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リーランロッテ2

 それから俺は頑張って女の子達に近付き、話題を懸命に振った。でも相変わらず反応は不発。

 何で?貴族の髪型って真っ白いまきまきしたカツラに、船とかお城とかわけわかんないオブジェ乗せるんじゃないの?

 それでパンが無ければケーキを食べればいいのにって言うんでしょう?え?それ実は言ってない?知らなかったそんなの……。


 そんなこんなで結局、俺はまだぼっちのまま日課の散歩をしているのです。

 でも庭外れのテーブルでチャラ男さんが話しかけてくれるので、前よりは寂しくなくなったかな。

 今は散歩してると必ず王子達はいて、優雅にお茶なんぞしてる。

 声はかけてくれるけど、やっぱり俺の話は意味がわからないって顔される。

 俺普通に話してるんだけど。実は宇宙人語とか話してるわけじゃないよね?

 それともこっちの世界の標準語喋ってるつもりだったけど、日本語で話してるとか?


 いや待って、そもそもリーランロッテの記憶は無いのに何で言葉はわかるんだ?

 日本でも、記憶喪失の人が普通に会話してたのと同じなのかな。

 テレビで見た記憶喪失の人は、何故自分がそこを歩いているのかすらわかってなかったけど。

 そういえばもっと前はピアノマンとか外国にいたな。


「たいくつそうだなリラ嬢」


 今日も俺の手を取るチャラ男さんが、欠伸して目じりに涙を貯めた俺を見ながら苦笑した。

 王子は冷たい目で俺を見ている。この前も同じことして、はしたないって怒られたんだよね。


「暇ですよ。ここにはスマホもラノベも漫画もないですし。だから散歩して暇つぶししてるんです」

「またそれか、お前はいつもそれを言っているが、その言葉をわかる奴はこの世界にいるのか?」


 王子が呆れた声を出す。


「どうなんでしょう?私みたいな人いるのかなあ」

「お前の様な者がたくさんいたら頭が痛くなるだけではすまないから勘弁してくれ」


 相変わらず俺への態度が酷いよ王子。


「せめて落ち物パズルとかあればなあ」

「何ですかそれは?パズルならわかりますが」

「えっとですね……」


 眼鏡くんが反応してくれたので、どう説明しようか考えをめぐらす。

 俺は近くにあった木によじ登ってバキっと枝を折ると、地面に絵を書いて説明しようとした。

 また皆が口をあんぐりあけてるから、はっとして俺は手に握る枝を見つめた。

 そうか、木を勝手に折ったら駄目じゃん。お花見シーズンで散々問題になってるのに、すっかり忘れてた!

 申し訳無さそうに俯いて、俺は勝手に枝を折ってごめんなさいと謝った。


「いやそうじゃありません」


 眼鏡くんが何故かため息をついていた。

 気を取り直して、折ってしまったのだから俺はこの枝を大事にしよう。

 これは俺の魔法の杖だ。魔法なんて使えないけど。


 地面に落ち物パズルの図を描いて説明する。珍しく、俺の話に興味深く聞いてくれてる。ちょっとこれは嬉しいぞ。

 美少年も、不思議な顔して俺の描く絵と説明を見ていた。



 それからいくらかして、またテーブルに呼ばれた。今度は眼鏡くんに手招きされた。

 眼鏡くんはテーブルの上に大学ノートくらいの大きさの薄い石版を取り出すと、すっと手を翳した。

 そこにはなんと、数種類の色で飾られた小さな光が点滅していた。

 光の大きさはさくらんぼくらいで、ちょっと大きい。

 でも、俺はそれが落ち物パズルだと理解できた。

 ええ、凄くない?どういう原理なの?電気?基盤とか入ってるの!?

