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ルマス、ディー、ティーレ

ルマス、ディー、ティーレ視点です。ディー、ティーレは心情程度です。

 『ルマス』


 新入生でもないのに、学食の有無と場所を聞かれ、私はその人物を目にし驚いた。

 いつの間に復学していたのか。目の前の彼女は、私が仕える皇太子サリーストクフ殿下に、しつこく言い寄っていた伯爵家の令嬢だった。

 彼女は私の返事を待っていた。私の事を見知らぬ人の様に見上げている。

 動揺する心を抑えつつも、食堂の場所を教えた。

 彼女はサンキューと不思議な言葉を言って去りかけたが、振り返ってありがとうございますと頭を下げた。


 私はその足で殿下に報告へ向かった。彼女が復学したとなると、また彼女の付き纏いがはじまるだろう。

 機嫌が悪くなる殿下を想像して、ため息が出た。



 彼女に会いに行ったという殿下は、やはり機嫌が悪くなっていた。

 それは仕方のないことだ。彼女はいつだって我が強く、執拗だ。

 だが聞けば、つきまとわれて怒っているわけではなかった。その逆だと彼は言った。


 彼女は、殿下の事すら覚えていない様だった。道を聞かれた時の、まるで初対面かの様な態度を思い出す。

 うわさの様に、飛び降りた際に頭を打ったのか。少し調べてみようと思った。



 庭外れで、また彼女と対面した。

 殿下とのやりとりを見て、確かに彼女は記憶がない様だと確信した。

 彼女を診た医師を調べ、診断結果も確認したが二階から転落したといっても、厚い葉が生い茂る常緑樹の真上に落ち、その差は子供の身長ほどすらもなかった。

 だから葉による擦り傷を除けば、外傷はほぼないに等しいはずだ。ならばこれは、心理的なものが要因なのかもしれない。


 確認するために、私は彼女へ挨拶をした。彼女は、私の事を知っているはずだ。

 傍に仕える私に、よく殿下の女性関係や予定を聞きにきていたからだ。勿論、そのようなこと教えるはずがなかったが。

 彼女は申し訳無さそうに覚えていないと言った。そして何故か、私の事を眼鏡くんと呼んだ。

 殿下が、彼女の言動に打ち所の悪さを鼻で笑った。

 殿下にはすでに報告してあるので、それを知っての上だ。


 帰り際、彼女は私に手を振った。こんな子供の様な仕草は、前の彼女からは考えられず驚いた。

 それは思わず顔に出てしまった。



 ディーから彼女の事を聞いた。彼も同じく彼女の変わりように驚いていた。

 私達がよく集まる庭外れの場所で、再び彼女と会った。

 ディーの手招きに素直に従う姿にも驚いたが、そこでの言動にも始終驚いた。

 ディーの口説きにも理解せず、また自身が女性なのに女性の気持ちがわからいので知りたいと語った。

 自分が話すと、周りからは奇異な目で見られ、友達ができないと悩んでいた。


 彼女の言う様に、彼女の話は理解できないものばかりだった。聞いた事もない単語を使い、語る。

 心が壊れてしまい、虚言を口にしているのかと一瞬思ったが、彼女は矛盾した事は言わなかった。

 スマホという物の説明をするのだが、何度聞いてもその詰め込まれた機能に妄想の産物かと思ったが、再度聞いても毎回の説明に差異はない。

 それに、彼女の語る未知の物は、説明をされると成る程と納得してしまう機能や仕組みのものもあった。



 彼女が姿を見せると、必ずディーがちょっかいを出した。

 私はそれを黙って見つめる日々が続いた。彼女の話は荒唐無稽だが、興味ひかれるものとなっていた。


 ある時落ち物パズルなるものが欲しいと言った。パズルの種類かと思い尋ねると、木に登り枝を折って来た。

