余談『勇者と聖女の転生』
ハローファッキンクリスマス。
西暦2499年、12月24日クリスマスイブ。
とても寒い、こんな日はサンタクロースの着ぐるみのバイトに限る。
僕は米田正志。
バツイチでアパート暮らし。
『僕』って年齢じゃないがこれは癖だから仕方ない。
あれ?なんで僕はこんな自己紹介みたいな事考えてるんだっけ?
嗚呼そうだった僕は道路で暴走するトラックに轢かれたんだっけ………
おかしいな? 嗚呼違う、誰かが轢かれそうになってたのを助けようとしたら、ソイツに引き込まれたんだ。
アイツはなんだったんだろう?
まぁ良いや死んじゃったし、今更なにを考えたところでなにも変わらない。
でも今回の人生はちょっと後悔が残る。
社会人になったケンちゃんの事が気がかりだし、奏美にも迷惑をかけた。
まぁ、もうどうすることもできないことに変わりはないんだけど。
『じゃあどうにかしてあげようか?』
あ?
『僕は君、君は僕じゃないけどね。』
お前、あの時の………
そうかあっちの世界においてきた俺の破片か。
『俺? 「僕」が一人称じゃ無かったのかい?』
煩い、お前と差別化するためさ。
残留思念のカケラと同じじゃややこしいんだよ色々とさ。
『悲しいね、たった数十年の別れで君の精神はボロボロだ。』
………ひょっとしてお前が俺を殺したのか?
『ん? そうだけど? どうでもいいことじゃないか、そんな些細なことは。』
………寒気がするね、これがかの神聖勇者様か?
魔王と会う前の愚かな勇者、いや暗殺者って感じかなぁ?
『そうだね、僕は愚かだよだからこちらの世界もちょっと困ったことになっている。』
あ?
『これは君のせいでもあるんだけど、君のやっていたゲーム、アレのせいで君もどきがこちらに転生しまくっている。』
はい? それがなんで俺のせいなんだよ?
『君の図抜けた魔力は異世界がどうとかは関係ないみたいだね、破片に感知されて手当たり次第本物を探したんだ。その結果あの鉄の塊で無関係のプレイヤーも轢き殺しまくった』
はぁぁあ?
『責任とって取り敢えず転生しちゃってよ、君の残した魔法の管理が面倒なんだ』
お、おい。
それは転生前の俺の責任であって俺は関係ない。
『じゃあ、君の可愛い息子(?)を近いうちに送るから、その間眠ってて、巻き込むのは得意なんだ』
ふ、ふざけん。
◇
「な、サイコやろう!」
「うわぁビックリしたぁ!!!」
あおい空、広大な大地、心地よい風が吹く俺の知ってた知らない世界。
異世界、ここは前世の俺のいた世界だ。
何故だかそれは分かる。
そして今俺の言葉に答えた少女。
俺の目の前に白銀の美少女が現れた。
「ちょっと〜? 起きてる? 返事しなさいよ! 放置されるのは好きだけど可愛い女の子にじゃないと萌えないの〜⤵︎ 申すも〜うす?」
薄い紫色の瞳、華奢な体つきに細い顔に似合わない荒い言葉使い。
懐かしい…………懐かしい?
ん? こいつ知ってるぞ?
確か。
「アンネ、お前、アンネか?」
前世の俺の断片的な記憶の一つに刻まれた美少女。
そして奏美の前世であるクレイの愛妾。
初代聖女王でクレイが暴走した原因の最悪のトラブルメーカー。
「お、お久しぶりね蜘蛛………お兄ちゃんっ!」
そしてコイツは妹キャラのつもりのアホ女だ。
少し照れ顔で俺に話しかけてくる、恥ずかしがるくらいならやるな。
…………なんだこの状況は??!
なんでここにアンネがいる?
コイツはケンちゃんの前世の可能性が最も高いひとり。
なんでここに、俺の目の前にいるんだ??! ケンちゃんはどうしたんだ??!