 俺はキラキラした目で眼鏡くんを見た。眼鏡くんは小さく笑って、説明をしてくれた。

 上から落ちてくるっていうのがよくわからなかったみたいで、新たなパズル玉は上下から出てくる仕様だった。

 それを指で誘導して、同じ色で揃えると弾けて消える。しかも消える時、画面を飛び出して小さな光を霧散させて目の前で消えていくんだよ。


「えええ、ほんとこれ凄いです!何ですかこれ?ほんと何なんですかこれ!?」


 興奮して眼鏡くんの肩をがくがくと揺すった。王子が眉間の皺をより深めていた。

 今は王子の悪態に構っている場合じゃない。眼鏡くんは俺より相当背は高いが、されるがまま頭をがくんがくん揺らしていた。


「何って魔法ですよ、単純な。指先に反応して同種類の属性と触れ合ったら弾けるようにしたんです」


 魔法!魔法だって!?ちょっと聞いた?魔法なんだって!

 っていうかこの世界、魔法あったのかよ!ねーちゃん先に教えてよ!

 俺はすんごい驚いた顔してたんだと思う。いつもは無表情な眼鏡くんが、そんな俺の顔見て笑ったから。

 俺はもう大喜びで眼鏡くんに抱きついた。


「ありがとう!ありがとう眼鏡くん!絶対お礼はするよ、いやします。ほんと、嬉しいです」


 そのまま眼鏡くんの背中をバンバン叩き、テーブルの上のパズルを抱いて飛び跳ねながらそこを後にした。


 それから俺は暇があれば四六時中そのパズルで遊んだ。

 休み時間も放課後も、ぼっちの俺はそれに没頭した。ルマスパズルと名付けて、散歩も行かずずっとそればっかりやってた。

 眼鏡くんの名前、そんなんだったよね?まあ、違ってもまた変えればいいか。


 俺にとっての娯楽が無いこの世界で、唯一の遊び。俺はルマスパズルのプロになれるんじゃないだろうか。

 そんなある日、俺はルマスパズルを取り上げられてしまった。

 取り上げたのはチャラ男さんだ。俺の教室に入るなり、机の上でやっていたパズルを取り上げたのだ。

 なんでそんな事するの。俺のパズル返して!


