コンバート
あの戦慄のモモ事件からしばらくして、ノエルも復活し夜の秘密訓練も再開した。
あの何も出来なかった教訓からか、最近ではアイリがノエルと攻撃しあえるまでに成長し、『ロイダーキック』を2人で特訓していた。
使えるのそれ?
あと山根先生の授業のおかげか、とうとう顕現と隠匿がアイリも使えるようになった。
胆力の調整も結構慣れたので、調子に乗ってアイリを出し入れして遊んでたら膝が笑うほど疲れた。
これで多少の傷なら直せるようになったので、怪我はして欲しくないけど安心だ。
公園のベンチに座り休憩する俺に、委員長がペットボトルを差し出してきた。
「アイリちゃん凄いね。獣化もしてないのにあんなに動けるなんて」
「あらやだ、うちの子なんてまだまだですわ委員長」
照れくさくて思わず謙遜してしまったが、実際凄いと思う。
でも未だに何の霊獣なのか分かってないんだけどね。
人の姿のままでも力は使えるが、本来の力をセーブした状態なので獣化した方がダイレクトに能力が使えるそうだ。
てことは、アイリ今はまだ力セーブして動いてるって事だろ?
本気出したら俺胆力もつんだろうか?
「委員長、胆力とかって鍛える方法ないの?」
「え?克己君胆力ある方じゃないか」
「なんかアイリのパワーに負けてるっぽくて凄ぇ疲れるんだよ」
「それはまだ霊力とのコントロールが上手くできてないからじゃない?」
そういや山根先生もそんなこと言ってたっけ。
思い出したように委員長がベンチに置いたバックから、1本の太めな糸を取り出した。
「これは僕達の課でやってる霊力のコントロールする練習なんだけど・・・」
そう言うと委員長は指でつまんだ糸に集中しはじめた。
しだれていた糸が少し揺れて、薄っすらと淡く黄色い光を帯び始めた。
暫らくすると、しだれた糸がだんだん立っていって90°程上がったところで止まった。
「僕の扱う霊力だとコレが限界かな?」
委員長がそう言ってから集中を解くと、糸はだらんと元の状態に戻った。
「何それ手品?」
「これは霊糸って言って、武具の材料にもなるものなんだよ」
糸を借りてみると、木綿糸よりも硬質な何かなのが分かる。
この糸を垂直に立ち上げて持続する事が第一目標なんだそうだ。
霊糸が練り込まれた刀などの武具に霊力を注入して戦うための練習らしい。
ためしに俺も指でつまんで霊力を流して・・・ってどうやんの?
とりあえず霊力と胆力練る感覚で指先に集中する、だが何もおこらない。
次にやみくもに指に集中して、なんか出て来い!ドド○パ的な!・・・ダメだった。
「委員長これどうやんの?うんともすんとも言わないよ」
「ははははは、克己君面白い、集中しすぎて顔のパーツが全部中心に寄ってたよ」
なにそれ凄い恥ずかしいんですけど・・・。
委員長は一頻り笑うとコツを教えてくれた。
「これはね、指先から出すんじゃ無くて吸うんだよ」
なるほどわからん。
「まず指先に水滴が乗っていると考えて、それを指先で吸い取る。手の中で循環させて、また指から出すイメージ。」
「それじゃアイリの霊力が外にある事になんじゃね?」
「まず、アイリちゃんの霊力をイメージして感じつつ、その糸を中心にして人差し指に集中させてから吸って、親指で出してみようか。」
言われたとおり、胆力練る感覚でその中のアイリの霊力を感じる、それを人差し指に流し込ませるイメージで親指から・・・。
すると、糸がポワッと薄っすら輝き、糸が揺れ始めたところでノエルの慌てる声が聞こえてきた。
「大変なのですー!!」
岩場でアイリと特訓してたはずのノエルが、アワアワしながらアイリを連れて駆け寄ってきていた。
俺はその時、見た光景に思わず叫んだ。
「なんでじゃい!!」
「アイリちゃんが不良になったのです」
なんとアイリの長い金髪がすべて立ちあがり、パンクロッカーのようになっていた。
「克己ぃ・・・」
「アイリさん何したの?」
「何もしとらん、突然なったと」
アイリは、やるせない表情のまま首を振った。
「もしかしたら、これが原因かもね」
委員長はそう言うと、俺がつまんでいる霊糸を指差した。
試しに指の力を抜いてみると、アイリの髪はゆっくりと元に戻った。
「何かゾワゾワすると」
「ごめん、たぶん俺のせいだわ」
「何しとったと?」
「これにな、霊力流してた」
そう言いながら、さっき試した感覚で霊糸に霊力を流した。
バァサッ!
