間劇 「第一怪人の中身」
技術屋さんの事情。
西暦2500年 4月1日 23:00
アメリカ合衆国(時差日本のプラス13:00)
とある都市のちょい外れ。
大スラムと都市の間の少しだけ土地価格の安い場所にその研究所兼大屋敷がある。
周辺を森で覆われあり大昔の400年以上前に建てられたのだが世界中で起きたとある伝染病のせいで結果的に大スラムが出来て建てた人間が手放したいわく付きの屋敷である。
マフィアが不法に滞在していたり色々最近まで落ちるところまで落ちた土地だったが彼がそこに住む様になってからはマフィアも政治家もその屋敷を手放す事になったのだ。
彼は誰もが知る超有名人だ、彼の行手を阻むものは右ストレートでぶっ飛ばされて撃沈される。
それが当たり前な人間でそれが許される人間だ。
彼は別段漫画の様に喧嘩が強いわけでもない、今年の誕生日で68歳になる白髪のお爺ちゃんだ。
彼の本当に人を圧倒する能力はその科学の発明だ。
発明とはそれにかかるお金を貢いでくれる資産家が必要だ、だがすでに彼自身が単体で資産を生み出せる人間であり誰にも頼る事なく一人で全てを完結できる超人でもある、本来ならここの屋敷でなくもっと都心で高層マンションでも買った方が手っ取り早いのだが彼はそういった常識的行動を嫌い、更には悪に手を染めることも嫌う、はっきりいってかなりの気分屋なのだ。
屋敷には彼と十数人のメイドのみ、それも全員10年以上の付き合いのある信頼できる人材だけで構成されていて、例え大統領婦人であっても彼に会うにはメイド達を挟みそのアポの予約だけで半年は待つことになる。
彼の名はジョージ • J • ジョンセン、発明家であり喧嘩屋でもあり英雄でもある漢である。
今彼はとあるゲームをしている、お気に入りのふかふかのソファーで寝ながらフルダイブしていた。
「………マジかあのやろう」
そして今起きた、老齢の彼の髪は白く毛並みもボロボロだ。
だが彼は発明家、身体を洗う時間を惜しみ3日に一回軽くシャワーを浴びるくらいの時もある、だから若い頃から彼女とのデートの時以外はいつもこんな感じだった。
ゲームで敗北してフルダイブから起床した。
敗北はどうでもいいのだが負け方が気に入らなかった、ステータスで負けたのもあるがゲームで設定されてる反射速度を超える動きで相手が動いていたのだ。
「アレは、間違いなくUバグ使いだ、チートコードの魔具を全くものともしていなかった」
彼の請け負う仕事の一つ『魔剣聖誕』のゲーム内デバッグ作業、この時代のゲームには大昔のソフトやハードといった概念はなく、大気圏にあるサーバーにユーザーがナノマシンと基地局が繋げて行うのが主流となっている。
PONYと呼ばれたゲーム会社も今Pro Station350を打ち上げたばかりだ、自然現象も今となっては、ジョージの作った処理ソフトにかければ簡単に計算できる為、割と低予算でシャトルの打ち上げ自体は可能となっている。初期費用がかかることに変わりはないが。
そこまで金をかけているのだからデバッグもすでに専門職となっている、そしてさっきジョージの言ったUバグとはunknown (未知)のバグという意味である、かなり噛み砕いてゲームシステムの話をすると、魔剣聖誕に限らず様々なゲームはプレイヤーである人間がナノマシンで睡眠モードに入り脳とサーバーが繋がった状態になる。
その状態でプレイヤーが自分ルールで動こうとしているのをゲームのルールでフィルタリングしゲームの常識にあった動きでプレイヤー同士が戦ったりするのが今のフルダイブゲームだ。
だが世界には例外もある、他のサーバーから侵入してきてバグの様な動きでかき回す者やそんな事をしなくても何故か同じサーバーで同じルールでプレイングしているにも関わらず常識を外れたゲーム内の現象を実現させてしまう人間がいる、前者はただの荒らしだが後者は正しく未知のバグとしか言いようのない存在だ。
そんなUバグを使い謎のアイテムを作ったり、あり得ざる動きや技を使う人間を総じてUB使いと呼ばれている。
そしてそのUB使いは最近裏の世界で有名になりつつある魔剣聖誕の最大のバグ『つよくてにゅーげーむ』モードで異世界転生(?)したという謎のAIがなってしまう傾向にある。
