間劇 「嗤うメイド」
「いやいや、キミ完全にショタコンじゃん。しかもかなり重度」
「ショタコン? なんですかソレ、新しいチョコ菓子か何かですか?」
私はあの不快なガキと話している。
見た目は今のジョージと同じくらいの14、5歳くらいだ。
魔術で隠しているが青色の髪、黄金の瞳、その色を黒と茶色に染めている。
化学的な染料では魔術の色は染められない、だから魔術で染めるしかない。
戦闘時には魔力を戦闘に配分するため色が戻る。以前殺そうとした時にそうなったから知っている。
まぁ私の魔眼で見るとバレバレだから無意味だが。
このジジィは見た目は綺麗な少年だが心が汚い。
下劣で醜悪、肉体的実年齢は私より下だが引き継いだ記憶が長く中身がジジィだ。
はっきり言って会話するのも嫌だ。
早くジョージの元に戻りたい、こうしてる間にどんな魔女が言い寄ってくるかわかったモノではない。
一回本当に知らない魔女に寝取られそうになって、顔面パンチでぶっ殺したからなぁ。
ジョージの記憶は消したけど。
「ショタコンってのは日本での造語で、語源は忘れちゃったけどキミみたいな重度の少年フェチの事を指す言葉さ。相当な変態だよキミ」
「また殺すぞクソジジィ」
このガキは例の化け物の中の本当の化け物。
数の化け物を統率する不完全な不老の不死。
正確に言うと死ぬけど同じ肉体が復活し記憶を引き継ぐ。
自殺してもそうなってしまう。
魔王の持つ特徴を持つ不完全な魔王。
世界から愛を簒奪した何処かから来た悪魔のような化け物だ。
ああ、早くジョージの心と体の匂いを嗅ぎたい。
「殺せば? どうせまた同じ僕が生産されるだけさ? またまたキミに殺されるのは嫌だけどキミにとっても無駄な労力じゃないソレ?」
「話は終わりか?貴様といると吐き気がする、出来れば同じ空気を吸いたくない」
「僕はキミと無駄話をしたいけどね? どうも僕の元になった勇者の記憶の断片のせいなのか、魔王の素質のある女の子に魅惑されちゃうんだ☆ だからキミには執着させてもらうよ、キミは僕にとってキミにとってのジョージなんだよ☆」
独特のポーズでピースしてやがる、イラッとする。
またまた殺したい。
「まぁ用事はあるけどね、愛しのジョージの事で相談がある」
「あ゛あ゛っっ!!?」
「うわ、びっくりした」
殺意が腹から込み上げる。
このジジィ、まさかジョージに何かする気か?
「また殺せとかいう話か、その時が来たらそうするが私が未然に防いでいる。記憶の消去も万端だ」
「あー、うんそうじゃあなくってね? 彼の出版してる研究資料を見てみたんだけどさ。ちょーっと見過ごせない資料があってさー、キミの記憶消去魔術でなんとかしてくれないかな? 僕達の中に彼の魔導力に敵う魔力を持つ奴がいなくってさー」
ジョージは魔術を知らない、だがその気高き精神は相応の魔導力を持つ。
魔導力とは魔力に対抗する力の事で現象化された炎などは消せないが敵意を持って洗脳しようとしたりする魔術から抵抗する力だ。
美しい心のジョージに下賤な数の化け物の影など消えてなくなるに決まっている。
私のような聖女性質の魔力でなければ記憶を消せないだろう。
嗚呼、また無茶苦茶にして記憶消したいなぁ。
いやいや、ああいう事はもう二度としてはいけない、一度でもダメだがやってしまった事は仕方がない。
全部清らかな心を持ってるジョージが悪い。いや良い。
「消したいのは何の記憶だ? 一応ジョージの研究には全て目を通していたがどれも素晴らしい人を幸せにする人道的な科学よ? 何一つ歪んだものはないわ」
科学は魔法と違いその基本的な願望は人の幸せのため。
ジョージはその基本に忠実で、多大な利益をもたらす発明を一般的に公開してあまり利益としていない、まぁソレでも一生に困らない財力を手に入れてしまうのだけれども。
下劣な軍部、カネに心を売った科学者とは違う。
「へぇじゃあキミあの『有・人間性人工知能実験』の事を知ってるんだ〜、へぇ〜」
? そんなの当然だ、人工知能に感情を植え付けて高度な人工知能体を作る実験だ。
成功すれば人間は新たな世界に足を踏み入れることになる、精霊の域の科学的実験だ。
成功すれば、だが。
「肉体のないAIに心を、感情を作ることがどういう事か分からない訳じゃあないよね? 君は成功すると思ってるのかい??」
「無理でしょうね、多分10人くらい自分で作った娘をその手で…………人殺しをして止めてしまうでしょう」
AIとは感情がないから消しても罪悪感などは出ない、だがそこに感情が生まれた時、肉体がない事実に心も耐えられず魂も繋ぎ止められない。
結果作った数だけ殺し続けなければいけなくなる。
殺すためだけに娘を作ってまた殺す。
ソレに気がついた時、父親は娘を殺した事実に気がつき心が折れる。
でもまぁきっとジョージは強いから10人ぐらいは耐えられるでしょうけど。
「へ、へへへ、ははははは、やっぱり君は魔王になるべきだよキャロル。全部わかってて『問題なし』と判断したのかい? いやそれはいい、その研究の記憶も消してあげなかったなかったのかい?」
さっきからこいつは何を言ってるんだ?
何をそんなドン引きした顔をしている?