「なんで、なんでですか……。返してください」


 俺は泣きそうになりながら必死に取り返そうと、手を伸ばした。

 チャラ男さんは俺の手の届かないように上へと持ち上げる。くそう、身長も体格も段違いだって言うのに。


「リラ嬢、ずっとこれやってるだろ。目にも体にも悪いぜ。これは、俺達が預かっておくからな」

「鬼!外道!悪魔!」


 俺は悲鳴を上げたが、チャラ男さんは何とでも言えという風に、不敵に笑っただけだった。

 チャラ男さんが去った後、俺がくやしそうに涙をぬぐっていると久しぶりに女の子達が寄って来た。


「リーランロッテ様、今のディルク様ですわよね。次期王立騎士団の上位層と言われる」


 ディルクって誰だ。チャラ男さんか?俺は首を傾げながら多分、と答えた。

 そうしたら彼女達は知らないのですか?って驚いた顔して口々に説明してくれた。

 説明してくれたけどあんまよくわかんなかった。知らない単語がいっぱい出て、騎士団とか何とかの家とか、とにかく貴族っぽい言葉だったのは覚えてる。

 チャラ男さんの話より、女の子達が俺にいっぱい喋ってくれる事の方が嬉しくて、パズルを取り上げられたばっかりだというのににこにこしちゃった。

 そうしたら、彼女達もにこにこ笑ってくれた。嬉しい。


 しかしそうにこにこと、ずっとはしてられない。やっぱりルマスパズルは返して貰わなければ。

 俺は拳を握り締め、いつもの庭はずれへと向かった。

 相変わらずそこには、王子達がいた。

 美少年は俺の姿を見て嬉しそうにしてくれた。チャラ男さんも笑いながら手を振っているけど、今日は許さんぞ。


「私のルマスパズル返してください」


 俺の言葉に、何故か眼鏡くんが飲んでいるお茶を噴出した。汚いなあ。

 俺は口をへの字に曲げて、怒ってるんだぞと顔に出してチャラ男さんの前に立った。


「いやちょっと待ってください。何ですかその名前は」


 眼鏡くんが横槍をしてくる。今は眼鏡くんに構ってる場合じゃないんだけど。


「言っただろ、リラ嬢はちょっとこれに夢中になりすぎてる。体壊すぜ」

「私の体調は、私がわかってます。大丈夫です」

「記憶がないのだから、わかってるはずはないだろう?」


 今度は王子が横槍を入れてきた。


「記憶と今の体調は別です。だってほら、凄く元気です」


 腕をぐるぐる回して、ぴょんぴょんと飛び跳ねて見せる。王子は額に手を当てて呆れていた。

 昔からゲームでオールとか普通にしてたし!徹夜上等貫徹ばっちこいだ!

 ただね、その後一回眠ると日の半分以上は爆睡しちゃうんだけどね。


「目の下にうっすら隈ができている」


 王子が俺の目の下を縁取るように、顔の前で空をなぞった。


「大丈夫です、日の半分以上寝れば消えます」

「半分以上って……、これから屋敷帰って支度して寝ても、そんな時間はないんじゃないか?」


 チャラ男さんが苦笑する。美少年もそうですよね、と困り顔をした。

 そうか、家帰ってご飯食べて入浴して、それ以外にも色々あること考えると難しいかな。

 あそこだとエリ婆ちゃんの他に色々な人が俺にああしろこうしろって教え込んでくるんだよね。

 だから帰って即ベッドにダイブなんてできない。絶対それは阻止される。

 最後にはとーちゃんまで参加して止められる。


「そうだ、今から寝ます。隈が消えたら、返してくださいね」


 いっせいに「は?」って聞こえたけど気にしない。俺はいい事を考えたのだ。

 教室に戻って、そこで寝る。授業は受けてる振りで頑張る。どうせ起きててもわかんないし。

 俺はチャラ男さんにそう宣言して、急いで教室へと戻った。


 メモを取り出し、迎えのにーちゃんへと伝言を書いて、自分の背中にぺたりと貼り付けた。

 『このまま連れて帰ってください。無理そうならこのままにしておいてください』

 これで準備は万端だ。俺は自慢じゃないが、徹夜なんかしたら絶対に起きない。爆睡も爆睡だ。

 だから迎えのにーちゃんが頑張って俺を家に連れ帰っても、俺は起きないからあれしろこれしろって言えないのだ。

 ご飯はちょっと後ろ指ひかれるけど、一日ぐらい我慢してやる。俺のルマスパズルの為だ。

 それにこのまま置いていかれても、学校で寝れば登校の手間省けてその分寝てられるし。


 先生が教室に入ってきた。俺は上半身をぴっと起こし、目をすっと瞑った。

 実際は体が参っていたのか、まぶたの裏の暗闇は、ぐにゃりと歪みだして眠気に襲われた。





「はっ!お腹すいた!」


 目を覚ますと、家のベッドの上だった。俺の声を聞いたメイドのねーちゃんが、目覚めましたかと部屋に入ってくる。

 いつもの日常だ。ということは、迎えのにーちゃん頑張ったな!

 ベッドから飛び起きると、鏡の前に行き目の下を確認した。ヨシッ!消えてる。

 くふふふふふ、これで返して貰えるぞ~。メイドのねーちゃんがまたか、って顔してた。


 俺に手を差し出すにーちゃんに昨日はありがとう!ってお礼を言って、うきうきと馬車に乗り込んだ。

 馬車のにーちゃんはそんな俺に首を傾げていた。

 学校に着いたら、休憩時間を今か今かと待った。そして時間になったらダッシュして庭外れに向かった。

 途中先生に止められて、歩かされた。どこの世界でも、廊下は走っちゃいけないみたいだ。


「リラ嬢、今日は顔色もいいね」


 チャラ男さんが俺の手にキスをする。ええい、そんな挨拶はいい。パズルを持て!はよう持て!