 記憶はなくしているはずだが、彼女は令嬢のはずだ。私を含め、この場にいた男達は似たような表情をしていたと思う。

 彼女は勘違いし、枝を折ったことを謝った。私はそれについ口を出さざるをえなかった。


 彼女の言う落ち物パズルは、私でも作れそうだなと考えた。

 魔力と相性のいい鉱石を使った石版を使い、魔力を駆使して組み込んでいく。

 細かい所は違うかもしれないが、パズルとしては機能するし及第点な出来だろう。


 彼女に見せると、予想以上に驚き、そして喜んだ。

 嬉しさのあまり私に抱きつき、感謝の意を述べた。私は、身動きができなかった。


「お前が他人の為に何かするなど、珍しいな」


 後に殿下に言われ、そうかもしれないと思った。今まで、殿下以外の人間に積極的に関わる事も何かする事もなかった。

 それは私が殿下の懐刀としての役目と、自身の黒い髪と瞳に起因していた。

 黒髪黒瞳は特に疎んじられているわけではなかったが、その珍しさから目立つことは本意では無い。

 だが彼女には、自分の存在を刻み付けたいという思いが、心のどこかにあったのだろう。

 彼女は周りからその特異性で浮いている。私も己から進んで輪から外れるようにしているとは言え、自分と似たものを感じたのかもしれない。

 彼女がそのパズルにルマスパズルと名付けた際には、それだけは恥ずかしいのでやめて欲しいと願ったが。



 パズルを大事にしすぎた彼女は、それが原因で体調を崩した。

 だがそれでもパズルは離さなかった。ディーが見かねて取り上げたら、怒りながら談判に来た。

 私が作った物を大事にしてくれるのは嬉しいが、それで彼女の体調に支障をきたすのは問題だ。


 彼女はまたいつもの様に突拍子も無い発言をし、実行した。

 殿下は彼女の後を追った。私は彼女の家に連絡をした。

 殿下は彼女を抱きかかえながら、それに戸惑いを覚えていた。私もまた、胸に宿る嫉妬という小さな感情に戸惑っていた。



 あんなに怒っていた彼女は、とても嬉しそうに一人の女性を連れて来ていた。

 彼女はその女性を私達に紹介するが、私はそのファーランという女性を知っていた。

 殿下は覚えていない様だが、確かにファーラン嬢は昔一度殿下へ話しかけていた事があった。

 学業の、上位成績優秀者の発表の場であったか、共に優秀な二人はその場にて並んでいた。

 ファーラン嬢は殿下を褒め、様々な意見を交わしていた。

 その後に、殿下は同様の優秀者とも話していたので、特に気にもしていなかっただろう。

 だが女性の優秀者はファーラン嬢のみだったので、後に殿下と話の合う特定の女性として話題に上がった。

 そしてそれを、昔のリーランロッテ嬢が耳にしたのだ。


 ファーラン嬢はあの時の様に、殿下へと話しかけていた。それをリーランロッテ嬢、彼女が嬉しそうに眺めている。

 私達には向けられないその瞳に、ファーラン嬢が少し羨ましいと思ってしまった。


 彼女はよくファーラン嬢を伴って来たが、いつの間にか姿をあまり見せなくなった。

 代わりに、ファーラン嬢が別の友人を伴って訪れた。ファーラン嬢の殿下への眼差しは、特別なものを感じた。


 殿下は不機嫌さを隠そうともせず、それを察したディーやティーレが彼女達の相手をした。

 遠くに、隠れ見るリーランロッテ嬢の姿を見つけた。殿下に知らせ、私は彼女にそっと近付いた。

 久しぶりに見るその背中が、とても愛おしかった。


 彼女は私の姿に驚いたが、私がテーブルへと誘うと首を横に振った。

 彼女は自分の発言で空気を壊したくないと言った。遠くからでも、ファーラン嬢の笑顔が見れて満足だと言った。

