第5話 ⑤[三人に勝てるわけないだろ!!]
「俺は男だ!!」
しかし言い返す! この少女思い込みが異常に強い。
しかし今のえっろい下着姿で何を言っても説得力など皆無だ。
「分かりましたお嬢様、それでは私の用意した服は着ないで一生この部屋から出ないおつもりなのですね? 言っておきますけどこの部屋に男装用の服など在りませんよ? 別に引き篭もるのは構いませんが、というより貴女の一生をここでお世話するのは私の望む通りの展開ですが、私的には貴女は外で天真爛漫に元気よく外で遊んでいただきたい。そして知って欲しいのです、貴女が本当に女性であるという事実を、貴女は鳥籠の中に居るべき人では無い」
心の底から七緒は賢治を救いたい。
妄言の様に聞こえるその言葉を真面目に言われ賢治は少し動揺する。
(俺は男だけど、ななちゃんにとってはそうじゃない。だ、だったら別に着せ替え人形になる事くらい…………)
「分かった、じゃあななちゃんの言う通りにする」
さっきまで何度も「死ね」と言っていた時とは大違いなほど聞き分けが良くなった。
むっふーっ!!
侍女の鼻息が荒い、久しぶりに主人のお着替えを手伝えて興奮している様だ。
妹と露出狂は邪魔にならぬ様に見学する。
(お姉様のお着替え、この侍女から学ぶのだ! 履き替え方、着せ方、処理、聖女アイテム確保の方法!)
(ククク、なんて子達なの? 相性がいいにも程があるわ、全部ケンちゃんが聖女としてのいい所づくめな性格をしてるってのもあるけど。全員が全員互いの足りない分を補い合おうとしている、嗚呼思い出すわね。かつて私の後ろを歩く者の魔族達の事を…………)
「ではお嬢様、いつも通り足先から」
「そのお嬢様ってのやめて、いつも通り『賢治』で良いよ」
ピクん♡
アホ毛が少しだけ動いて感情表現する。
「あ♡ 賢治、今ちょっと懐かしくて感じてたでしょ?」
「な! 知らない! 感じてにゃい!」
「いやいや、あんた昔みたいにアホ毛がすっごいピクンピクンしてるわよ? 猫の尻尾みたい❤︎ ふふふ」
「そ、そんなわけにゃい!!」
ビクビク!!
警戒した猫の様にアホ毛をおっ立てている。
「ねぇ、優奈ちゃんアンネさん。貴女達も実践して見る?」
「「する」」
食い気味に近づいてくる。
「じゃあこの子が手を九十度にあげるから上着の裾下から背面をシワを伸ばす様に持って、うんそう」
細かに指示をしながらお嬢様の服を仕立てていく。
それはもう作品を飾り付ける職人である。
「あ、あんまり人をおもちゃにするなよお前ら」
「あらあら、そんなこと言っちゃって。生意気言ってるけど体は昔みたいに私に着替えさせられる事を覚えている様ですわよ?お嬢様❤︎」
ビクンッ!
どうやら耳元で囁かれまた感じてしまった様だ、アホ毛が反応して反り立っている。
「わっかりやすいわね♪」
お人形完成。
三枚の服、下に白いふりふりのブラウス、中に形を整えるベルト式のサスペンダー、上着に赤のドレス、これから舞踏会にでも行けそうな服だ。
「おい、こんな服じゃ歩き回れないぞ?」
「ぬふふふ、一度着せてみたかったのよね〜、赤のドレス」
「お姉様!すっごく似合っています!」
流石異世界人、優奈の美的センスとはあった様だ。
「ふふふ、母親と同じ髪色ね?」
「なんだよアンネ、お前母さんの髪色は知ってるだろ?確かに赤みがかってはいるけどこんなに鮮やかじゃないよ」
「それは貴女がまだあの子の事を魔眼で見ていないからよ、本当のあの子の髪色は鮮血の赤、夕陽の女王とまで言われたくらいの色なんだから」
「へ、へ〜」
(すごく似合うと思う、母さんは赤が似合う、髪も服も浴びる水の色もみんな赤が似合う、そんな魔王になるべき女の人だ)
「はっ! ケンちゃんがまた裸の女の子の妄想を! しかも母親!! このマザコン!」
「お前が変な事言うからだ! そして俺の心を読むな!」
「まぁ、お姉様の母君なら私も会いましたから素っ裸の妄想をする気持ち分かりますけどね?」
「え? 母さんに会った?」
唐突過ぎる妹からの告白、妹が母親と出会うなど字面だけなら普通の事だが言うまでもなく実際の優奈がこの世界に来たのは2日ほど前の事だ。
一体どうやって?
