余談 『地獄』❤︎
その魔女は“薬指”の一人。
割と長く生きている魔女。
彼女自身も魔女を殺す魔女として利用される一人だった。
しかし彼女はその魔術の才能により、無意識の海に完全に支配されていない。
だから彼女は薬指達の指示を『福音』として無意識的に受け取っているのだ。
英雄と呼ばれた歴史上の人間は大抵はこのシステムに飲み込まれた結果、偉業を成していたり大いなる災いをもたらす。
朦朧した意識のままジョージは魔女の出したそれを見る。
「コレ、は、美味しいの?」
出されたその汁は白濁色で粘性の強い見た目の悪い液体だ。
ガラスのジョッキのためその禍々しさが際立つ。
「とっても美味しいわよ❤︎ さぁお飲みなさい」
今彼は軽い催眠状態にある。
部屋中に焚いた薬効のある香の成分が身体を駆け巡る。
やがてソレは過剰に駆け巡り毒となり少年の正常な判断力が低下させる。
そこに魔女自身が放つ魅惑の魔術が襲う。
それがトドメとなって、ジョージは自ら大きなジョッキに手をかけて、口につけた。
ぐび、ぐび、ぐび、
痺れが舌と喉を刺激する、気持ち悪くて手放そうとするがジョッキを持つ手首を魔女に掴まれて抵抗できない。
鼻から汁が飛ぶ。
「ぐべへっ!! ぐえ、おえ!」
生理的嫌悪感が込み上げるくさい液体である。
それと一気に飲み干すには粘度が強く飲みきれないまま吐き出してしまった。
「あらあら、神樹様の樹液がもったいない。まぁ、それだけ飲めれば色々するには充分だけどねぇ❤︎」
魔女は息がかかるくらいに顔を近づけてくる。
「神樹? ………あれ?」
脳が揺れるような感覚、下腹部に何か、嫌な感触と熱が込み上げてきてしまう。
「んふふふ、熱くなってきたでしょう? さ、そこのベッドに腰をかけなさいな、さぁ、さぁ」
本性を表した魔女はジョージを力づくで両腕を引っ張り足を引き摺らせたまま寝室に連れ込んでいく。
そしてふかふかのベッドに投げ、仰向けで力なく倒れピクピク小刻みに震えていた。
その様子を見て魔女は、激る。
「きれい、美しい❤︎ こんな綺麗な魔術の原石がなんで誰にも手をつけられていないのか不思議だけど、まぁもういい、私の魔術で染め上げよう、その前にちょっとだけ…………若い肉を愉しむとしよう❤︎」
年は10代に見えるがその実際はババァだ、若い男が大好物。
押し倒し、胸元を掴んでビリビリと服を破ると魔女の顔が少し強張る。
「……………意外と鍛えてるな、まぁいい❤︎ これからはここから出られなくなるんだ、鎖骨が痩けるくらいに華奢にしてやろう、やっぱ少年は貧弱じゃあないとね❤︎ 筋肉なんかいらない」
魔術の源泉は感情、発動の速さは知力。
このままジョージを隷属させ魔術を発動させる奴隷にすれば十年単位で構成する魔法も一瞬で済んでしまう。
ジョージの知力はそれほど良いものだ。
そして少年は良いものだ。
ぐぱぁ、と魔女の口が開き唾液の柱が何本も現れてはちぎれ、熱気のこもった息が少年の顔を包む。
そして少年の首筋目掛けて噛み付こうとした瞬間。
ひゅっ、
それは起きた。
そして“完了”していた。
音よりも早く。速く。疾く。
光として被害者の目に感知されるより疾い一撃。
自分の首が跳ね飛ばされるまで。
何かが起きたという事すら認識できなかった。
気がつけば宙に浮いていた。
首だけが、宙に浮いていたのだ。
「!? ??!?」
(ひぇ? は? え?)
もう肺と首の気道が繋がっていないので酸素が吸えない、何も吐けない。
発声など出来るわけがない。
宙で回転する首となった魔女はその加速する世界で起こった事を認識し、落ちる前に理解した。
だが。
びゅちゅ、
液体と音が遅れて動く。
一瞬前まで誰も居なかったそこに黒いローブを纏った女が居た。
その女が魔女の首を手刀で断絶したのである。
プラチナブロンズの髪に青い瞳、ローブの中は黒いメイド服、殺意に満ちた眼光、怒りで目尻が吊り上がってはいるがその女はキャロルであった。
「ふんっ!!」
キャロルの声を認識する前に魔女の意識は消えた。
どぴゅちゅっ!