 俺がそわそわしてチャラ男さんをじっと見つめて待っていたら、何故かチャラ男さんは俺の腰に手を回してきた。


「いや、何をしてるんですか。ルマスパズル、返してください」

「はは、何だよ、誘ってるのかと思った」


 どこに誘うというのだね?食堂かツレションくらいしか浮かばないよ。ツレションは俺の姿的にやばいけどね!

 チャラ男さんが眼鏡くんを見ると、眼鏡くんが懐からスッとルマスパズルを取り出した。

 俺の目は輝いてたと思う。一日ぶりだね、ルマスパズルくん!

 だがテーブルに置かれたそれは、何の表示もせず突いても何の反応もしなかった。

 え?なんでえ?俺は涙目で眼鏡くんを見上げた。


「魔力が切れたみたいです。補充してもいいですが、王子から許可がおりません」


 なん、だと!俺は凄い形相で王子に顔を向けた。そんな俺に、王子はどこ吹く風だった。

 今までの嫌がらせか?報復か!?今までのリーランロッテの行動は俺とは関係ないのにい。


「王子、お願いだから許可ください」

「駄目だ」

「何でですか、隈だって消して来たじゃないですか」


 王子はじろりと俺を睨んだ。やめてよー。王子のその顔、怖いんだから。


「毎回あんな消し方するつもりか?とてもじゃないが、許可は出せない」

「これからは気をつけます。反省してまーす」


 王子は俺の顎を掴むと、俺の目をじっと見つめてきた。

 俺はつい目をそらし、泳がせてしまった。


「……絶対嘘だな。当分これには触らせない」

「そ、そんな……」

 

 俺は打ちひしがれて、その場に蹲ってしまった。酷いよ!唯一の娯楽なのに!

 チャラ男さんが俺の頭を撫でて、慰めてくれる。だが元はといえば、お前が持っていったからだろ!

 立ち上がり、俺は涙目でチャラ男さんたちをキッと睨むと、覚えててくださいね!と捨て台詞残して立ち去った。

 何とかして手を打たなければ!待ってて、俺のルマスパズル。



 翌日、俺は散歩しながら考えていた。どうやったら王子の許可がとれるだろうと。

 王子の機嫌を取ればいいのだろうか。でもどうやって取ったらいいのだろうか。

 王子の好きなものってなんだろう。食堂のご飯、タッパーに詰めて持っていこうか。

 いや腐っても王子なんだから、あれ以上いいものいつも食べてるか。

 じゃあ他には何だろうと考えていると、道の先のベンチに一人の女の子が座っているのが見えた。


 俺は衝撃を受けた。あれ、あれは……!

 ねーちゃん!ねーちゃん!あの子がいるよ!ほら、あの子だよ!

 俺が立ち尽くしていると、座る彼女が俺に気付いた。ちょっとびっくりした顔で、向こうも困った顔をしている。

 え、困ってるよねーちゃん!どうしたらいいの!?

 でも無視するのも駄目だろうし、俺は意を決して彼女に近付いた。


「こんにちは、ファーランさん」

「……リーランロッテ様」


 そう、不安そうに俺を見つめる彼女こそ、ねーちゃんがやってた乙女ゲームの主人公、ファーランちゃんなのだ。

 ファーランちゃんは何だか落ち込んで見えた。もしかして俺が原因とか言わないよね?

 恐る恐る聞いてみたら、とんでもありませんと必死に首を横に振った。

 蜂蜜色のふわふわの髪が、左右に揺れる。かーわいー。


 話を聞くと、ちょっと俺に話すのは逡巡してたんだけど、俺がしつこくおしえておしえてっておねだりしたら諦めてくれた。

 リーランロッテってやっぱしつこい性格してるのかもしれない。根本的に。

 ファーランちゃんの家は男爵家なんだけど、没落一歩手前でぎりぎりなんだって。でも、それは手前ではあっても今の所安定はしてるからいいんだけど、それが学校生活へ影響してて困ってるみたい。

 そんなファーランちゃんの家だから、他の裕福な貴族達に対してうちとけられないんだって。ファーランちゃん主人公なのに!