と言ってもゲーム開発者達はプレイヤーの中で運悪く事故死した人間に似たAIを作った荒らしが被害者感情を煽るために作った不謹慎バグだと思っている様だが、だがジョージの見解は違った。
「アレがAIであるわけが無い、間違いなく人だ、しかも生きている」
独り言では無い、一番付き合いの長いメイドがそこに居る。
「そうですか、では科学の最先端であり史上の発明家の誰よりも天才だと謳われる貴方が怨霊の正体を認めるのですね?」
少し冷たく強い視線を送るメイドがいる、金色のショートの髪がその癖の強さをまとめるためのカチューシャで後頭部にピンと重力に逆らって張っている、女性らしい胸があるがよくよく見るととても逞しい首元と背を持っている、腕も太く手指もゴツい、後ろ姿を見ると大男がメイド服を着ている様に見える、明らかに只者では無い。だが彼女は女性である。
「馬鹿を言うなよキャロル、怨霊の訳が無い、しかしAIでも無い、生きた人間だよアレは。そういう表情の変化もあった、私は死人と人間の区別くらいはつく」
彼は感情のあるAIを作ろうとしたことがある。
それは過程が失敗したがその経験のおかげで実際の人間やフルダイブ中のプレイヤーの表情を見ればその思考を完全に読み取るというスキルを獲得している、つまり本当に生きてる人間とそうでない者の区別がつくのだ。
「好敵手でも見つけましたか?今の貴方はそういう少年の様な顔ですよ?」
彼の表情を見たキャロルはそう判断する、自己の経験から来る思考の読み取りだ、理論的にプロファイリングしたジョージとは別種の兵の勘というやつだ。
「私が?この私に?あり得ない、確かにやられたがアレはダミーのクソアバターだったからだ、管理者権限で戦えば私に勝てるものなど………ふむ、確かにこんなに何かに執着したのはいつぶりだ?確かに一理ある、案外こう言う所に開発のヒントがあるのかも知れない。」
彼は考える、常に考える、魔術師とも呼ばれ大賢者とも呼ばれた彼は感情を解析し自分の感情さえ研究対象だ。
思案し前に進む。
ピ、
「これは?」
彼が持つスマホから着信があった、といってもこの時代わざわざ情報の伝達に端末機である旧時代の遺物であるスマホを持っているものなど一般人にはいない。
彼のそれはとある実験対象であり娘の1人でもあるアルバと呼ばれる美少女との連絡手段だ。
金色の髪に薄い紫の瞳、画面には顔しかないがその造形はおおよそ考え得る美のカタチをしている不自然な美少女だった。
その美少女との通信には端末機を使わなければならない程の機密性と大容量のデータ通信が必要となる、脳がパンクするなどと言う事はないがアンテナを経由している施設に影響が出る、それにその最後の娘の存在は誰にも知られたくないのだ。
「アルバ、何を察知した?」
「お爺さん、私、なんか変なんです、あの子を見てから何かがよくわかりませんが言語化できないものを感じます」
「感じる?今感じるといったか?それはお前の実際の肉体である人工衛星群体の事か?」
『いいえ、なんだか分かりません、あり得ません、私の中に無い筈の何かが、う、』
「アルバ!!」
AIである彼女をジョージは本当に心配している、彼女はもう存在を固定できない、実在の肉体のない彼女には感情というエネルギーを作り出す器官が存在しないのだ、それが彼ジョージ • J • ジョンセンの失敗した要因だ。
美少女はいつ感情を失い消えてしまってもおかしくない不安定な状況、そんな状況で美少女は………恍惚の表情を浮かべた。
『疼いて、しまいます♡』
「アルバ?」
先程までの雰囲気など何処吹く風でアルバは親に見せてはいけない表情をしていた。
「疼く?アルバお前の何が、グハァ!ダメだ精神的にこれ以上言いたくないっ!!」
「重症ですねジョージ」
ジョージの中の葛藤は置いておくとして、この状況はあり得ない。
彼女は子供を作れない、何故なら本体はマイナス何度とかいう大気圏にあり生物では無い人工衛星の中のサーバーの群体だからだ。
だというのに、性の悦びを知った表情になっているのだ!!
