アイリ(愛璃)
うん、先に言っておこう。俺は只今絶賛パニック中だ。
病院から寮に戻った翌朝、俺はスマホにセットしたアラームより少し早く目を覚ました。
2段ベットの天井を見上げ帰ってきたことを実感していた。
起き上がろうとすると左腕に絡みつく温かい感触に違和感を感じ、目線を布団におろす。
(ん?・・・んん???????、んんん!?!?!?!?!?!?)
目の前に!金髪の幼女が!・・・裸で寝ている!?
今起きている不可解な状況に、寝呆けていた脳味噌が一気に覚醒する。
他人から見れば十分過ぎるほど「事案の発生現場」だ。
むしろ「事後」だ。
勇気を出して左手の人差し指で軽く幼女の頬をツンと押してみる。
決して興味本位で触りたくなったワケではない、確認作業は大事なのだ。
ふぉぉぉ赤ちゃん肌も悪くない、むしろ良い!
落ち着け俺、まだ悪いことは何もしていない。
俺は幼女の腕を俺からそっと離し、布団を掛けてから起こさないようにベットから下りた。
自分を落ち着かせるように洗面所に入り、顔を洗いながら考える。
・昨日佳奈美達と別れてから飯食って部屋に帰って寝た。
・故に!どこかでお持ち帰りはしていないはず。
・悪いお薬にも手は出していない、お医者様印のむしろ体にいいお薬だ。
・彼女欲しさに空気を読まず友人の妹を口説いたりもしていない。
よし!俺、無罪!
洗面所で軽くガッツポーズした後、洗面所からベットの方をそっと覗いた。
うん、やっぱりいるよね。
再確認してもベットで眠る幼女は御健在だった。
その時、セットしていたスマホのアラームが部屋になり響いた。
まずい!この現状を少しでも先延ばしにしたい俺は、慌ててアラームを止めるべくベットの側に静かに駆け寄った。
だがその瞬間、ムクリと幼女は起き上がり少し眠そうな顔で俺を見上げた。
クリッとした青い瞳に白い肌、胸元まで延びる少し癖っ毛のある金髪、おそらく体の大きさはモエと同じ位だろうか。
謎の幼女は何も話さずフリーズ状態の俺の目を真っ直ぐ見続けている。
嫌がる素振りも叫ぶこともしないと言うことは拉致監禁ではないだろう。
だが、逆に謎が深まった。
よし、こうなったら腹を括って聞くしかない。
俺はベットの前に座り、目線を合わせるように静かに、そして爽やか重視で優しく語りかけた。
「えーと、お名前は?」
すると幼女は目線を合わせたまま困惑したように小首を傾げた。
何故だ、そうか、日本語通じない系か!
その後、Booble先輩の力を借りて、英語・ロシア語・イタリア語で話しかけたが反応は無かった。
その後、一切の誰何をスルーしてきた幼女が小さく口を開いた。
「にほんごでよかと」
不意打ちを受け愕然とする。
今までの苦労は何だったんだ、だがこれで同じ土俵には立った。
「えーと、言葉はわかるよな?」
「わかる」
小さく頷き幼女は答える。
よし第一歩前進!小さなYESをいっぱい集めてお友達大作戦だ。
だが前にまずはこの状況をまず何とかしなくてはならない。
そう服だ!まずここをクリアしないと精神衛生上よろしくない。
見た限りには脱ぎ捨てられた様子すらないのだ。
「洋服はどうしたの?」
「ない。いらない」
小さく首を振る幼女。ごめん、意味が分からない。
とにかく無いと言うのなら着せてしまおう。
俺は積み重ねられた洗濯後の洋服からTシャツを掴み幼女に着せる。
サイズが違いすぎてワンピースのようになり肩口はズリ落ちていた。
これがいわゆる彼シャツの効果か、幼女の癖に意外に悪くない。
今度はワイシャツで試してみたいと思ったが、それは自重した。
改めて俺は当たり障りの無いいくつかの質問を投げかけだが、相変わらずこの子のことは何も判明しないまま時間だけが過ぎた。
お腹は空いていないというのでオレンジジュースを差し出すと、両手でコップをもってクピクピ飲んでいる。
よし!コミニュケーションは十分とった、心は開いている頃だろう、満を持して最初の質問する。
「えーと、それでお名前は何ていうのかな?」
その答えは小首を傾げた仕草によって振り出しに戻された。
くそぅ、何故だ!