 私に気を使ってくれてありがとうと笑い、彼女は走り去った。

 殿下がファーラン嬢達へ、ここへの終わりを告げた。



 翌日、ディーが彼女を連れて来た。不安そうにしていたが、私達しかいない事に安堵していた。

 殿下がファーラン嬢達を締め出した事を知らない彼女は、明るくその名前を話題にした。

 殿下が眉間に皺を寄せたが、ティーレがそれにフォローをする。

 しかしその甲斐なく、彼女はとんでもない事を口にした。


 殿下のイメージとかけ離れたその表現に、思わず笑いが漏れそうになり耐えるのに必死になった。

 だが殿下にとっては笑い事ではすまず、地を這うような低い声で怒りを搾り出した。

 今度は私が助け舟を出す。不思議そうな顔をする彼女に、殿下はため息をついた。



 彼女が将来の事を考え出した。伯爵家の令嬢なのに、貴族の娘としての役割を知りたがった。

 本当に何も知らなかった様で、ディーの話に何度も驚いていた。

 自身の政略結婚に不安そうにしていた。それに対しては、皆、殿下すらも口を閉ざした。

 それは互いへの牽制だったが、彼女は友としての慰めか同情の言葉を欲していた。



 彼女は新たに、とんでもない行動を起こそうとしていた。

 私達に将来の事を尋ね、また自身の将来を考えていたので何かをしでかしそうだと予感はあった。


 私は情報を集めるため、ファーラン嬢に接触した。

 翌日に一人で書き物をするリーランロッテ嬢を見つけ、居眠りした隙にそれを覗き見る。

 私はそれを手早く書き写すと、庭外れへと向かった。


 私はそこで、彼女が平民になるつもりだと話した。

 だが殿下たちはそれをいぶかしんだ。

 それは仕方のない事だった。彼女の平民への計画書は、とてもではないが現実的なものではなかったからだ。

 遠足の準備の様な必要物資のリスト。加えて、決行日が長期休暇の開始日。

 必要金銭の有無が無ければ、誰も本気だと思わなかったかもしれない。



 決行日、殿下が彼女を迎えに行った。

 私は先んじて別荘へと向かう。私は屋敷を抜け出した彼女の追跡と護衛を承った。


 夜間も警戒はしていたが、彼女が出てくる事は無かった。

 翌朝、何故か中腰になって走り抜ける彼女の背を追った。

 町では、ただ観光している様にしか見えなかった。

 集合住宅で門前払いされたのか、その近くのお世辞にも綺麗とは言えない宿屋に部屋を取った様だ。

 貴族の令嬢が、平民の服を纏い埃と土臭い裏通りへ躊躇なく進み、小汚い宿に部屋を取るなど何と不思議なものか。

 それは多分に、彼女だからだろうと思った。


 宿から出る彼女を、私以外にもつける者達がいた。あれは宿の受付で彼女に絡んだごろつきだ。

 受付の老婆に注意され、一度手を引いたがやはり目をつけていたか。


 彼女が表通りにいる間は、ごろつきは何もせず様子を伺うに留めていた。

 だが陽が落ち、暗い中彼女が戻って来るとそいつらは動いた。

 彼女をさらい、暗がりへと連れ込んだ。乱暴に地面へ突き飛ばす様子が目に入ると、私の腹の底に、静かな怒りが沸き立った。


 彼女がごろつきの持つ刃物に恐怖し、目を瞑ると私はそいつらの背後へ立ち、剣の鞘と柄で気絶させた。

 見掛け倒しの連中だ。

 目を開けた彼女は、私を不思議そうに見上げた。

 その瞳にごろつきを殺すか聞いたが、彼女は首を横に振った。

 彼女ならそう答えるだろうとわかってはいたが、私自身の気持ちの収まりがつかなかったからだ。


 ごろつきを纏め上げ、彼女が泊まる安宿の店主に金を渡し、こいつらを衛兵に突き出すよう伝えた。

