第5話 ⑬[仲良く半分こ]
『術糸、蜘蛛領域』
その“宣言”を聞いて仮眠を貪る魔王は目を覚ます。
魔術アビリティ
固有スキル 『術糸』
・魔力から作られるオーラを極細の糸にする『魔糸』に魔術の術式を込めた完全上位互換。隠密性、利便性に優れたチートな糸。
・暗殺に優れた勇者的スキルでもあり、人形使いらしい封印系最強の固有スキル。
蜘蛛の巣の様に当たり一帯に糸が張られていく、壁から机、そして椅子、奏美本人に届くその瞬間。
ずん!
魔法アビリティ
魔王スキル『制圧』
娘と同様の力、術法に長けた糸が物理的に抑えられ地面に千切れて落ちていく。
『あっはっはっはっは! すごいすごい。なんて素敵なんだ君は、賢治とはやっぱり比べ物にならないや』
笑う、残酷に笑う。
その声は間違いなく奏美の元夫、正志のものだ。
「…………」
奏美はまだ何も喋らない。
一瞬死に別れの男の声を聞いて多少の動揺を見せるも一瞬でその気持ちを抑えた。
何故ならばその声の主が本物とは限らないからだ。
神聖勇者、彼自身が自分の偽物を作る。そして世界も彼を模倣する。
だからそういったまがい物を奏美は魔物と定義して全員ぶち殺して来た。
だが今話しかけている人物は限りなく本物に近い。
『どうしたんだい?奏美、君は僕と話をするのが大好きじゃないか?まぁ別れ方が問題あったから黙るのも解っちゃうけどさ、もう許してくれないかなぁ、賢治に手を出したのは悪かったからさぁ?』
正志は奏美と2人きりの時は娘の事を『ケンちゃん』と呼ばず『賢治』と呼ぶ。
そして2人が別れた本当の理由を仄めかして2人しか知らないはずのことを匂わせる。
『あー因みに今この音声に話しかけても無駄だよ?この声は一方通行で奏美に話しかけてるんだ、だからこのまま僕の言うことだけ聞いててね⭐︎』
「…………断る、この嘘つきめ」
聞こえないはずの返答、沈黙、それはむしろ答え合わせに近い。
『んくくくく♪ やっぱり君に嘘は通用しないなぁ、よく解ったね?』
「当然だ、本当のお前が私に本当の事を言うものか。私に一方的に好き勝手を言って心理的マウントを取ろうとしたんだろうがそうはいかない。お前は嘘つきで偽物の様な本当の神聖勇者、私の前の壁で、今は心を惑わす亡霊だ」
『亡霊ね、それは合ってるかなぁ? だって今はそっちに居ないから』
元魔王、谷戸奏美はこの男の葬式で泣いた。葬式の手配もした。
遺灰も壺に詰めたし、遺体も見た。だから死んだ事は確認している。
だからこそ矛盾が生じている。そしてその矛盾は魔王の表情を強張らす。
「死んだのは、間違い無いんだな?」
『嗚呼、僕は殺されてあの世界に出戻った。君の根源のあの世界さ、どうやらこっちの世界の“僕”が引き寄せたみたいだね。さすがに自分が相手だと分が悪かったよ、僕を殺せるのは僕だけさ』
「私はそっちでお前に殺されたがな? ふふふ」
嗤う。魔王が嗤う。
冗談の様な会話に思わず嗤う。
『やっぱり魔王は嗤った顔が一番美しいよ』
「私は勇者が笑った顔が一番憎たらしい」
懐かしい感覚に支配されそうになった魔王は気を引き締める。
勇者とはこういう男だった、気を許すとすぐに感情に訴えかけて心から狩りにくる男だったのだ。
(2人きりになるとすぐに顔を変える。こいつは本当の顔を見せない、常に仮面を被り全てを騙す)
『悲しい事を言わないでおくれよ? 一度は共に人生を歩もうとした仲じゃあないか?』
「二度だ、そっちの世界での事をカウントしてないのか? ついにボケたか?」
『…………あ、そういやそうだね?だって前にも散々言ったけど前々世の記憶が曖昧でさ? 君と賢治との楽しい思い出に塗りつぶされちゃってるんだよねぇ』
「お前は無駄話をしにこんな領域魔術をかけたのか? 異世界から? あり得るかそんな事、本当はこっちの世界に出直してるんじゃないか嘘つき勇者」
『あ、今僕が娘の話をしたらから嫉妬した?』
「お前にも私にも娘などいない、賢治の事を言ってるのならあいつは男だ」
