13話 暴走
「タケ!しっかりしてくれ!」
「ぐあ、あぁあっ…!」
地面や服に肌が擦れるたび、黄金にのたうつ電流がタケの体中を焼きつくす勢いで駆け巡っている。
その証拠に服の端々は徐々に焦げ始めていた。
助けるために触れようとすると、クロの皮膚が音を立てて焼けた。
「うっ…!」
「駄目だ、クロ…!触る…な…ッ!いくらお前、でも…燃え尽き…、る、ぞ…ッ!」
絞り出したタケの言葉に、クロは思わず後ずさった。
(なんだこれ…なんなんだよ!俺の中の、魔力が…抑えきれねえ…!)
耐えきれず砂を掴むとそれは跡形もなく溶けて消えた。
今まで、こんな火力の電流を出したことはない。
苦しい。
力があふれてくる感覚がするのと同時に、体の中が爆発しそうにも感じる。
制御できない電流があちこちに火花を散らせ、地を這って雷となって周りの物体を焦がし燃やしている。
なぜ、急に、どうして…。
そんなことばかりが頭の中を駆け巡っている。
それはクロも同じだった。
早くしないとタケがタケ自身を殺してしまう。
魔力の流れを感じとると、どうやら空気中の汚染された魔力がタケの体に流れ込んでいるらしい。
だが自分には影響がない。
何故だ?
(早く考えろ、早く…タケが死んでしまう!)
汚染区域は神の血の劇薬と、魔神たちの竜脈—魔神だけが持つ特殊な血脈―から放たれる特殊な魔力が浄化されず、残留魔力が放置された結果によって出来た産物だ。
(そもそも何故、浄化しなければならないのか…)
残留魔力はそれ自体が強い魔力の流れであり、塊だ。
強すぎる魔力の吸収は、神の血と同様にそのものを破滅に導く。
だから過剰に魔力を吸収した草木は枯れ—。
(まさか過剰魔力症状か?!)
あり得なくない話だった。
クロに症状が出ず、タケに出る理由。
それは肉体の魔力許容量の差だった。
(くっ…、何故ここまで気が回らなかったのだ!少し考えればわかる事だったのに…!)
無理もない。
クロは一人でずっと旅をしてきた。
魔神であるが故に汚染区域に反応することがなかった。
汚染区域に人が住んでいない理由は、草木が生えない場所だからだろうとしか考えていなかった。
その為、まさか人体に影響があるとは思っていなかったのだ。
神の血は直接人体に注入していたし、竜脈の残留魔力の浄化は草木を枯らさない為としか教えられていなかった。
なにより自分に影響がなかったから—。
「すまないタケ!今、助ける!」
理由は分かった。
要は過剰分の魔力を取り去ればいいという話だ。
(私の仮説が正しければ…)
クロはポーチから手のひらサイズの丸い筒型の道具を取り出した。
それをタケの近くにかざしてボタンを押すと、その道具の色が段々黒から緑に変化していく。
同時に、タケの顔色が徐々に、少しずつだが安定していくのが見えた。
(これでは足りん、すぐに満杯になるだろう。だが、検証には十分だ)
「タケ!周りのことは気にするな、合図をしたら我慢せずに放電しろ!」
「は、…出来るかよ、んなこと…ッ…。お前まで…」
「良いからやれ!私を信じろ!」
「…っ」
何か諦めたのか、はたまた覚悟したのか、タケは地面に両掌をつけて全身に力を込めた。
「頼むぞ、クロ…!」
「タケ、おまえを死なせは…しないッ!」
そう言いながらクロは翼と尻尾を生やす。
膝をつき、自身の体を守るように尻尾と翼で覆って耐える姿勢をとった。
(これは本当の禁術だ…。少しの失敗も許されん)
タケに手をかざし、唇を噛み締める。
目を瞑り、神経を集中させる。
(完璧に構築しろ、彼の過剰な魔力だけを…)
クロの手のひらの周りの空間に、薄ピンク色をした不可思議な模様がじりじりと広がり始めた。
それらが描かれ終わると、今度は眩く光り始める。
そしてクロは覚悟を決め、息を大きく吸ってから叫んだ。
「やれ!」
「ッ……あ、あぁぁぁ——!!」
バリバリと音を立てて一層強くなるタケの電流の光を翼で遮りながら、クロは続けて叫んだ。
「”破滅”!!」
瞬間、クロの手のひらが真っ赤に染まった。
と、同時にタケの体から目に見えるほどの魔力が飛び出していく。
クロは圧されるほどの魔力量に呻きながらもその手をもう一方の手で支えて耐える。
そして次の瞬間、周りが暗くなったと誤認するほどの光と、雷鳴にも似た轟音が響いた。
あたりがシン…と静まり返る。
聞こえるのはクロの激しい呼吸音と、タケの穏やかな寝息。
