第3話 ⑰[うらぎりもの]。♡
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一方、裏切りななちゃんは久々の「ななちゃん」と「絶交」という言葉を堪能していた。
もちのロンで録画して何度も何度も脳内で草を食む牛のように罵倒された瞬間を反芻する。
『絶交!!』『絶交!!』『絶交!!』『絶交!!』『絶交!!』
絶頂の連続。
恍惚、快感、解放感。
賢治のためにワンルームサイズに改造した部屋の中で誰にも見せてはイケナイエグいメス顔でだらしなく笑っていた。
「最高♡ 好き♡ 男なんて要らない♡ 貴女さえいてくれれば友達で良い♡ 絶対に裏切ってやる! チョロすぎんのよ! なんで着信拒否しないのよ! 拒否設定してないの知ってるんだから!! 絶対にその聖女みたいな心を汚してやる! 私が汚す、曇らせてやる!うふふふ♡ はははははははは♡」
じゅわ、
数分後、色々とやって落ち着いた七緒がいた。
「アハ❤︎ 全く私がいないとダメな娘なのよアイツは。だから絶対に」
表情が消える。
魔眼が輝き部屋中に貼ってある写真を一望する。部屋中というのはそのままの意味で天井にも幼少の頃の写真が貼ってある。
この時代紙に印刷するという作業は金がかかる。
「絶対に魔王になんてさせない」
裏切り者は大好きな少女の不幸を望まない。
◆
七緒の高笑いを耳を澄ませて聴いていた変質者、アンネ・アイン=クロイツは自分の後輩たる変態たちの成長を子を見る親の様に優しい表情で見守ろうとしていた。
(ふふふ、やっぱりこの娘の周りには変態女ばかりまとわりつくのよね、やっぱりあの子の娘だからかしら? あの子の周りにも変態しか居なかったわ。でも、どちらかと言うと変態がまとわり付いたんじゃなくて、普通の子を変態にしてるのよねぇ、親娘とも罪深いわ)
アンネはその変態の中に自分自身は含めない。
何故なら自分は変質者! 誰にでもオープンな軽い女だと認めているからである。
(今のところ良いタイプの変態だけだから良いけど、悪いタイプの変態につかまるとまずいわね。私が現界したからにはそんな輩はぶっ潰すけど……一番厄介な悪いタイプの変態が誰よりもケンちゃんの近くにいるのよね、しかもちょろちょろケンちゃんはその男に惚れてるし)
ふと目をやると黒猫とケンちゃんがじゃれあっている。
一方的にケンちゃんが妹(奴隷)の事を撫でたり褒めちぎって言葉責めをしているのだが。
お姉様が何かする度に黒猫の瞳が肉食獣のソレになっているのをアンネは見逃さない。
(優奈ちゃんもなかなかに強いのは分かる、私が生きてきた時代でもかなり戦闘の才能がある。でもだからといってアイツには敵わないし、まぁ七緒ちゃんもアイツの事をすごい警戒してるから私達の味方をしてくれる筈、でもおそらく全員でかかっても、いいえ、世界中の人間がアイツの敵になってもアイツには敵わない)
「ねぇケンちゃん」
黒猫の百合の花が咲き乱れる現界が来る直前に、アンネが声をかけて魅惑の化け物相手を交代してあげる。
同じ部屋に二人きりだったらきっと間違いが起きているだろう、その時はR −18指定だ。
「なんだよ! 今俺は優奈に女性としてのお淑やかさを教育してるんだ! 邪魔すんな!」
アンネは賢治を立派な聖女にする為に魅惑の制御法を叩き込もうとしている。
悪魔の様なその娘の魅惑は世界中の人間が欲しがるものだろう。だが同じタイプの魅惑の力を持つアンネは理解している。
世界はきっと人間が望む力を与えたりはしない、欲しければ自分で獲得するしかない。
小説で見る様なチートスキルなど与えてくれる神など現実には居ない。
(でもきっとアイツはそういう小説を好んで読む、なぜならアイツは他人を人形としか思ってない、私の事もアイツにとっては人形劇の一体の人形……だったら踊ってやろうじゃあないか。私はただでは死なない)
「ケンちゃんはこの世界で誰が一番好き?」
(な、なんだよ急にそんな真面目な顔してなんて事聞きたがるんだ!)
「あーうん、そうだなぁ! 俺が一番好きな人そんなの決まってるじゃん」
「えー誰? みんな可愛いじゃない? まぁ私に惚れたのなら正直に言っても構わないわ! さぁさ、そんなわけないと言って私をなじりなさいよ!」
いつもの様に戯れるドM聖女様に、魔女の様に、悪い女の子の様に賢治は微笑んだ。
「俺は自分が一番好きだよ、俺はそういう奴だ。ずるい奴なんだよ」
『俺は自分が嫌いだからな!』
それは昨晩のお風呂場での暴言の謝罪も込めた言葉だ。
(嗚呼、そうかそうじゃないか。私だって私が一番好きだ)
なんて事のない、当たり前の答えだった。
そういう風に自分が好きだと言って誰も傷つけようとしない一人の哀れな少女、ソレが自分じゃないか、とこの時自覚した。
(本質的な所は私と同じなのね?良かった、だったらまだ望みはある。私もななちゃんと同じよ。絶対にこの娘を魔王になんかにしないわ)
◇
異世界。
というよりゲーム世界。
「あ〜やっぱり一人っていいなぁ〜」
離婚歴あり、バツイチの40代後半に差し掛かったおっさんは一人を満喫していた。
目の前には何百人も人は居るが彼はそれを人とは定義していない。
だから彼の言ってる事は独り言だ。
「まさか聖具化をあんなに簡単にこなすなんて、やっぱり奏美の子だよね。僕みたいな才能の足りない人間とはものが違うや」
口元で笑い息子の才能を独り言で褒めちぎる。
この独り言は実際誰かと話をする時の練習みたいなものだ、この場合想定しているのは分かれた元妻だろう。
「まさか女の子をあんなに簡単に籠絡するなんて誰に似たんだか?やっぱり前世のあの女か?でも俺的には聖女にはなってほしくないんだよなぁ……かと言ってあの子は僕みたいな勇者には絶対向かないからな、だからといってあの女みたいに自己犠牲の変態にはしたくないんだよなぁ最終的に仲間に殺されるみたいなバカな最後にはなって欲しくない、親としても、元友人としても」
不気味なくらいに明るい笑顔、しかしその眼光は賢治の知っているヘタレパパのものではない。
スゥ……
瞳の色が輝きだし茶色から黄色に薄く、否、金色へと変わっていく。
魔眼の光だ。
「我の様にはなって欲しくないな。神聖勇者はどっちの世界でも我一人で十分だ」
それだけは独り言ではなかった、かつての自分と会話。
神聖勇者と異世界で伝え聞かされた裁定者、またの名を人形使い。
交錯する二つの世界で最もその手で人間を殺してきた生粋の暗殺者である。
「やはり魔王がいなければ我が人生に張り合いがない」
魔王が居なければ勇者はただの暗殺者、存在意義を失ってしまうのだ。
「ああ、早く復活させないとなぁ?我が娘の魔王を、我が選んできっちりちゃんとなろうの主人公の様に軽く魔王にしてやらないと。クッククク、アハハハハハハハ!」
邪悪に嗤う。
どこの世界でも『裏切りの勇者』と呼ばれたそいつは高らかに嗤う。




