リーランロッテ1
なーなーねーちゃん。なんでこの子フられたの?
そんなの私が王子攻略したからに決まってんじゃない。
だからって何でこの子よってたかってハブにされてんの?
まあライバル令嬢の立ち居地なんてそんなもんじゃない?
ライバルなら最後は固い握手して仲直りじゃないの?
そういうのもあるわね。でも悪役とかって、何のジャンルでも因果応報悲惨な末路じゃない?
え、そんな非道な事したの?こんな十代の子が?
いや、主人公への嫌がらせくらい。
えええ!そんなんで!?
何言ってんの、このルートはましな方よ。他のルートだと平民落ちとか、幽閉とか、結構あったわよ。
ちょっと待って!それ酷すぎない!?こんな美人なのに。
顔は関係ないでしょ……。そんな事言ったら、このゲームに出てくるの全員美男美女よ。
安心して、これ全年齢向けだし、その子も結局最後には主人公の恩情によって解放されるから。
それによって発生するルートなんてのもあるのよ。
へ~。
「……ラ様。……リラ様」
ふかふかのベッド。気持ちいい。手足を伸ばしても、ふかふかからはみ出ない。
あー、いい夢だー。ごろりと寝返りをうつ。そうしたら、まわりで息を飲む音が聞こえた。
えー誰かいるのー?ねーちゃん?とーちゃんか?また俺の部屋に勝手に入ったごんぞーか?
何だか暖かい手が俺の手に添えられて、一体なんだよと仕方なく目を開けたら、知らないお婆さんがいた。
俺はどこにでもいるへーへーぼんぼんな男子高校生。ねーちゃんが一人いる。
このねーちゃんは普段は凶暴で口も手も悪い手の付けられない怪獣なんだけどさ、乙女ゲーっていうの?あれが好きなんだ。
昨日もねーちゃんは俺の首根っこ掴んでさんざん男の愚痴を聞かしてプロレス技かけた後、日課のごとくゲームを始めた。
俺はそれをクッションを抱えて後ろで眺めてた。
ふわふわの甘そうな蜂蜜色の髪に、とろけるような笑顔のかわいい女の子が、ファンタジーな学園で色々な男ときゃっきゃうふふしてた。
はにかむ主人公の少女に、これがねーちゃんかよって笑ったら殴られた。
ずっとむっつりしてた金髪王子が主人公にデレたり、タレ目のチャラ男が真剣になったり、うちのごんぞーみたいな懐き具合で主人公に懐く美少年。そんなねーちゃんのプレイ画面をいつもぼけっと後ろで見てた。
ねーちゃんがその日の憂さ晴らしを俺で晴らし、その後に乙女ゲーというのが日課になっていたからだ。
ねえ、俺かわいそうじゃない?
で、その日もその日課終わりにねーちゃんの乙女ゲーをぼっと見てたの。もう何周してるのか知らないけど、多分これでそのゲームは一旦終了だったんじゃないかな。
コンプ目前って言ってたし。
終了って言っても、俺への理不尽な日課が終わるわけじゃない。また新しいゲームがはじまるだけだ。
ねえ、やっぱ俺かわいそうじゃない?
えーと、で、ねーちゃんが何度目かのエンディング迎えて、これはもーいーかなーって言ったの。
俺はふーんとしか思わなくて、たまにはロボものやってくんないかなって思ってた。
で、いつもなら部屋戻って寝るんだけど、その時はそのままそこで寝ちゃったの。
ねーちゃんが気付いたら、絶対蹴り出されるのは確実なんだけどさ。でも、寝ちゃったんだよねー。
で、起きたら知らないお婆さんがいたの。
えっ、怖!ホラー!?って思ったけど、部屋は明るいし、何でか俺が寝てたベッドはでかくてすっごくお金かかってそうなやつで。
お婆さんは全く見覚えのない人で、でも俺の手を握って「良かった、本当に良かった……」って泣いてるの。
何かかわいそうになっちゃって、頭なでちゃった。お婆さんはびっくりしてた。
そうしたら、何だかバタバタ聞こえて色々な人が部屋に飛び込んできた。
「リーランロッテ!目覚めたのか……!」
また知らないダンディーなおっさんが俺の元に駆け寄った。リーランロッテって何?何かの呪文?挨拶か何か?