「は、はは…これは、少し…堪えた、な…」
タケの顔を見ると所々が軽く爛れており、体の状態も想像に難くない。
着てる服にも小さい焦げ穴がいくつか開いている。
それでも命に別状がなく、全てが焼けずに済んだのは幸いだった。
(だが、このまま倒れるわけにはいかない…早く安全区域に行かなければまた同じことになる)
苦しそうに呻きながらも、己を叱咤して脚に力を入れる。
こうしている間にも、タケの周りにはまた汚染魔力が纏わりつこうとしていた。
タケを背負い、よろめきながらも前に進む。
相変わらずクロの息は荒く、足取りも重い。
周りを見渡しても、木々の一つも見えない。
今にも倒れそうなクロの体は、歩くたびに悲鳴を上げる。
それでも倒れることなく、そのまま数時間も朦朧としながらも歩き続けた。
「は…はぁっ…ぐ、う…」
体中が警鐘を鳴らしている。
体力も魔力も切れ、既に気力も限界に達しているが、タケを横目で見てはまた歩き出す。
彼のおかげで耐えれているのだ。
だが、仲間を失うことだけはもう耐えられない。
クロはその意思と恐怖だけでわずかな気力を保ち、休むことなく汗水を流しながらタケを背負ってひたすらに歩き続けていた。
もはや前を向く事すら出来ず、虚ろに足元を見ながら一歩、また一歩と砂地を踏みしめる。
そしてその気力さえも消え去りかけたその時、ようやく砂地と緑の境界線が視界に入った。
眼を見開き、これまでの疲れも忘れて思わず笑みがこぼれる。
「あ…、あぁ…これで…」
タケは無事だ。
そう言い切る前に前のめりに倒れ込み、そのまま眠るようにクロは気絶したのだった。
◇ ◇ ◇
それから少しの差でタケが頭を抱えながら目を覚ました。
頭痛が少し残っているが、体のどこかが欠けたりはしていないことを確認する。
「ここは…」
あたりを見回すと、先ほど己が倒れた場所とはほど遠い景色だと気づく。
立ち上がってよく調べようとして地面に手をつき、違和感に目線を下げた。
目線の先には、タケの下敷きになっているクロが苦しそうに呻いていた。
「あ?!お、おい…大丈夫かよ」
慌ててクロの背中から降りて声を掛けるが反応がない。
頬を軽く叩くが、クロが起きる気配もない。
顔が真っ青になってはいるものの、息をしているところを見る限りどうやら魔力切れらしいことに気が付いた。
(そういや、喧嘩相手が急にぶっ倒れたことがあったが…まさかあの魔神が魔力切れ起こしたのか?)
立ち上がって訝しげに周りを観察するが、特に異常はなさそうだ。
改めて体の周りを見ても目新しい傷がないことから、敵襲ではなさそうだがタケには何が起きたかさっぱりだった。
目線を砂地に移すと、そこはいつもよりどんよりとした暗い朱色に染まっていた。
タケの記憶があるのはこれよりも幾分か明るい朱色、つまり昼頃だ。
(でも今は夕方だ。あれからどれだけの時間、俺を背負ってここまで…)
しかも魔力切れまで起こしている。
並大抵の者では耐えきれないほどの苦痛と疲労なはず。
「…ったく…俺なんか見捨てていけばよかったんだよ、バカ野郎…」
拗ねたようにぼやくと、今度はタケがクロの腕を持って背負った。
背負いきれない足先がずるずると引きずられて地面に線を描いているが、気にしないことにする。
重てェ、と呟きながら林の中に歩みを進め始めた。
「腹減った…」
自分たちの状況と比べて呑気になる腹の音に諦めを覚えつつ、どこか休める場所を探す。
段々傾斜になり、気づいたころには林は森に変わっていた。
(山肌が見えてきたな…。ここら辺は探せば横穴なんかがありそうなもんだが…っと)
きょろきょろとあたりを見回すと、タケの予想通り少し背の高い草むらに隠れている洞穴を見つけた。
思ったより奥行きがあり、雨風もしのげそうだ。
「よっ…と」
クロの体をゆっくり地面に横たわらせる。
先ほどから変わらず、眉を顰めて苦し気に浅く呼吸を繰り返している。
その額に優しく手を当て、ゆっくりと撫でた。
「…お前には、世話ンなってばっかだな…」
タケは目を伏せ、手をどけて立ち上がる。
クロが目を覚ますまでは、ひとまずここを野営地として利用することになりそうだ。
その為には、夜を迎える前に薪や寝床に必要な資材を集めにいかなければならない。
(気配も特にないし、大丈夫だろ…それよりも急がねーと。俺は夜目が効かねえからな)
タケは自身の羽織をクロの体に掛けると、急ぎ足で洞穴をあとにした。