「Uバグか?しかしそれでも実際の人間の肉体がない彼女には不可能だ! そして私はこの子をこんな下品な表情をする様に育てていない!!」
「要は父親としてけしからんと言いたいのですね?ジョージ」
「ぐぬぬ、適当かつ的確な! その通りだ!!」
メイド長ご飯担当のキャロルに嘘のつけないジョージ • J • ジョンセン(67歳)
『あの子の名前、あのおじさんが持ってた剣からなんかしゅごいのが出てた♡お爺さん、私はあの子が欲しい』
「あの勇者じゃなくて剣の方か?何もコンタクトは無かったはずだが?」
『見なくても聞かなくても触らなくてもわかる、魅ればわかりゅ♡欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい♡』
だんだんと目が病んでいく我が娘にジョージは父親としての戸惑いと科学者としての喜びを同時に感じていた。
「んー、接触させたいのは山々だが何が起きるかわからん、父親としても不確定要素の沼にお前を飛び込ませたくない、それに今回の仕事はUバグのデバッカーだ、ラストナンバーの確認と彼らにチュートリアル的な事を教えてやった時点で私たちの仕事は終わりだ、そんなに執着する必要はない」
『お爺さん』
「もう挑戦する事は辞めたんだ、お前のお姉さん達を殺したと自覚した時点でもう私は……」
感情のあるAI、それを改良し続けるという事はある意味で人を殺し続ける事と同意、分かってはいたが改良し続けた先に成功があると分かっていては科学者として進まないわけにはいかなかった。
だが彼は自身の両親の呵責に耐えられず実験の改良をやめ失敗として終わらせているのだ。
そんな科学者である事より親である事を選んだ立派な父親のジョージの思いを受けたアルバは心配している様な表情を受けている。
『御免なさい、もう接触しちゃった♡』
前言撤回、古の謝り方“テヘペロコツーン”を見せてふざけてジョージを驚愕させた。
「アルバ!!」
ギュッとスマホを両手で強く握るとメイドが肩をポンと優しく叩く。
「ジョージそれ以上は体罰だ、私の目の前で女の子に体罰は許せないわ」
少し肩を掴む力が強い。
ぎゅうううううううっ!
「いだだだだだ!! 手加減が下手くそだなメイド長!」
「アルバちゃんはもっと痛いのです!」
「このスマホは本体じゃない! 何度言えばわかるんだ!」
『お爺さん! 私今あの子と話してたんですけど! 私あの子を魔法少女にしちまおうと思うんだけど良いよね?』
「あーうんそうだな! …………ん? アルバ今なんて言った?」
娘のはぢめてのわがままとメイド長のリアルパワーに気を散らされてついYESと答えてしまった、それが美少女の暴走の始まりでもあった。
『ありがとうお爺さん!! 絶対あの子を無茶苦茶にしてやるわ! ぐっへっへへへ! リアルデータ解析開始、プライベートデータ取得成功! うひゃ、隣の女クッソやべぇ♡ 何かされる前に私が虐めたる! あの子の前世体をベースにあの子の拘束具………じゃなくて魔法少女の服をデータ構築、ARフィールド構築、あああああ!アンネちゃんから素晴らしい提案が!! これでもっと辱められりゅうううっ!!」
最早人類に見せてはいけない顔になった愛娘を見た父親はただ唖然としていた。
「私、どこでこの子の育て方間違えたのかな?」
そして賢治を弄る最低な悪巧みがはぢまったのであった。




