第1話 ③[選択肢、涙か500万円]
〈KY〉とは?
21世紀初頭の日本で流行った“空気を読め”の略称、俗語、
らしい。
最初聞いた時は空気を読めってなんだ?って思った。
空気は読むものではなく吸うもんだ、だがどうやら“場の空気を読め”と言う意味らしい。
元の言葉が間違ったままそれを略すなんて昔の人のユーモアは変わっているなぁ、とひねた高校生の頃のおれは思った。
ってか国営の一大組織の揶揄に何でそんな古い死語を使うんだろうな?
いや、でも所詮は誰が言い出したか分からん事だしそんなもんか。
正式名称『経済産業省ワールドインフォメーション部』世界中にあるアカウントを完全管理して死んだ人間のアカウントを家族に相続させる所らしい。もちろんだがアカウントと言っても色々だ。
成人男性のアカウントと言えばその、アレだ! 想像してくれ! トラックに轢かれて死んでその恥部を晒される恥ずかしさを!! いくら死んでるからと言って同じ男としてそんな恥をかかせたりできるできるわけがねぇ!! ここは仕方なくお金に変えよう!!!!
「よし、そのアカウント売らない! 俺のもんだ!! オヤジの死に恥見せてもらおうか!!」
思ったことと反対の事を言ってしまった。
「は、判断はやっ! もうちょっと考えても良いんじゃあない? そ、そんなにパパの性癖知りたいの?」
………………何を言ってるんだ? 俺は情緒不安定になってる様だ、くそ!
「でも残念ね賢治ちゃん、パパが残したのはゲームのアカウントよ、しかもR15!! 超健全!! このスケベ!」
………………それはちょっと残念。
「ゲームのアカウント? もしかして課金ゲームかな? もしかしてあのゲームの…………“魔剣聖誕”のアカウントじゃ無いか?」
よく親父がやってたRPGの名タイトルだ。結構歴史がある。
「よく知ってるわね?嗚呼可愛い賢治ちゃんはパパと仲良かったもんね! このゲームの事も知ってんのね!」
からかいモードになってやがる。
「いや詳しくは知らんが。って言うかさっきから近い、賢治ちゃんっていつの呼び方だ、馴れ馴れしいな」
興奮気味の少しキモい幼馴染みを取り敢えず客間に連れてって落ち着いて話をする。
「落ち着いたか腐女子、俺は男だがホモじゃ無い」
「ん? ホモ? なんの話? あとアンタは女の子でしょ???」
よくそういう事をなんの悪意もなく言えるよな!
マジで意味不明みたいな顔しやがって! いつか思い知らせてやる! 俺のビッグダディを見せてやる!!
「あーハイハイ話が進まないからさっさと用事を言えよ!」
「なんでキレてんのよ? まぁいいわこれを見て頂戴」
七緒は居間のテーブルに二枚の紙を出した。
今時情報を載せた媒体に紙を選ぶなんて古風過ぎる、タバコとかなら珍しく無いがわざわざ紙を使う契約なんてうちの会社での多額の契約に使うくらいだ。
「言っとくけどこのアパート部屋にマジックとかペンなんて趣向品は無いぞ?」
仕事での契約書くらいでしか触ったことがない。
「大丈夫よQRコードの読み取りで済むから、あなたはこの二枚の紙のどちらかを選びなさい、パパのアカウントを私に500万で売るか、それとも相続するか」
「…………? 今500万円って言った?」
「ええ、あなたのパパの課金額と同等なのよ」
500万円の課金!?
エロアカウントを晒されるより数百倍恥ずいぞその課金! 大体課金前提のソシャゲなんて22世紀には絶滅してた忌むべき悪い文明だろ! 無理やり復活させた文明にいい事なし! 滅べ!
「何?すっごく悪い顔してるわよ?怖いでも可愛い」
無視!女の子扱いはこいつにとっては挨拶みたいなもんだ。
「確かそのゲーム14年くらい前にリリースされたゲームだよな? 俺の好きなアイドルと大体同じくらいの年齢だって言ってたから知ってるつまり一年で35、6万で月に大体3万の課金! イカれてる! しかも結構優しい方の課金額だろ? 十連とかで300円だ、それを百回はやってたってことか? 馬鹿な!! アーティファクト級の駄菓子“う◯い棒”三十本セットが100袋買えるんだろ?! イカれてやがる! クソオヤジ!!」
お菓子は究極! 駄菓子は至高! 貨幣価値の比較にされるべき指標!! 取り返さねばアホの独身男の間違いを今正す!!
「え、えーとじゃあ売却でいいのね? まぁ500万は惜しいもんね?」
「当然だ! 500万だなんて、500万、えん」
なんでだ?
なんでこんなゲームの課金アカウントに500万円? 等価で買い取ったところでただのデータだろう? そんなものに国家機関がなんで税金を使ってまで?
「どうしたの賢治? さっさと選んでよどっちを選ぶの? 売るの? それとも相続するの?」
変だぞ? 違う、これはこの感じは絶対違う。
瞬間、走馬灯のように俺の中にオヤジとの思い出が駆け巡る、案外と世話焼きだったオヤジの色んな思い出。競馬場、競輪場、競艇、カーレーシング、ほとんどギャンブル場だ。
でも、託児場やら子供の目の届かない所には行かなかったなぁクズだったけど、休日の昼は必ず一緒に外食しに行った、よく覚えてる。クズだったけど。
オカンが口煩く、変な所に行くなって言ってんの無視してスキー場やら、色々。
ラーメン店で食べたお子様ランチの味、覚えてる。競輪場の出店で食べたたこ焼きの味、覚えている。デパートで食べた今川焼きの味、覚えている。
俺は、こんなにも……。
「賢治……」
頬を伝う生温かい水が首筋にまで到達していた。今更、何故、葬式の時でも泣かなかったのに。
ああわかった、オカンが泣いていたからだ、いや、俺にはオヤジが死んだっていう実感がなかったんだ。だから、オヤジの実際の残されたアカウントで、思い出が溢れて、コレが俺の人間としての感情、遅過ぎるだろ、もう4ヶ月も経っているというのに。
「こ、これ使いなさい!」
七緒は泣いている俺を見ながら半笑いでハンカチを差し出した、大の男が泣くのがそんなにおかしいかよ! 悪かったな!
「うぐ、貰えない。だってそりぇ絹のハンカチ、うぎゅ、うぐぐ」
まじでみっともなく泣いた、馬鹿か俺は? でも涙は止められない。
「そんなのどうでもいいの!!」
汚しちゃいけないと思い断ったのだが直接涙袋に当てられて涙を拭われた、仕方ないので俺は借りて思うさま泣きじゃくった。
俺はアカウントを売らなかった、いや売れなかった。
コレはオヤジの為では無い、自分の中にある僅かな「人間らしさ」を捨てない為だ。
「はいじゃあ相続用の紙がこっちね。」
「魔剣聖誕~勇者の選定~」
種別 課金ゲーム F/U兼用ダイブ型
課金総額5000,000yen相当
サービス開始日 2485年7月5日
サービス終了日 未定
権利者 故・米田正志
運営会社 ステイ エンジョイ
アカウント母体 goo goo Japan
上記の最終的アカウントを特殊財産とみなします。
経済省ワールドインフォメーションより。
米田ってのはオヤジの旧姓だ、そう言えば離婚したんだっけな。
俺は今度は迷わず右下にあるQRコードを目で読み取りナノマシン経由でオヤジの重課金アカウントを相続した。
後悔はある、選択を間違った感はある。
でもこれが俺の本当の気持ちなんだ。
2021/12/17
誤字報告ありがとうございます。