リーランロッテ4
これ以上ここにいても仕方がないので屋敷に戻りましょうって眼鏡くんに言われた。
仕事も見つからないし、宿の延長もお金あるのに何故かして貰えなかったし。
それにね、俺知らなかったんだけど、平民って勝手になれるもんじゃないんだって。
問題起こしてしゃくい?とかいうの取り上げられて、罰としてなるもんなんだって!
町に住みたいんだったら、別にそこの当主、つまりとーちゃんが許せば普通に住めるんだって。
俺がやってることって、つまりただの家出で、とーちゃんにばれたら探して追い掛け回されるんだって!
駄目じゃん!もっと早く教えてよ!あ、内緒にしてたの俺だった。でもこの三日楽しかったからいーや。
じゃ、戻りましょうって眼鏡くんが言うんだけど、俺はでも結局戻ってもなーってちょっとしぶった。
そしたら何と、懐からルマスパズル取り出して、これを渡しますから戻りましょうって。
俺は一も二もなく飛びついた。やったー!俺のルマスパズルが帰ってきたー!
帰り道、俺はずっとルマスパズルをぎゅっと抱きしめていた。いつまた取り上げられるかわからない。
警戒は十分必要だ。町を抜けて、木々に挟まれた一本道を眼鏡くんと歩いていく。
このゆるい上り坂をいけば、王子の別荘が見えてくるはずだ。
俺がご機嫌で鼻歌なんかを歌っていたら、突然眼鏡くんに頭ごと押さえつけられた。
え?って思ったらヒュンヒュンって風を切る音が聞こえてドスドスドスって何かが地面に刺さる振動と音がした。
ダカッダカッって重い音がして、キンキンッって音がして、何何何ー!って抱きしめるルマスパズルに顔うずめてたら、体がひょいって持ち上げられた。
顔を殴りつける風に理解が追いつかない。ただ、顔を上げた先に眼鏡くんが俺の名前を叫んでた。
だけど頭にズボッて袋かぶせられて、なんにも見えなくなっちゃった。
うおおおおおおお、俺どうなってんのー!それにこの袋なんか変な匂いするよ!
くらくらしてきたけど、俺はルマスパズルだけは絶対離すもんかと、腕に力を入れて体を固くした。
目が覚めると、石畳の上に転がされてた。何か匂いが残って気持ち悪いって体起こそうとしたら、手と足縛られてた。
えー何これ、俺捕まってるのお?手をわきわきして何とかならないかと頑張ってたら、明かりの漏れる背中の方から声がした。
「旦那はいつ通るんだ?」
「予定では日中には橋を渡るはずだが、多少遅くなっても今日中には来るだろう」
「へへ、なあじゃあよお、ちょっとつまみ食いしねえ?この女、すげえ別嬪だしよお」
ギクリとなった。もしかして俺のこと言ってる?ぎゃーやだー、味見とか勘弁してえ!
俺は意識のない振りして、背後の会話に耳を傾けた。男が二人いるのかな。
「やめとけ、値段が下がるだけだ。生娘だったらどうする」
「でもこんだけ綺麗なんだぜ?男の一人や二人いるだろ」
いやいないから!友達すら一人もいないから!ファーランちゃんっていう、優しい天使が俺に慈悲をくれるだけだから!
「そうにしたって俺達が手を出せば旦那は気付く。ここぞとばかりに買い叩かれるぜ。所でそれは何だ?」
「ああ?あー、何かその女が大事そうに抱えてたけどわからねえ」
その言葉に、俺の腕からルマスパズルが無いことに気が付いた。ああ!もう手離さないって誓ったばっかりなのに。
何かカッタンカッタン音が聞こえるけど、乱暴に扱ってないだろうな?もし壊れたら許さんぞ。今手も足も出ないけど。
結局何かわからないルマスパズルに飽きたのか、橋見に行くかって声と共に気配が遠ざかった。
ちらりと、首を上げて後ろを伺う。よし、誰もいない。
俺が転がされてる場所もそうだが、そこは石造りの凄く狭い部屋だった。屋根も凄い低い。
何もはまっていない小さな窓が、横並びに開いていた。
ここどこなんだろう。石牢みたい。は!これってもしや、幽閉エンドってやつ?