 店主の老婆は、その金に口角を最大に伸ばしまかしとくれと懐にしまった。

 地を駆け、急いで戻る。彼女は地べたに尻餅をついたままだった。

 腰が抜けていた様で、立てずにいた彼女を横抱きに持ち上げた。


 宿へ送ると、彼女は胸元をはだけ鍵を取り出した。

 貴族の女性が着るドレスにはもっと扇情的なものもあるが、見えた首元にそのどれよりも魅了された。


 部屋へ入ると、私をヒーローと謎の言葉で呼び、名を尋ねてきた。

 やはり気付いていなかったかと、学校でかけている目を隠すための眼鏡を取り出した。彼女は驚いた。

 何故普段はそれをかけているのかと聞かれ、目を隠すためだと答えた。

 彼女は納得した。だがそれは見当違いのものだった。

 私が美形で、女性達に囲まれるのをわずらわしがったと勘違いしていた。

 その思い違いは彼女にされたくないので、違うと即答した。


 彼女は私の目を見ても何も言わなかった。もしかして知らないのだろうか。

 黒髪黒瞳の話をすると、それの何が珍しいのか不思議な様だった。

 その反応の方が、私には驚きだった。

 そんな人間がいっぱいいる所を知っていると得意気に語った。

 その人数が一億とか十億とか、またいつもの理解に苦しむような話をした。

 だが本当に、彼女は私の髪も目も珍しがったりはしていなかった。物珍しそうに不躾な眼差しは向けなかったし、特別視もしなかった。

 ……彼女になら、例え奇異な目で見られても構わなかったけれど。


 彼女は私に今日は泊まるのかと聞いてきた。一つしかない狭いベッドで眠るつもりだった。

 彼女は子供の様に純真なのか、それとも天然なのか。まさかとは思うが、男女の色を知らないのでは。


 だが前に殿下に対し、ファーラン嬢へ手を出したのではと疑った時があった。

 演技めかして「まだ早いの」などと言っていたから、それはないだろう。

 単純に興味がないか、ディーへの態度を見るに、私達からそういった対象に見られるなんて全く考えていないのだろう。

 どうしたのか突然、彼女が私に町で買った食べ物や菓子を勧めてきた。

 一度断ったが二人で食べたほうが楽しいという言葉には抵抗できなかった。


 彼女が眠った後、部屋に施錠し屋敷へと戻った。

 殿下へ彼女の無事を伝え、居場所を伝える。殿下はそれに安堵した。

 ごろつきに絡まれた事も伝えたが、私が処理した事を話すと頷いた。


 私は殿下に、彼女へ三日間の猶予を与えることを進言した。

 殿下はすぐさま連れ戻す事を望んだが、私は彼女が宿を三日取った事を思い出していた。

 すぐに連れ戻してせっかく計画した事が無駄になり欲求不満となるより、三日好きな事をさせて思い残しを無くした方がいいのではと伝えた。

 町にはもう手配してあり、彼女の希望する働き口は見つかる事はない。

 彼女には町での生活は無理だと、諦めさせる口実にもなりますと話した。

 殿下は少し考えたが、わかったと頷いた。


 つらつらともっともらしい理由を述べたが、その実私が彼女と過ごしたいだけの所もあった。

 殿下は気付いているのかもしれない。だが何も言わなかった。

 殿下もまた、自分の気持ちとまだ向き合えていないのだろう。



 宿へ戻り、彼女の部屋の前でドアに寄りかかり目を閉じた。

 朝、彼女が起床するタイミングで部屋へと入る。

 今日こそ仕事を探すと張り切っていた。

 しかしその頑張りは報われる事はなく、彼女は酷く落ち込んだ。

 だがすぐに顔を上げると、その気分を切り替える様に、私を観光に誘ってきた。


 この町の事は知っているが、彼女と見て回るその景色は違って見えた。

