第5話 ⑭[決別]
『籠の鳥と言ったな、つまり君は賢治を空を飛べる鳥と分かった上で、つまりは魔王に最も相応しいと分かった上であのマンションに閉じ込めると言う事か?』
魔王の奸計、魔王の我儘、魔王の寵愛。
自分より才覚のある娘に嫉妬し、それ以上に。
「当たり前だ、私は魔王だぞ? 愛すべき対象は捕らえて手籠にする。勇者の正義など知った事か、父性など知った事か、私が賢治を私の聖女として愛する。あれは私のものだ」
悪びれる事なく一切迷わず言い切った。
毒親、と言うのが優しく感じるくらいに悪の女。
『な、なんて女なんだ! たった1人の娘なのにそんな酷い扱いを! 愛すべき娘になんて酷い! この人でなし!』
まるで子供の様に親の決まり文句を言った。
「…………声が上擦ってるぞ変態勇者、お前の気持ちは理解できんが何を考えてるかは予想しやすい、嗚呼お前とアンネは本当によく似た変態だな」
『ふふふ♪ はははははは!! なんて、なんて素晴らしいそれでこそ僕の選んだ魔王! 美しい! なんて美しく残虐なんだ! 愛しているよ奏美! 君はやっぱり僕の理想の魔王だ』
「どうせ似た様な事を賢治にも言ってるんだろう? お前は一途になれない嘘みたいな本当の勇者だからな」
勇者は残酷である。
魔族であっても、亞人であっても獣人、救うべきものを救い滅するべき者は人類であっても滅ぼす。
魔王は残虐である。
自己のために同族の魔族すら殺しうる、魔法を司り最も強い者を選定する。
世界にはこの二つのどちらも欠けてはならない、なぜならば。
(この男は魔王がいなくなれば世界を滅ぼす、勇者としての体面を保てず暗殺者としての顔が出る、私が死んだ後のあちら側の世界…………はっきり言ってみたくも聞きたくもない。きっと私より効率的に人間を殺してきただろう、嫉妬で狂いそうだ)
「私の神聖勇者、またお前を魅了してやる。お前は私が死ぬ間際『聖女になれ』などと言っていたがな、私からするとお前の方が聖女に相応しい。また私を魔王に選べ隣に並べてまた可愛がってやろう、また女装させるのもいいな。やっぱり賢治はお前似だよ」
魔王はどうやらどっちでもいけるらしい。
『僕のは女装だけど、賢治のはまんま普通の服だよ? どうして君たち親娘は女と認めないかな?』
「アイツは男だ」
『あれれ?確か首輪プレイして「メス犬プレイ❤︎」とか言ってなかったっけ? 酔っ払って帰ってきた君が本性丸出しで賢治に首輪して母親としての一線を超えて僕に「娘の記憶消して下さい」とか言ってたよね? まぁあれは一緒に布団に入った賢治が君を誘惑したのも半々で悪いけどさ』
「首輪の話はするな、あれは私も反省してる。小学生にしていい事じゃなかった、大人になった今が一番私の好みなのに、嗚呼早く賢治に会いたい」
『ん?3日前に話したんじゃなかったっけ君?』
そう4月1日に定期連絡 (毒親強制)したばかりである。
「3日も話してない、アイツめ私が欲しがってるのを分かってて通信してこないんじゃないか? そう言う変に女を転がすのが上手いのもお前に似てる、やっぱりアイツは男だ」
何故かドヤ顔で似てるお前の方が宣言を言い放つ。
『いやいや、君何十人もの女の子を侍らせてたじゃあないか? 完全に君似だよ』
どうやらこの二人は似た者夫婦らしい。
「お前は誰の味方だ? 娘と称賛する賢治の味方か? それとも昔の女、アホのアンネの味方か? それとも実は私の味方か?」
『そんなの決まってるじゃあないか? 僕は勇者だよ? 常に正義の味方さ』
静かに、まるで森の木のざわめきを聞く乙女の様に目を瞑って勇者の宣言を聞いていた。
微笑んで目を開ける。
「まるで問いの答えになっていないな、だがお前はいつもそうだったな。ふふ、長い夫婦生活で私も心が老いたのかもしれん、そうだな所詮貴様と私は敵同士。同じ女を奪い合うライバルだ、決めたぞ正志、否、マシュー・ヨン=ダーネスト! 賢治は私の籠の中の鳥にする、お前の選定も要らん!何故ならお前は私の敵だからだ! こっちの世界の神聖勇者を探し出して洗脳してやるさ! そしてお前を昔のように嫉妬させてやる! 今更発言を撤回してももう遅いぞ! これは宣戦だ」
嗤う、
かつての大虐殺を指揮した魔王。
魔族を十数人殺された報復で大国の全ての民を皆殺しにした恐怖の魔王。
魔人も魔神も魔族も勇者も引き連れて1人も逃す事なく大虐殺した魔王の顔がそこにあった。
『ははは、やっぱり君は変わらない。好きな子の事になると感情を表に出して迷いなく敵をぶっ殺す。気をつけてくれよ? また人類滅亡だなんて言わないでおくれよ? あはははは』
その瞬間、奏美の顔がまた強張った。
怒りに、ではなく少し悲しそうな、目を逸らすように陽光差す窓を見つめた。
「あの時はす………いいや、何でもない。お前は敵だ」
『?…………何だい一体? いきなり歯切れが悪いなぁ、もっと魔王らしくしてくれよ? 素敵な闘争の幕開けだよ?』
「お前は勘違いしてるよ、私は魔王であって魔王じゃない私は…………私は大魔王だ」
窓を見つめるのをやめ、真っ直ぐ前を見た。
勇者と対峙する魔王の顔。
まるでゲームのRPGのような展開だ。
だが既にそこには蜘蛛領域は消失し勇者の気配はなくなっていた。
「逃げやがったか、そうか私と同じようにあいつも勇者ではなく『逃し屋のマシュ』になったのか?」
独り言を放つ少女はただ悲しそうに勇者の声の後を見つめていた。
◇
同刻。
異世界。
一言で異世界と言っても色々だ。
同じ世界でも過去の世界も異世界であり、無数に分かれた未来も異世界と言える。
ここはよくある剣と魔法の世界。
人間もいて、魔族も魔物も亞人もいる世界だ。
太陽が二つあり空は青い、雲も白く木々もある。
文明以外はあまり大差がない世界とも言える。
科学世界の観点からするとこの世界は遅れている、中世の歴史的資料が写実的でない抽象的だった時の世界。
ラノベなどでよくある[ナーロッパ]と呼ばれる様な世界だ。
風が舞い、草っ原を靡かせた平原に大きな城が建っている。
ここは元・魔王城、3000年以上前にクレイという名の始まりの魔王が建てた城だ。
とてつも無い大きさだ、屋根が針の様に尖り壁のような門が所狭しと並んで城壁となっている。
しかしそこはもう魔族も人間も関係ない城だ。
神聖なオーラが支配している。
その城の中に1人の聖女がいる。
白く薄い生地のドレスに身を包み、祈りを捧げる金色の髪の聖女。
少し膨らみのある胸部、引き締まった腰、その姿はまるで金色の妖精だ。
薄紫の瞳はアンネと同じ色だ。
さぁ少しだけ異世界の話をしよう。
彼女の名はシェルフ・ルフ・エインフェルク。
異世界の騎士であり、
現在進行中の世界侵略戦争の指揮もしている戦人である。