肩を落として落胆していたその時、携帯のアラームが鳴り2人してビクッとした。
それは同時に1つの事実を意味する、バイトの時間が迫っていると!
俺は慌てて考える、このまま夜まで置いて行く訳にはいかないし、かといってこの格好で連れ出すわけにも行かない。
これはしかたない。
うん、しかたない佳奈美なら分かってくれるはずだし早速連絡してみよう。
きっとこの子を預かって、あのお日様のような笑顔で何とかしてくれるだろう。
と、いう甘すぎる考えは即座に否定された。
少し緊張しながら電話して、モエの洋服貸してくれと言ったら変態扱いされ。
軽く事情を話し部屋に来た佳奈美が冷え切った眼差しのままドアを開け、ドアノブを握り締めた状態でフリーズしている。
それはそうだ、幼女が下着も付けずに俺のTシャツを着てベットで座っている。
この誤解を解くには俺の脳味噌では絶対的に経験値が足りない!
お茶を濁すように、
「とりあえずこの子に服をお願いします」
と言った俺に部屋から出て行きなさい宣言が発令されたが、佳奈美が幼女に近寄っていくと、立っていた俺の後ろに回りこんで太ももにしがみつき隠れた。
「お姉ちゃんとお着換えしよ。ほらこの服可愛いでしょー」
「大丈夫、このお姉ちゃんすごく優しいよ。服着させてもらおうな?」
と諭したが首を振るだけでその体勢を崩さなかったため、佳奈美立会いのもと俺が着替えさる事となった。
着替えの間、佳奈美に今までの幼女とのやり取りを話すと意味が分からないという表情をしていたが、佳奈美も同じように幼女に誰何を繰り返し誤解が解けたようで、俺への表情も柔らかくなっていた。
「それで、これからこの子どうするの?」
「本当は佳奈美に何とかしてもらえればと思ってたんだけど、これじゃ無理かもなー」
「ねえ君、お姉ちゃんと一緒にこない?お友達もいるよ?」
佳奈美は優しく幼女に語り掛けるが、俺の背中に隠れて首を振っていた。
そういえばモエの姿が無いと思ったら、朝のお散歩に出かけていった後だったそうだ。
しかたない、とりあえず時間がないからバイトに連れて行って様子見る事にして、帰りにお巡りさんにでも引き取ってもらおう。
◇
俺は佳奈美にお礼を言って、バイトに出かけた。
幼女は出掛けに佳奈美から貰った飴を口の中でモゴモゴしながら、俺の服の裾を掴み景色を興味深そうにキョロキョロしながら歩いている。
柄物のロンTにデニムのスカートを履き、モエの靴は少し大きかったのでサンダルを履かせてもらったが少しパタパタしている、靴擦れしないか少し心配だ。
それにしても外に出ることを嫌がられなかったのは幸いだった、あのまま部屋にいることになったら色々詰むところだったよ。
店の前に着くと看板を出しているタマキさんと目が合った。
一瞬、「何事!?」という表情をした後、幼女に向かって走りこんできた。
「なに?なに?なに?この子どうしたの?拉致?超可愛い~」
目線を合わせるようにしゃがみこんで大興奮するたまきさんだが、幼女はドン引きである。
俺の後ろに隠れて質問攻めするたまきさんに、首を振ってイヤイヤしながら全ての質問を全力回避している。
人見知りするタイプっぽいけど、このままバイトしても平気だろうか?
「ツンデレちゃんなのかな~?」
と言いながら嫌がる幼女の頬を指先でツンツンするたまきさんに、店に迷惑かけそうで申し訳なく思うが駄目元で聞いてみよう、駄目なら次を考えるか。
「すみませんたまきさん。ちょっと事情があって今日だけこの子、一緒にいいですか?」
「ほう、何か訳アリなのだね?」
しゃがみこんだまま顎に手をやり、意味深な表情を浮かべてそう答えたが、きっとまたTVで見た何かのシーンの真似をしたかったに違いない。
取りあえず中に入ろう、と言ってたまきさんは店内に簡単に了承してくれた。
マスターはいいのだろうかと思ったが、簡単に事情を説明したら幼女をチラッと見ただけで頷き了承してくれた。
俺が言うのもなんだが、いいの?