でも聞いたことがあるな。なんだっけ。
おっさんも俺の肩に手を置いて、お婆さんと同じ様によかったよかったって涙流してる。
一体何?何なの?
俺は泣いてる人たちにここはどこで、何で俺がいるのか聞いてみた。聞いてみて驚いた。
だって俺の声、高いの。そんで細いの。細いのは多分寝てたからだろうけど、何で高いの?っていうか、女の声なの。
え?何で?どうして?って自分を見下ろしたら、掛け布団からはみ出てる部分に目が丸くなった。
漫画だったら目ん玉が転げ落ちてるか飛び出てるね。
だって、膨らみあったの。おっぱいだよおっぱい。太ったのか?って思ったけど腕とかはほっそいの。
思わずガシッて掴んだら、やわらかーい。下から押したらゆさっゆさってした。うおおおおおおおお。
初めて触った!初めて触ったよ!!!赤ちゃんの頃とかはノーカンだから。
そんな俺の挙動に、泣いていた二人は顔を見合わせて、汗をかいていた。首をぶんぶん振ったり、手をばたばたしたり慌ててた。
「早く医者を!」って叫んでた。医者ってなんだよ。痛いところなんてどこもないよ。あ、いや、でもこの声とおっぱいは問題だ。
さっきも言った様に、俺はへいへいぼんぼんな男子高校生なんだから。
「どこも異常は見つかりません。外傷はないですが、ショックで記憶に混乱が生じているのではないでしょうか」
医者にしてはやけにかっこいいコート着たおっさんが、さっきの二人に言っていた。
二人はいつ治るのかと聞いていたけど、医者は首を横に振っただけだった。
え、俺このおっぱいつけたままなの?声もこのままなの?やだよ、学校行ったら絶対からかわれるじゃん。
不安が顔にでていたのか、ダンディーなおっさんは俺をそっと抱きしめて大丈夫だって言った。
知らないおっさんに抱きしめられても、その、困る。
「ならばお嬢様のお話をお聞かせして、ゆっくりと思い出して頂きましょう」
お婆さんが泣き腫らした目に優しく笑顔を浮かべて俺の手を取った。
お嬢様って何?思い出すも何も、別に何も忘れちゃいないんだけど。
だけどお婆さんが語った『俺の話』には驚いた。いやマジで驚いた。いやいや、え!?嘘でしょ!?って。
俺の名前はリーランロッテ。リーランロッテなんとかはくしゃ……く?苗字?家名?長くて覚えられなかった。
リーランロッテは聞き覚えがあって、すんなり耳に残った。それで思い出したの。
だってね?その名前、ねーちゃんの乙女ゲームに出てきてたの。それも悪役令嬢、ライバル令嬢ってやつ。
美人で気は強いんだけど、ねーちゃんと違って何か気品っていうの?何か綺麗だったの。
水色っぽい銀色の髪でね、出てくる画面は大抵目を吊り上げて怒ってるんだけど、それでもその綺麗な顔は崩れないの。
そんな子が男にフられて酷い目にあうのがかわいそうでさ、よくねーちゃんに文句言ってたんだよ。
で、その子に俺がなってんの。いやいや何言ってんのって感じだけど、なってんの。
起き上がって鏡を見せて貰ったんだけど、ほんとにリーランロッテがいたの。そこに。
ゲームキャラじゃん!本当にゲームキャラじゃん!ってちょっと興奮した。
でも平面じゃないからそこはやっぱちゃんと人間なんだけどね。すっごい完璧なコスプレな感じ。
中世の洋画に出てくる貴族を大人しくした感じ、かなあ。
そんで俺どうなっちゃったのーどうなっちゃうのーって不安だったけど。日が経つ内に何か慣れちゃった。
ご飯も美味しいしベッドもふかふかだし。
ただダンディーなおっさんとお婆さんは大慌てだった。あ、ダンディーなおっさんは父親だった。
お婆さんは昔っからこの屋敷の奥を代理で取り仕切ってる人だって言ってた。俺も育てて貰ってたんだって。俺じゃないけど。
で、食っちゃね食っちゃねしてたらある日、学校はどうしましょうって聞かれた。
え!学校あるんだ!ってびっくりした。いや俺だってこのまま食っちゃねしてるだけなのは続かないだろうとはわかってたけどさ。
こっちのとーちゃんは凄い悩んでた。主に俺の立ち振る舞いに。
でも貴族の令嬢はその学校にいく決まりなんだって。俺は今休学扱いになってるみたい。って事は通ってはいたんだねー。
貴族の学校って何するんだろー。ここでだらけるのもいいけど、暇は暇だし学校ちょっと楽しみだなー。
そんな事言ったら、とーちゃんめっちゃ頭抱えちゃった。
そんで学校行く前に、家庭教師つけられてみっちり作法とか所作っていうの?教え込まれた。
でもさ、そんな短期間で身につくわけ無いじゃん。俺、あほな男子高校生だよ。授業中、漫画読んでバレて今時ないバケツ持って廊下立たされたんだよ?