「伝承通りの女でしたね、凶悪が人の形をした様な奴で本当にお姉様と血が繋がっているのか疑わしい」
「ま、間違い無く母さんだ! 大丈夫か優奈! 変な事されなかったか? 脅しとか脅迫とか洗脳とか」
実の娘にここまで言われる母親とはどんな女なのか?
「洗脳はされてません、少し約束事はしましたけどね。貴女を魔王にしないように動け、と」
「な、アンタ! そんな事奏美さんに言われておいて正志さんの魔王堕ちに手を貸したの?!」
侍女が怒る、七緒は賢治を魔王にしないために動いてる。
「は!? 馬鹿かお前、お姉様の様な最も魔王に相応しい主人の王器を魅てよくそんな事を言えるな? それにお姉様が魔王となれば私は魔王の配下、これは一生に一度もあり得ない好機だ、拒否させる馬鹿などするわけがないしそんな奴は居ない!!」
妹は笑う、邪悪に笑う。
賢治はこの時理解した、優奈もやはり心の中では異世界側の考え方なのだ。
どんなに身体をこちら側にしても、どんなに自分が誘惑しても、心の底にある本心は誰のものに出来ない。
(…………でも)
「優奈ぁ、ちょっと聞き捨てならないなぁ?」
怒気、それを感じた妹は自分が誰の奴隷か思い出した。
「お、お姉様?」
「最も魔王に相応しいのが俺? それはない、魔王に相応しいのは私の母さんよ、あの人こそ本当の人でなし。魔王の器なのよ?」
左眼の瞳が紫色に輝く。
興奮し憤怒した。
魔王だけで無く王器を持つものは決して自分が一番王に相応しいなど思わない。
何故なら王という者の価値と存在意義をきちんと理解しているからだ。
相応しい者は己の王器に疑念を持つ、そして人を測る。
他者の評価を正確に行い、自分より優れている事を理解し受け入れる度量。
それが王器だ。
だから自分より魔王に相応しい人間がいる、それが自分の母親であるのなら、そして自分を立てるためであっても母親が自分に劣る。
そんな事を言った奴隷を許せるほど賢治の魔王の器は小さくはない。
「…………し、失礼しました。私如きが魔王様の器を測ろうな、ど!」
そして奴隷妹は心の中で確信していた事実を再確認したのだ。
(ステータスでは確実に私の方が上、戦えば確実に私が勝つ。だがそれは更新回数を数学的に算出したもの! 机上の空論! 私の経験が言っている、生まれた時点で私はこの子に勝てない! 魅惑一つとっても、魔力の質も! オーラも! そして空間支配力も! 弱さも強さもこのお方には勝てないのだ!)
自然と体が隷属の証、片膝をつき地面を見る。
王と視線を合わせられない。
奴隷だけではない。
幼馴染みでいたい侍女も己の身の上を理解し腰を抜かし、濡れる。
(き、綺麗…………奏美さんも綺麗だけどこの子の方がやはり、魔王として相応しい! 魔王にさせたくないのに理性では分かっているのに私の本能が魔王を望んでいるっ。嗚呼本能に勝てない自分が憎たらしくて絶望する!)
本来ならば魔王に近づくことも出来ないはずの凡俗である七緒、彼女は幼馴染としての立場で魔王を阻止しようとする勇気ある聖母である。
だが笑顔に歪み、魔の王器に当てられ絶頂する。赤いドレスが映える女の子に理性を萌やされた。
一番腰が高いのはアンネだ、だがアンネとて目線は合わせない。
片手を執事の様に腹這いに礼の形を取り地面を見る。
(この3人でかかればこの瞬間は間違いないなく勝てる。全員がそれを分かっている、だけど今予感させる。次の一瞬で勝てなくなると思わせる場の空気の支配力。人の生きる本能を逆手に取る悪の気配、理解を遠ざける悪の気配…………この魔王に一太刀を浴びせられるのは『勇気』ある者、つまりは勇者性質の戦士だけだ)
この場の目線の高さで強さがはっきりしたのだ。
力では無く強さ。
中心の魔王を除き一番強いのは言うまでもなくアンネだ。
彼女は異世界で聖女の王をしていた理性の化け物、唯一始まりの魔王クレイ・アストラン・レイナードと対等に会話できた人間。
だがそのアンネでも礼の形を取らなければならない。
それ程までに賢治の魔王の器は出来上がっていたのだ。
これはいわゆる世界の危機というやつだろう。