「仕事してくるから、ここでおとなしく待っててくれるか?」
そう言いながら抱き上げてカウンター席の端に座らせ頭を撫でた。
店内の掃除を終えて開店準備が終わるころ、幼女は1人カウンターで足をプラプラさせながらマスターの出してくれたジュースを飲んでいた。
「それでさ、これからこの子どうするの?」
「迷子の可能性もあるので、帰りに警察にでも相談しようと思ってます」
料理の仕込みを手伝っているたまきさんが、客が来るまで手持ち無沙汰の俺に話しかけてきたので、相談がてらこれまでの詳しい経緯を話した。
すると彼女は驚きの言葉を発した。
「でもその子、霊獣だよ?」
霊獣の迷子!?そう思ったが、人の子がいきなり部屋にいるわけが無い。
だがそう考えたら理屈は通るが、問題は何故霊獣が俺のところにいるのかだ。
俺は幼女に今朝ぶりの質問を投げてみる。
「霊獣・・・なの?あ、霊獣って分かる?」
幼女は最初首を傾げていたが、否定はしないままそっと答えた。
「人じゃなか」
おお、確定事項が1つ増えたが、あれ?でも待てよ?顕現してるなら誰かが召還したってことだし、名前あるんじゃないの?
それなら、何の霊獣なの?とか召還主はどうしたのか質問してみたが、否定と言うよりは理解できない様子で、すべて無言で首を振り続けた。
状況が1歩進んで2歩下がった気分だ、困った末たまきさんに矛先を変えて質問した。
「やっぱり迷子で記憶喪失的な感じなんですかね」
「霊獣に限ってそれはないね、この世に顕現してる以上誰かに胆力分けてもらってるってことだし、意思を持つのは人との繋がりがあるからだしね」
「じゃあ、あえて情報を隠してるとかは?召還主が嫌で逃げ出してきた的な」
「可能性は無いわけじゃないけど、主さん自体が嫌なら返魂の儀で帰れる、けど召還後に霊獣が拒否するなら霊獣から魂のパス切るからどのみち胆力は枯渇していくよね、でも前者は両方の意思ありきでの話だから無いかな」
「でもそれって・・・」
「そう、どちらにせよこの世界では、はぐれになる」
たまきさんがその言葉を口にした瞬間、幼女が少しビクリとしたような気がした。
「今さらですけど、よく霊獣だなんて分かりましたね?」
「ウサギの嗅覚なめんなよ?たまきさんの嗅覚は犬っコロより効くんだぜ」
知らなかった・・・たまきさんただの愉快なウェイトレスとしか思って無かったよ。
でも名前を付けて血の1滴を与える前ならそのまま返せるような事、ルーシーさん言ってなかったっけ?嫌なら勝手に帰れないの?
「たとえばですけど、何て言ったらいいのか解らないですけど元の世界(?)に戻せます?」
「いや、召還主自身じゃないと戻せないよ。主さんと繋がってないなら今は意思が残ってても、時間がたてばはぐれ化し始めちゃう」
「じゃあこのまま警察に行くと・・・」
「うん、処―――」
「お客さんだ」
おおおお、マスターがオーダー以外で喋ったぁ!!
