第1話 ⓪[めりくり とらっく なみだ]
冬は嫌いだ。
喉が乾いて声も上げられない、生来の冷え性で手先が悴む。
乾いた指先のケアと肌を守るスキンケアが面倒な季節だ、俺は肌がすごく弱い。
昔、母さんの化粧台に興味を持って化粧の真似事をしたのが始まりで、男なのに妙に綺麗に見せる手入れをする様になった、小学生の時の気の迷いだ。
てか当時の母さんもノリノリで教えるなよ、幼いんだから勘違いしちまうじゃあねぇか。
まぁそんな男っぽくない俺に幼馴染は『女豹』という馬鹿みたいなあだ名をつけられた。
でも意味は違うけど今の時代男だって化粧くらいする! 男女平等だろ!
常識だ! あーなんかむかつく。
「クリスマス、かぁ」
クリスマスにこんな事を考えてしまうのは俺がモテない事とあとはボッチだからだ。
西暦2499年の終わり、世界中で終末論争が激化して耳障りだ、何も起きない方がいいのになんであんなに破滅の可能性の話ばかりするのか俺にはわからない。
そして一番嫌いなのはクリスマスだ。
ボッチな俺には殺意しか起きない。
何が女豹だ。
因みに俺に『女豹』と言う最悪のあだ名をつけた幼馴染の彼女は自分の男とのツーショットを送りつけてきた。死ね!!!
俺は彼女なんてできたことがない。
…………『彼女』ってスーパーとかで安売りしてないかな?
あっても買わないけど女全て安売りされた物だと思い込んで自分の心を護りたい。
そしてそんな俺に神様は気を利かせて雪を降らせ給うた。
「寒い」
いや降んなよ。
このままじゃホワイトクリスマスじゃねぇか、ちっくしょう!
その天気予報を聞いていた俺は心の中で『中止しろ!』と願う。
そして予報士は『雰囲気抜群の優しい雪の加減』と言うのだから更にムカついた、実際当日は予報の時間通りにうっすら雪が降ったよ。クソが。
そしてクリスマス当日。夜。
「ストーブつけよ」
体の芯まで冷える寒さもストーブをかけて暖まれば治るし、終末論争もアニメの効果音の様なものだと思えばなんでもない。
大丈夫、心地よい感じの雪の降るホワイトクリスマスにボッチでアパートの住人な俺に不幸を与えるほどこの世界の神は残酷ではないはずだ。
勿論だが今日は俺の様な人間にとっては『単なる平日』だ!!
大丈夫! 甲斐性のない俺にクリスマスの雰囲気を運ぶのは外の雪景色以外にはないはずだ!!!
ピンポーン
電子音が鳴る、おかしいな?
宅配便など無いはずだ。
ドローンの広告書受け取りも拒否している、今日は何があってもボッチで単なる平日を過ごすと決めている。
これでドアを開けて『あ、間違えましたーん』とか言って酒臭い男女が出てきて『メリークリスマース♡』なんて言われたら俺のハートはクラッシュ!!
前に似た様なことがあった!
だから絶対に今日は外に出ない!!
ガチャ、
「な!! 鍵を開けた???!開けられた???」
このアパートのドアは物理キーを採用している、個人コードでなく鍵を持ってる奴が入れる昔ながらのドアだ。
つまり来客の正体は!!
「ハッピークリスマ〜スッ!! ケンジ〜❤︎」
パンパン!!
小さなクラッカーを二個鳴らして俺に紙吹雪を俺にぶっかけた超絶美人がそこにいた。
赤茶色の綺麗なストレートヘア、寒いのに薄そうなシャツにデニムのジーパン、色気のない格好なのに本人が美人すぎてエロい格好に見えてしまう。
それぐらいに美人だ。
日本人離れしたシャープな顔立ち、しかし意志の強さは感じさせる表情で自信に満ち溢れている。
肉体は意外と逞しい、細いが出ているところは出ていてひっこむべきところは引っ込んでいるナイスバディ、そして俺よりちょっと身長が高い。
まぁ俺身長そんなに高くないけど。
見た目は確実に10代だ。
俺より若い。
だが。
「………………母さん」
俺は多分苦悶に満ちた表情をしていると思う。
「イエーイ!! 生意気にも着信拒否してたから母さんムカついて強襲しに来たぜー?? 愛しき息子よー!」
がしっ
首元近くの肩を腕で掴まれニッコリと睨まれる。
「い、痛いよ」
見た目がくっそ若いから許されるけどこの人40代です。
街で高校生にナンパされたりするけど俺の母さんです。
23歳の俺を産んだ経産婦です。
高校生相手にマジギレしてボコボコにするけど俺の母さんです。
「おかん、キリスト嫌いじゃなかったっけ?」
初っ端『母さん』と呼んだが失敗だった、この人は何故かフレンドリーに『オカン』と呼ばないと怒る、普通逆じゃないかな?