補習授業遅刻してさ、後ろの扉から匍匐前進でこっそり入ったら、叩き出されたんだよ?無理じゃない?
で、結局「俺」でなく「私」、常に敬語で話す。これだけは絶対に守れって超超超超超妥協案として言われた。
ほんとは「わたくし」がいいみたいなんだけど、いつの間にかタワクシになってて皆うな垂れてた。
あとめったに喋るなと言われた。病み上がりで体調が悪いからと、何とかごまかせって。
俺が口開くと、悪魔の子守唄の様に頭がおかしくなるんだって。ちょっと失礼じゃない?ねえ。
そりゃ、スマホとかレンジとかゲーム機とかないかいっぱい説明したけど。その度に頭抱えてたけど。
お前の話す言葉は意味がわからん。そう言っていっつも逃げられてた。
まあそんな事はおいといて、学校。学校にいけるんだ。うちの高校みたいにあほな奴らいるかなあ。
でも今の俺女だし、付き合い方変わるかなあ。帰りにコンビニ前とかでだべったりできるかなあ。コンビニはないか。
うきうきする俺に、とーちゃんはいっそ猿轡をさせて通わせるかと怖いことぶつぶつ言ってた。やめてよー。
いよいよ学園への登校日。目の前の馬車に足をかける。馬車だって馬車!シンデレラじゃん。
勝手にどかどか乗り込んだら、手を宙に浮かせたまま焦ってる兄ちゃんがいた。本来はその手に中へ乗せてもらうんだって。
普通にタラップあるんだから、一人で乗れるじゃんねえ。
ドアが閉められる前に、お婆さん……エリーナって言うんだって。エリ婆ちゃんって呼ばせてもらった。
「本当に大丈夫でしょうか。記憶を失っているとはいえ、あの方に会ってしまったらお辛い事まで思い出してしまうのでは……」
祈るみたいに両手をぎゅっと握って俺を見上げてた。泣かないでよエリ婆ちゃん。何の事かわからないけど、俺は大丈夫だよ!
にかっと笑ってみせてやる。エリ婆ちゃんは余計悲しそうな顔をした。どうしたらいいんだよう。
結局そのまま馬車は動き出して、学園へと向かった。王立なんとか貴族学校。ねえ長ったらしい横文字多くない?
ねーちゃん俺と同じあほなのに覚えられてたの?