 楽しそうに私に話す彼女は、とても輝いていた。


 宿に戻ると、また共に食事をとった。昨夜のお礼として、今度は私が代金を支払った。

 彼女が無邪気に料理の一つを私の口元へと差し出すから、その指ごと口に含んでやった。

 誘うようにその指を舐めたが、彼女は結構食い意地がはってるんですねと笑った。私は苦笑で返すしかなかった。


 彼女が眠りにつくのを見届け、私はまた宿を出た。

 主の下へ報告に向かう。屋敷で、簡単に湯を浴び体を拭いた。明日はディーとティールもここに到着する予定だ。



 宿へ戻り、ドアの前で目を閉じる。彼女の起きる気配を感じると、部屋へ入る。

 今日も彼女は見つからない仕事探しをする。町の奥へと歩き、昨日と同じ結果を味わう。

 何の慰めにもならないだろうが、落ち込む彼女に果物を買う。美味しいと少し顔がほころんだ。


 宿に戻ると、今度は宿の更新が出来ないと落ち込んだ。当然、この宿にも手は回してある。

 この宿の経営状況含めおかしいと首をかしげながら、部屋に入りまた共に食事をとる。

 食事の後簡単に部屋を片付け、彼女は水桶で体を拭いた。ちゃんと湯に浸からせてあげたいと思った。


 ベッドに入り一度横になるが、体を起こして私にそれを譲ろうとした。あまつさえ、自分は床でいいと言う。

 とんでもない。すぐさま断ろうとしたが、ベッドから私を見上げる彼女に、腕が吸い込まれるように伸びた。

 肩を抱き、そのままベッドに押し付けたい衝動に駆られる。私を心配する彼女の瞳を見つけ、ゆっくりと寝かせた。


「近くに私も宿をとっていますから。今日は疲れたでしょう、ゆっくり休んでください」


 自分の忍耐を褒めてあげたい。彼女は納得し、目を閉じた。

 やがて小さな寝息が聞こえてくる。私は彼女の寝顔を見つめていた。


「リーランロッテ」


 小さく呼びかける。彼女は身じろぎ一つしないで眠っている。その頬に触れると、指にぬくもりが伝わった。

 ここで彼女と二人で過ごすのは最後だ。明日になったら、私は彼女を王子の下へ連れ戻す。

 そうでなくとも、このままここに居させるわけにはいかないので仕方が無い。安全の保証の無いこんな場所に、置いておけるはずがない。


 無造作にはだけられた首元が目に入る。

 体を拭き終わり、服を着た後はそのままにしてあったのだろう。一つもボタンは、はめられていなかった。

 軽く下に引くと、隙間から白い肩が覗き鎖骨があらわになる。

 そっと口付け強く吸う。

 彼女は起きなかったが、苦しげな顔をしていた。よくない夢でも見ているのだろうか。


 頭を優しくなで、最後に薄くあく唇の横に口付けをすると私は立ち上がった。

 部屋を出て、いつもの報告へ向かう。私と彼女が過ごした、証を残して。



 宿を出て、私は彼女に別荘へと戻る事をすすめた。

 ファーラン嬢の語る平民の生活というものにどんな憧れを持ったのか、未練をまだ抱いていた。

 そこで私は町に住めば平民になれるわけではないと説明をした。

 彼女は驚いていた。私はそんな事に驚く彼女に驚いた。

 納得はしたがそれでも少し渋る様子を見せたので、最終手段として用意していたパズルを見せた。

 彼女はそれに飛びつき、二度も三度も大きく頷きパズルを抱きしめた。


 別荘への岐路、それは起こった。

 矢の放たれる音が聞こえ、私は彼女の頭を押さえた。

 馬の走る音が複数近付き、私は剣で応対したが、別の方向から来た輩に彼女を奪われてしまった。


 殿下の下へと急ぐ。殿下はすぐに飛び出そうとしたが、それを引き止めた。

 彼女の居場所に、見当が付けられそうだったから。