攻撃はとても単純だ。
手刀から追い打ちの見えない速さの左フック。
それだけで魔女の生命は終わった。
宙に浮いた魔女の首をキャロルのたくましい拳が貫いた。
魔女の頭蓋から脳、そして顔面へと突き抜いたのだ。
魔女の頭蓋は砂場で遊ぶ子供の砂利の城の末路と同じだ。
まるで土塊の様に、細胞レベルに粉砕されたのだ。
びちゅば、
血肉が辺りに飛び散り拳の形に伸びきった魔女の顔の皮が吹き飛んでいきジョージは血と皮で紅く染まった。
だが意識が朦朧としていてナニをされているのか理解も何も出来ない。
ただ熱い液体を吹きかけられたということだけ分かる。
しかし構わずキャロルは少年を威圧する。
「私は魔女狩りの魔女、そこに何の矛盾もなく私は存在する。私は咎人、世界に大災害を引き起こし無差別に、子供も、胎児も、顔も知らない誰か達を殺した大罪人、もはやその生には死すら生温く、この世界に呪われ命を固定された不死の断罪人」
なにかの詠唱の様に、いや何かの言い訳の様にぶつぶつと語る。
「…………私は! 貴方に相応しくない!」
キャロルは何かに懺悔をする少女の様に跪く。
だが彼女は、カネと筋肉しか信じていない。
だからそれは“懺悔”ではなくただの“告白”だろう。
自分の罪と悪魔を曝け出しジョージに失望して欲しい。
キャロルはジョージが魔女に誘われていた事を知っていた。
魅惑されジョージの中の恋の対象を変えられていた事にも気がついていた。
キャロルに対するその感情を歪まされていた事を知っていた。
そう、少年はキャロルに恋をしていた。
その感情の先を変えられ悪い魔女に惑わされていたのだ。
それを見て見ぬふりをして自分の中の思いを捨てようとした。
だがダメだった。
身体が理性に反して、助けに感情が動いてしまった。
車で1時間の距離を数分で駆け抜けて、森の結界もブチ破って、魔女を即効で駆けつけて、有無をも言わさずに魔女をぶっ殺していた。
ジョージを見捨てることができなかった。
なぜ見捨てるのか?
それはキャロルの心が知っている。
キャロルは自覚している。
きっと自分はぶっ殺したこの悪い魔女よりも、少年にもっと酷い仕打ちをしてしまう。
自分の中に少年に対する卑猥な感情が膨らんでいく事に気がついている。
今は我慢できてもきっと自分の心は腐る、その自覚があり年月を重ねるごとに明らかだった。
少年に対する性的欲情を抑えようと激しい筋トレで誤魔化していた。
キャロルにとって少年の成長心は“可愛らしいもの”と写っていた。
少年がキャロルに負けない様に身体を鍛えていたのを知っている。そんな一途なところが大好物だ。
キャロルを嫉妬させようと女を侍らせている様な嘘をついているも。とっても可愛らしくてハグしたい。
少年が自分に振り向いてほしくて発明家業に今まで以上に心血を注いでいるのも。可憐な歌のように心地よく、野に咲く花のように可愛くて、馬のサラブレッドの毛並みのように綺麗で全身隈無く何百回も撫でてしまいたい。
少年としての心の美しさが、誇らしさが、強くあろうとする健気さが、何もかもが呪いのように大好きなのだ。
だが。
(そんな少年に対して私は朽ちる花より醜悪だ)
「私は! 歴史上のどの悪より人を殺した! 間接的ではなく、自らの力で! 私は!! こんな私は!!! 貴方の初恋でいてはいけないんだ!!!」
今にも泣きそうな顔だ。
これがキャロルの本音だ。
やっと言えた、自分の気持ち。
諦めて欲しい。
少年の生きる道に自分は必要であってはいけない。
それは誰が見ても明らかな歪んだ恋物語になる。
少年には相応しい綺麗な人生を歩んでほしい。
その気持ちがジョージにも伝わった。
だが。
「それでも、俺は貴女が好きです」
少年は、思い出した。
思い出せた。
忘れていた事も、忘れさせられていた事も、自分がキャロルを愛していた事を、忘れさせられた事も全て思い出した。
監視のために常に離れずにいた事。
今までの魔法を見つける為に世界を駆けた冒険。
魔術を知って忘れさせられていた連続。
しかし何度忘れさせられていても少年は、キャロルを絶対に愛してしまう。
どんなに冷たくされても、気のないそぶりをされても、何度最悪の初対面を繰り返しても、隠しきれないキャロルの優しさが少年を何度も魅了し続けた。
