間劇 「くっきんぐもんすたー3」
「さぁさ、ご飯の時間だ」
「「ひぃっ!!」」
時間が来たタイマーの様に機械的に声を上げた。
白銀美少女も黒猫妹もしっかり教育済みで美味しいご飯地獄に恐怖している。
しかし七緒は平然としている。
「嗚呼、クッキングモンスターモードになったわね?」
「何?なんなのよ!その物騒な名前は!!」
恐怖に震えて寝ていればよかった妹はお姉様の恐怖を知りたい。
「懐かしいわね〜家庭科の時間になるとこの子狂った様に美味しい料理を作るのよね、先生に注意しても先生の分まで作って胃袋から支配する。賢治はね、男女問わずクラス全員の胃袋の限界容量を把握していて、家庭の時間が給食の後になるという異常事態になったのよね、どんなに言っても美味しいご飯を作るのをやめない。誰にも止められない、可愛いし綺麗で嬉しそうに純粋に作るからクッキングモンスターって呼ばれてたわ、まぁ私大食だから全然ちょうどよかったけどね」
幼馴染みの顔が遠い昔を思い出す歴戦の老兵の様な顔になっている。
確実に何か酷い目に遭わされている。
「体をこの世に得てケンちゃんの中から観てたけど、実際に食べる側になったらこんな恐ろしい女の子だと体で理解できたわ、まさしく魔王!恐ろしい子!!」
恐怖に顔を歪ませた自称聖女の露出狂を賢治はにっこりと微笑みながらお腹に目をやる。
「お前は痩せすぎだと思うんだよな、すっぽんぽんで現れた時肋骨も浮いてたしやっぱり女の子はふとましい方がいいと思うんだよねぇ、アンネと優奈は炭水化物系中心で行くかぁ……ななちゃ、七緒は何が良い?今日は選ばせてやるよ」
肩を低く構えて女装のまま微笑む姿は恐ろしくも綺麗であった。
流石幼馴染み、服と下着のチョイスはバッチリで違和感がない。
(薄いピンクのブラジャーと布面積の少ないパンティ、そして黄緑と白のひらひら上下のドレス! これこそ聖女に似つかわしい!いつもの白シャツデニムパンツなんか許さねぇ! ってか完全にお母様の影響よね?あの人もデニムパンツ好きだし、でもあの人はアグレッシブだから似合うのであって賢治は完全にメスなんだからもっとメスの服を着るべきよ! 男装なんて全く似合わないんだからっ!!)
男だと思い込んでいる賢治が着こなす下着姿を妄想している23歳自称OLはいやらしい目つきでガン見している。
しかしその視線が気にならないくらいにクッキングモンスターモードの賢治はどう調理したモノを胃に入れてやろうか集中している。
(ななちゃんは意外と筋肉質だからなぁ、もうちょっと脂肪をつけさせないとグヘヘへ、でもご飯系はあんまり食べないしなぁ。好きじゃない物を無理矢理食べさせるのはダメだ、おいしくぶくぶくに堕ちてもらわないとぐひゃへへへへ)
幼馴染のお腹を見ながら優しく優しく微笑んでいる、最早セクハラである。互いに互いをセクハラしあっている。
「んーと、私は今日もステーキ気分かなぁ?」
「ほほぅ……」
(やはり肉系、しかし塊の肉なんてないぞ?一応アホ二人が異世界転送されてから注文はしておいたけどまだ届いてはいないはず、1キロ級のステーキを食べさせたい)
「七緒、ステーキ用の肉はあるか?俺だし用の肉くらいしかないんだけど?」
「大丈夫よん♪昨日アンタを脱がして堪能……お着替えしてた時についでに冷蔵庫に私の買った肉を突っ込んどいたわ」
「冷蔵庫に、うむ30分ってところか?」
「?」
「調理時間だよ、もしかしたらもっと時間がかかるかもしれない」
(ステーキなんて肉焼いて食うだけのお気軽料理じゃないかしら?ソースとかにこだわるのかしら?)