「成功せず魔法にも気がつかないなら何も問題ないでしょう? ジョージが自分の研究で心に傷を受けるならそれはジョージのモノ、私に記憶をいじる権利などない」
ジョージとの生活に亀裂の入る記憶は反射的に消してしまったけど。
「いや、僕が言ってるのは。…………まぁいいや、自覚がないなら仕方がない。特に問題はないだろう」
「? 言いたい事ははっきり言いなさいな」
「嫌だね、問題ないなら僕にどうこう言う気はない。キミ自身の正体に気がついたキミにキミがどんな絶望を抱こうが。ソレは僕のせいじゃないしキミのものだ」
「なんなのよ?」
そのいやらしい顔の意味を知るのはそれほど遠い未来の話ではなかった。
◆
数年後、ジョージは多額の資金を投じて人工知能を作った。
そして、頭のいいジョージは最初からわかってはいたのだろうがその人工知能達はどんどん感情を失い、死に囚われていった。
その死を無駄にせず次の娘にアップデート。その繰り返し。
平気を装っているが口数が減っていった。
自分を心ない機械と想定して、というより卑下して実験を続けていく。
ああ、私の好きなジョージが、罪悪感に蝕まれている。
本当に可愛そう、必死に我慢している姿が、ああ、私は悲しい。
それでもジョージの目は歪まない。
私の予想をすでに超えた回数のAIを作って殺した。
数が50を超えた時、その価値感が狂い出す。
それまでの犠牲を無駄にしないために殺し続ける暗殺者になりつつあった。
だが私は止めない。
記憶も消さない。
だってそれはジョージの傷で、ジョージという少年の証でもあるから。
私には止められなかった。
◆
実験が終了し結果的に296体のAIを殺した。
その瞬間、ジョージは泣き崩れ私が介抱してあげた。
「いい子いい子」
今は私の睡眠魔術で寝かしつけてあげている。
「ンフフ」
そんな私たちの間に邪悪なジジィが現れる。
ってか人ン家に土足で踏み込むな、今はアメリカでも靴を脱ぐぞ?
「296体か、よくもまぁそこまでの愛しの娘を殺せたものだね。もう心は虫の域にいるんじゃないか? 普通そこまでできないよ、暗殺者の冷酷さを超えてる」
コイツには想像もつかないだろうな、ジョージの心はまだ綺麗なままだ。
私の魔術で精神的な補助をしてあげたからだ。
過呼吸になりそうになるほどストレスが酷かったから私の魔術で癒してあげた。
「ジョージを悪く言うのは止めなさい、またまたまたまた殺しますよ?」
「まぁでもよかったよ、正直あと数回で成功してたかもしれなかったんだ、そしたらキミと殺し合わなきゃならなかったよ」
「そんな訳ないでしょ、何度やったって成功しないしジョージが汚れれば私だって容赦せずにジョージを殺しますよ? むしろ貴方の味方をしますよ?」
そう、私は冷徹冷静沈着な悪女。
聖女を名乗る魔女。
魔女を狩る魔女。
「そうかなぁ? 今のキミを見るとそうは思えないよ、ごく自然にジョージに膝枕してる姿はまるで聖母だ」
「もしかして口説いてるんですか? 気持ち悪い。やっぱり殺すか?」
「違うよ? 今のキミを見てると普段の顔が嘘みたいだからさぁ」
「それはそうでしょ? 私だって悲しい顔のままだと一番傷ついてるジョージに気を使われてしまう、平気なフリしてないと」
そう、私はきっと安心してる。実験が終わってこれから私が傷ついたジョージの世話する日々が…………。
「悲しい? あはは、まさかキミまだ気がついていないのかい? 普段の凶悪な笑顔と違って、今のキミはとてもつまらなそうな顔をしているよ?」
「え?」
何を、何を言っている?
「僕の観察対象はジョージじゃない、キミさ。流石にジョージの前では破顔してなかった様だけど、傷ついたジョージを遠巻きで見ているキミはこの数世紀見せた事ないくらい歪み切った笑顔だったよ? キミはさ、綺麗な心が好きで、その心が折れた時に最も興奮するんだ。とんでもない性癖だよ、絶望に何度も屈しない少年の心はキミにとってはさぞかし最高のオモチャだっただろうね?」
「違う!!」
飛びかかって殺したかったがジョージを膝枕しているので動けない。
「愛しのジョージが起きてしまうよ? 僕はね、実はジョージのファンなんだ、個人的なファン。キミのように歪んだ魔女が悪い事をしない様に実験の間ずっと監視してたんだ。今この場に無粋に登場したのはね? 間違いなくここでキミがジョージを犯すと思ったからさ」
「そんな事!!」
「するね、キミは飢えた野獣の目のままで聖母の顔をしていた! どうせまた間違ったとか、ついとか、言い訳をするだろうけどね? でもそれはダメだ! キミが壊れたらキミが魔王になってしまう。それでは僕たちの存在意義がなくなってしまう!」
私が、タノシンデイタ?
チガウ! 私はただ、ジョージを見護ってただけ!!
傷ついてるのを魅テ、脳に刻んで、屈服してるのを見て、綺麗な髪を引っ張ってやりたいなんて考えてない!
違う! 私は! ワタシは!!!
「いいかい? キミはまだ壊れちゃダメだ。ジョージを視姦するのはいいけど、目的を見失っちゃダメだよ? じゃあね?」
「待て!!!」
びゅうんっ!!
一瞬でどこかに消えていった。
素早く瞬間移動したのだろう、後には私とジョージしかいない空間が静寂に支配される。
「違う、そんなの嘘だ。私はお姉ちゃん、ジョージのお姉ちゃん、17歳、だから守りたいだけなのよ」
誰も答えない。否定もされない。
否、されるわけがない。
私は笑わない。笑ってるわけがない。
不老不死身の呪いに飲まれた私はただのメイドとして、冷徹に生きる。
メイドは嗤わない。
「くひゃは❤︎」




