間劇 「キャロルは笑わない」
私は売女でした。
身体を売っていたという意味ではありません。
他者を裏切り、国を売り、友達を殺した。
そしていっぱい知らない人を殺した。
私が信じられるモノは自らの肉体とカネ。
そんな私に愛などあり得ません。
この世界に生まれ得る魔術の種を問答なしに殺し、壊し、許さない。
それが錬金術を扱う者の絶対の法。
私はその力と術が誰よりも優れていた。
どうやら私は世界に愛されたらしい、そしてそれは『聖女』とも呼ばれ、道を踏み外すと『魔王』にもなる素養でもある。
錬金術を独占する者達からは疎まれ、新興的な錬金術を促進させようとする者達からは聖女と称えられ。
色々あったが私はどちらにもならなかった。
私はただの1人の錬金術師。
ただの紅の錬金術師。
魔術師の芽を、魔王の芽を、世界の混沌の芽を摘む血の紅に染まりし暗殺者。
暗殺対象に近づき殺すか生かすかの判断をする裁定者でもある。
魔術とは人の願いと呪いの暴走、下手に殺すと事態を悪化させかねない。
だから簡単に殺せば良いというわけではない。
私は昔、日本という国で魔王になりそうになった少女のメイドになった事がある。
まだ私が正気だった頃のお話。
それは秋妃という少女だった。
彼女は世界の全てを読み取る『魂魄眼』という魔眼を生まれつき持った化け物だった。
どういう生まれ方、どういう人生、どういう出会いをしても碌な事にならない筈の凶悪な魔眼、最終的には生後一桁の年齢で世界の全てか自身を殺すか、そういう魔眼の持ち主だった。
だが彼女はただの普通の女の子としてその一生を全うした。
1人の男の子を愛し、平凡に生きた。
ただそれが感嘆すべき事だとは一部の人間しか知らない。
私に至ってはあのお方は愛おしくすらあり、永遠に届かない人だ。
一応その血を継ぐ人間は監視対象だが何もなければ私も何もしない。
魔眼の様な魔術的アイテムは血ではなくその魂が世界に愛されると与えられるというのが有力な説だ。
馬鹿な話に聞こえるが生物学にも優性遺伝の法則というものがある、要は両親の遺伝でどちらかが確率的に優先して顕現するという法則だが、その顕現を優先しているのは誰なのか? 後出しのこじつけはあるが十分な説明にはなっていない。
錬金術ではそれを最初から『世界に愛されている』と表現されている。
正確にいうと錬金術を最初に作った人間が言い始めた。
彼は、彼女は、奴等は十字教で言う『悪魔』であり私たちの言う『魔王』の様な存在たちだ。
始まりの錬金術師であり、その魂を無数に分割し、世界の1/10になった化け物だ。
世界の人間の十人のうちの一人はその化け物として産まれる。
世界の人口が十億なら一億は奴で、百億人なら十億人になる。
そうする事で人を監視して魔術の芽を摘んできた私の大事な金ヅルだ。
一人一人はそれぞれに意思がある、だからその人格的な質はピンキリだ。
頭のいい性格最悪なやつも、頭のいい聖人もいる。
だが大体はその悪魔の意思に支配されて選民的な思想を持ってしまう。
最悪な例では『優生思想』と『人種差別』を持ったまま独裁者になり中には毒ガスで大量虐殺した奴がいたらしい。
そいつは元はただの善良な絵描きだったらしい、がそいつをそこまで駆り立てたのか今でもよくわかっていない。って言ってたな。
アイツらは例外中の例外だ、そもそも数が多くて殺し辛いし、思想をある程度共有してるだけで善人もいる。
まぁ殺しきれないわけではないが、いなくなったらそれはそれで殺すより面倒な事になるので殺さないだけだ。
奴等はその数の暴力で魔王の代わりを成している。
奴が言うに『世界の本来の姿は人間の様な知的生命体が魔術を使い魔法を世界に生み出し、魔獣や神獣、魔族などを作りカオスなモノでそこに現代科学が入る余地はない』らしい。
そんな世界は嫌だし、そうならないためにカネを貰いながら私がその生き死にを裁定している。
そうだ、私は歳を取れない。
そうでなければ人間達の裁定者など務まらない。
私が世界に愛され、世界に不老の身体を与えられ、誰とも共に死ぬ事ができなくなった
だから私は不要となった本来の名前など捨てた。
今の私はただのキャロル。
そして今の私はしがないただのメイドだ。
一人の少年の監視を奴らに任され子守をする日々。
最初は記憶を何回か消して楽し、…………魔術の芽を摘んでいたが流石に飽きてきたのでメイドとして潜入して給金を貰い奴らからもカネを貰い仕事を全うしている。
少年は科学者だ、しかしただの科学者ではない。
知識欲も何もかもが貪欲に何もかもを取り入れて人の為になる科学を真っ直ぐに創造する子だった。
科学とはそもそも人の幸せの為のものだ。
毒ガスや核兵器などはその副産物であり、本当に力が欲しければ物質的資源のいらない魔術の方が効率も凶悪性も上だ。
少年は一言で言うなら頭のいい馬鹿な良い子なのだ。そして可愛い。
しかしその才能と世界からの愛は見過ごせないモノだった。
科学を信仰する者達は不必要に魔法を否定する。
本来の科学とは体系化された知識や経験の総称だ、説明できない事を魔法を無視してこじつけるものではない。
この歪んだ信仰は間違いなく魔法を封印した奴らのせいだが、これしか方法がなかったのも事実だ。
そう、現在の科学は魔法を邪教とする十字教に支配されている。
利害の一致という奴だ、結局のところ人間という奴は信条より利害、つまりカネで動く。ああ穢らわしい。
幸せになりたいと言う当たり前な願いを逆手に取り、神を信仰させておいて世界から魔法を無かったことにしている。
私にとって不快なことではあるがその流れを壊そうとは、思えない。
だが少年は知識に貪欲である、現代の科学の体系に疑問を持ち魔法の存在に気が付きつつある。すごく綺麗な瞳だ。
だがそれはあの少年を魔王にしてしまうと同義だ。
そんな事は許せない。
あんな美しい、じゃなくて心の綺麗な少年を悪の道に進ませるわけにはいかない。
だから24時間休みなしで監視しないといけなかった。飽きない。
魔法に気づかせてはいけない、魔術を学ばせてはいけない。悪い子にしちゃダメ。
人間は永遠に思考する生き物だから、油断も隙もないのだ。絶対歪ませない。
だから決して……これは……私の個人的な趣味、ではない。
取り敢えずジョージの童貞は幼い内に奪ってやった、記憶は消したが。
「はぁ、尊いなぁ」




