第4話 ⑨[殺人鬼]
力の説明?何故そんな周りくどい挑発を?
「私の力は即死地、他者を無条件で死を与える力を持っている。例えばお前が今くらっているその苦しみも能力の一端、その気になれば、殺せる」
ならば何故すぐに殺さなかった?
出来ないから?そうとしか思えない。ならば。
「その説明がその能力の発動条件か?」
「はい、ご明察通りしかしもう遅い。貴女もそこの女も理解してしまった、これでいつでもどのようにでも殺せる」
コイツの力は多分他人の領域に侵入して殺す力。
他者の中の世界に死地を作り出すことでけっかてきに死をもたらす、つまりマイナスのイメージがトリガーになって殺す、ならば逃げる一択。
「結界」
「なに!」
イートを中心に薄い暗闇がドーム状に広がり一瞬で俺たちを包み込んだ。
「本来は強者同士が殺し合うために使う擬似空間に貴女たちを閉じ込めました、誰かが一人死なないと出れない空間でございます」
敬語で挑発、悪意の魔術、化け物め。
「そして私の力が弱まっているからと言ってこの世界の人間に遅れをとることはない、私が人害物を殺した数はお前らの比ではない」
「なぜお前がここにいるんだ、お前は異世界の人間だろ?」
「ふむ、ではなぜ君は私の世界に来れたのだ?それを考えれば君の質問の愚かさがわかると思うが?」
あっちにもゲームシステムの様なものがあってこっちに干渉してるという事か?
「では聖女よ侵攻を開始する、友を失う心の準備はいいかな?」
「良いわけがないし俺は男だ!!」
女装してるのをこんな時に馬鹿にする余裕があるのか、クソが。
俺が弱いのは知ってる、だからこの場は七緒を守ることに専念する。
「違う、賢治。あいつの狙いは貴女よ」
ぐいっと肩を掴まれて後ろに下げられる、俺が守るはずの展開なのに。
俺の前に出た七緒は何かしらの魔術を展開した。
「ふむ、その眼何か銘のある魔眼か……赤く光る、瞳。ふんまぁ良い私の力には敵わない」
固有異世界
〈即死地〉
事前条件を整えれば後は自由に対象を死地に出来る。距離も世界の壁も関係無し。
・即死地の即死性を対象者に理解させる。
・死んだ場所は回復しない。
「そして私の力はただ命を刈り取るだけではない、まずは足」
ガクン、
「な! いつっ!!」
あやつり人形の糸が切れた様に七緒の足が崩れる。
「な、何をした!」
「その従者の両の脚を死地にした、もう二度と動かない」
上下灰色スウェットの為目では見えないが魔眼ではそのこと切れた足の生命力が見えた。つまり部分的に殺した?ふざけるな!
ぶつ、
何かが俺の中で弾けた。
「さて次は手、そして嗅覚、更に触覚、更に更に味覚、さぁて聴覚と視覚は残しておいてやろう、お次は何が良い?」
そして手がぶらんぶらんと振れる。
あいつが妄想で言っていないこと、身体に起きた異常を伝えない七緒が全て物語っている。我慢している。
「やめろ!」
「やめても良い、貴女を殺す事が叶わぬのならこういう方法もあると提示しただけだがな?まぁその女の殺してしまった手足と感覚はもう戻ってこないが、ふふふ」
「何が目的なんだ」
「聖女の涙、平たくいうと貴女の涙が目的である」
「な!」
女装したおっさんの涙が欲しい?! 変態かコイツ。
「髪短し乙女よ、私のものとなった暁にはしっかりと髪を伸ばせ。女は長くあるべきだ、その男の様な髪型は止めるのだ」
コイツ! ふざけやがって、オヤジにビビって逃げたくせに自分より弱い奴にはイキリ散らすのか、クソムカつくなコイツ。
「しかし男勝りなところは我が心酔するあの聖女、シェルフの若い頃にそっくりだな、これは調教甲斐がある、くふうぅう」
ギョロギョロと瞼の中の眼球が動きこっちを全ての瞳で見つめる。
凶悪な怪物だ、こんな奴がこの世界に来たら。
コイツは間違いなく殺人鬼、見た目からしても鬼だ。
「この鬼が」
「ん?ふむふむふむふむふむ、はははははは! 鬼? 私如きが? あはははは! つまり鬼とは悪魔、魔、魔族のことだろう? お前が? お前の様な化け物が私を鬼とは片腹痛い!」
「何言って、魔族?」
「ふぅううむ! 成る程! 本当に知らないのだな、何という身の程知らず! いや無自覚か? 恐ろしい! お前の様な“純潔魔族”がいるとはなぁ?! あり得てしまうとは! 何という異世界だ!! 魔法を知らないのにも程がある、罪深くすらある!」
魔族? 古典ラノベとかによく出てくるあの?
魔族、純潔魔族?
「俺が魔族?」
「ひぃがう!!」
七緒が叫んだ、うまく口を動かせずうまく喋れていない。触感を殺したと言っていた。本当なのかよ。
「七緒!お前、馬鹿触感がないのに喋るな!舌を噛むぞ!」
「アンタわ!魔族なんかひゃない!アンタは、ただの普通の女の子!チョロくて騙されやすい、裏切られてることにも気がつかないただの女の子にゃの!」
俺は男だ!とは言えない、俺は男だけどコイツは俺を本当に女の子だとか思っている、だからコイツは必死に、必死?し?
