余談 『辺獄』
西暦 20??年
夏至。
日本の夏。
一面に広がる田圃、ど田舎である。
そんな日本のとある田舎にポツンと建つ豪邸。
そこは日本家屋が建ち並ぶ中に一つだけ建つ洋館である。
築年数は意外に古く、第二次世界大戦前に出来た建物で周囲の風景に溶け込んでいる日本家屋よりも古い。
元々は管理されないボロ館で近所のガキンチョからはお化け屋敷として有名だった所だが、ここ最近土地を買い取った大金持ちがそのお金を惜しみなく使ってリフォームしたのだ。
館だけでなく庭も庭園と呼べるレベルにまで整備されてガキンチョたちの秘密基地が一つ無くなってしまったのだ。
さて、屋敷は中世の貴族がパーティを開けるほど大きい、庭園には色と種類が多彩な薔薇が咲き完全にそこだけに時代も国も違う雰囲気を出している。
そこに居るのは建物を買った本人は居ない。
この館は一人娘の為に買ったものだったのだ。
その土地にはその女主人と2人の使用人だけが居る。
「はぁ………全くお可愛い事で」
ため息と共に偉そうにする黒髪の女の子。
腰まで長さのある日本人形の様な女の子だ、歳は17で顔は少しキレのある整った目鼻立ち。
一見権威のある子に見えるがそうではなく使用人である、メイド服を着ている。ちなみにただのバイトである。
庭園の中心に白い机と、大きな白い日傘、白い椅子がありそこでメイドは主人である女の恋愛相談を受けていた。
そう、この豪邸を買ったお金持ちの娘だ。
彼女は一見おとなしそうな女の子だ。
肩にギリギリ届かない長さのセミロング、少しカールのかかった黒髪、丸くて可愛い女の子といった印象だ。
すごく綺麗な顔立ちでそこに居る誰よりも若そうな見た目だが年齢は24歳である。しかし可憐である。
白い絹の軽い服を着用している、身体が弱いためか少し華奢だ、それが見た目の若さにつながっているのだろう。
「り、理戈さんだって可愛いですよ?」
「そう言う話じゃない、男に言い寄られてそこまであたふたしてるアンタが凄く可愛いって話よ。ちょっと前までのアンタからは考えられないわ」
このメイド、本当に偉そうである。彼女は雇われである。
「べ、別にそんなんじゃあないですよ!! ただ、その、殿方との付き合いどころか人付き合いもあまり無かったものですから、その………」
女主人の顔が赤くなる。
どうやら意中の相手の顔を思い出している様だ、とても初々しく見ている方が恥ずかしくなってしまいそうだ。
「カァーッ! 青春ですねぇー! 羨ましいですねぇ! やっぱ胸のある女は得ですねぇっ!!」
偉そうな態度だけでなくバイトメイドはおっぱいの話に持ち込んでセクハラである。
よく見るとこのバイト、顔はいいがスタイルはスレンダーである、女のステータスをおっぱいでしか見てない女だ。
「り、理戈さん、今胸は何の関係もないですよ?」
「そうですよ、リカ」
「うっさいわね、キャロル」
もう一人のメイドが話に入る。
プラチナブロンドの髪に張りのある癖っ毛。
身長は180あるかないか、筋骨は逞しいがまだ隠せる程度の膨らみである。
この時代でも『キャロル』という名前で自分の名前を偽っていた。
黒いメイド服に胸部にブローチ、バイトのしている服装と同じで、遠い未来でもしている服装と種類は一緒の様だ。
この頃のキャロルは不死ではない。
『薬指』の依頼を受けこの時も監視中だがキャロルにとってはまだ幸せと呼べる時のお話だ。
「大体リカ、貴女顔はいいのですから胸に対するコンプレックスなど感じる必要などありません、私が思うに貴女がモテないのはその異常な胸に対するコンプレックスのせいだと…………」
「うっさい!! この3人の中で一番おっぱいの張りとデカさを持つアンタが言ってても全っ然説得力ねぇわよ!! やっぱ男はおっぱいよ! おっぱいしか見てねぇんよ!! くきぃいいいいいっ!!!」
先輩メイドの言葉を遮ってバイトメイドはその場でガンガンと地団駄を踏む。すごくみっともない。
「やめて下さいリカ、いくら同性とはいえ軽々しく胸の話をされると、その、恥ずかしいです」
言いながらキャロルは恥ずかしそうにその豊満なおっぱいを腕で隠す。
胸が大きいのは事実だが彼女の場合鍛錬による肥大した筋肉によって迫り上がってるのもある、決して嫌味などではない。
だがバイトにとってはキャロルの慰めは煽りに見えた。
「私もその隠しキレない溢れるおっぱいが欲しかったわよー!! もー!!!!」
「り、理戈さん! それ以上キャロルさんを辱めないでください! イジメはダメです!」
女主人は可愛くあたふたしながらバイトを諌めようとしている。
いつもの風景、日常と化したなんでもなかった思い出。
そう、コレは過去に実際にあった事だ。
まだ大災害など起きていない日のしあわせな人生の謳歌。
◆
西暦2199年
ファーストウェーブ到来。大王風邪の蔓延。
世界中の人が死んでいく。
子供も、女も、有名人も、富も貧困も関係なくその病気は人を殺す。
その渦中、病に冒されない例外はたった一人。
この災厄の源。
キャロルだけだ。
幸せも、思い出も、矜持も関係ない。
ただ知らないうちに、なんの意味もなく不老不死身の化け物になった彼女は、特に意味もなく、なんの感情もなく虐殺をしてしまったのだ。
それはまさに災厄の“装置”だった。
ただ生きてるだけで病を作り伝染させ多過ぎる人を殺す。
予め決められた数になるまで、ただ死を積み重ねていく。
キャロルは自害しようとした。