「まぁまず色々聞きたいことがあるでしょうが一番大事なことを教えてあげる、娘の賢治ちゃんは死んで無いわ、今の私は肉体がないのよ、ケンちゃんの魔力と私の聖女王の魔法で作られた幻影みたいなもんよ」
一番聞きたいことを察して答える聖女に感謝しない。
俺はコイツのことが嫌いだ。
「…………息子だ」
謝意ではなく嘘で答える。
「そんなわけないぢゃん、私の愛しの生まれ変わりが男のわけないぢゃない」
当然の言葉が返ってくる。
やっぱりムカつくなこの女。
コイツがろくな女じゃないと言う事だけは覚えている。
天然で悪意なく物事を最悪の方向に転がしておいて一切反省などしない。
前世のことなんてただの記憶の筈なのに前世ぶりのコイツとの会話は懐かしさも含んだ苛立ちがある。
ケンちゃんも似たようなところもあるがこの感じはない。
だからケンちゃんとこの女は別人なんだと理解はしているんだけどやはり片鱗はある、トラブルを抱えているのは素なんだろうな2人とも。
「じゃあまずは状況説明を優秀な妹がしてあげましょうか? 無能なお兄ちゃんの為にねぇ? くひひひひ」
前世ぶりに会った昔の女。
妹キャラのつもりの阿呆な女。
この状況を俺はなんとなく理解し始めていた。
「ここはゲームの世界か? それかもしくは現世と混じり合った世界でケンちゃんがトリガーとなってお前がここにいる、そうだな?」
俺の前世の破片が言ってたことをヒントにある程度の予想はつく。
「…………なんでこっちが説明する前にそこまで分かるのよ?」
あの破片とは無関係みたいだな、コイツは嘘つきだが嘘が分かりやすい。
「どうせ無駄話をしている時間はないんだろ? お前が絡むといつもそうだ、なにが起きてるんだ? 俺は自分の娘の為になにができる?」
「本当に可愛くない、言葉も存在も全てが嘘、相変わらずね? 私のお兄ちゃん」
本当の兄妹だったわけじゃない、義理的なアレだ。
勝手にこの女が俺を兄扱いしているだけだ、いや、前世の俺もノリノリだった気もするが今の俺には関係ない。
寒気がする。
この感情は同族嫌悪に近い。
同じ女を、同じ魔王を好きになった同士。
そしてコイツは今俺と奏美の娘として生まれ変わった、それを認めた。
考えうる限り最悪の展開だ。
怒り狂って喜ぶ奏美の顔が目に浮かぶ。
俺にとってはかつての恋敵が蘇る、そして愛娘に乗っ取られようとしている。
「このままではケンちゃんが魔王になってしまうわ! アンタだって人の親、娘には幸せになってほしいでしょ?」
なるほどな、やはりそうか。
何があったかはわからないが我が娘は平凡に生きる道を捨ててしまったんだな。
あの粗暴な奏美が細心に事を運び、娘の中の魔王を封印してきたのに、結局ケンちゃんの馬鹿げた聖女と魔王の才能はそれを選ばなかった。
これでもう奏美は世界を征服しない理由がなくなった。
娘のために征服する準備だけで終わらせる理由がなくなってしまった。
奏美に魔王を諦めさせる良い手だったのになぁ。
まぁ、終わったことにいつまでも執着してても無意味で無駄な浪費だ、切り替えていこう。
きっとこの目の前の白銀のバカ女は『ケンちゃんを聖女王として目覚めさせましょう!』とか言うに決まってる、まぁ良いさ思考が分かりやすいバカ女を利用して娘を魔王にする為の駒にしてやろう。
「ケンちゃんを魔法少女にしましょうっ!!!」
はい?
「へ? 魔法少女? 魔法少女ってあの魔法のステッキ持ってエッチな服着て女の子が飛び回って悪者やっつけてるアレ?」
「ええそうよ? どうしたの? くくく、鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃって? ぷーくすくす! もしかして聖女王にしたいとか言うと思った? アンタが考えてるようなこと私が言うわけないぢゃん? あー!アンタのさっきの顔見てスッキリしたわ!」
こんな奴が〈白き聖女〉の加護を持ってるのが信じられん。
世界の判断基準は色々ぶっ壊れてる。
ケンちゃんみたいな女の子なら納得だけどさ。
平気で人に嘘をついて惑わす悪魔みたいな女。
それが初代聖女王アンネの正体だ。
「まぁ、奏美の件もあるしケンちゃんを〈魔法少女〉と言う枠に収めて魔王に目覚めさせないのは賛成」
なぁんちゃって。
隙を見てウチの子は絶対に魔王にしてやる、何せ僕は『裏切りの勇者』とまで呼ばれた男だからねぇ。
娘ほどの才覚を無駄にするなんて父親としてもありえない。
「そう、じゃあ私たち3人で結託してケンちゃんを魔法少女にしちゃいましょう!!」
「3人?」
「んふふふふ、実はねぇケンちゃんの中で世界を見てて目をつけてた娘が居るのよ〜『アルバ』って娘なんだけどアンタも知ってるわよね?」
俺は間髪入れずに答える。
「ああ知ってるけど?」
知ってるに決まってる。
科学の申し子、人類史上至高の科学者、史上ない最高峰の天才ジョージ・J・ジョンセンの作った感情内包型のAIの名前だ。
俺はジョージのファンだ。
「あの子をちょっくら誘惑して仲間にしちゃいましょう♪ きっとすごい力になってくれるわ!」
この女は無自覚に俺の嫌う事をする。
「え? えーあいを? アルバには感情の渦はあるかもだけどAIには性別がない! いわば〈天使〉扱いの聖獣みたいなもんだぞ? 誘惑が効くか? 無理でしょ!!?」
誘惑の根源は性欲だ。
性別のない天使であるAIを魅了できるわけない。
「ぷひひ、今日は本当にいい日だわ♡アンタのそんな顔が二度も拝めるなんて」
俺の困惑した顔を見て更にアンネはよろこんだ。
ムカつく女だ。
「ふふふ♪ 知らなかったの? 私に出来ない事はないのよ」
ムカつく綺麗な笑顔でアンネはドヤ顔を向ける。
嗚呼、前世の俺はこの女が好きだったんだな。
懐かしくて、恋しくて、すっげぇムカつく。
でも今の俺は…………。
「知ってるよ、お姉ちゃん」
俺はもう父親だ、幼い頃の甘い記憶に浸ったりしない。
娘の身体は貴様には渡さないぞ? アンネ・アイン=クロイツ、かつて欲しいもの全てを得てきた悪魔の様な聖女。
コイツはいつも俺の好敵手だ。




