アイリの理由
「ロイダーきっくぅー!!!!」
違う場所で訓練中だったノエルが、遠くからアイリに声援を送るように必殺技の名を叫んだ。
心なしか必死だったアイリの顔が嬉しそうに見える。
ノエルありがとう。
よく見れば周りの生徒が訓練を止めてこっちの戦いを見ている。
石上のせいかアイリの事が気になるのか知らんが、気が散るからとっとと訓練しやがれ。
アイリは距離を保ちながら回り続けているが、追いかけ、予測し、ピューマっ子が両手の爪を交互に振り出しアイリに飛び掛る。
必死にかわし続けてはいるが、ピューマっ子の爪は何度かアイリの足や体を捉え、そのたびに服が破れその爪痕が血でにじむ。
気が付けば、いつの間にか壁に近い位置まで追い詰められていた。
まずい、このままだと逃げ場が無くなってしまう。
そう思った瞬間、アイリがダンッと地面を蹴り壁に跳ぶと今度は壁を強く蹴って、ピューマっ子の側面から首元を狙い蹴り上げた。
は?三角跳び!?
いや違う、あれ忍者のヤツだ!
ノエルと遊びでやってた技ここで出すとかどんだけだよ。
だが、今までで一番効いてる。
ピューマっ子はよろめいて前足の膝がガクリと落ちた。
アイリはそのまま真上に高く跳び上がり、ガッツポーズしながら片足で落ちて・・・ここでロイダーキック!?
アイリのロイダーキックはピューマっ子の胴体目掛けて落下し、見事に直撃した。
いや、それでもまだ足りない!
ピューマっ子は押しつぶされるように地面に伏したが、体格としなやかな筋肉に阻まれて決定打には至っていない。
せめてさっきの空間蹴りができていれば状況は変わったかもしれないのに、使ってないってことは出来なかったんだろう。
アイリはノエルと遊びながらも成長してる。
ここで俺が成長しなくてどうすんだ。
鉄の棍はまだ握った中心しか光ってない、何よりさっきみたいに体が軽くなる感じがしない。
何かないのか・・・まてよ、片手で手元が光るなら両手で同時にやったらどうだ。
倍だろ。
試しに両手で鉄の棍を握り、左手の指先も同じように集中する・・・駄目だ。
確かに握った両手の中心は光ってるけど光がさっきより弱い、集中力も倍必要だ。
待て、指・・・じゃなくてもいいんじゃないか?
右手で吸い込んで左手で出す、体で回したらどうだ。
一瞬、指に集中するのをやめて握った右手に集中、そんで左手で・・・よし!鉄の棍の光がさっきより断然明るいし、徐々にだが棍の両端に向かって伸びている、このまま集中し・・・!!
「アイリ!!」
俺は思わず叫んだ。
地面に伏したピューマっ子が地面から少し体を浮かせると、低姿勢の状態から着地したアイリに低空で跳びかかり、アイリの正面で咆哮を放った。
アイリはかろうじて避けたようにも見えたが、足がもつれバランスを崩したところで腕を噛みつかれ、そのままもつれあうように地面に倒された。
もうアイリは戦い続けて体もボロボロだ、どうする、俺が言って降参するか。
だがその時、ふとアイリと目が合いアイリは首を振り、何故か笑った。
アイツ・・・ボロボロなのに・・・涙目なのに・・・
まだやる気なのかよ。
そして地面に倒されていたアイリが腕に食いつかれたまま、体を強引に起こすと中腰の体勢を取り、叫んだ。
「克己ぃぃぃぃぃ!!!!!」
突如、全体の8割程まで青く光った鉄の棍が震え始め、パンッと小さな音がして光が消えてしまった。
俺は焦った、この状況で胆力切れ?霊力がまわせてない?
俺がアイリにしてやれる事はこれしかないのに。
それでも戦闘は動き続ける。
アイリが噛み付かれた反対の手でピューマっ子の前足の付け根辺りに手を回し、抱きかかえるように密着すると一閃。
地上にアイリの姿は無く、あの青白い閃光が訓練場の真上に向かって伸びていた。
見上げた空にいたのは、馬のような姿、金色のたてがみに赤い体、青い炎を羽のように纏った何かだった。
前足を噛み付かれたその何か、いや分かってる、今あの場にいるのはピューマっ子と。
アイリだ!
