新生活2歩目
アンニュイな気持ちが続く中バイト情報を携帯でダラダラ流し読みしていると、コーヒーを飲み終える頃には客も疎らになっていた。
そこに食器を下げながらさっきのウェイトレスが興味津々な顔で声をかけてきた。
「コーヒーはどうだった?」
「あ、美味しかったです」
俺は、苦笑いしながら答えるが正直味わう余裕は無かった。
するとウェイトレスは悪戯な顔で衝撃発言をした。
「ウィンナーコーヒー初めてでしょ?」
「え、いや・・・」
まずい、これは本格的にバイトは絶望的だ。
何より恥ずかしすぎる。言葉が続かない。
ウェイトレスは笑顔のまま追い討ちをかけてくる。
「目が泳いでたからわかるよ、結構そういう人いるからね」
その言葉にさらに挙動不審になってしまいそうな俺に、ウェイトレスは話を続けた。
「君、高校生?」
「はい、実は最近こっちにきたばっかりです」
そう答えた瞬間、ウェイトレスとカウンター奥のマスターの目がキラリと光った気がした。
「てことは新入生?部活は?彼女いるの?童貞?幼女好きでしょ?バイトしない?」
おい落ち着け、マシンガンのような質問攻めの中に空手チョップのような一撃が入ってて内容がぜんぜん入ってこねーよ。
何だこの人・・・ん?(バイトしない?)ですと?
「あの、バイト募集してるん・・・ですか?」
「うん、見ての通り暇な時以外は忙しくてさ、時間あるならやってみない?私が楽できるから。時間あるときだけで良いからさ。」
うん、解った。
凄く素直で変な人だ。
コレはいけません、丁重にお断りしよう。
「すいませんバイトはまだちょっと・・・」
だが彼女はめげない、喰らい着くように前のめりで言葉を畳み掛けた。
「よし!じゃあ今日のコーヒー代はサービス。バイト代以外に賄い食い放題も付けようじゃないか」
「え?そんなの勝手に決めちゃって良いんですか?」
「あーダイジョブ、基本的にマスター交渉しないで撃ち殺すタイプの人だから。採用は私に一任されてるのさ」
「あ、やっぱりお断りします」
「あ~待ってぇー、風呂に札束敷き詰めて美女と入浴できるかもしれないペンダントも着けるからぁー」
「そんな眉唾なもので勧誘しないでください!」
泣き縋る彼女を見て、実はこの人本当に困ってるのかもしれないと思った。
ちょっと怪しいけど悪い人ではなさそうだし、ここまで押してくれるならここでバイトしても良いかな?
そう思いながらも小鉄兄から貰ったシルバーリングの事を思い出した。
元々サイズが合わずに持て余していたのだ。
「そういえば、この辺でお勧めのアクセサリーショップって無いですか?」
「あるよ、何?ペンダントで札束風呂したくなっちゃった?」
「違うわ!」
しまった、つい普通に突っ込んでしまった。
結局バイトをすることを決め、それぞれ自己紹介した。
彼女は「タマキ」さんという名でマスターのウサギの霊獣なんだそうだ。
髪は長く細身で巨乳の美人さんだ、黙っていれば彼女目当てで店に来る人も多いだろな。
マスターはオールバックで、白いワイシャツにベストという典型的な喫茶店のマスター的な姿の本当に寡黙な人だった。
絵にかいたような渋い大人って感じだけどシャイな人なんだろうか?
