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けものふ  作者: 腰ひかりん
第一章
7/23

モエSide

 

「佳奈美、じゃあパトロール(おさんぽ)行って来るわ。」

「はーい、車に気を付けてね。」

 部屋のソファーで寛ぐ佳奈美にモエは声をかけ、人の姿から猫の姿と変えて窓から外に飛び出した。

 

 日課の夜のパトロール(おさんぽ)である。

 窓枠から壁の梁伝いに歩き、屋根に上って街を見下ろししばし考える。

 

 さあ今日はどのコースにしようかしら?

 週末の106近辺は近寄るとまた撫で回されちゃうから駄目ね。

 私はそんなに誰でもホイホイ撫でまわさせる安い女じゃないの。

 じゃあ今日は公園を散策して、飲み屋街の雅さんのところでつまみ食いさせてもらうコースにしましょ。

 適度な運動と適度な食事が大事だって、nyan-anの[特集・恋に効くカラダ]でもやってたしね。

 そんなことを考えながら、モエは進路を近くの公園から飲み屋のつまみ食いコースへと変えた。


 しばらくして屋根から地上に降り、ビル郡の裏路地を通り抜けると周囲に急激な違和感を感じた。

 その空気感には明らかに殺意がこもっていたため、否応無しに尻尾が逆立ってしまう。

 周囲を見渡し、その気配がある方面へと急ぎ歩き出す。

 

 これ何事?街中でこんな大きな力の殺気なんて普通じゃないわよ。

 方向からすると公園の方かしら、この時間は通り抜ける人かホームレスのおっちゃん達しかいないはずだけど・・・。


 モエは公園の入り口までたどり着く。

 歩く速度を上げながらも何があってもすぐ対応できるよう、周囲の状況に気を配りながら五感の全てを使い感知範囲を狭め場所を特定してゆく。

 これは学園生活での訓練の賜物であり、モエの特殊能力ともいえる「感知し策敵する情報収集能力」であった。


 そしてモエに更なる緊張が走る、公園内の半ばまで進むと目の前で人が()()()と思わしき大きな蜥蜴に襲われている最中だった。

 はぐれを前に一瞬ひるむが、歯を食いしばり眉間にしわを寄せ瞬時にモエは自分が今何をすべきかを考える。戦うべきか、誘導して引き剥がすべきか、応援を呼ぶべきなのかを。

 

 戦闘補助課の生徒は戦闘にも参加するが、最前線で戦闘中の霊獣や人間の動きの状況を見極め指示することの方が重要となるため、判断能力と思考の高さが求められる。

 だが、それはあくまで訓練であり()()()との実戦経験は皆無である、即座に行動できるほど経験不足は否めなかった。


 中学時代、佳奈美の地元で学生の集団を()()()が襲った死亡事件があり、それを佳奈美とモエは目の当たりにしていた。

 通常の人間が()()()に立ち向かえば、ものの数分で胆力が無くなってしまう。

 それほどの圧倒的な力の差がある事をモエは知っている。

 

 モエが思考する中、想定外の事が起こる。

 その人間が揉みあいながらも拳で()()()を殴りつけた。

 そして気が付く、その人間が自分のよく知る人物であり、体力馬鹿(克己)であることを。


 (間に合う・・・かもしれない)


 モエは再び歯を食いしばり、苦渋の決断をする。

 思考を戦闘から応援要請へ即座に切り替た。

()()()と自分との力量の差を感じ取り、目の前で抵抗している体力馬鹿(克己)のタフさに賭けたのだ。

 モエは反転し、いつになく険しい表情のまま自分の無力さを噛み締め、佳奈美の待つ寮へ全力で走り始める。


 なにやってんの、なにやってんの、なにやってんの、なにやってんの、信じらんない、信じらんない、信じらんない、信じらんない、アイツ霊獣いないのよ?

 いくらアイツ(体力馬鹿)でもかなうわけ無いじゃない!

 お願い!すぐ戻るから、絶対助けるから!


 それまで生きてて!


 モエは全力走った。

 道を走り壁を越え、最短ルートを自分の最速で。

 時間にして数分の距離だが、1秒でもおしいモエにとっては数時間にも思えるもどかしい距離であった。

 

 そして寮に辿り着き、肩で息をしながらモエは窓から部屋に入るや否や佳奈美に叫ぶ。


「佳奈美!アイツが大変!アイツが、早く!アイツ死んじゃう!」

「どうしたの!?落ち着いて、事情を話して?」

 目に涙を溜めながら訴えるモエの異常とも取れる雰囲気を察した佳奈美は、諭すようにモエに話しかける。

 そして事情を聴いた瞬間、背筋が震え血の気が引いてゆくのが自分でも分かった。

 

 佳奈美も瞬時に頭を切り替え、近くにあった上着を羽織ると行動を始める。

「モエ場所は?」

「宮中公園の北口から入った散策路、100m付近!」

「了解!」

 

 佳奈美もまた自分の無力さを知っている1人である。

 自分だけで解決できないと判断し即座に動き出す。

 佳奈美はモエと共に移動しながら、霊獣特務部と付近にいるかもしれない仲間に応援を要請する。


 ______________________

                [緊急招集!]