ねーちゃん!俺平民エンド迎えたと思ったら幽閉エンドに切り替わっちゃった!
ねえねーちゃん、幽閉エンドって殺されないよね?ね?
手足縛られてるから寝返りしかうてなくて、暇を持て余してたんだけど、何か壁の向こうから叫ぶ声が聞こえてきた。
だんだんその声が大きくなって、キンキンガンガン、ガラガラドッシャーンって何かが倒れる音が響いた。
外で何がおこってるの?災害でも起きた?って思ってたら、すっごい悪人面が悪態つきながら慌てて部屋に入ってきた。
その声で、あーさっき部屋にいた一人だってわかった。そいつは俺に真っ直ぐ向かってきたけど、そいつを追うようにまた一人部屋へと飛び込んできた。
揺れる赤い髪。俺を見つけると、俺の名前を叫び一瞬喜ぶと、すぐに持ってる剣を構えて悪人面に斬りかかった。
うわー!斬り合いとかはじめて見たよ。チャラ男さんは悪人面の攻撃を難なくかわすと、武器を握る手を切りつけた。
悪人面は呻いて剣を落とす。カラカラーンて響いたと思ったら、チャラ男さんの剣がそいつの頭に振り下ろされた。
ぎゃー!殺される!俺じゃないけど悲鳴を上げそうになった。だけどチャラ男さんはそのまま剣の柄で頭ごんって打ち付けただけだった。
ほっ、良かった。誘拐犯にあまっちょろいかとは思うんだけど、ほら、俺やっぱ平和な日本で暢気に育ったじゃん?
目の前で人が殺されるのって、見て平気でいられないじゃん?ネットでグロ画像目にした時だって、食ってたポテト吐いちゃったからね。
不意打ちでグロ画像貼るのやめろ!ブラクラやめろ!え?アドオン入れろ?……まあ、そうなんだけど。
チャラ男さんは俺に駆け寄ると拘束を解いてくれた。そんで俺を抱きしめながら無事でよかったって何度も言った。
ありがとうって背中さすると、もっと抱きしめてきた。強いくせに何でそんな情けない声だすんだよ。
優しい奴だなあ。それに俺なんかの為に助けに来てくれて、すっごいいい奴だ。
チャラ男さんに連れられて、外に出るとなんか凄いことになってた。
車輪の外れた馬車に、倒れてる男たち。太ったおっさんががたがた震えて悲鳴上げてた。
俺がいた建物は、今にも崩れそうなトーチカだった。
その建物ごと、武器を構えたおそろいの兜と鎧の兵隊達がずらっと囲んでた。驚いたけど、俺達に向けてるわけじゃないとわかったら安心した。
こんな風景、外国の式典とか催しものでもないと見れないよ。で、楽団はいないの?
よく見ると、その兵隊さんは町の衛兵だった。なんか見覚えあると思ったんだよね。
俺達の姿を見つけると、眼鏡くんが駆け寄ってきた。俺の前で跪くと、俺の手を取り謝罪した。
貴女を守りきることができなくて申し訳ありませんって、なんかもーすっごい辛そうに吐き出すように言うの。
いやいや無事だったんだし、気にしないでよー。膝汚れちゃうからってその腕引っ張って立ち上がらせたんだけど、硬い顔したままだった。
そしたら馬に乗った王子と美少年、とーちゃんより渋いおっさんがパカラパカラ現れて、王子が俺の事じっと見つめてた。
いつもの睨みじゃなくて、ほっとしたっていうの?そんな顔してた。王子が俺の心配するなんて!
