第1話 ①[嘘つき]
この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません、また特定の宗教や思想、学問を貶める意図はありません。
西暦2499年12月24日 (木)
人類の滅亡などが噂されたこの世紀末のクリスマス『恋人共爆発しろ』と考えていた人は少なく無いと思う。俺もそのひとりだった。
だがその日俺も母さんもそんな事は考える余裕などなかった。
中学校の頃両親が離婚してそのまま音信不通だったオヤジが交通事故で死んでしまったのだ。
オヤジにはもう家族は居なくて両親も既に他界。
親戚も居ないので元妻であるうちの母さんに御役所から連絡があったのだ。
かなりショックだった、父さんにはすごい可愛がってもらったし今でも好きだし、でも。
でも俺は葬式で泣かなかった。
子供の頃は好きだったけど今考えるとオヤジのクズな一面も見えてしまい『あの人死んでしまったんだなぁ』としか思えなかったんだ。
俺はとても冷たい人間だと思う、隣であんなに大粒の涙を流したオカンを横にして一切泣くことなどなかったのだから。
さて、ここからは俺が個人的に嫌だった出来事の話だ。
先ずは……今に始まった事ではないけど、気になっていた女の幼馴染みが男を作ってた。
彼氏だったわけじゃないが自慢する様に男を画像で見せつけてくる、なんかムカつく。
そして定期的にデート画像を送りつけてくる、ウゼェ。
画像着信拒否しよ。
あとは割と過労務なウチの会社に嫌気が差して『辞めよう』と決意したが少し思いとどまってしまった。
会社の先輩達に相談したら『日本では3年はやった方が良い』とか宗教じみた就職説法を聞かされた、今時そんなの流行らないし参考にすらならねぇよ。
でも俺個人的にも彼らの姿を見てそうなりたいかな? などと思いながら見下しているところが本当に鬱。俺本当に性格悪い。
なんのかんので去年から嫌なこと尽くめで鬱気味なった俺は直接の上司に相談して特別長期休暇を貰った。
多分この期間を使って新しい就職先を探せと言う新手のイヤミなんじゃないかと思う、いやいやそもそもそうしようと考えてたのは俺だけどね。
◆
そして今は去年と同じ25世紀末。
西暦2500年4月1日 (木)
今日はエイプリル・フールだ!
…………だからと言ってついて良い嘘など存在しない。
というのが俺の持論だ。
今のこの時代情報が飛び交う量が大昔とは比べ物にならないから嘘をついてもある程度は嘘の情報だと簡単にバレる。
説明は省くけど現代において体内にナノマシンを持っていない人間はいないのだ、そして人間同士が昔で言う端末となって宇宙に打ち上げた衛星型サーバーが全て統合して可視化したデータを見ている時代なのだ。
例えば『ウィンドウ!』とか唱えれば実際にウィンドウが出てくる、そうだ古典ラノベによくある異世界転生ものの『ステータス!!』って言って出てくる例のアレが本当に出てくるのだ! 正確に言うと“見える”だけど。
実際にウィンドウなんてのはない、コレはナノマシンが視神経に直接データを出力した映像だ。
ただ今の時代ナノマシンのない人なんていない、だからあると言っても間違いではない。
まぁプライベートな情報は専用のアプリで他人との共有するデータと自分にしか見えないウィンドウがある。
それらのデータの管理はナノマシンではなくてその殆どは宇宙に点在する人工衛星からのものだ。
ゲームをしたりメールを送ったり映画を観たりもできる、紙もテレビとやらも要らない時代なのだ。
今のゲームは大昔の様にハードとソフトで別れてはいない、強いて言うなら人工衛星がハードの代わりでソフトは地上でプログラマーとプレイヤーが育てて作るのが主流だ。
死んだ親父がそういうふうに教えてくれたっけ。
「あー、オカン? うん大丈夫だよ、ゆっくり休んでコレからのことを考えるよ……えー? こっちに来る?! いいよそんな大丈夫だってー。」
毒親、じゃあなくて少し心配症な母親が俺に連絡してきた、プライベートモードで他人には観られない様にしてるので側からみると独り言をしている怪しいおっさんだ。まぁ今の時代そんな風に思う人間は居ないと言っていいけど、常識だし。
面倒な日課の母親との会話を終えて俺は今ただ一人アパートの一室で大の字になって寝ている。
09:50
早朝とは言えない時間帯だがまだ太陽が差して心地いい風が入り込んでくる割と高層の十階の一室、そこに俺はいる。
家賃は高くはない、大昔の人口が1000億人もいた時代じゃないから土地は余ってる。