馬車から降りて家からついてきたにーちゃんと校舎に向かった。
にーちゃんって言っても兄って意味じゃなくて、よく見かける知らないにーちゃん。
メイドのおねーちゃんもいっぱいいたなあ。おねーちゃんが良かったなあ。
「ああ、リーランロッテ嬢。もうお体の方はよろしいのですかな?」
職員室だと思うけど、俺の想像するような部屋じゃなかった。もっと小奇麗で優雅にソファとか置いてあった。
俺の知ってる校長室にあるような黒いレザーのやつじゃなくて、ほわほわしたやつ。ほわほわ。
で、このおっさんは多分先生だよね。おっさんはにこにこしながら俺を教室へと案内してくれた。
そういえば俺、自分の教室覚えてないや。教室についたら、俺についてきたにーちゃんはどっか行った。
また迎えに来るって言ってたから、終わったらきっとどっかにいるんだろう。
教室に入ったら授業中だったみたいで、皆ちゃんと前向いて先生に顔向けてた。でも、俺が入った瞬間いっせいにこっち見た。えー、怖い。
不登校だった人が急に学校来るのって、やっぱ敷居高いよな。だってここにいる奴ら、みんなリーランロッテの事知ってる人らだろうし。
その目が、気まずそうにとか同情とか、一人も明るい顔してる人なんていなかった。
同情は場合によっては嫌いじゃないし嬉しいよ?でも、今は俺なんでこんな顔されるのかもわからないんだしさ。
俺は先生に誘導されて席に座った。俺の知ってるちまっこい学校机じゃなくて、小奇麗な木の、三人並べる奴。
俺の隣は、これまたふわふわまきまきの髪した女の子だった。
いい匂いする!この女の子いい匂いするよ!
うっとりした俺に困った顔して、その女の子は前を向いた。
やばいやばい、匂いかぎ続ける変態になる所だった。
授業が終わると、さささーって何人かの女の子が俺の下に来た。
え、なに?モテ期到来?なんてにやにやしてたら、女の子が頬に手を当ててよろめく動作をした。
え、いきなり貧血?保健室行く?俺連れてっちゃうよ。
だけどその女の子、よろよろはしてるけどいっこうに倒れない。案外平気なのでは?
「ああ、リーランロッテ様おかわいそうに。一体どれほどの心の傷をその高貴な胸に負ったのでしょう」
芝居が始まった。え?お芝居じゃない?これギャルトークなの?女子会ってこれが普通なの?
「ええと?お……私、あまり覚えていなくて、ですね」
私、私、敬語、敬語。何かそんな俺に、まわりの子はまるで雷にうたれたかのように固まった。
そんでハンカチを目にあてておかわいそうにって言い出した。いや、涙出て無いじゃん!
ほんと意味わかんないなー。話聞きたいけど、とーちゃんが喋るなって言ってたしなー。
仕方ないからさんざん言われた通り微笑んでた。とにかく笑ってれば、なんとかなるって言われたし。
痛々しいものを見るように、女の子達は自分の席に戻っていった。
で、お昼になったんだけど、どこでご飯食べればいいの?俺お弁当なんて持ってないんだけど。
食堂ってあるのかな。食堂の場所くらい、誰かにきいていいよね?だって、俺、今ぜっさん迷子中なんだから。
この学校どこのお城だよ!ってくらい広くてさ、学食くらいわかるだろーっててきとうに歩いてたら迷った。
何かみんな優雅に歩いてるけどさ、お昼だよ?ご飯食べにいかないの?
誰も行かないなら、こっそり後をついて行くという作戦が使えないじゃないか。
仕方ないから、丁度前から歩いてきたにーちゃんに尋ねたよ。ここ学食ありますか?あるならどこですか?って。
そしたらそのにーちゃん、凄いびっくりして固まってた。でも、すぐに姿勢正すと教えてくれた。
サンキューって言って離れようとしたけど、サンキューじゃ駄目かと改めてお礼を言った。俺ちゃんとしてる。
無事学食着いたけど、何このビュッフェ。どこの高級レストランなの。ずらっと料理は並んでるけど、スタッフもずらっと並んでた。
セルフだよね……?って恐る恐るお皿手に取ったら、スタッフの一人がわたくしめがってやんわりと俺の手から皿を奪って行った。
貴族学校すげー。でもさ、よくよく考えたら、俺お金もってなかった!やばい!食い逃げ犯として取り押さえられる姿を想像して青くなった。
でもお金ないですって言ったら、スタッフさんは目を丸くして、全て無料ですって教えてくれた。
無料だって、無料。こんなフランス料理っぽいのが!