美少年が馬降りて俺のところにきて無事でよかったですって両手を握った。心配してくれてありがとうって頭なでてやった。
子ども扱いにまた顔真っ赤にしてたけど、そのまま俺の手を引いて王子の所に連れてって、俺を王子の馬にのせようとした。
俺、馬なんて乗ったことないんだけど?とりあえず頑張ってのりあげて、王子の前で馬の背中またいで座った。
そしたらスカートがずりーって太ももまで持ち上がって、王子が「この愚か者が!」って怒鳴って抱え上げられて横座りにされた。
渋いおっちゃんが目丸くしてた。だってさー、馬なんて乗ったことないんだしさー。
王子が渋いおっちゃんに後を任せるみたいなこといって、馬は走り出した。でもそんなに速くじゃなかった。
庭外れのいつものメンバーも馬でついて来た。それにしても、お尻痛いよこれ!
ようやく王子の別荘に着いて、降ろしてもらって尻をさすりながら玄関に向かうと王子がため息はいてた。
だって仕方ないでしょ!王子たちは慣れてるかもしれないけどさあ。
屋敷に入ったら、執事さんが私の管理不届きでって何か色々言いながら謝って来た。え?え?って混乱した。
その事は座って話すって王子に促されて、みんなで居間に移動した。執事さんは辛そうな顔してるし、眼鏡くんもずっと俯いてるし。
一体何があったんだろう。何があったかわからないけれど、元気出してくださいって二人に言ったら、王子に変な顔された。
チャラ男さんが小さく笑って、俺の手を取っていつもの様にそこに口付けた。どこでも通常運営だなあ。
美少年がお茶をいれようとして、執事さんが慌てて私がってポットを受け取った。
眼鏡くんが跪いて、王子に「このたびの不祥事、全て私の責任です。どんな処罰もうけます」って言い出した。
えーちょっと待って!眼鏡くん何したの。慌てて「眼鏡くん何かしたんですか?」って聞いたら、俺が浚われたのをみすみす見逃したって。
でもあれ、眼鏡くん一人では無理でしょう。相手は馬で、ばらばらに行動してたんだし。そう言ったら、元より貴女を屋敷に戻していればって返された。
いや、だってあれも俺が自分で出てったんだけど?宿も自分でとって、仕事探しの旅も自分で行動したんだけど?
それにすぐ戻されても、俺多分また行くよ?って伝えた。俺の勝手な行動で、眼鏡くんが怒られるなんて駄目だって!
「お前に与える罰は無い」
王子がゆっくりと言った。眼鏡くんが、私に慈悲も情けもいりませんって言うんだけど、王子はそうではないって眼鏡くんの言葉を止めた。
眼鏡くんもせっかく王子がいいよって言ってるんだから、余計な事言っちゃ駄目じゃん。もー。
「今回の事は、私の至らなさが招いた事だ。もしお前が初日、あのままリーランロッテを連れ帰っていたら更に酷い状況になっていただろう」
眼鏡くんが目を見開いて、王子に何があったのか尋ねる。俺も気になる!
何か王子に惚れてたメイドさんが俺の事邪魔に思ってたんだって。それで俺がこの家に帰る予定知って、あの誘拐犯達にお金渡して依頼したんだって。
でも何で俺なのよ。誰でも女だったら許せないってやつ?
馬車の横の太ったおっさんは、人買いだって、人買い!女の子いっぱい浚ってるんだって。こわっ!
メイドさんずーっとこの別荘で働いてたけど、なかなか王子来ないしお城にも呼んでもらえないしで、今回一発逆転を狙ったって。
それ駄目な一発逆転じゃない?お城どころか、牢屋に逆転しちゃったよ!
眼鏡くんがそれでも何か言いたそうにしてたんだけど、王子がなにか耳打ちしたら驚いて、
「……殿下のご慈悲に感謝します」
そう言って跪いたまま顔を伏せた。ほっ、とりあえず眼鏡くんがどうにかならいみたいで良かった。
俺も眼鏡くんよかったねーって、嬉し泣きしてうんうんって頷いた。そんな俺を王子がまたじっと見つめてきてた。
俺に怒り顔じゃない王子も珍しいよなーって思ってたら、いきなり抱きしめられた。え?
本当に心配したって呟いて、俺が浚われたって聞いて、見つかるまでずっと頭がどうにかなりそうだったって。
そんなに心配してくれてたんだ。やだ、王子ってば俺のこと大事に思ってくれてたの?友達扱いしてくれてたの?マジ?
