10話 旅支度(3)
次の日の朝、タケは目を覚ますと大きく体を伸ばしてから豪快に欠伸をした。
昨日と同じように目をぐりぐりと擦って周りを見渡すと、クロはタケより一足早く起きてなにやら作業をしていたようだったが、タケが起きたことに気付くとすぐに中断して向き直る。
「よお。おはよう、早いな」
「ああ、タケ、おはよう。すまない、私も先ほど起きたばかりで、食事はまだ作っていないのだ。すぐ作るから待っていてくれ」
「いや、もう自分で出来る。痛みは全然感じなくなったしな。それよりなんかしてたんだろ?気にしないでやっててくれよ、飯は俺が用意するから」
そういうと、起き上がって軽く数回飛んでみせた。
表情を見ても嘘を吐いている様子はないが、クロは心配そうに見ている。
「いや、良い。あとでも出来ることだ。それよりも、本当にもう好くなったのか?」
「う、嘘じゃねーぞ!本当だ。すげーな、魔神の万能薬ってのは」
ニカッと笑いながら腕をブンブン回すタケに対し、クロは何とも言えない表情。
だが流石の魔神でも体の中を見透かす能力などないし、嘘ではなさそうなので追及するのをやめて転がった枝を拾い始める。
「…普通ならば、早くてもあと3日は休息が必要だろうに、君の自然治癒力は凄まじいな。我らの種族の血が混ざってるやもしれんぞ」
「よしてくれ、薬のおかげだっつったろ。そんな力があったら、もう少しクロとまともに闘えたさ」
少しだけ不機嫌そうに鼻を鳴らしてから、何かを探すようにキョロキョロと周りを見渡した。
「…ところで、昨日の肉の残りは全部干し肉にしちまったのか?」
「む?ああ、それならば、腐らないよう捌いてすぐに凍らせておいたのだ。湧き水の近くに氷で覆われた葉包みがあるはずだが…さすがにもう溶けているだろう」
「氷だと?…ったく、ほんっと便利だよな」
湧き水の付近まで行くと、普段よりひんやりとした空気を感じた。
視線を巡らせ、お目当ての葉包みを見つける。
半分以上溶けてはいるが、比較的涼しい場所であったため全部は溶けないで済んだのだろうか。
氷で覆われたままの葉包みを手に取ると、その冷たさに思わず鳥肌が立つ。
溶け出した水を鬱陶しく感じたのか、残りの氷は割って水滴を払った。
「おーい、持ってきたぜ。氷ってほんとに冷たいんだな」
「そうか、季節が無くなってしまったから、あまりお目にかかることはないのだな」
「キセツ…そういや師匠がそんな話を…」
会話しながらも慣れた手つきで肉を枝に刺し通していたタケが、ハッとしたように顔を上げて訝しむ視線をクロに向けた。
「そういえばお前、決闘の時に俺のことを弟子とか何とか言っていたよな。アレってまさか…」
「む?…ああ、私は君の師匠に紹介されてきたのだったな。すまない、私も君が仲間になってくれたことが嬉しいあまり、言うのを忘れていた」
「…師匠が、生きている…」
タケが蚊の様な声を出し、ボトリと肉が地面に落ちる。
あんぐりと口を開けたタケをみて、クロは肉とタケを交互に見た後、しまったと顔を顰めた。
「す、すまない。君の過去を考えれば、軽々しく伝える話ではなかったな…」
呆然としていたタケの視線が下を向くと、ゆっくりとした動作で落ちた肉を拾って土埃を払う。
表情は未だ元に戻らぬままだが、焚き火の周りに肉が刺さった枝を地面に突き刺していく。
「タ、…タケ、その…」
耐えきれぬ沈黙にクロが口を開こうとした瞬間、タケの拳がわなわなと震えているのを見た。
当たり前だろう。
嫌な出来事を思い出させてしまった挙句、彼にとって師匠の生存報告はなにより聞きたかったもののはずなのに忘れたなどと蔑ろにしていた。
悲しみか、怒りか…とにかく嬉しい震えではないだろう。
(ああ、やってしまった…私としたことが)
クロは唇を噛み、己の軽率さに深く後悔した。
舞い上がる前に、すべきことがあったにも拘らずこの失態。
やっぱり仲間になどなりたくないと言われるのだろうか、としょぼくれていると、耳を劈く程の怒声が聞こえた。
「ぁンのクソジジィ――――!!」
思わず耳を抑えると、慌てて何事かとタケを見直す。
「今、ク、クソジジィと言っ…」
「本当なんだな?!本当に、師匠だったんだな!?」
「ほ、本当だ!嘘など言わぬー!」
タケにガクガクと肩を揺らされながら必死に叫ぶと、すぐに解放された。
ぐるぐると眼を回している横で、タケは火が付いたようにこの場にいない師匠に捲くし立てる。
「なーにが『ワシの分まで生きろ』だよ!生きてんだったら連絡の一つくらいよこしやがれってんだ!カッコつけやがって、最後まで無責任なヤローだぜ」