      [柴田君宮中公園ではぐれ殴ってる]

       [宮中公園北口から100m付近]

                 [拡散希望]

 [(モモ)(たん)(Lo)(ve)なアホか]

         [行ける人ダッシュでお願い]

 [(ケイ)()るw]

 [(里香)やウケないぞ]                  

 [(里香)0秒で仕度しな]                  

 [(結城)ぐ向かうよ]

             [霊獣特務部連絡済]

               [もうすぐ現着]

 ______________________



 佳奈美とモエは全力で駆ける。

 脳内では中学時代の凄惨な事件が脳裏に浮かぶが、それを振り払うかのように全力で克己の下へ全力で駆けてゆく。

 

 そして公園入り口へと到着と同時にモエが叫ぶ。

「コッチ!」

「モエ先走っちゃ駄目!」

 公園に入るや否や、佳奈美を置いてモエが全力で先に走り出すのを佳奈美が落ち着くよう静止するが涙を流れそうになるのを必死で堪えモエは走り続ける。

 

 モエはもう我慢の限界だった。

 まだ誰も到着していないことが感知して分かっていたからだ。

 もしまだ戦っているのだとしたら無理でも何でも私が何とかするしかない、そう心に決めていた。


 だが、直線距離で現場まで残り50mほどの場所で、()()()の気配は突然消えた。


(何?うそ・・・どうして?)

 

 モエは困惑すると同時に、間に合わなかったのかもしれないという嫌な予感がよぎる。

 そして目の前に()()()の姿は無く、仰向けに横たわる克己の姿のみ。

 この状況は()()()()()()()終わってしまっている、ということは明白に感じ取れた。

 だが結果(それ)を確かめるのには勇気が必要だった。


「待ってよ・・・。」


 モエは呟きながら走るのをやめ、横たわる克己の手前で立ち竦んでしまう。


 少しして思考停止したモエの背後から叫び声がした。

「要救助者確認!!」


 我に返ったモエが振り向くと、そこには佳奈美と合流した結城が霊獣のエルに声を掛け克己へと走らせていた。

 エルはモエの足元を通り過ぎ、克己の上に飛び乗り体の上で忙しく動き回る。

 そして心臓の上で立ち止まると結城に向かい顔を上げた。


「大丈夫・・・()()生きてるみたいだ」


 エルに指示を出した後、克己の傍らへ駆け寄り状態を見ていた結城は少し安堵の表情を浮かべ、そう小さく言葉を発した。

「だがまだ安心は出来ない、僕の腕では現状維持が精一杯だ」

 そう告げると肩口と胸の止血と胆力の修復に努め、その最中に到着した霊獣特務部により迅速な応急処置が行われた後、克己は病院へと運ばれた。

 

 その様子をただ見ていることしか出来なかった佳奈美達は、霊獣特務部の捜査員に事情の説明を求められた。

 遅れて合流したクラスメイト達はその内容を聞くと、克己が生きていることがただただ信じられないと言う表情になった。


 翌日から佳奈美とモエは克己の運ばれた病院へ何度か見舞いに行くが、面会謝絶は解除されず意識不明の克己の身を案じる日々が続いた。

 それからのモエのパトロール(おさんぽ)のコースには必ず克己がいる病院が入っていた。


 そして克己が病院に運ばれてから1週間程たった頃、いつも眺めている克己の病室に明かりがついていた。

 今では克己の気配もハッキリ分かる。

「あいつ・・・」

 モエはそれ以上言葉にはならず、湧き上がる高揚感に口元をゆるめたが、すぐさま病室に走り出すことは出来なかった。

 

 この一週間、モエは佳奈美にも言えず考え続けていたことがある。


(もしあの時、私があの()()()に立ち向かっていたら、こんなことにはならなかった?あの時の判断は正しかったの?)

 

この一週間程の待つことしか出来ない長い長い時間の中、克己が生死を彷徨っている状況は自分にあると感じていた。

 他人に言わせれば()()()()()()()()()()()、だがモエは訓練で状況判断の重要性を分かっているだけに自責の念は拭いきれず、どんな顔で会えばいいのか分からなかった。


 モエは寮に帰ると克己の病室に明かりが点いたことを佳奈美に報告した。


「佳奈美・・・あのね・・・」


 佳奈美に抱きつき胸に顔を埋めながら、意を決して自分が溜めていた気持ちを打ち明ける。

「大丈夫。柴田君は絶対モエを責めたりしないよ」

「ほんと?」

「うん、笑ってモフらせろーって言うかもね。だから明るくおかえりって迎えてあげよ」

「うん・・・私またアイツとか友達が何かあった時に守れるくらい強くなりたい・・・ううん、強くなるよ」

「そうだね、一緒に頑張ろ」

 モエは佳奈美のその言葉に安堵感を感じながら、涙目のまま新たな決意を口にした。


 そしてそれから数日たった夕方、モエは街の中にいる克己の気配を敏感に感じていた。


(アイツが帰って来る)


 すぐにその事を佳奈美に報告し、

「じゃあお迎えしなきゃね」

と笑って言う佳奈美と一緒に寮の入り口でベンチに座り、緊張と嬉しさの狭間の中ソワソワしながら克己を待った。



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