6話 決闘宣言
岩と砂ばかりの道を進んでいく。
スサノオと別れ、クロスはまた独り旅路を行くこととなった。
だがクロスの顔に憂いはない。
この先に、彼の愛弟子がいると思うと胸が高鳴るからだ。
初めての仲間となるであろう者。
果たして説得はうまく行くといいが…。
スサノオ曰く、タケミカヅチとは過激な別れ方をしたらしいが生きていたら必ずある場所にいるだろうと言っていた。
というよりも「あの馬鹿弟子は儂が鍛えたんだ。しぶとく生き延びているだろうから絶対にいるね」、と豪語していた。
そんな彼はオオミタマ大陸西部の一番高い丘によく空を見に来るらしい。
「なぜ空を?」と聞いたら、スサノオは懐かしそうに目を細めて
「儂の昔話が大好きなのさ」
とそれだけ言った。
一番高いといっても見分けるのは難しいのではないか?と問うと、そこには巨大な樹があるから良い目印になるだろうと言った。
今もあると良いのだが、と独りつぶやく。
時折ポーチからコンパスのようなものを取り出して位置を確認しながら、黙々と教えられた方角に向かって歩く。
クロスが手にしているのは彼の時代にあったもの、つまり旧時代の文明道具。
道具の名前は方位術具と言い、魔力を稼働エネルギーにしている。
これは一部の研究者気質な魔神がお遊びで創り出したものだが、当時は「神の道具」とも呼ばれゴアレド大陸以外では高値で取引されていたらしい。
方位術具には魔力を貯めておける“魔力源”なるものが備わっており、ここに微量ずつでも魔力を流しておけば魔力が切れたときにも使用できるというもの。
ほぼ魔力切れを起こさない魔神には不必要なものではあるがその技術はとても貴重であり、クロスも仲間の形見と思って所持しているのだった。
実際便利な道具には違いない。
「もうそろそろか?方角は合っているようだが…、む?」
眼前の風景をよく見ようと、クロスは目を細めた。
それは丘と言うには少々高さがあり、どちらかというと背の低い山と言ったほうが納得できるものだった。
しかし山と呼べるほど樹が生えておらず、代わりに広がっているのは草原だった。
なるほどこれなら丘と言うほうが腑に落ちるか、とどうでもいい事を考えては小さく笑った。
丘のてっぺんにはスサノオから聞いていた大樹がどっしりと生えている。
「あれに間違いあるまい。ふむ、運動がてら風景を楽しみながら登るとするか」
クロスには強靭な竜の翼があるので、この程度の高度ならば脚を使って登るよりも飛んでいく方が遥かに速い。
それをしないのは、文字通り風景を楽しみたいというのもある。
だがこれから会う者がスサノオが言うとおりの人物だとしたら、仲間に引き入れる前に戦うかもしれないのだ。
ならばどこからでも見える空をこれ見よがしに飛ぶより、ゆっくり気配を辿りながら歩いたほうがいいと判断した。
「スサノオ殿のお弟子だ、…人喰はしていないと思いたいが」
最悪の場合を想定する。
もし彼の弟子が人喰者である場合、クロスは迷わず殺すだろう。
それほどクロスは人喰者が憎いのだ。
【人喰者】。
それは文字通り“人を喰らう者”。
禁忌とされている行為を平然と行う者たちのことだ。
彼らの起源は第一次世界崩壊まで遡る。
魔神の強大な力に憧れた者たちが、【神の血】を創り出して禁忌を犯した。
【神の血】を得た者は確かに強大な力を得たがそれは身に余るものだった。
だが、崩壊していく身体と自我の中、もっと力が欲しいと叫び魔神を喰らったのだ。
以降その行為が崩壊後に伝承として一部で伝わり、強大な力を得られると欲に溺れた者たちが隣人を襲い始める。
ただでさえ荒廃し、その日を生きるのも精一杯な世界だ。
弱者は文字通り、“喰い物”にされた。
人喰を行うと、その者自身の潜在能力を強制的に目覚めさせる。
他者の魂と魔力が喰らった者の魂の器を限界突破させるのだ。
鍛錬して高みを目指すようなゆっくりとした道のりでなく、一瞬で莫大な力が喰らった者の魂に流れ込む。
無論、その力に耐えきれず死ぬ者や、廃人になり魔力を持つだけの存在になる者もいる。
だがその力に耐えて他では持たない能力を得た者たちも確かにいるのだ。どうやら中には人喰者同士で手を組み、その後も人喰活動を続けている者たちもいるようだ。
一度人喰を行うとその味を忘れられず、さらに人喰を重ねると言う。
人喰して限界突破した魂の器は容易に力を受け入れることができ、人喰を重ねれば重ねるほど一度得た能力が強化されていく。
飢えも凌げて力も手に入る魅惑の禁忌を犯した人喰者たちは、どんどんとその数を増やしていった。
まあ、人喰者同士も喰いあうのだから一方的に増えているということはないのだが…。
「それでも、数は多い。この連鎖を止めなければ」
ちょうどそう呟いた頃、クロスは丘のてっぺんまでたどり着く。
改めて近くで見ると、とても立派だ。
枯れた様子はなく生き生きとしていて青く茂っている。
大きな樹に目を奪われ見上げていると、少し下…樹の幹付近でから声がした。
「あんた、誰だ」
クロスは唸るような声がするほうに目を向ける。
鹿のような角を額に生やし、和風な服装をした青年だった。
だが、眉をひそめ睨む鋭い眼光が肉食獣を思わせる。
まるで矛盾しているような青年にクロスは驚くことなく微笑みかけた。
「君がタケミカヅチかい?」
