霊獣とは
「アーイーリーちゃーん!」
はしゃぐ俺達の元に、可愛い声とは裏腹にドスドス音を立ながら口を空け牙剥き出しで駆け込んでくる、熊っ子の姿が見えた。
それは大迫力だよモモさん。
「次ウチ、ウチとやろ?」
興奮状態でアイリに駆け寄り戦闘申し込んでるけど、角砂糖あげるから落ち着きなさい。
そんでアイリもワクワクしない!
お兄ちゃんアイリが傷物にされないか心配ですよ。
「モモ、今やったばっかしで集中力切れてるからちょっと待って」
「「えー!」」
「なんや克己、人気者やなぁ。」
「人気者?」
幼女達のブーイングの中、今日は木刀ではなく長い鉄の棒を持った一馬が、テレテレ歩きながら周りを見渡し妙な事を言ってきた。
そう言われて気付いた、何となくザワついた雰囲気の中で視線が俺達に向いてる気がする。
「まぁた派手なことやらかしたみたいやんけ」
派手なこと?
言われてみればそうか、当たり前のことだ。
物理法則とか無視して、空間蹴り飛ばして跳ねるとか騒ぎにならない訳が無い。
でも俺も驚いたけど根拠も理由もわからん。
アイリがやったらできた。それだけだ。
「それに関しては俺も分からん!ウチの子が天才だっただけだ」
「ほう・・・それはウチのモモより天才やと?」
一馬の目の色が変わり、低い声でゆっくりと凄んできた。
だが、うちの子の方が可愛いのはこっちも一緒だ。
「ウチの子はやれば出来る子なのだよ」
「エエ度胸や、おんどれ勝負せいやぁ!!」
一馬が半狂乱となって吠えた瞬間、黒い物体が一馬の後頭部をゴスッという音と共に襲った。
「カズ兄ウザい」
腕を振り下ろしたモモが首を振って呆れていた。
一馬は地面と同化する様にビタンと倒れ、持っていた棒がカランと転がり落ちた。
「一馬そう言えばこの棒何だ?」
「ぇえ?ああ、それは委員長対策で使うとっておきや。」
一馬が言うには、こないだの委員長戦でノエルと2人で攻撃された時、距離とって攻撃した方がモモと連携が取りやすいってことを学んだらしい。
「でも木刀と鉄の棒ってずるくね?」
「ああ、模擬戦闘は木の棍使うんや。それは本番用の霊糸入りのやつや」
一馬はそう言うと腹ばいで寝そべったまま、モモの椅子代わりにされた体勢で棍を握ると、霊力を流し始めた。
鉄の長い棍は中心から徐々に青く光り始め、棒の先端まで延びていった。
「あれ?光青いぞ!霊糸の時は黄色かったのに」
「それは材質やな、使う素材によって特徴が違うんや」
どうやら武具に練りこまれた霊糸との相性で、硬いやら速いやら武具の性質が変わるらしい。
ちなみに青く光るのは速さ重視だそうだ。
「そ、そないな事より、そろそろ、どうや?も、モモがやり、とうて痺れ、切らしてる、んや。」
一馬に座るモモを見るとウズウズしたまま体揺さぶってるせいで、一馬の体がミシミシいっていた。
正直モモとアイリを戦わせるのは怖いからどうしたもんかと躊躇していると、場内が更にザワついた。
「それなら俺とやろうか」
低く響く冷たい声で一馬とモモに無表情のまま声を掛けてきたのは石上だった。
「こないだの礼もある。石上家の面子もある。どうだ?」
「んなこと知ったことかい、でも、面白そうやん」
石上の言葉に、黒い笑みを浮かべて一馬は受けてたった。
その後、俺とアイリを一瞥すると訓練場の空きスペースに獣化したピューマっ子と歩いて行った。
アイリはちょっと残念そうにしてたが、石上の表情見て俺の後ろに隠れた。
「それで?方法はどないするんや?自分には直接言いたいこともあったし、相手するには丁度ええわ」
「いや、こないだの一件でアバラが逝っている。今回は霊獣戦にしよう。君とは今度だ」
「何やつまらへん。モモ、思いっ切り楽しんどいで」
そう言うと一馬は鉄の棍を方に担いで壁際に下がっていき、石上はチラリとピューマっ子を見ると同じように壁際へ歩いて行った。
アバラって多分、アイリの特攻のせいだよね。
後で菓子折りでも持ってこうかしら。
「よろしくなぁ~」
「・・・・・・」
モモがバンバンと掌を叩きながらピューマっ子に挨拶するが、相手からは何の返事も無い。
あの礼儀正しい子なら挨拶の一つもしそうなもんだけど、石上の前だからそういう態度取れないのかな?
