はぐれ
※少しグロい表現あります。ご注意ください。
ルーシーさんは腕を組み、重い表情のまま淡々と説明しはじめる。
はぐれとは、不慮の事故等で召還主との絆が突然消えれば霊獣に胆力が残ったまま現世に取り残され、現世で活動のできる自我のない野良霊獣となる。
やがて残った胆力は枯渇していき、飢えから胆力を求め人などを襲い始める。
また、召還主が年老いて胆力の衰えた者や、もしくは召還主の胆力が低く霊獣が使役できない場合、召還主の胆力のみ尽き果て死に至り、霊獣にのみ胆力が残り魂の繋がりなくなり、同様に自我の無い霊獣はぐれとなることがある。
なので、自分の霊獣をはぐれとさせない為に年をとり胆力がもたない、もしくは何かの理由で本人と霊獣の同意の元「返魂の儀」を行うことで、反魂され現世から霊獣は消えるということだ。
なんて贅沢な話だ!
「こっちは霊獣すら出せないのに返しちゃうとか、なんだか理不尽ですよね」
「まあな、世の中には望まない霊獣が出てくることもあるし、相性もあるだろうよ」
そう言うとお互いにやるせない表情になった。
「もし気に入った霊獣が召還されなくて、再召喚とか出来るんですか?引きなおし的な?」
「出来なくも無いだろうけど・・・相性があるからな。そう簡単に見つからないし、気に入らないから返すなんてそんな主のところに行きたがる奴はいないだろうよ、私らも物じゃないからさ。だから一人につき霊獣一体が普通だ」
なるほど、言い得て妙だ。
ひどい振り方で捨てられた女に再度付き合ってとか言われても無理だし、誰でもそんな女だと知ってたら付き合いはしないだろう。
ま、付き合った経験すらありませんけどね。
まてよ?はぐれた奴がいるなら、拾う奴がいてもいいんじゃないだろうか?
「ルーシーさんはぐれに名前と血与えて自分の霊獣に出来ないですかね?」
その答えは爆笑だった。
散々笑い転げた後、笑いつかれて腹筋の辺りを押さえながら、
「オマエどんだけ必死なんだよ。気持ちは分からんでもないけどさぁ」
「いや、でも魂繋げてやればなんとかなりそうじゃ・・・あ、そうか相性もあるのか」
「そ、まぁ可能性はあるけどそれ以前に胆力吸われて死ぬだろうね。むこうに意識が無いから名前も受け入れないだろうしな」
「吸われる?」
「そうだ、あいつらは捕食するときに胆力と霊力を食うのさ。口で噛みついた時、爪で裂いた時、どうやって取り込むのか道理はやったことないから知らないけど小さい子供なんて一瞬で死ぬよ」
それにしても凄い発想だと思い返したように笑いながら、ルーシーさんは答え、釘を刺すように続けた。
「とにかくだ、もしはぐれに会ったらまず逃げな。ひよっこがどうこできる相手じゃないからね」
それだけ言うと、あー面白かったと言いながら一息つくようにペットボトルをがぶ飲みしている。
思わず長居しすぎた、店の迷惑にならないうちに礼を言って帰ろうかとした時、ルーシーさんの眼光が鋭く光る。
「アンタ私からこれだけ情報聞き出したんだからわかってるよな?」
「ま、まさか・・・俺の体目当てですか?」
「アホか、ショタの扉なんぞ開いた記憶ねーわ。タマキの所にいるんだろぅ?給料入ったらウチ商品買い放題だねぇ」
スイッチが入ったように悪い顔になったルーシーさんが親指と人差し指をすりすりしながらゆすってきた。
どこのあこぎな外人だよ。
でも世話になったのは本当だし、今度また何か買いに来ます!とだけ言って逃げるように店を出た。
後ろの方から給料袋ごとだぞーという声が聞こえたが、今時は銀行振り込みの世界なので治外法権ということで許してもらおう。
◇
店の外に出ると、もう完全に日が暮れていた。
左手薬指にキラリと光る婚約指輪なんてものの気持ちは分からないが、今俺の人差し指に嵌っているリングの感触に近いものはあるのかもしれない。
そう!今俺は浮かれポンチ野郎なのだ。
事ある毎に俺を弄びやがった兄だが、その強さは憧れであり目標だった。
その兄の指輪を同じ指にしている。
少し兄に近づけた気がしてたまらなかった。
実に気分がいい、バイトの給料もまだ少しあるし今日は外食して宴だ!
どうせなら人気店がいい、そう思いながら携帯で近くのラーメン屋を探す。
どうせなら肉だろ!とは思うが、そこまで贅沢はいえないのが学生の懐事情なのである。
ここから公園を抜けて徒歩15分くらいか・・・よし採用!
