間劇 「アイナ イジメ カビ」
四年前のお話。
西暦2496年、季節は春。
藍那13歳
ショートカットの綺麗な少女。
平均的な体型だが女優の母親譲りの美しさが片鱗を魅せる頃。
クラスの人気者でソツなくカースト上位の雰囲気を纏っていた。
華美11歳
同年代の中でも小さな女の子。
綺麗な顔、作られたかの様な顔立ちだが、母親のセンスが悪いのかフランス人形の様な縦ロール、お人形の様にヒラヒラのゴスロリを着ていた。
クラスの悪目立ち組、カースト最底辺。
2人は本来なら小学生と中学生で同じクラスでは無い、だが華美は飛び級の天才児で、特に数学的計算能力はIQ150を超えていた。
大昔であれば大学生になっていてもおかしくは無い、だが2歳分の飛び級が限界だ。
この時代、計算能力は価値が低い。
物理計算の全ては端末機なしでできてしまう。
例えばビルを建設する場合でも設計図を購入すればその作り方がプラモデルを組み立てる様にAR映像でナビゲートされて最小限の作業員だけで作れる様な時代である。
過去に作った誰かの計算を全ての人が一瞬で計算結果を得られる。
しようと思えばテスト中どうとでも出来る、不正者と結果が変わらないのである。
また、ジョージレベルの天才でもない限り新しい何かを開拓出来ない時代に生まれてしまったのが根本的な不幸だろう。
そして人間が愚かであるのもその不幸を助長している。
華美にとって周囲は体の大きな同級生、コミュニケーションが苦手な華美は年上の同級生に「生意気だ」といじめの対象にされてしまったのだ。
多少華美にも同級生を見下していたと言うのもある、だがそれは事実を事実として言った程度で自分の現実的な愚かさを直視できない未熟な子供の中に体力的に弱い華美が放り投げられたのだ。
「クソガキが」
イジメを実行する理由として正当性を見つけるとしたら『自分がいじめられない為の自衛行動』だろう。
気の乗らない者も石を投げる、叩く、落書き、精神的責め苦をする。
それでも彼ら、彼女らは、そのまま成長したとしても、その過去のことを「自分は悪くない」と言うのだろう。
そして自己正当化して歪んだ大人となり自分の子供を同じ愚か者にするのだろう。
それは当時の藍那も似たような意見だった。
「いじめられるのはいじめられる方に原因があるのよ」
という容赦ない言葉も華美に投げつけた。
自分がいじめられ無い為には3つ方法がある。
①自分を殺してコミュニケーションを取る。
②自分より弱い立場の人間を探してそのイジメに加わる。
③全て無視をする。(見て見ぬ振り、ただしある程度の了承する)
ちなみに人が死ぬ様な事になれば、それは「イジメ」ではなく「殺人」になる。
華美が自殺したら、どうするつもりだったのだろうか?
この時の彼ら彼女らに一回聞いてみたいものだ。
もし「それでも自分は悪くねぇ」と言えるのならそれはもう人間ではない、猿か殺人鬼だ。
藍那はそんな事は言わないだろうが、彼女がとった行動は③だ。
助け無い。
彼女自身が変わらないと、一時的に助けても何の意味もないとの判断だ。
「嫌い!! アンタもみんなも大っ嫌い!!」
だがその状況に華美はむしろ逆に反抗的になる。
この時の華美は藍那が嫌いだった、大っ嫌いだった。
『こいつが糸引いて私を虐めていたんだ』と思ったくらいだった。
そんなある日、華美の生い立ちでとある噂が立つ、それは『彼女は遺伝子操作された子供だ』という噂だ。
その噂は事実だった。
正確にいうと、優秀だった男のアレを高値で買い取り、受精した卵子を細胞操作すると言う「試験管ベビー」と呼ばれた者たちのひとりだ。
論ずるまでも無く今の時代、倫理的にも全世界的に犯罪だった。
だが。
生まれた赤子を施設に送るわけにはいかない。
そして彼女にはなぜか両親も親族も誰もいない、よって温情判決で母親は無罪となった。
まぁ、そうなるとわかっていてやったのだが。
その事実は“悪くねぇ集団”のイジメ正当化の理由になった。
「人間じゃないなら何してもいいよな?」
「悪魔の子供だ」
「クソガキの母親はクソビッチ」
「俺たちは正義」
急激にイジメは激化の一途を辿り、みるみる華美の目は死んでいった。
華美は母親が嫌いだった、だから母親の悪口で憤慨することはない。
そして華美は頭がいいので母親が自分を、フランス人形か、もしくは人生2度目のゲーム内自分か何かだと思っている事が分かってしまうのだ。
だから誰にも相談できずに、心が死んでいくのを待つだけだった………………のだが。
ガッシャンガラガラ!!!!