そう考えてるうちに、戦いは何の合図も無いまま始まった。
相変わらずピューマっ子の動きは速く、以前より身のこなしがキレッキレだ。
いきなり奇襲をかけたピューマっ子が立ち上がった体勢のモモの顔めがけて跳ぶと、モモは叩き落すように右手を振りぬいたが、ピューマっ子がそのまま体を回転させて避けると、そのまま振り切るモモ腕を爪で掻き、後ろ足でモモの顔面を蹴って、地面に着地した。
顔を蹴られて一瞬後ろによろめいたモモの足を、すぐさま反転したピューマっ子が地面を蹴り足元目掛けて飛び込むと、足に喰らい付き、そのまま左右に頭をよじりモモの足のダメージを深くしていく。
モモは悲痛の叫び声を上げながら、足元のピューマっ子を横から手で薙ぎ払うが、ピューマっ子はそれを察したのか口を放して後ろに飛び退き、モモの爪は空を切った。
完全に動きと速さがモモの上をいってる。
あのモモのやることが全部空回りとか初めて見た。
その後、何度か攻防を繰り返し、一度はモモの手がピューマっ子の胴体を捉えるも、決定打にはならず硬直状態になった。
そして、4つ足状態になったモモがピューマっ子に向かって突進した直後に、咆哮を浴びせた。
だが、ピューマっ子は真上にヒラリと跳ぶと、モモの頭上で胴体のみ上方に跳ね上げモモの頭上から咆哮を放った。
モモはそのまま白目を剥いて地面に崩れ伏した。
思わぬ一方的な戦いになって、俺は以前アイリがこうなってたかもしれないと思うとゾッとした。
その時、一馬が叫んだ。
「モモ!!おい止めさせろ!!」
この勝負が終わったと思っていた矢先、ピューマっ子がそのままモモの喉元に喰らいついた。
モモはもう動けない状態なのは分かってる筈、なのに何で!?
一馬はすぐさまモモに駆け寄り、持っていた鉄の棍をピューマっ子を払うように振った。
そのまま一馬とピューマっ子が睨みあう形になると石上が声を掛けた。
「その辺でいい。よくやった」
「よくやった、やとぉ?」
「どうやらウチのがやりすぎたようだ。速く手当てをしてやるといい」
無表情のまま語る石上に今にも飛び掛りそうな一馬だったが、モモの治療を優先させるために俺と一馬でモモを引きずり壁際まで移動した。
「それでどうだ?次はお前がやらないか?」
背中越しに聞こえた声に振り向くと、石上は俺を見ている。
初めて見せた笑顔は、下卑た笑いそのものだった。
馬鹿野郎!そんな状態じゃねーし、そんな挑発になんて乗ってやらねえよ。
俺は軽く石上を睨むと、そのまま顔をモモに向け直した。
そんな時、突然俺の服の裾をアイリが引いてきた。
アイリに振り向くと、目に涙を浮かべ、口を一文字に結び何かグッと堪えてるのがわかった。
多分モモを心配してるんだろう。
だがそう思っていた俺に、アイリが服の裾を更にぎゅっと強く握り締め、必死に涙を堪えながら訴えてきた。
「モモちゃん頑張っとったけん・・・モモちゃん、アイリとやりたかって・・・私も・・・」
アイリ、もしかして戦いたいのか!?
こんなやつとやらせるのは駄目だ、冗談じゃねぇ。
今日は元々見学だ。アイリが望んでいても止めるのが俺の役目じゃないのか・・・。
そう思う俺の横でロディーが叫んだ。
「冗談じゃないっス!霊獣への礼儀ってモン私が教えてやるッスよ!」
違う!
