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崩壊世界 クリムゾン  作者: OOSAWA
結成編
9/15

8話 旅支度(1)

激しい決闘が終わり、タケミカヅチが仲間になることを承諾すると、彼は初めて会った時とは打って変わり年相応の少しあどけない表情になった。

肉食獣を思わせたあの鋭い目つきは鳴りを潜め、どこか楽しそうな、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。


「えーと、アンタ…クロス、だっけ?俺の名前は知ってるっぽいけど、一応名乗っとくぜ。俺の名前はタケミカヅチ。アンタ…クロスの好きなように呼んでくれて構わねえ」


背丈はクロスの方が明らかに高かったので、必然とタケミカヅチはクロスを見上げる形になる。

ニカッと笑ったその顔は、先ほどまで敵対していたとは思えないほどの清々しさを持っていた。

クロスは、良き心を持った者を仲間にできてよかったと内心で胸を撫で下ろす。


「うむ、そうか。では…そうだな、タケ、と呼ばせてもらおう。どうだろうか…?」

「好きに呼べと言ったのは俺だ。んー、そうだな、じゃあ俺もクロって呼ぶことにするよ」

「クロ…」

「なんだ、不満か?」


ふとライラが頭を過ぎり、弟もたまに私をそう呼んでいたな、と懐かしさを覚えて少し呆けてしまったらしい。

慌てて首を振り、嬉しそうに微笑んだ。


「まさか、そんなことはない。嬉しいと思っている。では、これからよろしく頼むぞ、タケ」

「へへっ。おう、任せとけって、クロ」


崩壊後初めての友人だ、クロス―クロはその溢れ出る感情が制御できないのか、絶えず微笑みながらタケミカヅチ―タケを見つめていた。

流石のタケも、その視線を気まずく思ったのか少し顔を背けて歩き出そうとする。


「あー、なんだ。とりあえず立ち話もアレだ。俺ン家くるか?」

「おお、良いのか?それでは道案内を頼む」


そうして踏み出した一歩に、タケは思い出したかのように痛みで眉を潜めた。

先ほどのクロの蹴りで、肋骨が何本か折れたらしい。

思わずその痛みを庇う様に手をやると、気づいたクロは心配そうにタケの視界に顔を覗かせた。


「そういえば、まだ手当をしていなかったな…すまない、手加減はしたつもりなのだが」


手加減って…まさか蹴りだけで俺を殺せる威力があるのかよ?と思わずにはいられなかったが、今はそんな場合ではない。

歩みが止まり、体が少し蹲る。


「うぅ…なかなか、効くな、この痛み…どうやら、アバラが何本か折れてるっぽいな。まあ、そのうち治る。クロは気にすんな」

「そっ、そ…そうはいってもだな」

「ははっ、天下の魔神もこんなことで狼狽えるんだな」

「むっ。仲間を自分で傷つけた挙句、こんな姿を見せられ、狼狽えないほうがおかしいぞ」

「…ふっ、難儀なやつ」


一度痛みを認めると、息をするだけでも身体が軋んでしまう。

じんわりと嫌な汗が背中を伝い、外傷が少なくても結構中身は危ないらしい、とタケはぼんやりと思考する。

さて、どうしたものかと唸っているとクロが手を打つ。


「私がタケの家まで運ぼう。動かすぞ、少しだけ痛むだろうがここは我慢してくれ」

「は?え、おいっ」


そう言うとクロは、タケの身体を軽々と持ち上げてお姫様抱っこをする。

産まれてこの方、抱きかかえられたのは赤ん坊の時だけだ。

羞恥で顔を真っ赤にすると痛みも忘れて叫び抗議する。


「ちょ、俺は大丈夫だっ!離せ、恥ずかしい!」

「誰も見ておらぬだろう。いいから早く案内してくれ。タケの手当がしたいのだ、早めにしないと手遅れになるかもしれんだろう?」

「ぐ、ぐぅ…ッ」


顔が近い、おい俺を見つめて笑うな、そして何よりなんでこんな安心感があるんだよお前の腕の中は!と心の中で八つ当たりに近い悪態をつきつつも、手当を早めにした方が良いというのは正論なので結局抱えられたまま、大人しくなるしかなかった。


「な…内臓がやられてなきゃこんなのほっとけば治る」

「タケ、良くないぞ。いくら身体が頑丈で強いといっても、まともな手当てをせずに毎日過ごしていたら…」


くどくどと子供に言い聞かせるように説教されたタケは、溜まったフラストレーションの行く末は今日の晩飯に充てることにしよう、そして今後クロには傷ついたところを見られないようにしようと誓ったのだった。