なんて思ってたら、とんでもないこと言い出したよ!
「こんな思いはたくさんだ。リーランロッテ、私の妻となれ」
いや待って!?突然どうしたの!いやいやいやいや、無理でしょ!王子って王様になるんだよね?王様の奥さんって王妃様だよね?
めっちゃ色々えらい人がすることしないといけないんじゃないの!俺、貴族としても立ち振舞いは最底辺だってとーちゃん言ってたよ!
必死にそれを言ったんだけど、
「お前はただ突っ立ってそこにいればいい。体裁やしきたりなど、俺がなんとかしてやる、俺が守ってやる」
なんて言うんだよ!なんでー!あまりにも困って、涙目で眼鏡くんとかチャラ男さんとか美少年に助け求めたんだけど、
「申し訳ありません殿下、私も彼女に関しては例え貴方でもお譲りする事はできません」
眼鏡くんまでそんなこと言い出した。いやお前さっきまで罰をくれーって言ってたじゃないか!
チャ、チャラ男さんは?チャラ男さんなら女好きみたいだし、タラシだし、女ですらない俺なんか興味ないだろうし、冷静にこの頭がおかしくなった二人をなだめてくれるよね?
お前の大事な友人達が、とち狂ったこと言ってますよ!
「俺もルマスと同意見だ。悪いが、俺だって渡す気はないぜ。もう、他の女には見向きも出来ねえ」
おいおいおい、このふざけた世界へようこそ。いや違うだろ!ちがうだろー!
……美少年。まさかとは思うが美少年。お前は俺の心の同士。お互いねーちゃんに邪険にされる者同士、大丈夫だよね?
「僕だって、貴女をお慕いしています!」
目をうるうるキラキラさせて、乙女みたいな顔してそんなこと口にする。信じてたのに!
驚いて王子から離れたら右手を眼鏡くんにとられて、左手をチャラ男さんにとられて、背中から王子が俺を抱きこむようにかぶさってきた。
美少年はずるいです!って俺の前で顔赤くしてる。
いっせいの告白に、王子はいつもの不機嫌顔にもどって俺をねめつけた。
「こんなに男共を誘惑するとは、なんと言う男たらしなんだお前は!」
ええー!それ俺のせいなの!?ちょっと待ってよ!言いがかりだ、冤罪だ!
悲痛な顔してた執事さんは、今度は嬉しそうな顔してよかったよかったって頷いている。いや、よくないから!
ねーちゃん事件です。
なんだか知らないうちに四人から告白されました。それもねーちゃんの好きなゲームの攻略キャラ全員からです。
ねーちゃんが喉から手が出るほど欲しがったハーレムエンドです。良かったね!ねーちゃん!
ってちょっと待ってよ!おかしいでしょ!なんでライバル令嬢がハーレムエンド迎えてるの!
今はまだ学校があるからひとまず保留ってことになったんだけどさ、卒業したら俺どうなっちゃうの?
こんな事とーちゃんに言ったら絶対ひっくり返っちゃうよ。ショックで寝込んじゃうかもしれない。
だって俺だよ?昔のリーランロッテならまだしも、言葉使いすらまともにできない、俺なんだよ?
四人はさ、ただ突っ立てればいい、なんとかしてやるって言うけど、それってどうなの?
そんなんでいいなら、リーランロッテちゃん等身大フィギュア置いとけばいいんじゃないの?
ねえ、ねーちゃん。俺どうなっちゃうのか、元のゲームのこと詳しく教えてよ。
ねえ、ねーちゃん。
「何をぼけっと突っ立っている、早く来い」
日課の散歩の道中、庭はずれのいつもの場所で、チャラ男さんがおいでおいでしている。
そんな中、立ち尽くして空を見上げていた俺に、王子は不機嫌な声をかけた。
ぼけっとしてたわけじゃなくて、ねーちゃんに語りかけてたの!
美少年が暖かいお茶を入れてくれてる。眼鏡くんが黙って静かに俺を待っている。
ねえ、ねーちゃん。とりあえずは、俺この日課を楽しむことにするよ。
ばいばい、ねーちゃん。またね!