 ゲーム画面の中のファーランちゃんは、確かに泣いたりもしてたけど、いつも攻略キャラ達に助けられて笑顔を浮かべてた。

 細かい所は描写されてなかったけど、実際はこうやって色々悩んでいたのかなあ。

 ファーランちゃんは笑顔の明るい、かわいくていい子なのに!ふわふわしてるんだよ!ふわふわ。抱きしめて守ってあげたくなるでしょ。


 実は俺最初、この世界に来て何度か彼女の事を頭に浮かべた事はあった。

 でもね、ゲーム画面ではねーちゃんが操作してたんだ。あの、肉食獣のねーちゃんが。

 だからもしかして、この世界のファーランちゃんはねーちゃんなんじゃないかって、怖かったんだよね。

 だって会ったら絶対、全力で俺を酷い目にあわそうとするもん。なんだっけ、ゲームでの結末、幽閉?平民落ち?そうなるように仕向ける。

 あのねーちゃんだもん。でも、この目の前のファーランちゃんはそんな事なさそうだった。

 演技だとしても、ねーちゃん我慢という言葉知らないから、こんな肩を震わせてぷるぷるするなんて絶対無理だし。怒りにブルブル震わせるのは得意だったけど。


 ふと俺は、名案が浮かんだ。ファーランちゃんを、王子の所へ連れていこう。

 まだ、誰のルートにもいってないのかな?操作する人がいないから、ゲームとは違うのかな。

 それなら、攻略対象が勢ぞろいしているあそこに連れて行けば、王子もにっこにこ、ファーランちゃんもきっとゲームみたいに助けられてにっこにこになれると思うんだ。

 ついでにファーランちゃんと俺も、仲良くなれたらいいなあ、なんて!


「ファーランさん、私と、友達になってくれませんか?」

「えっ、でも、私の様な下位の者では……。他の方々も、きっとそう思って」

「私は、ファーランさんがいいのです」


 下位って何だろう。学年は同じだよね?よくわからないけど、俺はファーランちゃんと友達になってほしい。

 ファーランちゃんは他の人に打ち解けないって言うけど、きっと一回話せばすぐ皆となかよくなれると思う。

 俺は何度頑張っても無理だったけどね!うう……。


 ファーランちゃんの手を握ると、彼女も目をうるうるさせて握り返してくれた。

 チャラ男さん!ちょっと見てよ!俺、成功してるよ!

 そんで、俺はうきうきと彼女を連れて王子の所に行ったのさ。チャラ男さんがファーランちゃんにウィンクを送ったら、ファーランちゃん真っ赤になってた!

 王子に紹介したら、何か冷めた顔して挨拶を返してた。

 ちょっと王子、何その態度。お前の運命の相手だよ、ちゃんとして!


「前に一度、お話させて頂きましたね……」


 ファーランちゃんがはにかんだ。なにその笑顔、たまらない。とろけそう。

 だけど王子は表情を変える事無く、


「そうか?悪いな、覚えていない」


 って冷めた顔して返事した。おいおい、もっと頑張れよ、運命の相手なんだよ?

 ふって笑って、えーと何だっけ「お前は私が必ず守る」だっけ、あの台詞言えよ!

 って、挨拶したばっかでそんな事いったら逆に危ない奴か。


 ファーランちゃんは懸命に王子に話しかけてる。凄いな、俺にはできないよ。

 だって王子、俺が「今日はいい天気ですね」って言っただけで睨みつけてくるんだよ?ただの挨拶の常套句だよ?何で怒るの?

 それにしたって王子、その興味なさげな返事の仕方はどうなのよ。相手はかわいい女の子だよ?

