第3話 ⑬[めざめ]
「くそ、まさかこの私がこんな戦いに翻弄されるとは!!」
骸骨どもの腕力が強化されていく、どうしても脱がしてはいけないと言う自己防衛本能がそうさせている。
「どうしても脱がさないと言うのね?」
「何故そこまでして脱ごうとするんだ!」
当然の疑問だ。
「それは私が恥じらいを捨てるためよ!! 私はね、生まれつきの美少女で、周囲の人間を両親に至るまで魅了してしまう望まないチカラをもって生まれたの」
過去の自分を思い出しながら懐かしむ様に、辛そうな、哀しそうな顔をする。やはり聖女、普段の悪ふざけはわざとなのだろう。
「だから私は思ったわ…………だったら普段から服を着ていなければエロとか何も無くなるんじゃね? とね」
前言撤回、魔女だこの自称聖女。
(普通の発想じゃねぇ!! ほんとでも嘘でもそんなこと考えてる時点でこいつは異常だ!!)
空飛ぶ骨の馬車からベランダに一気にジャンプする。
その身体能力はやはりゲームのアカウントキャラなのだろう。
なろう兄弟No.02 アバター
固有名詞『デスマーチ次郎』
ステータス LV99(階位3・大賢者)
固有魔具『腕時計』
・検索、妨害、に限らず情報という概念にあたる全てのズルを実行できる。
アルバスキル『拡大解釈』
・固有魔具の力や効果の解釈範囲を無限に広げる、制御力は最低のスキルである。
特殊状態・異世界の人間から現実の魔術を使える様に軽い洗脳状態になっている。「術者=イート」
一瞬でアンネが解読した。
そう、負けず劣らずアンネもそう言う類の魔眼を持っている。
ただし有効範囲があり1メートル範囲に入らないと格下でも観察ができないのだ。
「……成る程、貴方あっちの世界の人間に家族を人質にされたってところかしら?ケンちゃんと一緒で親兄弟の誰かと“つよくてにゅーげーむ”してるはずだものね?」
「ああそうだよ、轢き殺してやったのに弟が向こうで生まれ変わったんだよ。でもネット小説みたいにチート能力なんて何もなくて『侵略者』とか言われて捕まってさぁ、まぁクソ野郎だからざまぁ見ろと思ったんだが、まさかこっちの世界で魔術が使える様にしてくれるなんてなぁ! 気分最高! まさか異世界に転生しなくてこんな素晴らしい力が手に入るなんてなぁ! 闇討ちして目立たない様に気に入らない奴らをぶっ殺してやったんだ! チートだよチートぉおヒャハハはは!!」
(多分これも嘘。本当の事だけを言ってる訳じゃないでもなんとなくだけど本当の部分もわかる)
「……ねぇなんで闇討ちなの?」
「そんなの当たり前だろう?」
「警察が怖いの?」
一気に昂まった気分が落ちる、現実に引き寄せられる。
そう、何を言ったところで公権力には逆らえない。
「ねぇ貴方何がしたかったの? どうせならもっと目立った方がいいんじゃない?もう良いんじゃない?」
「何がもう良いんだよ!! 意味がわからない!!」
「もうこんな世界ぶっ壊してもイイんじゃなイ??」
それは洗脳だ。
さっきからスカート風ズボンにばかり目がいっていて気がつかなかったが実は胸元のボタンを一瞬で外しておっぱいの谷間を魅せていた。
軽い魅惑。魅了に至らない魅惑。
しかしこの世界の魅惑魔術に耐性のない人間にとっては洗脳に近い。
『ブっ壊せ。何もかもがお前の敵だ』
格上の魔族すら洗脳した魔女のささやき、今更一般人を籠絡することなど容易い。
まさに魔女。
「敵? 俺のテキ??」
心のタガを外す。
思考のチカラを解いていく。
「そして……あ」
催眠術で懐柔しようとした瞬間、時間切れが、魔法少女に呼ばれて淫棒に変身しなければならなくなったのだ!
ヴィィイイイイン、
「しま…この状態はまず……」
ブン!!!!
