9話 旅支度(2)
9/10 少し文章の修正をしました
「タケ、起きたか」
タケは未だ聞き慣れない声で目を覚ました。
ぼんやりとした思考の中で、「そういえば今は独りじゃないんだった」と思い出す。
「体を起こそう」
クロが優しくタケの背中を支えて体を起こしてやる。
数回瞬きした後に大きく欠伸をすると、小さな痛みが胸を突いたが先ほどよりは随分楽になってた。
日常生活を送れるくらいには痛みが引いたのか…、魔神の万能薬様様だ。
目をぐりぐり擦りもう一度小さく欠伸をすると、寝ぼけた頭もようやく覚醒していく。
それと同時に、パチパチと枝の燃えている音が聞こえ、肉の焼けた香ばしい匂いが鼻を掠めた。
思い出したかのような空腹感に、思わず腹をさする。
「んん…飯か?うまそうな匂いだ」
「うむ、良い香りだろう。大物のモルモルが捕れたのだ。半分は干し肉にしてとっておこうと思う」
「干し肉?なんでまた」
「ああ、常備できる食料は備えておきたいからな」
「常備?どこかに旅でもするのか」
タケが視線を向けた先には、大きな葉―バナナの葉に似ている―の上に乗せ陰干ししている切り分けられた肉があった。
タケが寝込んでいた隣が、丁度風通しが良く干し肉を作るに最適な場所なので置いてあるのだろう。
捕れたものはその日に食いつくしてしまうタケとしてはなんだか勿体ない気持ちもしたが、仕留めたのはクロであるし何も文句は言えまいと視線を焚き火に移す。
「ああ、その事なのだが…食事でもしながら話そう」
どことなく申し訳なさそうな表情で笑っているクロのことが気になったが、視界に現れた焼けたばかりの大振りな骨付きモモ肉にタケは全ての考えが吹き飛んでしまった。
とりあえずは大人しく聞いておけばいいだろう、そう判断した。
「出来たぞ、味に問題はないと思うが…」
こんがりとキツネ色に焼かれた肉の断面から肉汁が滴っている。
その芳ばしい匂いにつられて堪らず齧り付くと、いつも自分で焼いている肉の味とは全く異なる風味にタケの目が見開かれた。
「う、うめえ…っ」
「ふふ、そうか?ならば、よかった」
「なんだ?この味。食ったことがねえよ」
「む?どうやら知らなかったようだな。幸運にも、其処ら辺一帯にバジ草―バジルとタイムの香りが混ざったような香草―が生えていたからそれを使ったが…」
「ああ、俺は食えりゃいいと思っていたからな。そんなモンがあるなんて、初めて聞いたぜ」
「食事の質を高めることは大事だぞ、士気を高めることにもなる」
「そもそも草なんて食おうと思わなかったんだよ」
草食動物のようなナリをしているため、若干ギャップを感じないでもないが、美味いと言われ満足そうに微笑んでいるクロ。
しかし、すぐに思いつめたように俯いて言葉をつなぐ。
タケは口いっぱいに肉を頬張っていたので言葉を挟むつもりはなかったが、代わりに少し心配そうに目配せして様子を伺った。
「まあ…こんな世の中だ。香草や野菜といった植物類はなかなか手に入らないからな…。しかし!今日くらい贅沢しても罰は当たるまい」
タケには、そうだろう?と先ほどから眉を下げて笑う彼が、まるで何かに許しを請うてるように思えてならなかった。
だから、どうにか答えてやりたくて急いで肉を咀嚼し飲み込む。
何を悩んでいるかはこれから理解していけばいい。
今はただ、折角の美味い食事を台無しにしたくなかった。
「当たり前だ。今を生きるために、どうしようが俺らの勝手だろ?」
「…ふふ、…そうだな。ありがとう」
食べ始めた頃、洞穴内に吹き抜けるように強い風が吹く。
火が消えるほど強いものではないが、積んであった余分な枝がパラパラと零れ落ちるのをクロは横目で見ていた。
「そんで、話ってのはなんだ?」
「ああ…それなのだが、2つほど話すことがあるのだ。1つ目は拠点の話、2つ目は仲間の話だ」
「どっちも難儀な話になりそうだ。頭が痛くなる前にパパッと話してくれ」
タケはなにも気にしていないようだが、クロの頭の中はいまだ休まらない。
クロは少しの間思案するような素振りを見せ、これが深く悩んでいる事であると知らせた。
クロの話はこうだった。
タケのことは仲間にできたわけだが、拠点がこれではどうしようもないだろうという事。
雨が強ければ水が浸水し、風が強ければ火さえ消えてしまう。
出入口に扉が無ければ悪意ある者が侵入してしまう可能性だってある。