「…なんで俺の名前を知っている?俺はアンタを知らねえのに」
「はは、いやいや。君が恐ろしく強いとずいぶん噂でね、聞き訪ねてきたというわけだ」
タケミカヅチはより一層眉をひそめてクロスを睨みつける。
タケミカヅチに突っかかる輩は確かに多い。
そのたび彼は力任せに解決してきた。
腕っぷしだけは一流、ただ彼の性格はスサノオと生き別れた後に恐ろしくひん曲がってしまった。
大切な人との別れを経験したが故に孤独を好み、その荒んだ心を身体にも表して誰も寄せ付けない。
強くなりたいがために強者を望み、暴れたいだけ暴れ、独りで傷を癒す日々。
来る者を拒み続けた結果、誰も彼に歩み寄ろうとはしなくなった。
タケミカヅチもそれは気が楽であるし良しとしていた。
そこに突如現れた貴族のような服装の男。
立派な角までこさえて、張り付けたような笑みにタケミカヅチは苛立ちを隠せない様子。
一つ舌打ちをすると、ゆっくりと立ち上がる。
「で?その噂を聞きに来て、俺に何の用だ?」
「うむ、その前に問いたいのだが。君は人喰行為を行ったことがあるか?」
言い終えた瞬間、打って変わったクロスの様子にタケミカヅチは背筋が凍った気がした。
微笑みを浮かべた顔は氷のように冷め切って軽蔑するようにタケミカヅチを見下ろす。
その瞳孔が徐々に縦に長細くなり、タケミカヅチをまるで恨んでいるかのように思わせた。
圧倒的な憎悪と殺意。
タケミカヅチはそれを確かに感じ取った。
絞り出すように声を発する。
まるで弁明するように。
本能が言っている…殺されないようにと。
「あるわけねえだろ」
悪寒は感じたがそれに屈するのはタケミカヅチのプライドが許さなかった。
なんとかナメられないように出た言葉だったが、そこに覇気はない。
クロスはその返答を聞くと、先ほどの表情が嘘のように笑顔になった。
「それは結構!では改めて要件を言おう。タケミカヅチ、私の仲間にならないか?」
一瞬、タケミカヅチは何を言われているのか分からなかった。
クロスは未だにこやかにタケミカヅチを見つめている。
「私の名前はクロス・アーチド。訳があり人喰を行わない仲間を探しているのだ」
きょとんとしているタケミカヅチそっちのけで話を進めるクロス。
どうやら本気で自分を仲間にしたいつもりらしい、となんとなく察する。
「は、…はあ?」
「君は人喰せずにその強さを持っている、素晴らしい事だ。さぞ鍛錬したのだろう?」
嬉々として投げかける質問にタケミカヅチは狼狽えた。
待て待て、何を言っているかわからない、と言うとクロスを精一杯睨みつける。
「あんたが誰かも知らねえし、そもそも俺は独りで十分。仲間になるつもりはねえよ!」
声を荒げ威嚇するように立ち上がる。
それをクロスは楽しそうに見つめて笑った。
気に食わねえ。
タケミカヅチは悪寒のことなど忘れ臨戦態勢を取り始めた。
次第に身体の周りに電気が帯びていく。
クロスはその様子を見つめると、ああ!と手を打つ。
「そういえば君は喧嘩が好きだったな。ではこうしよう。私が君に決闘を申し込む、君が私に勝てたならば私は潔く身を引こう」
クロスの、勝利を確信しているような口ぶりにタケミカヅチの苛立ちは限界を迎えた。
「てんめェ…あんま調子に乗ってっと…」
「人の話は最後まで聞きたまえ」
クロスが手をタケミカヅチに向けたその瞬間、タケミカヅチは凄まじい重力を感じた。
膝が折れそうになる。
何かが、何か大きな岩…いや、それよりも重量のある“何か”が背中に乗っているように重い。
「ぐっ…!?」
一体何の魔術だ?
タケミカヅチはそう思うが、前も向けずただ耐えるのみ。
冷や汗が頬を伝い、ぽたりと汗が地面に落ちた。
それと同時にクロスから感嘆の声が漏れる。
「おお、耐えるのか…流石だな。では話の続きだが」
クロスはタケミカヅチの前まで歩いて近づくと、膝を折ってしゃがみこんだ。
そしてタケミカヅチの顔を覗き込み、にこりと純真な笑顔を向ける。
「私が勝ったら、君は私を支え共に人喰者と戦って欲しい。それが私が君へ望むものだ」
タケミカヅチは悟ってしまった。
コイツには勝てない。
今まで闘ってきたヤツらとはワケが違う、格が違う。
しかし、タケミカヅチは勝てないと分かっていても不戦勝を簡単に渡すつもりはなかった。
彼のプライドがそうさせなかったし、なにより強者と闘うことが出来る。
それが大きな理由だった。
「あぁ、いいぜ…受けて立ってやる」
「その意気だ。まさに想像通りの人物だな…」
クロスが少し離れた位置に戻ると、タケミカヅチにかかっていた重力がフッと無くなった。
ゆっくり立ち上がって身体を動かし、他に異常がないかを確認する。
「一つ聞きたい。…アンタ何者だ?」
「この勝負が終わったら教えよう。いつでもかかってきたまえ」
そう言い終わるとクロスは軽く両手を広げ手のひらを見せる。
腰にぶら下げた得物すら持とうとしない。
いくら強ェか知らねえが、本当にコイツは俺をナメてくれる。
タケミカヅチの額に青筋が浮かんだ。
いよいよ堪忍袋が切れたのだった。
キリが良いのでいったん切ります。
かっこよく戦闘シーン書いてあげたいです。
評価してくださった方ありがとうございます!
見てくださっているということが目で見てわかるのでうれしいです!