意気揚々と大通りの雑踏をぬけて公園へと入る。
さすが東京だ、夜の公園ですら道は程よく明るいので歩きやすい。
そんなことを思いながら街路樹の中道を歩いていると、奥のベンチの方で何かガサガサと動いている。
きっとホームレスか何かだろうと思ったが、ただ単調に同じ動きを繰り返しているので少し気になった。
正確には気になってしまったのだ。
思わず2,3歩近づいたその時、ゴトリと鈍い音がして転がっていったその何かは、街灯の真下でゆっくりと止まった。
確かめずともわかる街頭に照らし出されたソレは血だらけの人の顔である、思わず叫びそうになるが声すら出ない。
喉元にこみ上げてくるものがあったが生唾を飲んで何とかやり過ごす。
思わず目線を外し、先ほどから動き続けている何かの方を見続けるしか出来ない。
気がつくと俺はそこにへたり込んでいた。
目が暗闇に慣れてきた頃、ソレが何で、何をしているのか徐々に理解できて理解に苦しむ。
ベンチの下に横たわる人のようなもの。
それに覆いかぶさる黒い靄のかかったもの。
よく聞けば低く響く唸り声も聞こえる。
今思い当たる節は1つだけ「はぐれ」なのかもしれない。
そして思い出す「もしはぐれに会ったらまず逃げな」
分かってはいるが体が動かない。
物音を立てれば気付かれるかもしれない。
逃げるのであれば体力の続く限り逃げられるだろうが、逃げた先にまた別の人がいて襲われるかもしれない。
ジレンマだ、こんなことなら倒し方もルーシーさんに聞いておくべきだった。
ヒヨコと言われようが抵抗する手段くらいあったかもしれない。
勉強もしておけば何か方法もあったかもしれない、もし無事に帰れたら絶対勉強しよう。
こんなときに限ってプラスの感情は働かず、負の感情ばかりが頭をよぎり何も出来ない自分に苛立ちすら覚えた。
その時、事態は急速に動き出す。
何かを気にするようにこちらを振り向き、黒い何かがこちらに動き出したのである。
間違いなく人間ではないソレは、知らなくとも駄目なものと直感が訴える。
目は赤く鈍く輝きこちらを見ている、明らかに捕食対象をこっちに切り替えたのがわかる。
「ちくしょう」
俺は小さく呟いて、両膝が地面についたままで転がっていた石を駄目元で投げつける。
石は当たっているが、鈍い音がするのみで怯む様子も無く近づいてくる。
「ウゴガgデzクdァァァァァ」
唸り声でも話す言葉でもないような声を発しながら黒い靄をまとったソレがだんだんと速度を上げる。
それが黒い靄をまとった2足歩行で歩く大きな蜥蜴だと分かる頃には、さらに速度を上げ目の前まで迫っていた。
思わず立ち上がろうとするが力が入らず逆に尻から崩れ落ちてしまい、そのまま蜥蜴が覆いかぶさってきた。
思ってたより体がデカイし重い、押し付けられている蜥蜴の爪が食い込んで来て痛みが走る。
蜥蜴は噛み付こうとするが咄嗟に左腕で喉元をかち上げ、なんとか凌いでいるが相手の力が強い。
しばらく硬直状態の後、駄目元で足を投げ出した体勢のまま力任せに蜥蜴の口元を殴ると蜥蜴は少しだけ俺から離れ、体の動きに少し余裕が出来る。
なんだよ殴ること出来るんじゃねえか。
そう少し思った時、心にも少し余裕が出来た。
だが、自分でも気がつかないほど体力の消耗は激しいものだった。
大して動いてもいない筈なのに息は乱れる。
自分と蜥蜴の間に膝を入り込ませ、空間を作った状態で引き剥がそうとしたが、蹴り出す足も振りほどこうとする腕もすでに力が入らなくなっていた。
硬直状態でどうにも出来ない中、苦肉の策でもう1回殴ろうと腕を振りきる寸前、左の肩口に鈍痛が走り顔の横に大きな目が見える。
気付けばさっきまで凌いでいた大きな口に咬まれていた。
「痛ってぇなコノ野郎!!」
肩に痛みは走るが、痛いだけなら逆に肝は据わった。
痛みくらいなら小鉄兄に散々体で教わったわ!
俺は力の入らない拳を握り締め、噛みついたままのトカゲの頭に数発叩き込むが何も状況は変わらない。
こうなりゃただの喧嘩だ。
生きるか死ぬかなんだろ?
力が入らねーし、死ぬ前にそのムカつく目だけでも抉り出してやる。
歯ぁ食いしばれ俺、ただじゃ死んでやらねーぞ。
そう思うと同時に、右手の人差し指と中指薬指を目元に突っ込み奥まで差し込んで握る。
自分で分かるほど握力もすでに無い状態だが、人差し指に嵌められたリングが目に入った瞬間、気合だけは十分入った。
後は引きずり出すだけ・・・。
そう思った瞬間、何かを感じ取ったのか本能なのか、蜥蜴が噛み付いていた口を放し体の上から身を引いてしまったのである。
蜥蜴は片目から血を流し警戒している。
好転したともいえる状況だが、体が言うことを聞かない。戦うどころか逃げることすらできない。
俺は仰向けに寝そべったままの体勢で、このまま蜥蜴の動向を見守ることしかできない。
ちくしょう。何もできねぇ!せめて、せめて一矢報わせてやりてぇ。このまま終わりたくねぇ!
「ウzルgaaァaaaa!!!!!!」
「うるっせぇ!来やがれこのc――――」
どうせ最後だ、せめて憎まれ口だけでも言ってやろうかと思った瞬間だった――――
轟音とともに目の前に青白く眩しい稲妻のような閃光が真横に走り、蜥蜴の上半身を消し飛ばした様に見えた。
何が起こったのか状況が分からないまま、ムカつく蜥蜴の顔どころか腹から上は消え去り、残った下半身もゆっくりと塵と消えてゆくのが見えた。
「わけ、わかん、ねぇ・・・」
思わず呟いたが、おそらく危機は去ったのだろうと思えた瞬間、俺の視界は暗闇に包まれ意識はなくなった。
やっとここまでこれました。