怖をスペア越しではあったが肌で感じた、賢治はまだ強くない。
だがこれからあっという間に越えられる予感が恐怖として感じてしまう。
才覚の差、だけでなく意思の悪虐さ、それ自体を悪意なく子供が蟻の巣を潰す様に人類を滅亡させてしまう恐怖。
そしてそのパンドラの箱を開けてしまった罪悪感。
だが何度考えてもイートは思う、果たして本当に自分は開けたのだろうか?
『開けた』のではなく魔王に『開けさせられた』のではないか??
不安、彼自身呪いの上位互換の力をもって何のリスクもなく敵も味方も呪い殺してきた。
そんな彼には相応しい罰なのかもしれない、彼はもう戦えない。
戦いたくない。
「私はもうダメです。あの聖女の様な魔王に、私はもう立ち向かえない!!神聖勇者様が注告した通り手を出すべきではなかった!! 私は、破滅の扉を開けてしまったのだ!今となっては死んだスペア体が羨ましい!!」
そこまで言うと怒気を含んだ顔を我慢できない女がいた。
金色の髪が逆立ちそうなほどの怒り。
彼女はイートに不快感を持っていた。
(今すぐにこの男を殴り殺してやりたい、こいつは今、自分の勝手な都合で利用して殺した命を愚弄している、そりゃ今は異世界との戦時だ。あちら側にどんな被害を与えようがむしろ褒めるべきなのだろう、間違ってもそんな功労者であるコイツを殺すなどあってはならない、だがな、それと私が我慢できるというのは別の話だ。命はどちらの世界であっても平時であれば尊重すべきだ、これは私の根っこの様なものだから変えようがない、怒りが抑えられそうにない)
40年以上の付き合いの部下はそんな聖女の心持ちを理解したのか目線を送る。
なんとなく『怒るなよ?』と言われた気がした。
(わかってるさ、今更こんな事で怒ったりしない。否、違うかもう正義感で怒れるほどの感情が私にはないのかもしれない、100年か…………もう、そろそろかな?)
「了解したぞ、よくぞ私の前にその話を持ってきてくれた。どうやら我らは異世界を攻略する前に、神聖勇者に支配された土地を奪還する前に異世界に生まれ変わった魔王を討伐しなければならなかった様だな」
その言葉にアンネは驚きイートは歓喜した。
それは聖女の決意であり、侵略への一手でもあり。
長く生きすぎた彼女の言ったそれは、自殺と同義だった。
「お待ちください、姉上、それはまさかあちら側に行くと言うことですか?」
「ああ、方法がないわけではなかろう? 転送システムを使う。一度死ぬかもしれんが少なくとも私と同じ意思を持った私と同じ力を持った人間が生まれる」
曇りない眼で言い切った。
そう都合よく異世界側に行けるのなら、今頃侵略戦争は血みどろの戦いになっている。
そうではないからこの戦いは両世界側の魔術に長けた者同士達がゲームの形式をもって物事を進めてきたのだ。
[転生]は同じ魂を異世界に別の体に生まれ変わること。
[転送]は同じ魂と体で体を変質させ異世界に転送する事。
[転移]は魂も体も異世界へ移動する事だが、これは考えられてるだけで現状不可能な事。
事実正道協会が侵略のためのゲートを開いた時も大災害が発生、計画に携わった人間が責任の重い順に呪いを受けその親族にも被害が行き今だに苦しめている。
魔法とは便利な代わりその法に背けば相応のリスクを受ける、だからこその魔“法”なのだ。
「やっぱりアンタはそう言う奴なのだな?」
アイナは理解した。40年以上の付き合いだ、こう言う時のシェルフは何を言っても意見を変えない。
そして異世界に転送された時点でもうそれは刻席を捨てるという事。
立場を捨てると言う事。
不老も、たったひとりの家族の不老も捨てる。
それをやめさせたいがため、あえてアンネは敬語を捨てた。
「アイナ」
「なんだよ? 不敬罪で裁くか? 確かに今ならできるぜ?」
まだ下の立場の彼女が不敬罪で裁かれれば、そうすれば刻席を失うかもしれないがシェルフも考え直すかもしれない。
そう言う企みだったが。しかし。
「お前は優しいな」
その顔は、初めて対面した時に見せた屈託のない笑顔だった。
アイナは目を逸らし、ただ一言悪態をつく。
「アンタは…………本当にずるい女だぜ」
頬を染め、感情を抑えるのに必死だった。
油断をするとその場で泣きそうだったからだ。
だからこそ彼女は奥の手を、聖女に提案した。
「本当は奥の手中の奥の手、だったんだけどな? 出来るぜ? 異世界転移」
息が詰まりそうになりながら提案した。
「「え?!」」
イートとシェルフは揃って驚いた。
全ては支配と防衛の為。
聖女は残酷な支配よりも防衛を選んだ。
例えそれが堕落の道であったとしても、今だけは確かに聖女らしい選択である。