幾度も咲き続けるその未熟なままの初恋はきっと満開になる事はない。
叶わない恋でも少年は感情を抑えない。抑えられない。
少年の瞳はずっと輝いている。
「やめて、ジョージ、貴方は、もっと、違う女の、人を、愛して私を忘れてください………私は貴方に………」
「俺が貴女忘れて他の女を愛するなんて、嫌だ! 考えたくない、ずっと貴女を思い続けていたい!!」
キャロルはその言葉を待っていた、だが突き放す事は変わらない。
「私はお前の様なガキなど嫌いだ!!」
威圧する様に突如大声をあげた。
────完全に嘘である。
本当は今すぐ抱きついて、むしゃぶりつくして犯してしまいたい。
だがそれをすれば、自分は狂ってしまう。
狂って世界を滅亡寸前まで追い込んだ時のようになってしまう。
そんなキャロルの苦しみなど少年はお構いなしに反論する。
「………振られてもいい! 傷つけられてもいい! でも、もう俺のこの気持ちだけは忘れさせないで!」
うつ伏せで動けないままだが少年の語気は強い。
今すぐキャロルの声のする方へ行きたい。
だが意志に反して身体は動かない。
全力で僅かに動くその手を、震えるその手を、少しずつ伸ばす。
「行かないで、キャロル、俺は貴女を愛してる」
口も痺れてきた。
血に濡れたベッドから起き上がれない、愛している女の元に行けない自分が、情けない。
じゅわぁ、
魔法の痕跡、魔女の肉体から魂が消えて血肉が光になって消えていく。
世界にかけられた呪いが魔女の痕跡を消していく。
しかし魔術は消えない、結界が二人を閉じ込めている。
キャロルは力づくで出れるが、少年は無理だ。
ここに置いていくしかない。
「ジョージ・J・ジョンセン、コレより先私が貴方の前に現れてもそれはもう私ではない。私の心は魂から腐り、貴女の初恋の人は死ぬ、残るのはただただ残虐で、凶悪な魔物の様な女、もう私は…………いえ」
何かを言おうとするが、キャロルは最期だけは、思い出を汚したくはなかった。
どうせ忘れさせるがそれでも汚したくない。
だから笑わず、いつもと同じくクールなメイドを演じる。
「さようならジョージ」
少年の告白にはキャロルは答えない。
キャロルは立ち、その部屋から出ようと踵を返す。
もう会わない。
薬指達との雇用契約をご破算にしてでも、これ以上会ってはいけない。
『愛している』と言われた時の自分の気持ちを再確認した彼女はそう確信したのだ。
だが。
ガシ、
足が、何かに絡まった。
振り返らないと決意したキャロルは、その異常事態に振り返り見てしまったのだ。
昏睡しているはずの少年が、精神力だけで這いずり、メイドの逞しい足を掴んだのだ。
「馬鹿な、動けるわけが、ない」
逆の立場でも無理だとわかる、精神が肉体を越えるなどあり得ない。
だが恋する少年は、例外だ。
「愛しています、俺を捨てないで」
「やめろ、ジョージ、それ以上言ってはいけない!」
キャロルの逞しい足に少年の弱った愛らしい手が絡みつく。
メイドの仮面が剥がれ魔女の顔が現れ始める。
口端が歪む。
「俺は、貴女の全てを受け入れる! 貴女がどんな悪でも構わない!! 一緒に俺と希望を探そう! 俺をひとりにしないで!! ひとりにならないで!!!」
ぷつ、とその時キャロルの何かが切れた。
完全に仮面がぶっ壊れ、口端が、歪む。
「では、失望してもらいましょう」
本当の魔女が、そこに居た。
「私の情欲を知れ、貴方が私を狂わせた、罪悪を愛した貴方の罪を知れ。返事をしましょう…………私も貴方を愛しています❤︎ ふふ………… 魔女に愛される地獄を知れ❤︎ せいぜい後悔しろ❤︎」
本性を現した悪虐ショタコン魔女は、美少年にとって知らない彼女の顔をしていた。
「え?」
邪悪な笑顔を向け、少年を汚すことに決めた。
そうしないと、この地獄が終わらないと判断した。
性欲をぶつける事にキャロルは決めた。
いつものクールな彼女はどこにも居なかった。
◆
建物から出た。
精も根も尽き果てたようなジョージを背負いメイドが森を歩く。
走れば10分もあれば家に帰れるが優しいメイドは疲労した少年を労わる。
幸せのひととき。
そこに無粋にも別の男が現れた。
「やぁ、久しぶりだね」
「…………なんだお前か」
薬指を統率する個体、ジョージを監視する様に依頼し続ける存在の一人だ。