今現在の人口は多くない、確か…………30億人くらいだったっけ? その程度しか人が居ないから基本土地や部屋の奪い合いなど無いのだ。だから俺の部屋はそこそこ広い、寝る部屋あり、風呂トイレ別、キッチンもあるし食べるためスペースもある。使わない部屋は食料とかを入れている。
「…………ぼっちでこの部屋は広すぎるなぁ」
これは独り言だ、まぁだからと言って誰かにバレる様なことは無いのだが。ぼっちだし。
友達が来るかもと思い広めにしたがよくよく考えると俺友達居ないし、恋人も兄弟もいない。まぁでも安いからいいんだけどね。
「少し外にでも出て気を晴らすか、散歩散歩」
独り言もここまで来ればもうただの自分との会話だ、エア友達を飼っても良いかもしれない。
そういえば死んだオヤジも独り言が好きだったな、俺と違って少々厨二っぽかったけど。
◆
外出してみると割と平日なのに人がいる、全員が何かしらのウィンドウを開いている、俺みたいに全部プライベートウィンドウにしてる人はむしろ少数だ、独り言に見えない様誰にでも見れるオープンウィンドウにするのが普通なのだ。
こうして見てみるとオヤジが好きだった“なろう小説”って奴の『ステータス!!』とか『プロパティ!!』とか叫んで出現させる例のアレに本当にそっくりだ。
世界人口三十億人がみんなこのウィンドウを開いている、だから景観も悪くなる、そんな時は“ダイブモード”をオフにすれば良い。何も見えなくなる。
ダイブモードには2つあって起きて使うアッパーモードと寝ながら使うフルダイブモードがある。
フルダイブは夢の中で本格的にゲームするのに使う、でも頭が痛くなるからガチゲーマーでもない限りやる人間は少ない。
アッパーダイブは今の俺の状態だ、そこら中にあるAR (拡張現実)TVのニュースや広告、天気予報や渋滞情報などをリアルタイムで確認するのに使う。昔風に言うなら電気代フリーの電光掲示板と同じ感覚らしい。親父が言ってた。
こんな時代だからむしろアッパーモードでないと自家用車で公道を走るのは禁止されている。
信号機なんてのは撤廃されている、今やレーシング場とかオリンピックなどでしか見たことがない。
だからオヤジが信号無視して飛び出したってのも信じられない、アッパーモードで進まないと横断歩道で警告が強制的に頭に響く筈なのに。
『いらっしゃいませ』
電子音が擬似音声として脳内に響く、俺はコンビニに来た。
コンビニと言っても昔のようにレジ打ちの人など居ない、それどころか商品棚もない。
小型の倉庫にいくつかレジ用のドローンがありウィンドウに表示された商品を指定すると倉庫の中からドローンが持ってきてくれる。
まぁ俺が来たのはちょっと古いタイプで自販機タイプのコンビニだけど。
特に買う予定のものも特になかったのだが煙草を買った。
普段は全然吸わないけど、まぁ休日のものの試しだ。
生前オヤジが好きだった銘柄だ、母さんも同じのを吸ってる、俺自身は本当に全くタバコは吸えない、毒親なオカンに酒も禁止されてるから酒も嗜まない。
基本的にギャンブルとか嗜好品を禁止されている。
だが少し吸ってみようと思う、前にも吸ってみたんだよなぁ。
口に含んで苦いのを我慢してたら裏切りの幼馴染に『肺に入れられないの?ダッサ』と煽られてやってみたらめちゃくちゃ咳き込んで更に馬鹿にされた。
でもアレから数ヶ月だ何回か吸ってみれば慣れてくるだろう18日もあるんだし。
「えーと“ウロボロス”えーと6番を一個下さい」
『300円になります』
昔はたばこ税があって1万円ぐらいしたらしい。
今の時代人を増やすのが最優先、税金で生殺しにする時代じゃない。
その代わり宅配便は人が運ぶことはしない、ドローンがその殆どの役割を担っている。
小物の類の速達は空を飛ぶ型のドローンで運ぶ、だがかなり搬送料が高い。
人間なんて使ったらもっとだ、昔は引っ越しに人間を1日雇ってたっていうんだから信じられない。
因みに俺はここに引っ越した時の搬送も配置も全部中型ドローンを複数借りて安く済ませた。
「入金っと」
自販機に俺は入金した。
今の時代、どんな物も大体ドローンに対して『入金宣言』して支払いが終わる。
人に金を渡して払うのは金持ちのやることだ。
現金を使うには銀行で発行しないといけない、更に“貨幣発行手数料”がかかるので俺はタンス預金の為に一回だけしか発行したことがない。
俺はやらないけど現金の使い道なんて高級な飲食店で使って金持ちのアピールする事に使うか、政治家がデータ管理されたくない悪〜いお金の流れが国民にバレないために使うくらいだ。
ガコン、しゃ、
無料のレジ袋と共に商品が小型のコンベアで流れてくる、一応プラ板で遮られているが凄く複雑な機構であり触ったら巻き込まれそうだ。