「ソースなんてニンニク醤油でいいわよ、作ってもらうんだし」
「ん?それは知ってるよ?ななちゃ、七緒そういうの昔から好きだしなー。でも女の子がニンニク醤油なんて良くないと思うぞ?」
「ナノマシンが消臭するから別に大丈夫よ、それにステーキソースはニンニク醤油が世界一よ、特に焼きたてのじゅうじゅうにかけて食べると堪らんのよ」
「そんなにかけると流石にナノマシンでも消臭しきれないと思うぞ?ニンニクの匂いって摂取した体内から放出する分もあるし、まぁ匂い付け程度で半かけ分入れておくよ」
「え、ええ……」
(お母さんかしら?すごく細かいわ、休みの日ぐらいしか食べてないから気にしてなかったけど今まで大丈夫だったのかしら?私)
餃子レベルの話ではないのでうがいをすれば大体大丈夫なのだが今の賢治は幼馴染に腹一杯食べて貰いたいのでどうしても事細かに聞いてしまう、まるで『注文の多い料理店』である。
(賢治のくせに生意気よ!チョロインのくせに!こうなったら……)
「ねぇ、賢治ちょっと面白い賭けをしない?これから作るステーキなんだけど私を満足させることができたらさっき言ってたアイドル云々の話は無しにしてあげたいんだけど。どう?」
「満足ってのは100点満点って事か?俺はあんまり料理に評価をつけるのは好きじゃない、どんな複雑な工程でも簡素な工程でも出来上がる料理は一つ、それが俺の意見だ」
「大丈夫よ、もし満足できなかったらその正当な理由をきちんと説明するわ」
「で?できなかった時のお前のして欲しいことはなんだよ?」
待ってましたと言わんばかりに笑顔になる、エグい、エグい笑顔である。
「……ひ、膝枕してくれないかしら?」
しかし口から放たれた願いは可愛い物である。
「お前!また顔を仰向けにしてエッチなことする気だろ!!」
前言撤回、全然可愛くなかった。
「だってアンタまた可愛くなったんだもん!ケンちゃんが悪いのよ!そんなに可愛いのに我慢ばっかりさせて!!本当なら無理やりにでも押し倒してやりたいのにそしたら嫌われるから我慢してたのに!うえぇええっ!!」
泣き出した、床に転げ四肢を振りながら駄々っ子の様に23歳自称OLが泣き出した。
その様子を見て完全に蚊帳の外の二人はドン引きしていたがお姉様であり聖女王候補の賢治は幼馴染みのみっともないその姿を見てまたもや微笑んでいる。
というかお腹を見ている。
「しょうが無いなぁななちゃんはいっつも我儘なんだから、ステーキニンニク醤油ソースがけ、きちんと満足いく最高の料理に仕上げてやるぜ!」
男言葉で頼もしく言い切った、幼馴染の幼児退行姿に欲情してしまったのだろう。
そんな賢治の魅了状態を見て七緒は思う。
(計画通り! 計画通り!! 計画通り!!! 思い通りぃいい!!!!)
そうここまでは七緒の計略通りなのである。
(馬鹿め、ステーキをお手軽簡単料理と思い込んだアンタの落ち度よ!クックックッ、ちょっと私がみっともないことするとアンタは直ぐに私のいうこと聞く!全くチョロいぜ、聖女様よぉ!)
※駄々っ子ポーズを決めて思っています。
(ステーキとは暖かい生肉を食べる料理よ、だから私はステーキと言ったら牛肉一筋、というか雑食肉食系動物は基本的に生で食べちゃダメ!)
「焼き加減は?」
「ミディアムレア〜」
「OK」
(よし!かかった!今日私が買った肉は超分厚い質量1キロオーバーの松阪牛!!普段ならカットして使うけどそんなことは許さないわ!つまりどういう事か!)
「冷蔵庫にある肉は一気に焼いてね?私全部食べるから」
「ん?じゃあ焼いた後一口大にカットするわ」
「トリミングはしてあるからね」
「OK」
(クックックッ! さすがチョロイン! 材料を見ないでそこまで約束してしまうなんてね?本当は私にモガモガされたいんでしょ? この変態ヒロイン!私はこのアパートにある火点を把握している! ガスしかステーキを焼くものはない! そして私の注文はミディアムレア! 分厚い肉の中に熱を通す為には強い赤外線が必要! しかしこの部屋に七輪などの道具がないことは確認済み! つまり不可能! デュフフフフ今のうちに股の間で深呼吸してパンティーを吸い込む練習をするべきじゃないかしら?)
妄想している間にチョロインはキッチンに移動して冷蔵庫の中の肉を確認していた。
「大きいな、厚みだけで俺の親指の付け根から先くらいはある。サシは細かいが赤身の方が多い、熱の通りは思っていたより伝わりにくいだろうな。ふむでもまぁ、これなら大丈夫だ」
肉をパッケージされたラップを外してそのまま水場に、胡椒を全面にふりかけて放置する。
(塩はかけない、塩味はニンニク醤油で十分それよりも肉を常温まで温めないと。ステーキはどれだけ肉汁を無駄にしないかという料理、塩をかけたら肉汁がドリップしてしまう。工程の多い料理は裏を返せばそれだけ作り方が確立されているということ、課題として出されればむしろ寿司やステーキの様な工程の少ない料理の方が難解、何故ならば自由すぎて個人のこだわりなどが反映されるから、だからといって薬品や道具に頼るのは愚策、料理というものはありもので作るべし。悪く言えば適当に。しかしやけくそに作ったりはしない)
塊肉を見ながら肉筋を見てカッティングの工程をイメージする。
「まずは台所を温める為にスープを作ろう」
40分後。
変態幼馴染みの前に1キロ級の肉がじゅうじゅうに焼かれて持ってこられた、スープを添えてある。
(ふむ、たしかにミディアムレアの様ね?ご丁寧に切り口を一切れだけ表にしてあって憎い演出だわ)
「ソースはニンニク醤油って言ってたけど別口でワサビ醤油も作っておいた、やっぱり女の子は匂いを気にしないと……」
「うっさい。私はステーキにはニンニク醤油って決めてるの!」
そういうとニンニク醤油をそのままステーキにはーぶっかけた。
「ああ!取り返しのつかないことを!」
「あら?言い訳するつもり?わかってるわよん?このステーキはきっと仲間で火が通っていない、生かどうかって意味じゃあないわよ?私はね」
「いいから食え、冷めるぞ?」
「何ですって?ふんチョロインのくせに!じゃあ食ってやろうじゃない!!そしてくっさくなった口でスーハーしてやるわ!ふはははははは」
(ななちゃん朝からステーキでテンション高いなぁ)
ばくッ!