俺はうきうきとお皿に並べてもらって席に着いたね。で、美味しく食べてた。肉もまだ温かくて、サラダもシャクシャク。
フルーツも甘いし、ケーキとかもあるんだよ!?なにこの天国。
なんて幸せに浸りながらもぐもぐしてたら、食堂の空気が一瞬で変わった。
ざわってなって、シンって静かになったのよ。何かあったのかなーって思いながら食べてたら、俺の目の前に何か知らないにーちゃんが立ってた。
「随分元気そうだな。私へのあてつけにあの様な事をしておいて、暢気に食事とはいいご身分だ」
よく見たらこのにーちゃん、見覚えあった。
きらきら光る金髪に、はっと目を見張るような薄いアイスブルーの瞳。
「王子……?」
「なんだ?何でそんな不思議そうに見る」
やっぱり王子だった。すっごい見下した態度で俺の事見てるけど、リーランロッテってこんなに嫌われてたの?
ねーちゃんのゲーム画面だと、確かに普段はむっつり黙ってるような奴だったけど、たまに甘ったるい笑顔向けてたじゃん。
あ、あれはリーランロッテにじゃなくてねーちゃん、でもなくて主人公に対してか。じゃあ仕方ないな。
王子は俺の返事を待ってるみたいだけど、何言えばいいのよ。ゲームだと何か言われたらうつむいて肩震わせてたんだっけかな。
そんな事したらご飯食べられないじゃん!だから必死に考えて、
「王子もご飯食べたほうがいいですよ。お腹にいっぱいになると、幸せな気持ちになります」
そうだ。王子はお腹すいてるからこんなイライラしてるんだ。だってここ食堂じゃん。
食堂に来てるって事は、ご飯食べに来てたって事だよね。だけど俺見つけて、腹ごなしの前に俺に絡んで来ちゃったんだ。空きっ腹のまま。
うんうんと頷く俺に、王子は眉間に皺を寄せてた。まーた怒ってる。
「なんだと?……ルマスからお前が来てると聞いてわざわざ来てやったが、無駄な行為だったな」
え?わざわざ俺の様子見にきたの?嫌ってるんじゃなかったっけ。まあいいや、もう帰りそうだし。
王子は俺をもう一度じっと見て、またぷんぷんしながら食堂を出て行った。あんなにずっとカッカして疲れないんだろうか。
食堂も賑やかさを取り戻して、俺はまたお肉にかぶりついた。
午後の授業がまたはじまって、終わったら迎えのにーちゃんが来てくれた。
また馬車に勝手に乗ろうとしたら、ずいって目の前に手を出されてめっちゃ自己主張された。
家に帰ったらエリ婆ちゃんが頑張りましたねって、俺を抱きしめてくれた。はじめての小学校じゃないんだから。
夜になったらとーちゃんが帰ってきて、何かやらかしてないか凄い形相で聞いてきた。俺はちゃんと地味にすごしてたよ!
そんなこんなで学校に通う生活が始まった。授業はさっぱりだったけど、それは高校の時も同じだったし気にしない。
でもね、お話できる友達がいないって、すっごい寂しいよ!
俺は今女の子だからさ、やっぱ女の子のお友達がほしくて傍に寄るじゃん。
最初はね、リーランロッテ様リーランロッテ様、って何かちやほやしてくれるんだけど、俺が話すとまるで宇宙人と会話してるみたいな顔して離れてくんだよね。
酷くない?彼女達がさあ、流行の刺繍とか帽子の話とか振ってきたからさ、昔貰ったプロ野球選手のサイン入りの野球帽の事を話したのよ。
今は引退して、タレントとしてテレビでまくってる伝説の選手なのよ。まあ、ちょっとした自慢?
でも別にえらそうに言った訳でも、度を越えて自慢したわけでもないんだよ。
変な顔されたから、じゃあ話題変えて流行って考えて、アイドルの話したの。アイドルならさ、女の子達も憧れるじゃん。
当然男の俺だって、大好きだ。推しメンは一人に絞れないけど、だってそれぞれみんないい所が違うんだよ。
気付いたら俺の周り誰もいなくなってんの。うう、なんでだよ……。
別にね、嫌われたわけじゃないみたいで、顔を向けるとうふふって笑顔は向けてくれるんだよ?