しかし世界の魔法がそれを許さず、命を固定された彼女は自分で自分を殺せない。
誰かがキャロルを殺しに来たが、薬指がそれを暗殺していく。
そして薬指たちもキャロルの災厄で平等に病で死ぬ。
彼らにも家族がいて、恋人もいる。
だが、関係なく死んでいく。
死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死んで、死体が積み重なっていく。
その死の数が人類という種の存亡を脅かし全滅の寸前まで止まらなかった。
ただ平等に、国も人種も性別も趣向も何もかも平等に殺し尽くし、妊婦の中の命の数まで入れればそれまでの人類の数を超える命を消してしまったのだろう。
残った人間は生き残った理由を探しその体に鉄の蟲を寄生させ神という存在しない絶対者に管理されることを望んだ。
人は『科学』という神を盲信したのだ。
それは1/1000まで数を減らした薬指達の思惑通りだったのだろう。
私は、顔も知らない誰か達を、殺して何も、思わなかった。
思えなかった。
思う力を殺してしまったのだ。
◇
西暦24××年 某日。
私は悪夢から起き上がる。
知ってる天井に慣れ親しんだ簡素なベッド。
そして漆黒のメイド服。
嗚呼そうだ、私は『キャロル』だ。
⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎じゃない。
もう麦畑を走り回る様なお転婆な少女ではない。
十字の柱に磔にされたオッサンの苦悩を思い嘆く純粋な聖女ではない。
400年という年月を生きてただ今は一人の少年を監視するただの化け物だ。
優しかった私はもう居ない、ここに居るのはただの抜け殻。
女主人、ではなく秋妃お嬢様に仕えた分別のあった頃の私は存在しない。
ここに居るのは精神の腐った『キャロル』の成れの果て。
世界を天国へと導くその日まで生き続ける蟲の先行者。
ええ、分かっているわ。
「私は秋妃お嬢様と同じ所へは行けない、逝けるわけがない」
嗚呼不信人に相応しい辺獄が待ち遠しい。
『面会希望者です、ジョージ・J・ジョンセン』
部屋の中に電子音が鳴る。
私にはナノマシンとかいう鉄の蟲はないのでこういったアナログな機械が必要になる。
「入っていいですよ」
少し大きな声で了承の意を示すとドアの鍵が開く音がする。
勿論だが私は機械に話しかけたのではなくドアの先の奇跡のような少年に話しかけている。
ガチャ、
「おはよう! メイド長! また魔術書が出た! 大スラムに行くぞ! その筋肉で私を守ってくれ!!」
悪夢からの癒しの天使だ。
小麦畑の様な黄金の髪に空の色の様な瞳、そして赤子の様にはしゃぐ綺麗で見目麗しく、本っ当に天使の様な声変わりのない声。
「眩、しい」
ジョージは美少年だ、だが私はそんな見た目など実はどうでもいい。
少年の少年たる証明はその精神、こころ、特に“成長したい”という向上心だ。
その過程で汚いものを見て変わってしまうのは残念だがしかし上を目指さない少年は少年にあらず。
それは仕方のない事だ。
可愛い子が成長するのは、仕方がない。
一生変わらないでほしいなどと考えてはいけない。
その一生全てを私のものにしてしまうなど考えてはいけない。
私が、誰かを、愛してしまおうなどと考えてはダメだ。
私は心を殺した化け物なのだから。
「む! メイド長! そういえばお前に言わなければならない事があったのだ!!」
「なんですか? 今寝起きなんで馬鹿な事言ったらビンタしますよ?」
「うむ! いや、やめてくれ君のビンタって鉄骨をひん曲げるレベルだろ?? 私をなんだと思ってる?」
「何って………金ズルですね」
「正直っ!!」
正直に監視対象だとか視姦対象だとか言えるわけがない。
あ、後半のは間違い。そういうのはダメ。ダメ。ダメ。
最近のジョージは綺麗で本当に眩しいくらいに輝いている。
そんな若さが、輝きが私のナニカを狂わせそうになる。
ダメ。
それだけは絶対にダメ。
真っ直ぐなその瞳を歪ませたいなんて、絶対に考えるな。
ダメだったら。
「ふん!! まぁいいさ! 金ズルだというならその私の言うことには従ってもらうぞ!!」
「はい? なんですか?」
嗚呼、可愛い。
この可愛い生物は私がどれだけ襲………我慢してるかなんて全然理解できていないんでしょうね。
「この私を『ご主人様』と言うのだ!!」
「は? 嫌ですよ」
「即答かよ! クビだ!!」
「不当解雇は受け付けません」
それはダメだ。
いくらジョージでも、私の主人はあの方だけ。
もうこの世にいない秋妃お嬢様だけ。
そうだ、思い出せキャロル、私は女の子が好きなお姉ちゃん。
思い出せ、私は、あのお方に仕えたメイド。
私はあのお方に自分が死ぬまで仕える。
だから、大丈夫。
まだ我慢できる。
私はまだジョージの前で冷静でいられる。
ちゃんとジョージの思う通りのクールでキツいお姉ちゃんでいられる。
「むしろジョージ、貴方が私に“お姉ちゃん”と言うべきだと思います、子供なんですから遠慮しないでいいですよ?」
「い! や! だ!!」
意地を張るジョージも可愛すぎる。
どうか普通に恋をして普通の女子と幸せになって欲しい。
それを遠くから見るのが最も美しい物語のしめ方だ。
私は、ここに居ていいのだろうか?
それだけがまだわからない。
まだ、地獄への一歩目。
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