食べた、サラダボウルに所狭しと敷き詰められた肉の中から一番大きい一切れをフォークでさして口に運んだのだ。
そしてその瞬間、七緒は絶望した。
(美味い、え?肉が中まで暖かい、馬鹿な、それにこの肉汁、レンジで温めたら不可能なほどの溢れる量!馬鹿な、七輪を使った臭いなどしなかった!炭の臭いもなかった!どういう事?)
ごくり。
「あ、ななちゃんもっと噛んで食ったほうが良いよ?一応硬い肉筋は絶ってあるけど……」
「どういう事?アンタまさか魔術を使ったの?」
「は?料理にそんなの使わないよ。料理は自然のままが一番」
文句を言いながら幼馴染は次々と肉を口に頬張る、その全てが平均的に美味しかった。
(あり、えない。魔術痕跡を全く感知できない、私の感度をすり抜ける高度な魔術?いや、そんな馬鹿な!)
「うぐふぅ!お姉様の作ったチャーハンうめぇ!」
「美味いのに無駄に量がある!ふ、太る!でもケンちゃんの笑顔と料理のおいしさがエグいくらい刺さって残せない!!」
「あははは、二人とももっと食べてもいいんだぞ?冷や飯はもうないけど作り直すしな、即炊きご飯でちょーっと時間はかかるけど」
「「ご馳走様でした!」」
余り物の野菜と卵で作った量増し炒飯で二人とも限界を迎えて残さず食べた、その様子を見てモンスターはご満悦な表情である。
(この肉の表面の焦げ目が絶妙!強火で肉汁を閉じ込めるのは基本、でも肉厚のステーキの中まで温めるのは不可能なはず!何故?どうやって?)
そしてステーキも全て平らげてしまった。
もうこれで不味いなどと言えるはずもない。
「ふぅ〜」
まるで長距離を走り切ったランナーの様な顔だ。
「ちょ、調理工程を聞きたいわ。私はどうして敗北したの?」
「ふふ♡ななちゃんのそういう正直なところ好きだぜ?」
幼馴染みの頬が紅いのは肉を全部食っただけではないだろう。
「肉汁を出さずにステーキにするにはやはり肉の温度だ、まず肉を常温にまで上げる、今回はスープやら炒飯作って台所を暖めた。本来は肉を一、二時間放置しておいた方がいいんだけど待たせたくなかったからな、そして肉が常温になったら牛脂を入れたフライパンで弱火で焼く」
(台所を暖める?何の意味があるのソレ)
「弱火?そんな事をしたら肉汁が……」
「ん? だから予め肉を常温にしとくのさ、ステーキを作る工程で一番やっちゃいけないのは急加熱だ、じっくりと時間をかけて焼く、しっかりと中まで温めて、焼き目は表面だけ、でないとミディアムレアにはならない」
(アレ?そうなの?私いつも強火で焦げ目つけて肉汁を閉じ込めたつもりだったけど)
「嘘よ、それだけでステーキに熱を逃さずかつミディアムレアのままで済むはずがない!私の舌とお腹は覚えているわよ!」
「ああそうだよだからそれだけじゃあない、熱量を平均的に、余熱をレア部分にまで通す為に肉を一旦アルミホイルに包んだんだ、そうすると熱は逃げず美味しいステーキになる、あとは再度強火でステーキに焦げ目をつけて出来上がりだ、まぁステーキというよりローストビーフの作り方だけどな」
「ローストビーフ?なにそれ?いやそれより肉を弱火でなんて肉汁がドピュドピュ出ちゃうじゃない?」
「んん?? 多分だけどさ、それってハンバーグの場合じゃないか? ハンバーグってミンチだから肉汁めっちゃ出るからね。肉の損傷が最低限のステーキの場合は別。 あ、塩は肉を痛めるから最後の味付けだけにしとけよ? ってかななちゃんはもうちょっと料理をしたほうがいいと思うぞ?」
「んごご!……正しく聖女の料理ね、私の女になりなさい!!」
「俺のは男の料理だ!そして女じゃねぇ!」
(ふふ、どうやら私の大敗北の様ね)
そしてみょうちくりんな料理勝負が終わった。
「ご馳走様でした♡」
最高に幸せそうな敗北者である。
(なんて綺麗な笑顔、ななちゃんはまるで聖母の様だ……太ってた方がいいんだけどなぁ、たんぱく質と炭水化物はお腹の肉と相性バッチリだからどんぶり飯を出したかったけど起きたばかりで用意なんてなかったし、うん、明日も来てもらってぶくぶくぶくにしてやる!!)
見た目は少女でも中身は悪魔将軍…………否、クッキングモンスターである。