「全て、を、ぶっ壊す!!」
◆
現在に巻き戻る。
アンネ、ではなく淫棒の陰謀にのらず普通に下の階に逃げた一行はその途中、外を見て絶望する。
「なんだ? あれ?」
黒猫魔法少女に再びお姫様抱っこされた賢治は空に浮かび上がる無数の点を見ていた。
「ええ、魔力が何故か強化されてあの骸骨の主が暴走してる様です。多分私たちの事などどうでも良くなってるんじゃないですか?まぁ逃げる事に変更する理由はないですよね?死ぬのは愚民どもですし」
なんとなく原因を察している魔法少女。
「? 強化されてってなんか引っかかるな」
「ああすみません、お姉様から見た異世界ではああいう魔力暴走は催眠や洗脳、もしくは魅了された人間に似てましてね、魅惑スキルは使い方を間違えると対象を暴走させる結果になるので滅多な事でやってはいけません、覚えておいてくださいね? お姉様♡」
「俺は男だ!!」
(あああ!! そうやって私をまた誘惑して! 絶対人気のないところに連れてくっっ♡)
確かに正気ではない。
魔術でもなんであっても自分の思い通りに事を進めようとすれば何かしらの障害が発生する、それはやり過ぎなければ良いと言うレベルの話だが、つまりどんな術でも何かしらの穴があり弱点が存在する。
魅惑であってもチートであっても、そして賢治本人は気が付いていないが彼自身の魅惑スキルは完全にそのやり過ぎの類のもの、暴走していると言っても良い。
だから幼少の頃から暴走した女子に囲まれ男子に敵視される、それを羨ましいと思うのは犯されそうになったことの無い人間だけだろう。男女の違いはあまり関係がない。
「なぁ、優奈ちゃん。あれはあまり良くないよな?」
「へ?」
お姉様は目を細め不機嫌な顔をしている、正義感からの言葉ではない。
単純に不快感が全身を包み込んでいた、その気持ちが何処から来るのか今の賢治には分からない。
(でも、あれはなんというか良くない何かだ、そうだな。なんというか存在してはいけない消してしまわないと)
「お姉様?」
「あれが存在するのが許せない、あの骸骨どもは良くない流れだ。光が見える、闇の光が、なんだこれ? 俺こんなの見た事ないぞ?」
可愛い目の瞳が輝いていた、キラキラと閃光の様に、視線の先が見てわかる。
「お姉様、それは魔眼と言います」
「魔眼?」
「ええ、本来の人間なら誰でも持っている目の機能なのですがこちらの世界では何かしらのよくない信仰宗教によって全人類が封印されている能力です。しかし才能のある人間は封印しきれません、それがお姉様なのです」
「ゲームじゃない、ナノマシンの見せるウィンドウでもない」
もう足を止めていた、何か言われたでもなく黒猫はこの力の目覚めを邪魔してはいけないとしかしお姫様抱っこだけは維持していた。
「ナノマシンと言われるあの虫は擬似的な魔術といっても良いでしょう、レベル的には錬金術の類ですが、多分今の状態になった者を感知するために浅ましいこの世界の支配層が埋め込んだ異物、今お姉様は世界の異物と認定されました。私もですが」
凄く簡単に、あっさりととてつもない事を言い出した黒猫、しかしそんな事は小事と言わんばかりに上空を見つめる瞳も表情も変わらない。
「異物? でも世界の異物というのならあれもそうじゃないか? そしてあの闇の光の中心。成る程アレが魔術っていう奴を発してる大元ってわけか?」
「? 初めての割にはうまく索敵出来ましたね? まぁまずお姉様の年齢で魔眼が初めて発瞳するわけはないので元々発瞳していたお姉様の魔眼に誰かが封印を施していた。という事なのでしょうけど」
「封印?」
「なんとなくその人物に心当たりがあるんじゃないですか? まぁ今はそんな事はどうでもいいですよ、どうしますか? 私はお姉様の矛であり盾、矛盾した戦士です。貴女の命令ならばこの命を散らさない程度に頑張りますよ?」
「…………」
賢治は確信していた、これに明確な答えはある。
この世界で暴走した魔術者を放置する愚行さを誰かに説明するまでもなく感じていた。
(アレは滅ぼさなければならない)
この感覚を例えるのなら外来した虫を自分の国で好き放題させている生物学者の気持ちだろうか? それがどんな愚劣な事か、そんな事を放置などできない。
「虫は小さな内に潰してしまった方がいい」
自然と口にしてしまう。
それは多分本能から来る呟きだった。
(え? 今俺はなんていった?)
「イエスマイマスター」
自分がその時どんな表情だったのか、お姉様は、否、黒猫の主人は覚えていない。
嗤わず、ただ空に浮かぶ虫をなんの感傷もなく握り潰す子供の様な表情だった。
それを見た黒猫はただただ子供の様に笑い、戦さ場を駆ける一騎当千の将の様に空中にぶっ飛んでいった。
ベキャ、
正確にいうと鉄骨の階段からジャンプして一度アスファルトの上に降りてからぶっ飛んでいった。
その理由はめくれ上がったアスファルトに起因するだろう、きっと鉄骨の上でこのジャンプをしたら主人ごと階下に落として怪我をさせてしまう。
(なんて素敵な人、シェルフ……ごめん、あの子はアンタより才能が上よ)
黒猫はもう帰れない異世界の友を思い出していた。
しかし黒猫は懐郷病にはかからないだろう、何故ならこっちの世界に仕えるべき聖女がいるのだから。
懐郷病=ホームシック。
故郷に帰りたくなる精神病のことです。