「タ、タケ、なにもそこまで…」
「どうせクロも師匠のこと仲間に誘ったんだろ?大方、面倒くさいからって断ったにちげえねえ。師匠はな、面倒くさい事が大嫌いなんだよ!俺の時だって、100回頼んでようやく弟子にしてもらったんだぞ!」
「ええと…まず落ち着いてくれ、スサノオ殿はタケを信頼して私にだな…」
「いーや違うね。自分が仲間にならないから師匠は代わりに俺をお前に差し出したんだぞ、これが無責任じゃなくてなんなんだよ!」
息継ぐ暇もなく捲くし立てていたタケだが、クロの表情を見て自分が何を言ったかに気づいた。
今度はクロがタケの言葉に瞼を伏せていた。
「それは…今でも思っているのか?」
「あっ?!ち、ちげえ、そういうわけじゃ」
足元では、パチパチと肉の焼けた音がし、同時に芳ばしい匂いが鼻を掠める。
クロはしゃがみこみ、焼けていない部分を火に曝しながら溜息を吐いた。
「わかっている。半ば強制だったからな…しかし、君は先ほど私を偽りなく友だと言ってくれたばかりだ。そうじゃないことくらいは分かっている…」
「クロ…すまねえ、興奮しちまって…」
「ああ、私も君と友になれて興奮してしまって、伝えるのを忘れていたんだ。すまない、許してもらえるだろうか」
「そんなことくらい謝るうちにも入らねえが、お前は気にするんだろうな。いいぜ、許すさ。だから俺も、お前を傷つけちまったことを許してくれ」
「…ああ、勿論だとも。では、仲直りだな」
立ち上がって肩を竦めながら笑うと、クロは片手を差し出した。
それを見てタケは困ったように笑ったが、結局その手を握り返した。
「ったく、照れくさいな」
「そうだろうか?」
「…。ま、なんだかんだ文句はあるが、師匠のことは気にしてねえよ。あの人はああいう人だ、俺も良くわかってる。途中から情が湧いたからといっても、育てて守ってくれたことには変わりねえ。生きてんだったら、そのうち会えるだろ。」
「今から会いに行くことも可能なのではないか?ここから距離はあるが、向こうの森に…」
「いや、ねえな。あの人は警戒心が強いんだ。一度誰かに見つかったら、それが信頼できるヤツであっても住処は移動させるはずだ。オオミタマからは出ねえだろうが…こんな広い大陸で探すのは難しいだろう」
「そうか…それは残念だが、スサノオ殿は十分強い。タケの言うとおり、いつか会えるだろう」
頷きあうと同時に、先ほどよりも美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、お互いの腹が鳴った。
二人は吹き出して笑うと、焚き火の前に腰掛けた。
「話してる最中に焼けたみたいだな。さっそく食おうぜ。昨日の話の続きでもしながらよ」
「うむ、そうだな」
「仲間を探しに行くんだっけか?」
「ああ、そのために旅に出ようと思う」
タケは口いっぱいに詰めた肉を飲み込むと、その目を爛々と輝かせる。
「旅か!いいな!さっそく行こうぜ!」
「待て、それには準備がいるだろう」
試しに、クロは腰に下げていた自分の水筒をタケに見せる。
タケが木でできたそれを手に取って回してみると、随分出来がいいことが分かった。
一通り見てからクロに返すと、タケはなんとなく彼が何を言いたいか分かった気がした。
「さて。タケには水筒がないだろう?」
「まあ、そんな距離に出かけることもないしな」
「こういった携帯鞄も、布や薬も少ない。旅をするならこれらは必需品なのだが…」
要約すると、クロの話はこうだった。
仲間を見つけるための旅をするためには水筒やら食料袋やらがいる。
しかし、思い返してみるとタケの分は見当たらなかったので、まずは彼の道具を作ることから始めると言う。
本来なら自分一人でやろうとしたのだが、思いのほかタケが回復したのでリハビリがてら手伝ってほしいとのこと。
「ほお?いいぜ、何取ってきてほしいんだ?」
「まずは鞄だろうが、既にモルモルの大革がある。残るは水筒、布、薬と食料袋くらいか…では同じ種類の枝を片手いっぱいと、罠を渡しておくから今日の夕飯用にモルモルを取ってきてくれ」
「罠なんていらねえよ、モルモルくらいなら今の調子でも余裕だ。じゃ、枝と飯だな!行ってくるぜ」
「そうか?…くれぐれも気を付けてな」
タケは片手を上げて応えると、そそくさと森の中に消えていった。
呆れにも似た溜息を短く吐くと、鞣しておいたモルモルの革を手に取って自分の作業を開始したのだった。
話題が行ったり来たりの構成で申し訳ないです。
読みづらいと思いますが、出来ている分は投稿しきりたいと思いますのでもう少しお付き合いください。