 彼女に持たせたパズル、あれは私の魔力が込められている。自分の魔力だ、その波動を伝って追う事ができる。


 ディーと共に、魔力を感じる方向へと馬で走る。場所はすぐに見つかった。

 戦争跡地の小さな建物から魔力を感じる。そのまわりには、柄の悪そうな男達が見張りの様に立っていた。


 今すぐにでも攻め込んで救出に向かいたい。だが、ここで待機しているという事は何かを待っているという事だろう。

 これ以上の数は、私とディーでも厳しくなる。唇を噛み締め、報告へと戻った。



 報告に戻ると、何やら部屋に落ち着きの無い空気が漂っていた。

 だが今はそれを確認している余裕は無い。再度、準備できていた衛兵を引き連れ戦争跡地へと向かった。


 新たに馬車が留まっていた。馬車から顔を出した男は、我々の姿に驚愕し青ざめていた。

 ごろつきを全て取り押さえると、ディーが彼女を助け出していた。私は安堵し、駆け寄り膝をついて謝罪した。

 彼女は変わらない笑顔であっさりと許し、私の腕を引っ張り膝を上げさせた。彼女の笑顔に、胸がしめつけられた。


 屋敷へ戻ると、私は殿下に罰を懇願した。殿下は何故か首を縦には振らなかった。

 理由を問うと、殿下に懸想をするメイドが、今回の誘拐事件を引き起こしたからだと説明を受けた。

 それでも納得はいかない。元より、彼女を屋敷へ戻すべきだったのだ。

 殿下は私に耳打ちをした。


「無事戻っていれば、メイドは彼女を殺す気だった」


 体に衝撃が走った。

 確かに、殿下が気付かなかったならば、絶えずリーランロッテ嬢の身は危険に晒されていただろう。

 殺すチャンスは、到着初日からあったのだから。

 殿下が気付けないのならば、私がそれに気付かなければならない。彼女を、私が守らなければいけない。


「……殿下のご慈悲に感謝します」


 唇から、血の味がした。


 その後、殿下は彼女に思いの丈をぶつけた。そして私も、彼女へ思いを告げた。

 ディーとティーレまでそれに続いた。

 殿下だけに告白をさせたら、きっと彼女は流されてしまいそうだから。


 私達の告白は一旦保留にし、休暇の間は友人の様に過ごした。

 彼女はちょっとした遠出や行楽に、とても楽しそうにはしゃいでいた。

 いつかまた、今度は二人で、彼女と旅行に来れる事を願った。



 休暇が終わり、日常に戻る。

 卒業までの間に、私は彼女を落とす事ができるのだろうか。

 彼女の笑顔を見ながら、私は必ずそれを実行すると誓った。





 『ディー』


 久しぶりに会ったリラ嬢は、性格が様変わりしていた。

 偶然見かけたので、からかうように手招きをした。前の彼女だったら、得意気な顔をして貴方が来なさいと言っただろうか。

 それほど交流があったわけではなかったので、詳しい性格は理解していない。

 でも、よくいる貴族の女という事だけは覚えている。


 手招きをすると、彼女は首をかしげて俺に駆け寄った。俺はこれにはびっくりした。

 それに加えて、なんでしょう?と見上げてきた。


 その不思議な行動に興味がわき、いつも他の女にするようにその手を取って口付けを落とした。

 彼女は表情を変えずに俺をじっと見た。

 ああ、王子にお熱だったなと思い返して口にすると、何で王子?と返された。

 そして王子の名前すら覚えていないことに、衝撃を覚えた。


 彼女はよくわけのわからない事を口にした。

 面白くて、また彼女の手にキスをすると、自分の手から食堂の匂いでもするのかと鼻に手をあてていた。

 それには思わず吹き出してしまった。

 だって俺が流し目よこして、彼女の目を見つめながらその手の甲に口付けしてるんだぜ?