 ぐあー!その頭ガシって掴んでちゃんとしろー!ってその耳に怒鳴りたい。


 俺の体は王子に何か言いたくてぷるぷる震えてたと思う。そんな俺の腕を取り、チャラ男さんが何でかすりすりさすってる。

 そんなことしてるけど、お前の運命の相手でもあるんだからな?お前がいれば、俺は他の女には目もくれないって言ってたからな?

 ねーちゃんはそれをうへうへ笑いながら見てたからな!

 まあ今日は顔合わせできたし、これで満足しとこうかなあ。

 明日も、ファーランちゃん会ってくれるかな……。



 翌日も、ファーランちゃんは俺と会ってくれた。昨日声をかけた場所で、待っていてくれたんだ。

 俺を見つけて、嬉しそうに笑ったんだよ。それで、明日は一緒に食堂行こうって、約束までしたんだ。何このハッピー!


 それでまた一緒に王子の所に行った。相変わらず王子は冷めた目つきだけど、もしかしてこれが通常運転なのかもしれない。

 俺に対してだけ、いつも怒ってるだけで。そういえばゲーム画面でも、笑うなんてめったになかったし。怒ってもいなかったけどね……。

 しかしこう顔に出ないと、機嫌がいいかわからないな。

 機嫌がいい時に、何気なくルマスパズルの事を言い出そうと思ってるんだけど。


 ファーランちゃんとの会話は、楽しいものだった。

 会話に花が咲いたっていうの?ほんとあれピッタシ。

 チャラ男さんや美少年の出す話題に、ファーランちゃんは明るく返すのだ。

 そしてとても上品な返事なのだ。他の貴族と打ち解けないって言ってたけど、俺の知る貴族の女の子達とかわらないよ!

 何が下位なのかわからないけど、普通に混ざれるよ!


 俺は喋るファーランちゃんの姿が嬉しくて、つい手をとってしまった。

 ファーランちゃんはにこっと笑って、俺の手にもう片方の手を重ねてくれた。ねえ、ここ天国?