アイリは首を下げ、前足に噛り付いたままのピューマっ子の首筋を大きな口で噛むと無理矢理引き剥がし空中に放り投げ、落下してくるピューマっ子に向けて空気が痺れるような咆哮を浴びせた。
ピューマっ子はそのまま意識が飛んだのか、動かないまま背中から地上へと落ちてくる。
それを見ていたアイリが、タンッと空中を蹴ると落下するピューマっ子の首元を咥え、地上に降りるとそっと下ろした。
場内は静まり返っている。
アイリはその場で一度俺のほうを見ると、目線を外しそのまま下を向いた。
獣化したアイリの表情はよく分からない、なのになんでそんな悲しそうにしてんだよ。
俺は、うな垂れたままのアイリに向かって静かに歩き出す。
アイリの前に立つと、アイリの髪のような金色で綺麗なたてがみをそっと撫でる。
一瞬ビクッとしていたがそのまま俺の手に甘えるように顔を寄せる。
よく見ると子馬というよりは龍のような鱗になっていて、頭にはエリ姉のような小さい角が生えていた。
体に纏った羽のようにゆらめく炎は青く綺麗で、不思議と熱くはなく暖かい。
「勝ったんだぞ・・・何で下向いてんだよ」
「モフモフやなかけん・・・」
「ん?」
「アイリモフモフやなかけん、こげん姿やけん・・・克己にきっと嫌わ―――」
「馬鹿野郎、そんなこと気にしてたのかよ。俺はアイリだったら何だっていいんだよ」
涙声で話すアイリの言葉を遮り、俺は静かにそう言うとアイリの赤い鱗に覆われた首に手を回し、抱きしめながらそっと撫でた。
コイツ、そんなこと気にして、俺に嫌われるんじゃないかと思ってもそれでも・・・馬鹿なやつだよ。
アイリはそれでも首を振り、話し続けた。
「アイリこげんやけん、モフモフやなかけん出て行けんかったと。克己が苦しんどーんも分かっとったんに」
「ん?だから獣化しなかったってことか?」
「それもあると。それもあるばってん・・・もっと前から」
俺は一瞬何のことか分からなかったが、アイリが打ち明けた言葉の意味が分かった時、なんか納得して何故か笑えた。
確かにもっと前から会えてたら、俺の人生は変わっていたと思う。
でも、今がこんなに波乱万丈で楽しいからいいじゃねーか。
俺は獣化したアイリのちょっと凛々しくも愛らしい顔を両手で包み、アイリの顔を上げて正面に向け目を合わせると笑って一言った。
「この人見知りさんめ、これからもよろしくな」
アイリは人の姿に戻り大粒の涙を流すと、俺に抱きつき胸の中で大声を上げて泣いた。
そして場内から声がする。
「「「神獣だ。 神獣だって? 初めて見たぞ」」」
シンジュウ?何だそれ?
でも今はそんなんどうでもいい、アイリが勝って元気に俺のところにいる。
それだけで超震える、たまらねぇほど嬉しい。
だが、そんな俺の暖かい空気をぶち壊すような声が聞こえた。
「なんでだ、なんでお前みたいな一般人がそんな神獣を・・・」
声がする方を見ると、石上が呆然とした顔で問いかけて来ていた。
「そんな事より、速くピューマっ子治療してやれよ」
「こんな石上家にふさわしくない霊獣など、それよりその神獣――――」
「あ?知るか!家柄だかなんだか知らねぇけどな、家族ってのはな、」
あー心底ムカつくやつだ!