◇ ◇ ◇



他愛のない話をしながら―といっても一方的にタケが話しかけてただけではあったが、その甲斐もあって退屈せずに家路につくことが出来た。


「ここだ」


そういってタケが指さした先は、洞穴。

クロは思わず、「おぉ…」と声を漏らす。

こんなところまで、師匠(スサノオ)に似なくてもいいだろうに…。


「失礼する」

「家の境界なんて、あってもないようなもんだ…よし、早く降ろせ」

「うむ、では脱がすぞ」

「…………ハァ…。頼んだぜ」


やっぱり許されはしないか。

岩の上にゆっくりと横たわられ、タケは諦めたように深緑の着物を左右に肌蹴る。

傷だらけの身体は無駄なく鍛え上げられているが、それらの傷を丁寧に手当された面影はない。

今まで一人、適当に傷薬を塗り、包帯を巻き、傷が癒えるまで寝て食べてと暮らしていたのだろう。


「全く、君は無茶をするんだな」

「いーから早く終わらせろって」


クロは「うむぅ…」とどこか納得していない声を出していたが、手際よく処置を行っている。

いざ患部を見てみれば、痛々しく赤く腫れており、きちんと折れていると主張している。

少し触れると、痛みでタケが唸る。

熱を持ってはいるが、内側での出血は避けられたようだ。

胸板に耳を当て、息を吸う様に指示をする。


「…うむ、正常な呼吸音だ。内臓は問題ないようだな」

「だからほっときゃ治るって言ったんだ。骨は折った方が逆にいい」


より硬くなるからな、と何か誇らしげに笑っているタケと対照的にクロは悲しそうに彼を見つめる。


「私は私を許せん。未熟ゆえ、君を傷つけてまで仲間にするしかなかった…」

「お前はいちいち大げさだな。俺は手加減されたほうが嫌だって分かってるだろ?」

「そうだな、そうなのだが…」


手当している最中もずっとこの調子。

タケはどうしたものかとため息をつく。


俺が弱いせいで、余計な心配はかけたくない。

こいつは俺を心強い仲間だと言ってくれたが、この先一緒に行動するとなると絶対に俺を守ろうとするだろうな。


それはタケ自身すらも許せないことだった。

弱いからお守りされる仲間なんてのは御免だからだ。


「あのな、クロ。折角俺らは仲間になったんだし、俺はお前の背を守ると決めた。だからこの痛みはきっと正しいんだ。俺が弱いとはっきり示したからこそ、俺はお前についていくんだ。だから、なんだ…その。あんまり落ち込むな、俺も落ち込んじまうぜ」


お前が安心するくらい強くなるからよ、と眉を下げて笑いかけられるとクロもそれ以上何も言えなくなってしまった。

胸の(つか)えが取れたようにいつものように微笑み返す。


「ああ…そうだな。共に、強くなろう」

「おう…って、お前まだ強くなるつもりかよ」


嫌になるぜ、と笑いながらつぶやくタケを見て気持ちが落ち着いたのか、二人の纏っていた雰囲気が幾分か緩くなる。

その後、クロはタケの患部を氷魔術である程度冷やすとポーチの中から古びた缶を取り出した。

それは?とタケが問うと、過去に私を育てた者が与えてくれたものだと言った。


「これは言うなれば万能薬だ。飲んでよし、塗ってよしの薬だ。昔は我が故郷で栽培していた薬草を擦って、特別な泉の水を一緒に混ぜ…まあそんなことはいいか。とにかく、良く効くのは確かだ」

「いいのか?そんなモン使わせちまって。もうそれしかないんだろ?」


確かに、蓋をあけるともうあと半分といったところだ。

色は薄緑の粉末で、仄かに甘い香りがした。


「よい。出し惜しみするものでもない」

「いやするもんだろ。感覚可笑しいぞ、お前」

「…今回は飲み薬として服用するのが良いだろうな、どこかに水はあるか?なければ創り出すが、あまりお勧めはしない」

「おい、無視かてめぇ…まあ、奥に湧水があるけどよ、創り出せるならそれでいいんじゃねえのか?」

「駄目なのだ。本来水魔術というのは空気中から少量の魔力と水分を混合して取り出すものであり、厳密には水ではない…が、昔はそれを服用しても問題はなかった。しかし今は…あまり気分のいい水は作れないだろうな」


珍しく、ふて腐れたような表情をしたクロ。

詳しいことは触れない方がいいだろう、と判断したタケは「ふーん」とだけ言っておくことにした。


「んじゃ、これにでも入れてくれよ」


そういって渡されたのは木で出来た不格好なコップだった。

恐らくタケが自分で削り作ったものだろう。

クロは一つ頷くと、奥にあるという湧水を汲んでそこに薄緑の粉末を入れ溶かす。


「飲むといい、少しは楽になるだろう」


タケが恐る恐るコップの淵に唇を掛けると、先ほど香った仄かな甘い香りが鼻腔を通る。

啜り飲んでみても、見た目の色に反した味で随分とすんなり喉を通る。


「飲みやすいな」

「良薬口に甘し…か?」


くすくすとクロが笑うと、タケの羞恥心に触れたのか彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

そして仕返しだとでもいう様に、軽くクロを小突いてニヤリと笑った。


「一晩寝ればきっと治るさ。ありがとな、クロ」

「すまないが、一晩では治るまい。だから大人しくしていてくれ。食事は私が捕ってこよう」

「冗談だよ…、ありがたく二日くらいは養生するさ。口うるさい奴もいることだしな」


ニッシッシ、という効果音が似合う笑みを浮かべると、タケは手を頭の後ろに回し岩だらけの天井を少しの間見上げて目を瞑った。


クロはその様子を数秒見つめて眠ったことを確認すると、羽織っていた自身のローブを毛布代わりにタケにかけてやる。


「腹も減ったことだ、さっさと獲物を見つけてタケに食わせなければな」


立ち上がり、洞穴の外を見るとどうやら夕刻のようで、先ほど闘っていた時よりもどんよりと暗くなっていた。

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