 そしてそのまま、おしゃべりが再開される。俺はじっとそれに耳を傾け、彼女の手のぬくもりを感じていた。



 今日はファーランちゃんと食堂に来ている。誰かと学食で一緒に食べるって久しぶりで嬉しい。

 嬉しくてつい盛りすぎたお皿を持ってテーブルに並ぶと、驚いた顔をしていた。

 嬉しくて盛りすぎちゃったって言ったら、笑ってくれた。

 それから楽しく食事をした。彼女は、俺の話にもにこにこと笑って聞いてくれた。

 いつもなら、うふふと言いながらみんな離れていくのに。

 俺も変な事言わないように気をつけた。正直どれが変な事かわからないから、本当にさしさわりのない今日の授業の話とかした。

 授業の話といっても、俺は理解できていないから先生がこう言ってたんだよって程度。

 それはこういう事ですねって、ファーランちゃんはその度に返してくれた。


 毎日じゃないけど、たまに一緒に食事して、王子の所に行く。

 そんな幸せな日々を続けてたら、ある日ファーランちゃんが嬉しそうに俺に報告してきた。

 何とクラスに友達ができたそうなのだ。

 食堂で俺と楽しそうに話す姿を見かけて、話してみたいって思ってくれたんだって。

 前はいつも俯いて暗い顔してたから、声かけ辛かったみたい。俺は自分の事の様に一緒に喜んだ。

 だって俺に無理だったことを、ファーランちゃんは持ち前の明るさであっさりやり遂げたのだから。


 それからはファーランちゃんとはたまにしか会えなくなってしまった。でもそれは仕方のないことだ。

 離れた遠いクラスより、同じクラスの友達と仲良くするほうが絶対いいもん。


 俺もさー、前に別のクラスの友達できたけど、結局一緒にいるのは同じクラスの連中だったもん。

 それでもたまに学校帰りに互いの教室行って、どっか寄って帰るんだよね。


 ファーランちゃんも、たまに俺の相手してくれる。食事もたまに、一緒にしてくれる。

 それだけでも俺には十分幸せだった。

 でも一度知ったファーランちゃんの、あの甘いぬくもりは、やっぱなくなると寂しく感じた。

 だから散歩も乗り気じゃなくなって、だらだら歩いたら途中で引き返して戻ってた。



 ファーランちゃんは、クラスの子を引き連れて王子の所へ通ってるんだって。

 王子たちの下へ行くと、友達が凄い大喜びするんだって。ああ~、それは良かったねえ。

 そういえばあいつらは攻略対象だから、一定以上人気ある奴らなんだろうか。

 そもそも、王子が王子だし、他の連中も凄い奴なのかな。騎士団がなんとかって聞いたこともあったな。


 嬉しそうに笑うファーランちゃんを見ると、また元気が出てきた。

 っていうか、俺どんだけファーランちゃんに依存してるんだよ。

 昔リーランロッテは王子に粘着してたみたいだけど、今度はファーランちゃんに粘着してるよ!

 やっぱ俺達やばいよリーランロッテ!



 ある時、俺はファーランちゃんが王子達と談笑する場をこっそりと覗いていた。

 王子や友達に囲まれて、楽しそうにお喋りするファーランちゃんの姿を見たかったからだ。

 壁や垣根の陰に隠れて、遠くに見えるテーブルを伺う。笑顔のファーランちゃんと、顔を真っ赤にしてしている女の子達が目に入った。

 王子は相変わらず冷たい顔してるけど、チャラ男さんや美少年は愛想よく相手をしてくれている。

 ああ、双眼鏡が欲しい。ファーランちゃんの笑顔を間近で見たい。


「なら一緒に席に座って、会話に加わればいいではないですか」


 突然背後から心の声に返事をされ、俺は悲鳴を上げそうになった。

 恐る恐る後ろを見ると、いつの間にか眼鏡くんが立っていた。足音も何もしなかったよ!忍者かよ!

 何で心が読めたんだと聞いたら、口から普通に漏れてましたよって言われた。やだ、恥ずかしい。

 再度、一緒に王子の所へ行きましょうと言って来たが、俺はそれを断った。

 理由を問われたので、俺が行くとあの彼女達の楽しい空気をぶち壊しちゃうからだと伝えた。


 俺が何か言うと、クラスの女の子達は困った顔や妙な顔をして、重たい空気が流れる。

 彼女達は俺に嫌がらせをしたいわけでもなく、嫌っているわけでもないと思う。多分。……嫌われてないよね?

 だから俺が空気を読めていないのだ。それがわかってるのにさあ、わかってるのに何で俺解決できないの!

 もしかしてねーちゃんが、「あんたいっつも返事があさっての方向なんだよ!」ってイラついてまんじ固めしてくるの、こういう事だった?


 眼鏡くんに気にかけてくれてありがとうとお礼を言って、その場から離れた。

 正体がばれたら、もうその場所にはいられないのだ。これ何の話だっけ?ツルの恩返し?雪女?