「ふっざけんなぁああああぁあぁあああっっ!!!」
藍那の勉強机が教科書と主犯格ごとぶっ飛んで行った。
机をぶつけられた主犯格の子供は頭から血を流している、そして泣いている。
『自業自得』という言葉が最もふさわしい。
何故なら。
泣いてるソイツが華美の髪を鋏で切ろうとしていたからだ。
藍那はその日体調不良で休みだったが嫌な予感がして教室に入った瞬間その光景だった。
打算的な『何もしない』と言うイジメの行為の肯定を自分で否定した。
そこには般若の様な貌をした藍那がいた。
藍那は集団イジメを止めに入るリスクは全部理解している。
次に虐められるのは自分だろう。
(それでも、いい)
もしかしたら華美がこの後、自分を虐める側になるかもしれ無い。
(分かってる、そうされても仕方の無い事を私はした。)
そもそも精神的に華美も藍那も限界だった。
(何もしない、と言う事をしたんだ)
藍那のその魂はまるで聖女の様に優しく、その荒れ狂う行動は勇者の如く痛快だった。
何のことはない、彼女は心が死ぬ寸前の華美を見捨てる事が出来なかった。
その美しい髪の毛が切られるのが我慢できなかった。
猿に成り切る事が出来なかっただけだった。
この行動にはいじめに参加していた同級生も逆ギレする。
「お、お前『虐められる方が悪い』って言ってたじゃないか!!」
その捨てセリフに藍那は憤慨する。
「はぁ? 何言ってるんだ? 虐める方が全部悪いに決まってるだろうが!!?」
意味がわからず全員脳が停止した。
「私が言ったのはいじめられる方に原因がある、だ。」
「同じじゃん!」
目だけで相手を見下す。
「同じじゃない!! 原因が悪と断じるのなら泥棒に入られても『金のあるお前が悪い!』という理不尽をお前らは受け入れられるのか?」
もう、藍那は正論をぶつけるしかなかった。
そんな事で猿が言う事を聞く筈も、恥もないと言うのに。
華美の事を初対面で『可愛い』と思った、自分にはないものを持っていると理解している、だから嫉妬もした。
フランスのお人形さんみたいと思った、だからその髪の毛が、勝手に切られそうになってスイッチが入ってしまった。
殴りかかってきた数人の男子を返り討ちにする。
「かみっ!アンタは何もわるくないっ!!」
カビ菌と言われ続けた華美の本名に神が宿った瞬間だ。
藍那が彼女の名前を間違えて覚えてただけだが。
何も悪くない、だからこんな所で死んでほしくないとも藍那は思ったのだ。
「な、何をやっているんだお前!」
遅めにやってきた無能の担任の登場である。
そして事態は、悪化する。
この事態を放置していた担任はここぞとばかりに全ての罪を華美と藍那に着せようとした。
だが、猿達にとって計算外のことが起きた。
それは華美の悪意の覚醒である。
灰色だった彼女の人生はこの日を境に藍那の名前の様に藍色に染まっていく。
この日から華美の中の藍那の評価が逆転したのだ。
そして華美は藍那の言った通りに原因を潰していくことにした。
その結果、華美がたどり着いた答えは①のコミュニケーションを取るだった。
ただコミュニケーションを取ると言っても色々ある、「弱みを握って脅す」も、華美にとってコミュニケーションの1つだった。
世界レベルに話を広げれば戦争も殺し合いもコミュニケーションだ。
「藍那をいじめかえす」と豪語していた主犯格の彼は今や立派な〈奴隷1号〉だ。
藍那以外のクラス全員 (教師も含む)49人は華美の奴隷となった。
中には弱みを作られた者も居る。
華美は自分のその人心掌握の能力を悪意に沿って使う事をしなかった、だが価値観が藍那を中心に逆転した華美にもうそんなストッパーはぶっ飛び、事実上彼女らにもう敵は居なくなっていた。
聞けば藍那は華美が、いじめられた時イジメをやめさせる様に、教師に強く進言していたらしい。
まぁ、その無能教師は我関せずだったらしいが。
それを無能奴隷教師に聞いた時、もう藍那に対する華美の中のlikeがLoveに変わるのは時間の問題だった。
形式上の自宅謹慎中、華美は鬱陶しいその髪の毛を自分で切り落とし、母親との対立を決意した。(藍那がちょっと悲しい顔したのが心に刺さったが)
自分の言う事を突然聞かなくなった娘に母親がまず文句を言ったのは目の前の娘で無く、直通で話す顔も知らない研究所の人間に対してだった。
もうすでに目の前の女は母親ではないと気がついた11歳の華美は対立から決別する道を歩む。
女優の娘である藍那と共にアイドルとして独立したのだ。




