第5話 ⑮[世界異世界の事情]
彼女は今、祈りの間と呼ばれる神聖な礼拝堂にいる。
天井が高く20メートルはあり所狭しと壁画が書かれている。
だがそれは聖書的内容ではなく、ここ異世界の醜い人類の戦の歴史だ。
客観的に見た悪虐非道も、報復も全て描かれていて炎や血やらで大体の色が赤で染色されている。
その中でも最も赤いソレは天井の中心にある。
最初に描かれたであろう異世界の戦争の根源、魔王と勇者。
大きな赤毛で紫の瞳の獣と金色の瞳の藍色の髪の少年がいて歯と刃を向け合っている。
その一匹と1人の獣を中心に悪夢が広まっていく、ソレを教訓にする事がこの礼拝堂の目的なのだろう。
更に中心をよく見ると獣の背後に薄紫の瞳の白銀の美少女が鳥カゴの中に入れられている。
白いヒラヒラした服を着ていて清楚な少女の様に描かれている。
本人はただの露出狂だが。
これがきっと聖女の理想像なのだろう、そうあってほしいという願いが込められている。
きっと歴史というものは正確さよりも残された者達の為に加工された物なのだ。
太陽の光を取り込む大きな窓があり、科学技術では製造不可能な壊れにくく分厚いガラスのステンドガラスが貼ってある、陽の差す方向により魔術が発動し絵が変わる仕様だ。
そしてこの礼拝堂は今一般人は立ち寄れなくなっている。
普段は一般公開して入場料を取ったりしているが今は緊急事態なのだ。
天井の魔王と勇者の絵を見つめる聖女、シェルフを中心に12人の白い鎧をきた女が取り囲んでいる。
と言ってもその全員がシェルフに跪き礼をしている。
シェルフ自体の見た目は160cm後半くらいの身長で華奢で胸部緩やかな膨らみが無ければ一見、美少年の様な雰囲気がある。
そのシェルフより全員見た目は背が高く屈強な体躯の女戦士だ。
一番小さい見た目の者でも180cm、2メートル越えの女は珍しくない。
『珍しくはない』のはここだけの話でなく、この世界の女は大抵男より強い。
ここ異世界では当たり前のように魔法が伝搬し、様々な魔術が開発されている。
私達から見ればこの世界は文明の遅れた異世界だが、この世界の人間からしたら科学の世界は『魔術が遅れた世界』なのだろう。
そういった文化の違いはこういった女と男の立場に現れている。
魔法がない事にされている科学文明の世界では肉体に優位性を持つ男が結局世界の中心だ。
何故ならいざという時男の方が強いからだ、差別なく理想を捨て事実を区別するとそういう事になる。
だがここ異世界ではそういう『魔法がない』という歪んだ思考は流行ってない、男より魔法とステータスに愛された女は必然的に男より肉体が頑強になるのである。
見た目に現れる女もいるが、現れない一般的な女も一般的な男よりは強い。
事実をだけを区別するとそういう事になる。
そして子供を産むのは自然に任せれば女だ、だが魔術で男も妊娠させることも出来る。
もっと言えば愛さえあれば肉体に頼らず[神樹]と呼ばれる大木に祈りを捧げ木の実に我が子を孕ませることも可能だ、つまり子を産むことが社会的な不利にならない。
科学文明の世界の人間とは価値観が根本的に違う異世界なのだ。
礼拝堂に集う13人の女戦士は異世界中の選りすぐりのつわものだ。
彼女らは[聖刻の騎士]。
0から始まり12まで時計のようにナンバリングされた[刻席]と呼ばれる騎士達の称号。
[刻城]と呼ばれる元魔王城の現在の王に使える特別な騎士。
数字はゼロに近いほど上位の権限が与えられる、つまり彼女らの中心にいるシェルフはゼロの刻席で、今最も王に近い戦士でもある。
ここ異世界は弱肉強食、強い者が最も上位の権限を得る。
野蛮だと思われるかもしれないが科学文明も結局は弱肉強食ではないだろうか?
そういった真理はどこの世界も同じだ。
貴族制度が廃止されても結局権力の差はあり上級国民と揶揄される者が出てくるのだから。
「今日も王はいらっしゃらない。か」
祈りを終えた聖女は呟いた。
シェルフは定期的にこの礼拝堂で祈りを捧げて王国の魔術的結界を強固にしている、ここ四日間はその頻度が多くなった。
そうしなければいけない理由があるのだ。
「さて、今日はお前らを集めたのは他でもない。現在世界の半分を支配しているあの[ダンジョン]と呼ばれる固有異世界について刻城の方針が決定したからその宣言、そして布告についてだ」
その言葉で全員が緊張した。結果は分かってはいるがシェルフがこういう場で正式に魔法に則った事をすると言うことは責任の所在を明らかにする儀式のようなもものだからだ。
もう今の異常自体に動いている刻席の女戦士もいる。様々な指示を出している者も、だがそれらを一旦中断してもこの儀式は出席不可避なのだ。
「…………事の始まりは[正道教会]の一部権力者が勝手に初めて15年前の異世界侵略が原因だ、魔法の発達していない科学という魔法の紛い物が狂信された世界を支配しようとした。当事者共はもう既に始末したが異世界への扉は開いたまま、そして現在までにそのツケを我ら刻城の兵が異世界からの侵略者、自称転生者を狩り殺す事になったのだ」
本当の異世界転生は甘くない。
チートスキルなどくれないしこちら側からすれば異世界から来た侵略者だ。
「原因が何であろうと我らは侵略者には厳しい態度で挑んできた、理不尽に殺し無惨に裁いてきた。彼らに人権がないのだから当然だ。私達は間違ってでもそうしなければならなかった、そこに反省はあっても後悔など一切ない。それはみんなも同じ事だろう」
中には運が良く、ステータスを得てしまった者も居たが例外なく力を持った者は目立ちその全員を殺してきたのだ。
「大義の前に悪を成さなければならない時はある、我らは正道教会のようにその悪を正義として歪めてはならない、我らは力でもって、剣と魔法で侵略からこの世界を維持する装置だ」
悪も正義も判断の材料にはならない。
何故ならそんなのは歴史家が後で決めるような事で要は感想でしかないのだから。
「3日前、突如として現れた世界を分断する壁の出現、今までの魔法が通用しない[ダンジョンスキル]と呼ばれる特殊な魔術、その全てを精査した結果…………その大元となる固有異世界、魔術の侵略的伝搬の原因はかつての神聖勇者! マシュー・ヨン=ダーネストであると判明した!」
聖女は抜刀し天高く切先を天井絵の青髪の勇者に掲げた。
これは正道教会と呼ばれる神聖勇者狂信者に対する敵意の現れでもある。
だが彼女はきっと許される、何故なら彼女はこの世界で王の次に強いからだ。
しかし。
『現行“科学”とカテゴライズされた学問は決して紛い物ではありません』
何処からか聞こえる声。
それは天から使わされた者の声、などではない。
「誰だ! 女の声??」
全く予定にない事態にシェルフは動揺する。
『私はアルバ、貴方達が[単陽の世界]と呼ぶ世界にて科学によって作られた感情を持つ人工知能、有・人間性人工知能実験によって作り出されたお姉様達の296の残骸から魔術によって生み出された産物…………簡潔に言うならば科学と魔術の申し子です』
そこにいた全員が騒然とし、声だけの乱入者によって場の空気が占領された。