「んー? クリスマスに関係ない話して誤魔化そうとしても母さんは許さんぞ〜!?」
あー、これはやばい。
クリスマスがキリストの誕生祭だって知ってるのに自分の話の腰を折る全てを否定するモードになってる。
少し笑顔の中に病みが見える。
「いっつも口酸っぱくして言ってるよな? 毎日ちゃんと母さんに連絡しろってさ〜、母さん本当に心配でここに来るまで十三組ほどカップルを破局させてきちゃったぞ♡」
やる。
この人は本当にやる。
『有言実行』という四字熟語で体が構成されているんじゃないかってくらい言ったことは実行するし過去形になっていたら確実にもう時すでに遅し。時間切れだ。
母さんは極端に嘘や虚構を嫌う。
そして超がつくほどの『毒親』である。
自分の思った様に俺が育たないとそうなるまで教育する。
優れていればいいと言うわけではなく思想とか好みとかそう言うレベルで性格を作り替えられたと思う。
特に料理は『殺意』まであった。まぁお陰で一人暮らしに不便することはなかったけどさ。
「あーやっぱ母さん一人暮らし許さなきゃ良かったなー!! よし賢治母さんの職場に就職しろ、会社なんて辞めちまえ!」
「おかん、それはダメだよ」
勿論そんな毒親でも俺の親だ嫌いじゃないし、でも言う事を聞くだけじゃダメだと理解もしてる。
多少距離を持った方がいいと思ってる。
てかこのままだとマザコンになっちまう。
「んー? じゃあ今日の音信不通はどうやって償うのかなー?んー?」
見た目10代のオカンが低い俺の顔を覗き込み可愛くて綺麗な顔をこまった表情に歪める。
コレ、気に入った答えを言わないと体罰もあるな。
オカンは特に武術をやってたわけでもないのに武器を持った悪漢より強い。
昔銃持った強盗を素手で三、四人血祭りにしたのは今でもトラウマだ。
笑いながら返り血浴びた母さんは無傷だった。
そして、綺麗だった……………じゃなくって!! えーとなんて答えたらいいんだ??! えーとこの顔は!
「今日一日ここでく、く、クリスマスパーティーしようかオカン」
「あーはっはっはっ! 嬉しいぞー? そこまで言わなくてもわかってくれるなんてなー? 賢治は女転がしだなー? んー?」
機嫌が良くなった、よかったー。
そのあとは飾り付けのためにドローンショッピングで高めの配達料払ってクリスマスパーティーだ。
ツリーは流石に無いけど紙の飾り付けくらいはして余った料理の材料でもてなした。
オカンが気を使って毎年クリスマスプレゼントをくれるのが心苦しい。俺もう23歳だよ。
ってかそれを用意してくれてるってことはさては最初から泊まる気満々だったな?
ホワイトクリスマスにオカンと2人っきりのクリスマスパーティー。死にたい。
どうやらオカンもクリスマスは嫌いらしい、だったら彼氏でも作ってホワイトクリスマスに参加していってくれ、あんたの容姿なら20代って言っても分からないから。
後で40代だとわかっても悪い気しないから。
俺の両親は中学生の頃に離婚している、原因はオヤジの金銭感覚のなさ、だらしなさ、甲斐性のなさ、挙げたら色々あり過ぎるらしいが1番の理由はゲームに課金してた事らしい。オカンってそういうのの理解が薄いしなぁ。
まぁその日はぼっち2人の男女(親子)の地獄の様なクリスマスだった。楽しくはあったけど。
何が辛いのかってーと、ちゃんと生活出来てるか、清潔清掃出来るか、自炊出来てるかチェックする、頼むから寝室までチェックするのはやめてほしい。せっかくのホワイトクリスマスだぞ?? 23の息子のベッド調べて何が嬉しいんだか。
もう俺は独り立ちした立派な成人男性なんだから、子離れして毒親卒業してくれ。
母親をベッドに寝かせて、その日はソファーで寝た。
世間一般の若者たちの男女に心の底から中指を立てながら大っ嫌いなホワイトクリスマスを過ごした。
次の日、オヤジの訃報があった。
俺たちが寝てる間もバイトをしていたオヤジが交通事故で死んだ。
最初は信じたくなかったけど、それから葬式の準備して行くうちに、オヤジの遺体をみて、事実だと実感できた。
約10年ぶりの父親の姿は痩せていて、でも大型トラックに轢かれた割には綺麗な姿だった。
俺は泣かなかった。だってもう思い出なんて遠い過去のことだし、泣くんだろうなと予感していたけど全然悲しみが湧いてこなかった、多分小学生の頃に死んだ婆ちゃん爺ちゃんの時にわんわん泣いてもう涙が枯れたんだと思う。俺って俺が思うより冷たい奴なんだなって思った。
嗚呼違うか。
葬式前から気丈なオカンが泣いたから、わんわん泣いて泣きまくって、まるで婆ちゃんが死んだ時の俺みたいに泣いていた。
だから俺は泣いてはいけない気がしたんだ。あの時オカンもそうしてくれていたから、泣かなかった。
その日から嫌いなクリスマスはもっと嫌いに…………などはならなかった。
だって、嫌いでも好きでもなく心底どうでもいい存在になったのだから。
だって、そんなイベントが目に入らない日になってしまったんだから。
12月24日はオヤジの命日だ、平日でもなく、カップルの祭典でもなく、死者を悼む日になったのだ。
怒りなどもう湧いてこない。
大昔に磔になった髭のオッさんなどどうでもいい。
俺は、何があっても母さんを守る。
例え何を犠牲にしても。




