第1話 ②[パパの遺産()]
久しぶりに言った気がする、ここ一年間仕事漬けでこんな台詞を発したことなどなかったのだから当然といえば当然だが……ち、違う! 普通男ならこんなことは言わない!
言わせたのは目の前の元カノ気分のこの女だ! ちくしょう! 学生のノリで女の子扱いしやがって!!
「あらら、可愛い顔でそんなに睨んでも全然迫力なんかないわよ? 私の今カレと比べてもね?」
煽るように、というか完全に煽りながらタバコを見せつけ悪戯っぽく唇に手を当てウィンクをする。
「ムカつく、って言うかなにしに来た! なんでここに引っ越したの知ってる! なんなんだお前! くきぃいいいっ!!」
だんっ! だんっ! だんっ!
俺はその場でガキみたいに地団駄を踏んでしまう、く! 学生気分が抜けてないのは俺もか、このままではこいつの思う壺だ。
「嗚呼久しぶりに見たわあなたのその表情、さけびっ! 地団駄! 可愛いでちゅわよ?」
全然話が前に進まない、ガキみたいに唸った俺も悪いがこいつの性格の悪さも相当なものだ。
「コホン、じゃあ仕方ないからビジネスの話をしましょうか、せっかくリクルートスーツを着ているわけだし」
「ビジネス? って言うかそれリクルートスーツじゃないだろそれ、すっごくいい生地みたいだけど? 」
よく見なくてもわかる、5,6万じゃ買えそうにない仕上がりの服だ、コイツに合わせて腕周りやらなんやら全て作り込んでいる。
ああそういえばコイツのカーちゃん有名なデザイナーだったな。
「……あなた昔からそう言う小さな事に気がつく変な特徴があったわよね、忘れてたわ」
ん? なんか警戒し始めたか? コイツ、でもさっきまでのおふざけモードを解除してくれるならどうでもいいか。
そんな事よりも………
「良いからタバコ返せ!」
手の平を上にして差し出すと今度は素直に返してくれた。
「ちょっとアンタの部屋の中でお話ししたいんだけど?ああ、お片付けたいなら待つわよ?」
「大丈夫だよ、オカンに自分のテリトリーはきちんと毎日片付けるように教育されてきたんだ、何時だってお客様を迎える準備は万端だ、お前は客って言うかウ◯コ女だけどな」
「あなたウンコとかそういう表現大好きよねぇ〜? 可愛いけど♡」
「言ってろ!」
しまった、学生どころかこれじゃ幼稚園だ。
◆
西暦2500年 4月1日
とある安アパートの1023号室
何の用かは分からないが取り敢えず幼馴染みの女の子を部屋に上げた。
「元カノを部屋にあげるのってどんな気分?」
「お前はただの幼馴染みだ、間違いなく俺とお前は付き合ってない、でもいいのか? もしかしたら俺がお前をどうにかしちゃうかも知れんぞ〜?」
「望むところよ!!」
筋肉質なボディの上に乗ったおっぱいが少し揺れた、くっ、男だから目がいってしまう。
「望むな、冗談だ」
妙にマジ顔で言いやがる、こう言う事言われるも慣れてるんだろうな。
冗談に対する耐性が俺みたいな童貞とは大違いだ。
「アハ☆ そう言う冗談は処女喪失してから言いなさいな」
「俺は男だ」
冗談は受け流して一応お客様対応でホットな麦茶を準備した。
「あなた本当に麦茶好きよね? 安上がりって言うかなんていうか元カノだからそういうことも知ってるわよー」
「幼馴染みだ! あと麦茶を馬鹿にするな、豊潤な麦の香り! 焙煎された無農薬の安心感! 色んな要素で全部他のお茶を凌駕している!! 」
「あーハイハイありがとうね〜」
「む、雑巾汁でも入れてやろうか? 入れないけど」
折角苦労して麦を作ってる農家さんを馬鹿にするようなことはできない。
「あなたが淹れてくれたお茶なら何が入ってても呑むわよ? 」
「入れないったら! 普通にお茶淹れるよ」
馬鹿にしやがって、取り敢えず今日は寒さもそれほどでもない冬だからもう少しお茶葉の量を少なくして……ん? なんか?