「やたら厳格な親父と、」
俺を信じて見守ってくれて。
「怒ると包丁握り締めるお袋と、」
勝手にやらせてくれて。
「ムチャクチャする兄と、」
男ってもんを教えてくれて。
「ブラコンの姉と、」
心配ばっかりかけてごめん。
「相棒のアイリだ!」
最高な家族だ。
「自由奔放な柴田家は最高で最恐なんだよ。羨ましかったら自分の家族大事にしやがれ、一般家庭なめんな」
俺は何となく勝手に言いたいこと言って少しスッキリすると、アイリを抱いたまま一馬達の所へ向かった。
「一馬、モモの様子どうだ?」
「ああ、傷は深ない。今は隠匿して寝てるだけや」
壁に寄りかかりながら石上を睨みつけて何か言いたげな様子の一馬も、顔の前で手をヒラヒラさせてそう言うと少し穏やかな表情になった。
良かった、一瞬どうなることかと思ったわ。
「「「「アイリちゃーん!!」」」」
一馬と話していると幼女共が一斉に四方八方から駆けて来たので、抱き上げていたアイリを下に降ろした。
囲まれたアイリは何か照れ臭そうな顔してたけど、抱きつかれて揉みくちゃにされるといつもの笑顔に戻っていた。
「それはそうとアイリちゃん、ありゃどういうことや?」
「そうだぞ、いきなり神獣とかビックリだぞ」
うん、そういいたい気持ちは良くわかるが、俺はそんなカテゴリーすら知らん。
かといって獣化した経緯をそのまま正直に話すのもなんだから誤魔化しておくか。
「何か突然できるようになったらしい。愛の力かなんかで」
「んなアホな!」
「里香すごいっス!アイリちゃんキリンさんっス!キリンさん!」
「「「キリン!?」」」
思わず3人同時にロディーの言葉に反応してしまった。
確かに首は長いけどキリンはおかしくね?何か炎メラメラしてるし。
「高位霊獣って言われてるあの麒麟だぞ!?」
「そういや特務部のお偉いさんが、その亀やったっけ?」
どうやらウチの子は凄い霊獣ってのは分かったけど、驚いてる2人とはどうも温度差がある。
いや俺も正直驚いてはいるけど、自分の中では甘えん坊で、人見知りで、おつまみ系大好きっ子な幼女でしかないし、いつも見てるアイリが全てなのだ。
でも周りの反応からすると、また悪目立ちしそうで憂鬱な気分になる。
そういえば結局この鉄の棍も光らせきれなかったな、そう思いながら一馬に差し出した。
「一馬これサンキュー、でも上手く使えなかったわ」
「そりゃそうや、俺でもちゃんと使えるまで半年かかったんやぞ。見てみぃ、これはこうやって・・・あれ?」
「なんだ駄目じゃん。」
「ちゃう、壊れとる。全く反応せん・・・」
「・・・・」
やばい、もしかして壊したのかもしれない。
「武具は消耗品だからな、仕方ないぞ」
「コレは繊細な子やからなぁ・・・」
ああ、罪悪感増すからそんな悲しそうな顔しないでおくれよ。
今度また飯でもおごるから。
「ごめん・・・。でも結局ロディーとやった時みたいに、体が軽くなる感じにはなんなかったよ」
「何やそれ?」
「体軽くなる感覚なんてないぞ?」
一馬と里香が俺の言葉にキョトンとしてる。
あれれ?何か俺おかしなこと言った?
「でもあの時、体がフッと軽くなる感じがしたんだよ。そしたらアイリが空ドンしたんだ」
「あ、それ。獣化してない状態でリミッターが外れる事はあるらしいぞ。戦闘は獣化しちゃうからそんな無駄なことはしないけど」
なるほど、獣化した状態のアイリの力をあの時一瞬だけ使えたってことか。
戦いの最中俺もあんだけ頑張ってたのに、何かできる条件とかあるんだろうか?
アイリもあの姿は抵抗あるみたいだし、そのまま力出せたら一番いいんだけどな・・・。
でもあれだけの激しい戦闘で前みたいに疲れ果ててないってのは、ちゃんと霊力練れてはいたってことなのかもな。
なんだ、俺もちゃんと成長してるじゃん。
まわりの騒ぎとか神獣だの、そういうめんどくさい事はとりあえず置いといて、今日は頑張ったご褒美にアイリの好きなおつまみでも買ってやるか。
俺は友達に囲まれて、ただ楽しそうに笑ってるアイリを見ながら、そんなことはどうでもいいと思った。
次話から新章が始まります。