でもお話はしてくれないの。貴族の女の子、みんないい匂いしてて良かったのに。
教室にいても一人で暇なので、休み時間は校舎とか庭とかぶらぶらしてた。道覚えるのにもいいしね。
そうしたらさ、庭のはずれにテーブルと椅子があって、そこに王子がいたんだ。王子の横には、眼鏡かけた人。
あー王子だーって思いながら「どーもー」って、へらへらしながら通り過ぎようとしたら呼び止められた。
「いつもの様に私にしつこくしないのか?」
何てまた馬鹿にしたように言ってくるから、もう面倒くさくなって「しつこくされたいんですか?」って返したらまたぷりぷり怒った。
まーた怒ってらって心で笑ってたら、王子の横にいる眼鏡の人が俺に挨拶をして来た。
「話すのはお久しぶりですね。ルマスです、覚えていらっしゃいますか?」
ストレートな綺麗な黒髪で、後ろでゆるく縛っている。かけている眼鏡は分厚くて、目が見えないから色もわからない。
全く覚えが無いので、首を横に振った。ねーちゃんのゲーム画面を思い出そうとするんだけど、似たような髪の奴はいたようないないような。
そんな曖昧な記憶だから、とりあえずわからないって言っておく。
眼鏡くんはそうですかと言っただけだった。もしかして知り合いだったんだろうか。俺悪いことしてる?
でもこの眼鏡君、無表情だからわかんないよ。えーと、名前なんだっけ。
「眼鏡くん、ごめんなさい。私、記憶が混乱してるって言われてまして」
謝ったら、
「眼鏡くんって、私ですか?」
ってちょっと呆けてた。名前覚えてないから特徴であだ名つけたんだけど、結構よくない?一発で俺が相手が誰かわかるじゃん。
学生のあだ名なんてそんなもんだよね?
「ふん、相当打ち所が悪かったみたいだな。それとも、それもあてつけか?」
ぷんぷん王子が口を挟んだ。王子は王子って呼んでるんだからいいじゃんか。
でも外傷は無いって医者が言ってたから、それはない。
「お医者さんは、どこも打ってないって言ってました」
もう困ったな、この王子なんでもかんでもあてつけとか言ってくるし。もう行っていいかなあ。
居心地悪そうにしてたからか、王子はふんってそっぽを向いた。
俺はほっとして眼鏡くんに手をひらひら振ってばいばいした。眼鏡くんはそれにも驚いてた。
バイバイくらいするでしょ普通。それとも貴族はハンカチ振りながらごきげんよう~とか言わないといけないんだろうか。
それからそこを通るのが日課になった。というか、道を覚えるがてら歩いてたルートが、わかりやすくて散歩に良かっただけなんだけど。
じっと教室にいるのもたいくつだし、せめて漫画かスマホがあればなー。
庭外れのテーブルにはいつも王子達がいるわけじゃなかったみたい。誰もいない時もあったし、いても一応お辞儀だけして通り過ぎてた。
前はリーランロッテもしつこくしてたみたいだけど、この通りもうしてないんだから過去は水に流してほしいなあ。
王子に嫌われてるってだけで、立場すっごいやばそうだし。俺ただでさえ話す人いないのに、これでもっとハブにされたら泣いちゃうよ。
あれ、これってゲーム画面で見たハブにされてる状況と同じ?そ、そんなあ。
あーやだやだと思いながら散歩コースを歩いてたら、あのテーブルにまた新たなにーちゃんがいた。
赤い髪でたれ目な色男ってやつだ。こいつは覚えてるぞ。攻略キャラの一人でねーちゃんのお気に入りだ。
ねーちゃんオラオラ系に弱いから。自分が最強のオラオラ系のくせに。
リーランロッテと知り合いなのかわからないけど、一応ぺこりと挨拶だけした。
そうしたら赤い髪のにーちゃんは俺に手招きした。
「なんでしょう?」
近付いたら手を取られた。そんでその手にチュってキスをした。え、何こいつ。さりげなく手にキスとか、すっごいチャラい!
その自然な行為のスキル、俺にも下さい!今とってもぼっちなんです!