「あなたって本当に男っぽくないわよね〜?」
ぽふん、
なんだか背中に柔らかい感触、が!! おっぱい!!?
「あひゃ! なんだお前!!」
さっきまで客間でキッチンに入ってなかったのに一瞬で俺の背後に立っていた! というよりドデカイ胸部が!
「ねぇ? ドキドキしてる? 」
な、七緒の心臓の音が背から伝わる。
「う、うるせぇ馬鹿! 止めろ! 男がいるだろう! お前には!」
「でもここにはあなたと私だけよ?」
なんだコイツ! 変な顔で! 目を細めるな! お前の方が女豹じゃねぇか! 止めろ! えろい!!
「………ははは! じょ、冗談よ馬鹿ね! 本気にしちゃった? 童貞くん♡」
一転して明るく嘲り笑い出す、なんか変だぞ?
「お前のそういうところ好きじゃない! 別にき、嫌いでもないけど」
「んふふ、さてさて、ちょっと賢治ちゃんの寝室でも覗きに行こうかしら?」
「あ! 止めろ馬鹿!!」
何故か間取りを知っているようで真っ直ぐ寝室へ滑るように行く! 止めろ! 流石にそこには色々恥ずいものが!!
ガチャ、
「あらー? 慌ててた割には綺麗な寝室! 着替えのクローゼットとセミダブルのベットがひとつだけ? ん?」
やばい! 見つかった!
「お人形さん? すっごい古い操り人形みたいなの、これってマニアの中で言うアーティファクトって言うのよね? 私詳しくないけどすっごい精巧な人形……」
一室の隅にダンボールがある、その中にオヤジの遺品でピエロと赤い髪のお姫様の糸で操るタイプの人形がある、サイズは40cm程だが凄く精巧で腕関節、歩く動作が出来る足、首も動き口、眼球が動く。
さらに驚く事にこれ全部オヤジの手作りなのだ。
オヤジは芸術面で優れている、本職? いやアルバイターだったけど。
箱の中の人形の下には今時珍しいゲームのハードとソフト (実機)がある、売れば車が買える程の高級品だ。売る為の伝手なんて無いけど。
「オヤジの遺品だ、知ってるだろ葬式に来てくれたもんな皆、嗚呼そうだわかってる女々しいってんだろ? でもこれだけは捨てられなかったんだ」
言い訳しているようであまりいい気分じゃない、金に換えられないってやつだ。
「うん、知ってるわよあなたパパ大好きだったもんね?」
「……パパって久々に聞いたわ」
「あらら今そう言ってないの? オヤジだなんて強がらなくていいのよ?」
「いつの話だ!! 大体中学で離婚したときにはもう『父さん』で今は『クソオヤジ』としか思ってないわ!! ふん! 」
ガシ、
「え? 和葉さん?」
信じられない事に幼馴染みは俺にまた抱きついてきた。彼氏持ちの幼馴染が抱きついてきた。
「ば、バカやめろ! おっぱいが! 阿呆! 俺は23だぞ!」
いきなり力強く抱きしめてきてその肢体が触感として伝わる、童貞成人男性にこのプレイは脳に来るっ!! いい匂い! おっぱい!
「ごめん、私あなたに残酷な事を言わなきゃならないの、許してね?」
「え?」
そういうと幼馴染みは俺を解放して泣きそうな顔で真面目に今日やってきた用事を話してくれた。
「経済産業省ワールドインフォメーション部、世に言う“けいわい省”なの私……あなたのパパの、谷戸正志さんのアカウントを買取に来たわ!!」
「え? ええ? あのKY省!!?」
それは悪名高い政府公認のマジで場の空気が読めてない感じの国家組織だ。
またの名を恥の上塗り省庁。
故人の持つあらゆるアカウントを相続させる組織である。
2021/12/17
誤字報告ありがとうございます。