俺もそうだけどコンベアを観に来る好きものもいる、定期修理のタイミングでマニアが見学しに来るのもある意味日常的光景だ。
オートでデータ管理されたこの社会で大昔に当たり前にあった機械や道具は珍しいもので一部の人間の中では“アーティファクト”とすら呼ばれている、この時代AIも発達して創作物だってAIが作ってる、映画もAI、脚本もAI、俳優もAI、アニメもAI、作画もAI、漫画も小説もAIが作る世の中だ。
逆にこんな世の中で漫画や小説を作る人間はありがたがれる、俺には分からないがマニアからすると人間が作る創作物とAIが作る創作物には決定的に何かが違うらしい、何が違うかは明確に言語化されてないけど。親父が言ってた。
その証拠に書籍が紙媒体から電子書籍に完全に移行される前の時代、小説投稿サイトで最も読まれたのはランキングに沿った作品、そしてAIの作った小説も同じ手法を取っているがその売り上げも勢いも読者数も雲泥の差だった、だが作られた作品は完全にAIの方が完成度が高いのだ。
著名な作家は『完成された作品は死んでいる、人は未完成に魅了されるのだ』と言っていた、何のことか俺にはさっぱりだが。
もっと有名な芸術家は『芸術は爆発だ』と言っていた、こっちは何となくわかる。散る前の桜はとても美しい。
「………………紙の本のマンガか小説も買えばよかったかな? いやいや、あれクッソ高いんだよなー、絶対小さい倉庫にはないからドローン配達でないとダメだろうなぁ。んー」
紙媒体の書籍は高級品だ、マニアは『めくる感覚がいい』とか『読後感が全然違う』とか言っている、まぁ殆ど死んだオヤジの受け売りだけど。
なんか今日はオヤジの事ばっか思い出すな。
そんな事を考えてたらアパート前まで来てしまった、警備がしっかりしてる分火災報知器が万全でベランダでも吸えないんだよなこのアパート、元々吸わないから選んだのだけど。まぁ今吸わなくてもいいか、夜になったら外出て吸おう。
ビニール袋に入れたタバコを手に10階にエレベーターで上る、俺の部屋は1023号室。
オートロックされた鉄製のドアの前に誰かがいる、エレベーターから出て構外の階段に出てちょこっと覗き見る。
少し長い黒髪を後頭部に上げ、一部の髪をすらっと一筋の束として前髪を残して何故か右眼を隠す様な髪型だ。
女性、背は俺より高いが起伏のある体付きは女性である事を示している、白いスーツも下半身部がスカートだからこれで男だったらただの変態だ。
「っていうかあの体つきどっかで観た事がある。」
俺が独り言をすると白スーツの女性がこっちを振り向いた。
「あ」
それは親の顔よりは見ていないけどとても見慣れた顔だった、長く綺麗な鼻筋に少しつり上がった眼、ニキビなど一切ない綺麗な肌、そして左目下の頬側にある小さなチャームポイントの泣きホクロ。
幼馴染みの、えーと七緒和葉だ。
アレ? 「七緒」と「和葉」どっちが名前だっけ?
七緒が苗字で和葉が名前、幼い頃間違えて『ななちゃん』と呼んでいた、気をつけなければ。
「久しぶりね賢治、いつ振りかしら? 元カノの私が来てあげたわよ?」
「え? 元? え?」
何を言ってるんだコイツは。
「付き合ってなかったっけ? 私達、少なくとも私はそのつもりだったけど?」
冷徹に表情を変えずに告げる、言いながらこっちに白いヒールの靴をコツコツと踵で音を立てながら近づいてくる。
右側の眼を前髪で隠している事を除いて全部幼馴染みの七緒だ、でも俺は付き合っていた自覚もない、告白をされてもいないし付き合おうと思ったこともない。
「付き合ってない、って言うかお前彼氏がいるだろ?」
お前でいいや。
「ええ、あなたと違って男らしい経験豊富な彼氏がいるわ」
「…………男らしくなくて悪かったな」
俺は無理して買ったタバコを後ろ手に隠した。
「んー??! 今何か隠したわね? えい!」
女に力も背丈も勝てない俺は情けないことに腕力でタバコを奪われる。
「か、返せっ!!」
「えー? 何これ、ぷふ! あなた吸えない癖にこんなの買ったの? ありえなーい」
鉄面皮だった顔が一気に緩く笑いながらタバコを振る。
「くぅううっ返せよ! 俺が買ったもんだぞ!!」
「没収ですー! 子供はこんなの吸えませーん☆」
「お前同級生だろ!! アホ!」
「きゃー“女豹”が怒ったー☆」
俺は小学、中学、高校と友達がいない、同性の友達もだ。だと言うのに何故か男子から“女豹”という謎のあだ名をつけられて女子からは女の子みたいな扱いをされてず〜っと虐められていた。
その時の感情が今俺の中で爆発した。
「俺は男だ! 女じゃねぇっっ!!!」
女の子は嘘つきである。
2021/12/17
誤字報告ありがとうございます。