「表情一つ変えないな。反応するのは王子だけ、か?」
「え、王子?何で王子?」
つい素で返しちゃったよ。
赤髪のにーちゃんは驚いた顔して、俺の顔を覗き込んだ。
「だって、お前はサリス王子にあんなに入れ込んでたじゃないか」
「サリス、って王子の名前ですか?ほー、そんな名前だったんですねえ」
「……いや、サリーストクフ殿下だけど」
「サ……ちょっとわかりません。王子でいいですよね」
「本当に何があったんだ?あんなに王子の事、好きだったんだろう?」
赤髪のにーちゃんは握る俺の手に力を入れた。そんな事言われてもさ、俺リーランロッテじゃないし。
いや今はリーランロッテだけどね?でもさ、気持ちは受け継いでいないわけよ。俺は俺なのよ。
なんて言っても、伝わるわけ無いよなあ。
「きっとあの恋は、えーと、盲目じゃなくて、つり橋?……石橋は叩いて渡れ」
「は?」
「いや違った!えーと、つり橋?効果的ななんとかで、きっと一時的なものだったんじゃないかなーって」
「つり橋なんていつ渡ったんだ?」
「渡ってませんよねえ……」
赤髪のにーちゃんは、わけわからんといった顔をした。わかるよ、俺だって何が言いたいかわかんないもん。
ただもう今は好きじゃないよ!って言いたかっただけ!
赤髪のにーちゃんはいつも俺がここ歩いてるのかと聞いてきたので、そうですと答えた。
ここは俺の日課の散歩ルートだからね。このルートはわかりやすいし、後あまり人がいないんだよね。
みんな集まって楽しくお喋りしてる間を、一人で散歩とかだって寂しすぎるでしょ。
指くわえて歩く羽目になっちゃうよ。うう……。
赤い髪のにーちゃんと話してから、あの庭外れのテーブルでよく王子達を見かけるようになった。
あの赤い髪のチャラ男も一緒だ。ついでもう一人増えてた。その一人の顔も、覚えてた。
ねーちゃんの苦手なキャラだったからだ。優しい顔立ちで、栗色の柔らかそうな髪を揺らし、にこにこといつも笑顔の美少年。
人当たりも良くて、俺はめっちゃいい奴じゃん!って言ったら、年下風キャラはむかつく弟がいるから好きになれないんだって。
俺めっちゃかわいい弟じゃん!ふざけんな!
だから俺は勝手にその美少年を、心の同士として位置づけた。
散歩してると、赤い髪のにーちゃんが俺をまた手招きした。
「何ですか?チャラ男さん」
名前は聞いた覚えが無いので、勝手に名付けた。
チャラ男さんはえって顔して、自分を指差した。
「チャラ男さんって、俺か?どういう意味だ?」
「私なんて眼鏡くんですよ」
黒髪の眼鏡のにーちゃんが口を挟んだ。眼鏡くんってわかりやすくていいじゃない。
王子は不機嫌そうに俺を横目でみている。むかつくなら見なきゃいいのになー。
チャラ男さんはまた俺の手を取り、キスを落とした。こいつこれが挨拶なのかな。
それとも俺の手から、何か匂いでもするのかなあ。クラスの女子の匂いも、めっちゃ良かったからなあ。
チャラ男の行動に、眼鏡くんが呆れた顔をして、美少年が驚いた顔をした。
「ところで何で手に口付けをするんです?もしかして、食堂の匂いがうつってたりします?」
俺は自分の手をくんくんと匂った。あの食堂の料理の匂いがこびりついてたのなら、毎回吸い付くのもわからないでもない。
ぶ、とチャラ男さんが横を向いて吹き出した。眼鏡くんはちょっと身じろぎしたけど、黙ってる。
美少年は目を丸くした。王子は、薄く空の様な青い目をちょっと見開いてた。
「違うよリラ嬢。お前がかわいいからさ」
「こういうのって、女の子にするんじゃ、ないんですか?」
「お前も女の子だろ?」
流し目からのウィンク。
うーんと俺は悩む。そうだけど、そうじゃないんだなあ。
ってリラ嬢って俺か。リーランロッテだからリラか。ゲーム画面で、そんな親しい呼び名で呼んでた奴いたかな。
あ、俺が目覚めた時エリ婆ちゃんが呼んでたか。
「でも、そういう事が自然に出来るのは憧れます」
「お前が望むなら、いつだってしてやるよ」
「いえ、そうじゃなくて、私がしたいんです」
「情熱的だな。お前にされたら、どんな男もとろけちまうだろうよ」
「え、何で男にしないといけないんですか?」
「は?」
この「は?」は王子だった。
さっきから不機嫌そうではあったけれど、ここに来ていよいよ俺の言ってる意味がわからないと顔をした。
「いやですから、自然に女性の手を取って流れるような口付けをするって言うタラシ技があれば、その、お喋りする人できるかなって……」
最後が尻すぼみになっちゃう。だって、友達いませんぼっちですって言ってるようなものだし。言ってるようというかそうなんだけど。
「それ褒めてるのか……?」
チャラ男さんが肩を竦めた。勿論褒めてるよ!俺もいつか参考にさせてもらうからね!