死?
「黙れ女、私は今聖女と話しているのだ、肺を殺す」
「あ゛?!あ゛!」
「な!!」
息が吸えていない、いやそれより肺が死ぬというのはまずいまずい不味すぎるよ!!
俺はもう、恥も外聞もなかった。
全力を出す。
「死ぬな!!」
魔術アビリティ
治療スキル 手当て
• 速攻の治療、手の範囲にある術者の視界外をその肉体構造の知識などなくても癒す。
•聖女の性質の高さにより速くなり、治療範囲の拡大、治療後の代償も軽いものとなる。
• 治療後の代償=治療箇所の超回復の減退。
もう偽らない。もう傷つけない。ななちゃんを助ける為なら女でいい! 聖女だっていい。この子を死なせない!
「死なないでななちゃん!! 死なないで!」
「はきゅ! うきゅ、くがかは!! 賢治! もう大丈夫! もうそれ以上癒やさないで! やめ! 嗚呼う♡気持ちいい!!」
「……戻った? 戻らぬ筈の死の力が、なんだそれは!!?」
元に戻すだけじゃない、もうあいつの攻撃を受けても大丈夫な様に癒しまくる!
魔術アビリティ
癒らし術 過剰治癒
•受けた攻撃が一定時間通用しなくなる。
•ステータスが一定時間強化される。
•精神は一定時間狂化される。
「ちょ、待って!! マジで! イカれちゃう! こんなの!」
「死なないで!!ななちゃん!ななちゃんはなんにも悪くない!」
「け、賢治……」
「くくく、ケンジというのかそこの聖女は、しかしケンジよお前少し手前勝手すぎるのではないか?人を殺しておいて自分の大切な同性の友人のためには死なないでという、お前のその力はお前が殺してきた者の命の上にあるのだぞ?」
「……え?」
イートはニタリと笑いまだ俺を見ている。
「何をとぼけているのだ? お前のそのステータスは人間を殺した魔族でなければ不可能だ、ありえない、魔族は人間を、人間は魔族を殺す事でステータスを更新する、一回でも更新したことのあるものは敵対種族を確実に一体殺している。お前も例外でない、お前は間違いなく人殺しだ」
俺が人殺し? 殺してない、そんな記憶はない。
これはゲームだ、魔法少女の力。 じゃない、俺は今ただの女装したおっさん。
グチャ、べきょ、グチャ、ぼきょ、
これはイメージではない、過去にあった実際の出来事。
手に血がこびりつく、殴るたびにあの嫌な肉と骨と千切れない皮の感触がこびりつく。
なんだこの記憶は、覚えてない、記憶になかった。
ああそうか。俺は最低だからな、忘れてたんだ。俺は…………
◆
十三年前、俺が10歳の時。
周りの誰より早くななちゃんの体のアザに気がついてオヤジに相談した。
その結果言い合いになって、オヤジは、否、お父様はあの男をぶん殴った。
でも。
「賢治、もう七緒家には近づくな、和葉ちゃんとも話すな。他人でいなさい」
残酷な命令でした。
何でそんな事を言うのかその時気が付きませんでした。
それが私のためだと言うことに気がつかなかったのです。
後日、私はお父様を裏切りました。
友達を見捨てるなんて考えられません、ななちゃんは友達。
ななちゃんは私と結婚すると言いました。
だったら絶対助けます。
何をしたって助けます。
早朝、ななちゃんの家の前に行きました。
そこで私は、気が付きました。
ななちゃんの部屋は2階にあります。
ななちゃんはよく自慢していました、ななちゃんのパパに大きなベッドを買ってもらった。
一人きりの部屋を貰った。
しかし私の魔眼はななちゃんの部屋にふたりいると判別しました。
ソレはとても慣れた手つきでした。いつものように殴って蹴って服を引き裂いて、ナニかをしていました。
ああ、たしかにななちゃんのアザには不思議なものがありました。
紫色のアザと首筋の赤いアザ。
その意味をその時知って。
私のモノに手を出したゴミに私は。
びぶちっ!
どうやってそこまで行ったのか覚えていません。
覚えているのはななちゃんの肌けた服、乱れた大きなベッドのシーツ。
そして死にそうなななちゃんの顔、汚い男。
もう私には殺意などありません。
死んでしまった肉塊に殺意など湧きません。
一瞬で男の体の血流を逆に流し、臓器という臓器に傷をつけて、散々いじり回して3秒で飽きて両手足を起点に引き裂いて絶命させました。
死散させた。
考える前に殺したのです。
迷いはなかったと思います。
嗚呼私はこんなに簡単に人を殺せる人間だったのですね、だからお父様は。
全てを知っていて、こうなるとわかってて、ななちゃんを見捨てろと言ったのですね?
ななちゃんに癒えない傷を与えるとわかっていて、私が一切傷付かず人殺しにならない選択肢を私に選ばせようとした。
流石です。