これが二つ目の話にも繋がるのだが、クロはタケだけでなく他にも仲間を探して迎え入れるつもりであるのだ。
その時になって洞穴が拠点であると言われて、いい顔をする者はそう多くないだろう。
そこでクロは、ここを大きく開拓して拠点にするべきだろう、と判断した。
森が近くにあることで獲物には困らず、湧き水もあり、香草が生えるくらい汚染度が低い土地である。
食いっぱぐれることはまずない、魅力的な土地だ。
うまくいけば畑なんかも運用することができ、複数人で生活することが出来るだろう。
「何にせよ、そうなったら二人だけでは管理できまい。結局は仲間がもっと必要、ということだな」
これがまず1つ目だ、と話を区切ったところでタケが一声あげた。
「なんかよ…、俺の住処がいじくられて拠点になるってのもむず痒い話だな」
「うむ。だからこそこれは提案と言う形で話している。タケが嫌と言うのであれば、私は無理強いはせん。別の場所に拠点を構えることになるだろうな…まあ、別の場所と言ってもここら辺のどこかではあるからそこまで遠い場所に構えるつもりはないからタケが移動で苦労することもあるまい。それに…」
「まあ待てよ、結論を急くなって。俺は一言もここを拠点にするのは嫌だなんて言ってないぜ」
そう言われてクロは目をぱちくりさせると、喋るのをやめる。
そして段々と眼を輝かせて少し前のめり気味にタケに詰め寄った。
「それでは…っ!」
「ああ、別に俺はここをお前の好きにして構わねえぜ。どうなるかはわからねえが、悪いようにはならなそうだしな。それに、楽しそうだろ?」
「楽しそう?」
「ああ。お前といると退屈しねえよ」
「退屈しない…」
タケが悪戯っぽい笑みを浮かべながら肉を齧る。
未だに首を傾げたままのクロに、肉片を飲み込んだタケが仕方なさそうに、それでいて満更でもない顔で自身の頭を掻くと語りだした。
「あー、なんだ。お前はどうか知らねえが、俺は見ての通り生きたい様に生きてきた。いろんな奴と喧嘩して、食いたい時に飯を食って、寝たい時に寝た。けど、お前みたいな奴は初めて会ったんだ。恐ろしく強いくせに、喧嘩に負けた俺を仲間にして“友”だって笑いかけて呼んだろ。んでこんな美味い飯も作れて、その上こんななんもねーとこを拠点になんかデカいモン建てようとしてるんだろ?次は何しでかすんだ、って思うと退屈しねーだろ」
「そ、それらはいい意味…なのだな?」
そこまで大人しく聞いていたクロは、ここまで言われてもなお不安そうな表情で問うた。
それがまたタケには面白いらしく、小さく肩を揺らす。
「ははっ。当たり前だろ。俺はいい奴だなって思うぜ、お前の事。…それに、俺には“友”なんてのも初めてだ。…存外、居心地がいいもんだな」
「タケ…」
「…ワリィな、なんか辛気臭くなっちまった。まぁ、とにかく!俺はクロについていくさ。その人喰者ってやつは、お前の…仇、なんだろ?ならそれは友である俺の敵でもあるわけだからな」
「ああ。その話も、きちんと話しておきたい。タケの肋骨が繋がる頃には話し終えるだろう」
クロの台詞がどこか面白くて、二人は同じタイミングで吹き出して笑う。
タケは食べ終わって小綺麗になった骨を焚火の中に放り投げ、クロもそれを追った。
一拍おいて、タケが大きく欠伸をする。
「すまねえ、話の途中だったな…」
「傷を癒そうと身体が睡眠を欲しているのか?ならば残りを説明するのは明日でも遅くはあるまい」
「いや、俺は…」
「無理はするな、時間は有り余るほどあるさ」
クロは起こした時と同じように、優しくタケを寝かせる。
タケはなんとか目を開けようとするが、睡魔に抗えず徐々に閉じられていく。
「ワリィな、大事な…話、なんだろ…」
「良いのだ。まだタケの傷も癒えていないだろう?急ぐことはない…」
子供を寝かしつけるよう、安心させるような声色でローブを掛け直してやる。
少しの間タケは小さく悩むように唸っていたが、そのうちに小さな寝息が聞こえ始めた。
クロはその様子を目を細めて見つめ、ようやく安堵したように力を抜いた。
その後、自身のポーチを枕にして剥き出しの岩に横たわると、瞼を閉じて深い眠りに落ちるのだった。
文章構成を考え中です。
少し硬めな言い回しが好きなのですが、それだと読んでいると飽きてしまうという声もあるので、皆さんが読みやすく、なおかつ私の文章を書いていきたいですね。
今回はどうでしょうか、読みやすいといいのですが…。