ただしイケメンに限るって、ねーちゃんの幻聴が聞こえた気がしたけど。
「そういえばお前がいつも連れてる取り巻きがいないな、彼女達はどうした」
王子に聞かれるが、俺にはそんな記憶全くない。
「私にそんな人いたんですか?どこですか?」
「私に聞くな。こちらが聞いているんだ」
クラスの子達のことかなあ。確かに最初はわって集まってくれた。でも、いつの間にかどっか行っちゃった。
「最初は女の子達が来てくれたんですけど、私が喋ると妙な顔して離れてっちゃうんですよねえ。頑張って、会話についてこうとしたんですけど」
「は、お前が高慢な態度でもとったのではないか?」
「やー、そんな事ないと思うんですけど。やっぱ野球帽の自慢が鼻にかかったのかなあ、でもあれはすべからく野球少年たちの夢なんだし寧ろ微笑ましいエピソードとして話したんだけどなあ。それともアイドルに興味なかったのかなあ」
ぶつぶつ言う俺を、テーブルにいる連中は変な顔をして見ていた。あ、つい独り言モードに入っちゃった。
「お前の言っている事は何一つわからん」
王子が呆れた声を出した。王子たちにもわからないって事は、やっぱ話題としては駄目だったんだなあ。
でも流行なんてわかんないし、しかも女の子の間ででしょ?何?スムージー?タピオカ?もう古い?
「私だって女の子が何の話が好きかって、わからないです」
「どこから突っ込んでいいのかわかりませんが、少なくとも男女共通して貴女の言ってる事はわからないと思いますよ」
眼鏡くんが冷静に突っ込んでくれた。そうかー、やっぱ駄目かー。そうだよな、興味ない人はないよな。
俺のねーちゃんも、テレビで野球見てるとおもいっきりチャンネル変えていつも見てるじゃんって言ってくるし。
いつも同じ試合流してるわけじゃないよ!
「なら、髪型の話とかいいんじゃないか?女は好きだろう、そういう話」
「男は黙って丸坊主」
チャラ男さんがせっかくアドバイスくれたのに、つい髪型に反応して即答してしまった。
いや俺は丸坊主じゃないからね。ただ野球少年時代を思い出しただけだからね。
だけど他の面々は、クラスの女子みたいな顔して俺を見ていた。
「あ、あの、立ちっぱなしもお疲れでしょうから、どうぞ」
初めて美少年が俺に話しかけてきた。優しさが嬉しい。
俺は美少年の頭をいいこいいこと撫でた。美少年がそれに慌てていた。
「ありがとう美少年、でも私はそろそろ行きますから」
「美少年って……」
「良かったな、いい名前貰えて」
チャラ男さんが意地悪そうな顔をしていた。
「さ、さすがにその名前は勘弁してください」
美少年が泣きついてくる。
「じゃあ少年」
「貴女と同い年ですけど……」
あだ名なんだから細かいことはいいんだよ!
椅子をひいてくれた美少年の好意を断り、俺はそこを後にした。
しかし髪型か。今度もしお喋りできる機会があったらのっかってみよう。
勿論坊主以外だ。よーし、頑張るぞー。