嘘だ。
魔王はその手で自分の娘の性別を変えた毒親。
生まれる前から娘に手を出した人でなしの正しい魔王だ。
だからこそ勇者はまた嗤う。大きく嗤う。
『くっくっくく、あははははははは!!まだそんな大嘘を言ってるのか魔王。いい加減にしろよレイナ。いやクレイ・アストラン・レイナード! あの子が男? お前だってそんな事思った事ないくせによく言えたものだ、魂に聖女の性質を持つ男などいない、それはお前がよく解ってる事じゃないか? それに賢治はもう23歳だ、本来の性を自覚し親から離れるべきだ。だと言うのに君はまだあの子を束縛している様だな、賢治に聞いたぞ? 毒親っぷりに磨きがかかってるとな?』
「たった1人の愛息子だ、愛情表現が少し強いのも仕方のない事じゃあないか?」
『誤魔化すな魔王、お前は本当は気がついている。あの子があの女の生まれ変わりなんじゃないかと、君の愛妾、世界を滅ぼすきっかけとなった聖女王アンネの生まれ変わりだと!』
「記憶喪失の奴が随分ベラベラと過去を語るもんだ、お前の言うことなど信じるものか、勇者の一挙手一投足余計な一言全てが私を殺す為の布石だと私は理解している。あの子がアンネの生まれ変わりのわけがない、アイツは露出狂の変態だ、恥じらいを持つ我が息子とは似てもいない非なるものだ」
『そう、でも僕アンネと会ってるよ?僕っていい女の事は絶対忘れないんだ、だからアンネの事も覚えてる。会話もした、あれは間違いなくアンネだ』
奏美は娘の様子を逐一監視している、正確に言うと監視役である七緒の報告を聞くといったレベルの話ではない、白銀の美少女と一緒に賢治と寝ていたのを目撃している。
優奈の存在も知っている。
だがアンネとは会話をしていない。
だからよく似た女だと、それ以外に思うことがなかった。
否、思わない様にした。
「そんな訳があるか、あれはアンネじゃない」
認めたくないのだ、昔の女が娘に生まれ変わったなどと。
『もう認めなよ、そっちにいた頃は見てられないから言わなかったけど君の娘は間違いなくアンネの生まれ変わりだ、仕草を見る度に何度もフラッシュバックしていただろう? 解っていなければわざとアンネと真逆の性格に矯正したりしない、愛娘に同じ不幸を味わわせたくない、その一心で君は賢治に魔法の存在を秘匿させ記憶までいじって来た』
「魔法を秘匿したのはあの子のためにならないと思ったからだ、母親が息子を思うのがそんなにおかしな事か?」
部屋全体に響く勇者の声に魔王は椅子に座ったままただ何かを睨む。
おそらくは自分を見ているであろう事は分かっている、ならばただ睨むだけで敵意は伝わる。
『誤魔化すなよレイナ、お前は気がついている。あの子には“魔王の才能”がある。それは前世の君も認めていただろ?「私がいなければアンネが魔王になっていただろう」ってさ』
「賢治はアンネじゃない! あれもアンネじゃない! 今あの子の側にいるあれはアンネに似せた魔物だ! お前が作り出した偽物だ、そうだお前アンネの事好きだったからそれで賢治にその影を妄執して、作ったんだ!」
怒り叫んで魔王は息を切らした。
『…………僕ってさー昔の女とかに執着しないんだよねー、今はアンネのアホより娘の事で頭がいっぱいさ』
乾いた勇者の微笑いが部屋に響く。
勇者の事は魔王がよく知っている、勇者が娘をどう思っているのかも理解しているつもりだ。
「そんなの私も同じだ、あのアホは何をするか全く予想がつかない、その一点だけはアンネと似ている、魔王と勇者は確かに賢治を愛している、だからこそ…………」
だからこそ愛する娘に近づいて欲しくない。
娘を娘として見れない、魔王の座を争う敵にしたくない。
『だからこそ?』
提案する、世界の半分すら勇者と共有出来る大器なる魔王は勇者に“宣言”する。
そう、これは魔王の愛。
「アイツは、賢治は私だけの籠の中の鳥だ」
魔王も娘だけは勇者にも譲らない。
ムスメヲアキラメマスカ?
Y/▶︎N