勘違いしてるのは俺のほうかもしれない。
アイリは霊獣で、俺があの日から強くなりたいと思ってるように、アイリも強くなりたいって今日まで頑張ってるのは何でだ。
甘えん坊で人見知りで、どこか勝手にアイリの、ただの保護者気分になってた。
そうじゃない!一緒に笑って過ごすのも俺達の関係だ、だけど一緒に戦うのも俺達の関係だ。
アイリがやりたがってるなら腹を括るのは俺の方じゃないのか?
「ごめんロディー。それちょっと待ってもらっていいか?」
俺はロディーにそう言うと、アイリと向き合い目線を合わせ問いかけた。
「アイリこれだけは約束だ。無理だと思ったらすぐ降参しろ。出来るか?」
アイリは無言で頷く。
真剣な表情で目を潤ませ、口をぎゅっと結んだまま少し口角があがった。
そうか・・・。
「よし!やるぞアイリ。モモに勝ったって自慢してやろう!」
アイリは一度俺の首に手を回し抱きつくとすぐさま離れ、服で涙を拭いピューマっ子の方へ力強く歩き出した。
アイリを送り出した後、石上へ振り向き宣戦布告した。
「俺もお前に言いたいことがある。怪我治したら言いに来い」
石上は無言のまま下卑た笑みを深めると、そのまま振り向き歩いて行った。
俺は目を瞑り、不安とか苛立ちとかいろいろな物を吹き飛ばすように深く息を吐いた。
そして掌を地蔵の手の状態にして集中した。
戦闘はゆっくりと始まった。
アイリがゆっくり横に駆け出し、それに反応したピューマっ子が道をふさぐように動き出す。
2,3度同じ状態が続いた後、焦れたピューマっ子がアイリの進行方向を予測して動いたところを、アイリは一気に詰め寄り横腹に蹴り込もうとする。
だが、即座に体を入れ替え、逆にアイリの足を噛みつきに掛かった。
アイリはポンッと軽く跳び上がると、そのまま宙でギュンと一回転してピューマっ子の頭目掛けて両足をかかとから叩きつけて、そのまま踏み抜くように頭の上で体重をかけた。
だけど軽い!
同じ体格だったら間違いなく決まっていた筈の攻撃は、アイリが一瞬動きの止まったかのように見えたピューマっ子から離れるように飛んだ瞬間、追撃するように飛び掛りアイリの服を爪で切り裂いた。
俺は思わず駆け寄ろうとした。
だが、アイリは勢いで吹き飛ばされ地面に転がった瞬間、手を付き踏ん張ると追い討ちをを逃れるように、壁際まで一気に跳んで距離を取った。
まだアイリは諦めてない、ギリギリまで俺も耐えなければいけない、アイリを信じろ、もっと集中だ。
その時、俺の目の前に鉄の棒が目に入る。
目安だ!
コレを光らせ続ければアイリはまだ動きが良くなるはず。
「一馬コレ借りるぞ!」
「好きにせい!」
一馬はまだモモに付きっ切り、いやむしろ早く隠匿するか保健室連れてってやれよ。
右手で鉄の棒を握り集中する、糸とは違うが勝手は同じはず。
アイリの霊力を感じ、それを人差し指に流し込ませ、親指から循環させ手の中で回す。
そして、鉄の棍が青く光り始めるが手元で光るだけで、一馬のように先までは伸びない。
これじゃ駄目だ、集中が足りないのか。
ちくしょう、焦る気持ちで集中が乱れる、こうしてる間もアイリは必死に戦ってるのに。
壁際に距離を取ったアイリは、かけっこのよーいドン!のポーズをとると、距離を詰め寄りに駆けて来たピューマっ子の脇へ跳び、爪の届かないギリギリ位置で止まると、そこから足を使って左右へと距離を保ちながら回り翻弄し始めた。
今はかろうじてかわせてるけど、アイリの顔に余裕は無い。
速く楽に戦わせてやりたい。
そんなとき、遠くから気の抜けるような声が響いた。