 昨日遠目からでも、ファーランちゃんの笑顔を見れて元気が出たので、今日はちゃんと散歩をする気になった。

 でも邪魔はやっぱりしたくないので、庭はずれ手前までにしておこう。

 覗きもちょっとしたいけど、またあの黒い忍者がやってきそうだ。

 そんな事を思いながら、庭外れの手前で折り返したら誰かに手を取られた。

 現れたのは、赤いチャラ男さんだった。


「最近リラ嬢が来ないから寂しいんだけど」


 チャラ男さんは、そのまま俺の手を繋いで庭はずれまで引っ張っていった。

 えーちょっと、邪魔したくないんですけどー。ぐいぐい手を引っ張り返すが、びくともしない。くそう。

 わーどうしよう、ファーランちゃんの邪魔したくないよ。ファーランちゃんの友達困らせたくないよ。

 えーちょっとちょっと、ストップストップ。

 だけど連れて行かれた先には、ファーランちゃん達はいなかった。

 今日はたまたま来なかったのかな?でもちょっと安心した。


 チャラ男さんが椅子を引いて俺を座らせてくれた。美少年が、お茶をいれてくる。

 俺はお礼を言いながら美少年の頭をいい子いい子した。


「だから僕は同い年なんですって!子ども扱いしないで下さい」


 頬を赤くして反論してきた。そんな所が子供っぽいんだぞ、ってまた頭をなでなでしてやった。

 チャラ男さんが、俺も撫でてってからかうように言ってきたから、じゃあ撫でてやるよ!って椅子に乗って撫でてやった。

 不意をつかれた顔をして、その垂れた目が驚いてた。してやったぜー。


 王子が前とかわらず俺を睨みつけてきた。これはやっぱり変わらないのね。

 俺は美少年に入れてもらったお茶を飲んで、一息ついた。

 なんだかここに座るの久しぶりで、落ち着くなあ。元々俺のいる場所じゃないんだけど、会話が出来る唯一の場所だったからさあ。

 今日の王子の機嫌はどうなんだろう。

 俺しかいないから、めっちゃ悪いのはわかる。それじゃ駄目じゃん……。


「王子、ファーランさんはどうですか?彼女、とても素敵で楽しいですよね」


 ファーランちゃんの話題を出して、場を明るくし、王子の心を持ち上げよう。

 そんで王子がファーランちゃんの事頭に浮かべてニヤニヤしだしたら、さりげなくルマスパズルの話題を出そう。

 なのに王子ってば、ファーランちゃんの名前出した途端、不機嫌になった。えー、ちょっとどういう事ー。

 もしかして、ふられた……とか?いやでも王子が?うーん。よし、遠まわしに遠まわしに聞いてみよう。


「彼女は、完璧な人間ですね」


 美少年が笑顔を浮かべながら口を挟んだ。なんだ、わかってるじゃないか美少年。

 ねーちゃんはお前の事好きじゃないって言っても、心の友の俺はお前の事大好きだぜ。

 俺はまた嬉しくて美少年の頭をなでなでした。そういえばごんぞー元気かなあ。

 美少年がまた俺に苦情を言ってるが無視して、お茶をごくりと飲み込んだ。

 いいか俺、さりげなーくさりげなーくだぞ?


「王子、ええと、ファーランさんと、何かありました?何かすっごい悲しい事を言われちゃったとか、彼女に何かしちゃったとかで、いやーまだはやいのーって」


 チャラ男さんが何か吹き出してる。眼鏡くんも唇がぴくぴく震えてる。ねえ、美少年、俺また上手く話せなかったかな?

 冷や汗をかく美少年の頭を、現実逃避しながらなでくりまわした。


「お前は、私がファーランとかいう娘にふられたと言いたいのか?あまつさえ、私が無体なまねをしたのかと聞いているのか?」


 遠まわしってなんだっけ?王子は見たことないくらいに怒って見えた。ひぃ、俺殺される!


「殿下は彼女達に、もうここへは来ないよう伝えただけですよ」


 眼鏡くんが、怒れる王子の隣で冷静に語った。

 眼鏡くん流石だなあ、横で王子が怒髪天ついてるのに。


 でも、何でそんな事言ったんだろう。チャラ男さんも、美少年も楽しそうに話してたじゃないか。

 王子だって、あんなに話しかけてくれる女の子、悪い気はしないだろうに。

 だって運命の相手だよ?主人公だよ?もしかして、ねーちゃんの最悪な息吹でも感じ取っちゃった!?

 俺がちらっと王子を見ると、何故か小さくため息をつかれた。


「……わずらわしいのは嫌いだ」


 えーなんで?みんなは俺のいう事がわからないって散々言うけど、俺には王子の方がさっぱりわからないよ。

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