 ちょっとくらい色っぽいことに気付くだろう?なのに、なんで食堂の匂いに俺がつられてると思ってんだ。


 彼女が顔を見せるたび、俺は躍起になって彼女の手に口付けをした。

 だか彼女は全くそれに反応してくれない。あまつさえ、このタラシ技を身に付けて女の子に使いたいと、とんでもない事を口にした。

 これまた拍子が抜けたね。


 知れば知るほど、面白い彼女から目が離せなくなった。

 あの奔放さは、貴族の女ではもちえないし、平民の女とも違った。


 平民の女とも遊んだことはあるが、彼女達は俺の前では必死に淑女であろうとしていた。

 平民と貴族の女は、所作やらに圧倒的な差があり比べられるもんじゃないが、平民の女の、そのかわいい努力は嫌いじゃなかったぜ。


 だがリラ嬢と会ってから、他のどんな女にも興味がわかなくなった。

 なまめかしい体つきの女も、美人な女も、リラ嬢の事を考えると何の感情も沸かなくなった。


 リラ嬢は、普通に見れば美しい女だ。

 水色がかった銀の流れるやわらかい髪に、白い肌に綺麗な顔。

 その肌に触れると、まるで手に吸い付くようにすべらかで心地いい。

 だがその全てを崩す言動と突拍子もない思考。

 今でも思い出すとつい笑っちまう。


 俺がリラ嬢にちょっかいをかけると、王子が眉根を寄せることはわかっている。

 王子は俺の従うべき主であり、忠誠を誓う未来の王だ。

 だが、だからって女は渡せない。渡せるはずがない。

 そもそも、王子は一度彼女を突き放しているんだ。

 彼女の白い肌も、すぐに怒って涙をためるあの瞳も、全て俺が抱く。





 『ティーレ』


 僕は幼少の頃より殿下にお仕えしています。

 僕だけではありません。ルマスやディーも、僕と同じ様にそういった家系に生まれ、定められてここにいます。

 辛いと思ったことなど一度もありません。口数は少ないですが、殿下は優しく、また同じ立場の友人達も気の置けない仲間です。


 けれど最近、僕の心はたまに重くなり、憂鬱になります。

 嫉妬と言う感情が、たまに僕の心にのしかかるのです。

 それはきっと、彼女の存在があるからです。


 リーランロッテ嬢。かつて殿下へ思いをよせていた女性です。

 今は性格ががらりと変わり、あの時の彼女の姿は欠片もありません。

 こんな事を言っては失礼ですが、とても貴族の女性とは思えないほどの立ち振る舞いです。

 ですが僕は、そんな彼女が好きなようです。


 彼女はいつも僕の頭を撫でます。子供の様に、気軽に撫でます。

 僕が子ども扱いはやめてくださいと反論すると、またそれをなだめる様に撫でます。


 彼女はすぐに落ち込み、すぐに笑います。

 彼女の方が、よっぽど子供みたいです。僕はその、くるくる変わる表情に惹かれたんだと思います。


 殿下はよく彼女に怒り、睨みます。彼女はそれに怯え、泣きそうな顔をします。

 だから僕はできるだけ笑顔でいます。彼女が安心するように。

 僕にはルマスの様に彼女が望む物なんて作ってあげられないし、ディーの様にあんな手を取って口付けるなんて無理です。


 だから、僕は笑顔でいます。そして彼女のフォローをしてあげたいって思っています。

 僕には三人の様に、強い情熱はないのかもしれません。

 でも、静かに平坦に、ゆるやかにこの思いは変わる事無くここにあるのです。


 悲しむ彼女には身を暖めるようなお茶を入れ、喜ぶ彼女には甘く柔らかいお茶を入れます。

 僕はこうやって、彼女を支えていけたらなと思っています。


 今日も笑顔で、彼女を迎える準備をします。

 ……本当は、彼女に頭を撫でられる事が嬉しいんです。

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