見た目は成人男性、一般的なアメリカ人、碧眼に茶色の髪。
入れ替えを何度も繰り返しているので時代によって肉体が違う。
寿命が来るまで死なない一般人に紛れ込める一般人と何も変わらない化け物だ。
「君とは違う魔女がいて、君が殺したことはわかってたんだけどね。結界の解除に手間取って1ヶ月もかかったよ」
「1ヶ月、か…………長い様で短かったな」
薬指が結界の解除したのを知ってキャロルは建物の外に出たのだ。
その1ヶ月の間、キャロルはもちろんジョージを虐め抜いた。
外道と残虐と性癖の全てをぶつけた。
悪女にどう見られていたか知った少年は失望し、キャロルを強く罵倒した。
それでも何度も犯し、何度でも体力と精神力を回復させ、また犯し、精神が壊れる寸前まで犯し、何度も何度も少年を泣かせ、何度も興奮した。
それを1ヶ月、徹底して自分の欲望をぶつけた。
だが、少年はキャロルに失望しても、嫌いになっても、愛していた。
少年の純粋な恋の炎を消せなかった。
何度も「嫌い」と言われ、その何倍も「好き」と言われ、その何十倍もの気持ちで「愛している」と言われた。
メイドの予想を超えた異常な純粋と純愛だった。
そしてメイドは、その少年の精神力に感服し、少年がメイドを愛する以上に、少年を愛してしまった。
(きっとこの子は自分を曲げない、老いても少年の心のままでい続ける、記憶を何度消しても変わらない。ならば)
キャロルは決意する。
「あのさぁ、あの建物で何をしていたか知らないけど魔女の残留思念が嫉妬にまみれて呪いになっちゃってるよ? どうするの?」
薬指の男はポケットに手を入れたまま建物を見る。
その視線の先に黒いオーラが立ち込めて空気が冷たくなる。
殺された魔女の怨念。
それがオーラという形を成して空気からチリを生み出し塊を作る。
このままだと本当に呪いが形となり魔物として少年とキャロルを殺しに来るだろう。
だが。
「もう手は打ちました」
ゴォオオンッ!! べキャ、ゴッ!!
建物の中から黒い無数のトゲが一瞬で生えて崩壊させる。
「アレって君の持ってたマジックアイテムのローブかい?」
黒のローブが暴れて無数のニードルを形成、ビルを倒壊させたのだ。
「呪詛返しが発動したんですよ、私に呪いは効きません」
魔女を殺す事を想定している時点でこの程度の装備は持ってて当たり前だ。
ただその規模がやや大き過ぎる様だが。
「アハハハ☆ すごいね! コレが愛の力ってやつかい?」
内心ビビりながらも笑い、しかしメイドからは決して目を離さない。
いつ殺されるかわかったものではないし彼にとって彼女も監視対象だ。
「…………お前らの狙いはわかってる、また私を狂わせあの大災害の時の様な事をさせようとしている、もう私はあんな事はしない!!」
「えー?あーそういえば君ファーストウェーブの起こし主なんだっけ? ゴメンねー☆ それは別の僕達だからさ、記憶は引き継いでも全然当事者意識がなくってさ、今の僕は実感主義、失敗しながら学ぶタイプでさ、本人から聞いた事じゃない噂は信じないことにしてるんだー☆」
「…………相変わらず不快な輩達だ、違いがあってもその不快感は変わらない」
キャロルも、警戒している。
今のジョージにこの不愉快な男を会わせたくない。
過去に別の個体が近づいてきた事があったが問答なしで殺している。
魔女などより厄介だと知っているのだ。
(コイツはジョージ心を汚す可能性がある、ジョージは私の全て。絶対にこの化け物には近づけさせない)
抱っこした腕がさらに太くなり熱を発する。
「そんなに大事そうにしなくたって今の僕は男に興味はないよ? でもさ、どうするんだい? その子が将来狂って魔法を学んで、にっくき魔王になったらさぁ? その可愛い少年を殺せるのかい?」
そんな男の意地の悪い質問に、かつての魔王はあっさりと答える。
「────ちゃんと殺しますよ? ………殺して、私はこの子の命に殉じます」
魔女は笑わない。
少年に愛された不死の魔女はやっと自分の“死”を手に入れた。
やっと魔女は死ぬに値する少年を見つけた。
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すみません! 予定を大きく遅れています!!更新日未定です!!