でも、たまきさんの最後の言葉を遮ったのは、きっとこの子を気遣ったのかもしれない。
見た目に似合わず優しい人だ。
それから書入れ時になり、たまきさんからはそれ以上は聞けなかった。
忙しい合間に少しだけ幼女を構うルーティーンが続いた、今はマスターが出してくれたホットケーキを口いっぱいに頬張っている、ちょっと嬉しそうだ。
そんな光景を見ながら考える。
こんな小さい子が何が原因で1人になって、何の目的で俺の元に来たのか分からない幼女の霊獣。
大人しくて、人見知りで、懐いてくる。
霊獣を人の感覚で考えるのはおかしいのかも知れないけど、助けられるのなら助けてあげたい・・・と思う、考えていることも一応ある。
どこまでこの子が答えてくれるか解らないけど、もう一度話をしてから決めよう。
そう思いながらなんとなく幼女の頭を撫でたら少しビックリしてこっちを見た後、足をプラプラさせながら照れていた。
夕方、バイト終わりにたまきさんが珍しく真面目な顔をして話し掛けてきた。
「それでさ、この子これからどうするの?」
「んー、ちょっと考えてることがあって、取りあえず連れて帰ります」
「ほう、訳アリだね」
「それ言いたいだけですよね」
そんな冗談を言うたまきさんだったが、俺が連れて帰ると言った時は少し嬉しそうな顔をしていた。
もしかしたら俺が考えてることを察しているのかもしれない。
それと帰りがけにマスターから見舞金を貰った、かなり恐縮してしまったが遠慮なく頂いておいた。
さて、これからが本番だ。
俺は幼女を連れたままコンビニで佳奈美へのお礼と飲み物と肉まんを買い、近くの公園へ入った。
日も暮れた頃に幼女を公園へ連れ込むとか、怪しさ満点すぎて「ジアンよ!」というモエが頭によぎったが、今はそこには目を瞑ることにしよう。
2人でベンチに座り、幼女に肉まんを渡すと小さな両手で落とさないように包みを広げる。
「熱いからフーフーして食べな」
「ん」
表情にあまり喜怒哀楽はないが、今は小さい口で旨そうに食べている。
もしかするとこれが最後に何かしてあげられる事になるかもしれないので、これまでこの子に何があったのかは解らないが、ほんの少しでもこの子に安らぎみたいなものをあげたかった。
暫く黙ったまま食べ終わるのを待っていると、「んっ」と言って幼女が食べかけの肉まんを差し出してきた。
「お腹いっぱいか?」
「一緒に」
首を振りながら俺に食べろと言わんばかりに突き出してきた。
だがこの一言で俺の腹は据わった。
俺は一口齧って「ありがと」と言って頭を撫でた後、幼女を見ながら静かに言葉を切り出した。
「あのさ・・・今、召還主、一緒にいる人はいないの?」
「おらんばい」
そう言うと幼女は何か察したかのように食べる手を止め、肉まんを少し強く握り俯いた。
「あのさ・・・俺も相棒、一緒にいるやつがいなくてさ。もしさ・・・もしお前さえ良ければだけど、俺の相棒になるか?」
幼女は俯いたままだ。
もしかすると何か理由があって俺に会いに来てくれたのかもしれない。
勘違いかもしれないけどこのまま別れた場合、この子の運命はどう転んでも絶望しかない。
何が出来るかなんて大層なことは何一つ考えてはいないけど、できればせめて一緒にいてあげたい、そう思った末の考えだ。
『断らないで欲しい』ただそう思った。
「・・・たい」
幼女は俯いたまま小さく呟き、いつの間にか目からは涙が零れていた。
「いたい・・・一緒にいたい」
幼女はさっきよりハッキリとそう言うと、目から大粒の涙を流しながら俺の腕に抱きつき、声を出して大泣きした。
幼女の言葉を聞いて、嬉しい気持ちと安堵感が込み上げる。
俺にも相棒が出来きるのか・・・。
召喚できない主と自分が何者かも知らない不完全な霊獣、いいコンビじゃねーか。
何よりもう1人じゃない。
1人でも良いと考えていたけど、周りを見ていて羨ましいと感じたことはあるが、さほど尾は引かなかった。
家に帰れば小鉄兄やエリ姉が無駄に構い続けてくれたから寂しさも無かったし・・・そうか・・・俺、寂しかったのか・・・。
そう思ったら俺も涙が溢れてきた。
泣き顔を見られるのは恥ずかしいから、幼女を包むように抱きしめて空を見上げたら、でっかい月が出ていたので暫く黙って見続けた。
泣きじゃくる幼女が落ち着いてきたのを見計らって、幼女と向き合い顔を見ながら話しかける。
「あのさ、名前だけどさ、アイリってどうだ。柴田 愛璃。んで、俺が柴田 克己だからアイリは克己って呼ぶ、どうだ?」
「あいり・・・かつみ!!」
そう言うと、アイリはクシャクシャに笑って嬉しそうに胸に飛び込んできた。
初めて笑顔を見たその後、俺は指から血の1滴をアイリに与え、正式に俺の相棒となった。
数奇な運命で出会い、誰からも愛されるように、綺麗な瑠璃色のような青い瞳をした幼女、『愛璃』。
それが、俺の相棒の名前だ。
やっと相棒が書けました。