眼光鋭くこちらをチラッと見た後で
「これからよろしく」
と、ただ一言喋っただけで会話は終わり、結局謎の男のままだ。
いや、それにしてもコミュニケーション能力凸凹すぎるだろ。
そりゃバイト来ないわと思いつつ、これからよろしくお願いしますと挨拶して喫茶店を出た。
そういや初対面なのに珍しく霊獣がいない云々の問答が無かったな・・・。
無けりゃ無いでいいんだけどさ。
俺はウェイトレスのタマキさんに教えてもらったお勧めの店へそのまま向かうことにした。
◇
慣れない道を迷いながら暫く歩き回り、裏路地に入るとやっと地下にあるその店を見つけた。
無骨な看板に『bite』と書いてある。
薄暗い階段を降りて鉄の扉を開けると、店の奥にいる一人の浅黒く目つきの鋭い女性店員と目が合った。
カウンターまで進み、ピアスだらけのワイルドな女性店員にシルバーリングのサイズ直しが出来るか訊ねた。
店員は暫くリングを見た後ハスキーな声で答える。
「いいリングだね。できるよ、立て込んでて少し時間かかるけどいいかい?」
「大丈夫です。お願いします」
「わかったよ。ところでアンタ相棒は引っ込めてるのか?」
嗚呼、またこの苦行のロールプレイが始まるのか・・・そう思いつつ簡単に説明すると、店員から首を傾げながら意外な答えが返ってきた。
女性店員は「ルーシー」さんというアナコンダの霊獣だそうで、タマキさんの紹介ということが分かると、聞いたこともないような興味深い一言を発した。
「ん~、おかしいねぇ。アンタからはちゃんと匂いするのにね」
「匂い・・・ですか!?」
というやり取りから始まり、あくまで自分が感じた感覚という前提だが、ということで説明してくれた。
現世に顕現するときの感覚は、暗い空間の中に漂っていたが丁度良い温度や気持ち良い匂いの何かに近づいた瞬間、吸い込まれるように現世に出てきた、という感覚だそうだ。
それから、同じ種類の獣や蟲にも生まれながらの格というものがあるそうで、同種でも能力の強さが違うことが感覚で分かるとのこと。
ただ、うまく説明は出来ないというルーシーさん曰く、
「人も鉄は食べないけど、血が鉄の味がするって言うだろ?そんな感じだよ」
と納得できるような出来ないような謎説明をしてくれた。
で、結局俺の匂いがする件についてはというと、
「顕現してるはずの霊獣の匂いはするけど実際にはいない、だから現世とあっち世界の狭間で挟まってるのか、もしくは実はもう顕現してるが現世で彷徨っているのかもね」
という現実味のない超展開な話になり、脳内が置いてきぼりのままだ。
俺がそんなもんどうすりゃいいんだと考えていると。
「今しゃがんで踏ん張ってみたら、もしかすると尻から出てくるかもしれないよ。見ててあげるからやってみなよ」
とゲラゲラ笑いながらカウンターをバシバシ叩き、一人ツボにはまるルーシーさんにSっ毛のある謎の占い師的な感覚を覚えつつ、
(あ、このパターンサト姉と同じニオイがする、絶対突っ込んだら負けだ!)
と思ったので、苦笑い寄りの乾いた失笑を送っておいた。
「ま、近い所にはいるはずだから気楽にやんな」
という言葉は、ルーシーさんなりの優しさだったのだろう。
サイズ直しが完了したら連絡をくれるということで連絡先を交換した。
そしていざ帰ろうとするとルーシーさんが袋に入った一着の服を差し出してきた。
「やるよ」
「いいんですか?」
「売り物じゃないし、いい客になってくれる事を期待してだ。気に入ったら着てくれよ」
それはパンキッシュなルーシーさんからは想像できない、背中に鮮やかな鳳凰の刺繍が入ったの黒いパーカーだった。
これは良い!
今後愛用するお気に入りの一着となりそうだ。
余程気に入ったのがルーシーさんにも伝わったのだろう。目が合うとニヤリと笑った。
思いがけない収穫に思わず興奮しつつお礼を言って店を出た。
それからの寮までの帰り道、ルーシーさんのから聞いた話が頭の中でグルグル回っている。
霊獣を召喚できる可能性があるとして何か打てる手はあるのか?
[現世とあっち世界の狭間で挟まってる説]
コレについては尻筋はともかく、踏ん張ってみるというのはアリかもしれない。
某猿の戦闘民族が掌から何か出すイメージで、こうグッと気合を溜めてボンと出す的な・・・これは意外にイケるかも知れない、今度の魂結の儀で試してみよう。
もう一つの
[実はもう顕現してるが現世で彷徨っている説]
いやコレが本当ならどこ行っちゃったのよ。
怒らないから遊んでないで早く帰ってきなさい、と言いたい所だ。
まさか、そのままお亡くなりになってるとかないよね?
いやその前に霊獣って死ぬの?
この辺のことは昔授業でやってた気がするけど全然覚えてない。
迷子の霊獣など探しようがない以上、とりあえず保留だ。
何はともあれ今日1日でいろいろあり過ぎて疲れたな。
そう考えながら寮に着いたところで、迷想し始めた脳内を強制シャットダウンしてベットに転がり込む。
バイトも決まり生活基盤は出来たし、後は学校だ・・・。
学校か・・・支給された制服を眺めながら新しく始まる学園生活に、凝り固まった不安と新天地での青春という輝かしい響きに期待を膨らませて、少しソワソワしながら眠りに落ちた。
内容が薄く感じたらすみません。
後で少しいじるかもです。