見事にアイリの髪がパンク調になった。
「だから何でじゃい!」
「たぶん胆力が暴走しちゃったのかな?」
相変わらず意味不明だが、ストライプ状に並んだ霊力と胆力を混ぜるのが第一段階、これはいつもやってる事だ。
それを均等な流れの渦巻きソフト状にするのがベストな状態で、アイスが多くてもチョコが多くても駄目だってことらしい。
つまり、アイリの霊力吸ったから俺の胆力の渦巻き部分が太くなったってことか。
「アイリごめん、ちょっち実験付き合って」
「何すると?」
「持続的に、暫らく力使い続けてピョンピョンしてくんね?強めで」
「やったらニンジャしたか」
そう言うとちょっと嬉しそうに雑木林を指差した。
前にノエルがしてた、木から木へ反復移動するやつか。
「うん、それでいいけど、暗いからあんまり奥行っちゃだめだよ」
「にんにん」
アイリは指を上下に繋げて忍者ポーズをした後、ノエルと一緒に雑木林へと跳んで行った。
あとその挨拶、古いタイプの忍者だよ。
さあここからですよ奥さん。
これで胆力分は細くなるはず。
この状態で霊糸に霊力を・・・大成功じゃないですか!
霊糸はさっきより明るく輝き、グングン立ち上がって垂直に立った。
心なしかアイリが暴れてるはずなのに全然疲れない、これ凄い。
だが、持続力はなかったようで数秒で垂れ下がってしまった。
「凄いよ克己君!1年でこれ立ち上げ切るのはなかなか出来ないことなんだよ?」
「ま、マジ、で?委員長、の、教え、方の、おかげ、っす」
委員長がありえないくらい興奮して、俺の肩をガクガク揺さぶってくる。
こんな荒ぶる委員長は初めてだ。
「たぶんアイリちゃんも霊力量多い子だね、お互いに制御しきれなくてどっちかの使う力が大きくなっちゃうんじゃないかな?」
ああ、例の水道の蛇口理論のやつか、これに関しては今度アイリと相談だな。
「あと、これは前から考えてたんだけど、克己君こっちの課に移らないか?」
「戦闘課に?そりゃ無茶だろ、基本的なこと覚え始めたばっかりなんだぞ?」
それに絶対モモ先輩が遊びたくなるに違いないじゃないか。
「それじゃ、基礎がある程度目処がついたら考えておいてよ。ノエルも喜ぶしさ」
「わかった、考えとくよ」
そう言うと委員長は心なしか嬉しそうだった。
その後、委員長がアイリ達を呼びに行くまでアイリが力を使い続けたので、俺は虫の息になった。
◇
「アイリちゃんウィース」
「克己っちがいるの珍しいぞ」
里香と狼の霊獣ロディーが、訓練場の隅にいた俺達に話しかけてきた。
訓練場はあの一件以来なので、何か落ち着かない。
俺は今日お試しで戦闘課の訓練の見学に来ている。
「1回だけ1回だけ見に来てみて」
と言う委員長のゴリ押しの上、先生に許可まで得てきたそうだ。
「今日だけ見学しに来たのだよ」
「里香、ロディーちゃんちーっす」
おお、なんだかアイリがギャルっぽい挨拶を・・・。
「克己っち勝負しようぜ、アイリちゃんと速さ勝負やらせてみたいぞ」
「ロディーちゃんも速かと」
「里香もちっちゃいけど強いっス。怒ると晩飯からハンバークが消えるっス」
「ちっさい言うなロディー!」
実際、里香は超ロリっ子だし身長もロディとあまり変わらないから、ロリ巨乳という武器が無ければどちらが主か分からんよ。
ちなみに普段のロディーは茶髪のギャル風である。
だけど、この体格なのに戦闘課では好成績だというのだから驚きだ。
アイリの速さがあっても負けちゃうんじゃないの?
まあアイリもやりたそうにソワソワ顔してるし軽くならいいか、俺も霊力練る練習になるし。
霊力の練り方を委員長に教えてもらってから、アイリと2人で何度か練習して3回に1回はアイリの髪がパンクになってしまうが、結構上達したの感じてるから試してみたいってのもある。
一回寝てる時にイメージトレーニングしてたら失敗して、ベッドにアイリの髪が刺さるかと思った。
「じゃあ軽く一回やってみるか?ロディーお手柔らかにな」
「ヤホゥー!アイリちゃんに行くっスー」
ロディーはアイリの手を引いて訓練場の空いてるスペースへ走っていった。
アイリ達が走っていくのを見守っていると、どこからか話し声が耳に入った。
「「おい、あれ! ああ、はぐれ殴りの奴等だ」」
間違いなく俺達の事っぽいけど、その呼び方定着してたのね。
そういえば同じクラスの奴等だけじゃなくって、同学年の奴みんないるんだっけ。
そんな事を考えていると、ロディーが獣化して戦闘が始まった。
様子見してるアイリの周囲をロディーが回り死角から飛び出す、なんかそういうところ狼っぽいね。
ロディーもスピード系の戦闘スタイルだが、ノエルに比べると攻撃力も高そうだ。
ノエルの攻撃がシュッて感じだとすると、ロディーのはブンッて重い感じがする。
ちなみにモモ先輩のはゴゥワシャッだ。
何度か攻撃をかわした後、反撃に出たアイリが体格差なのか逆に押し込まれてる。
いやむしろ怖っ!
アイリの顔のスレスレをロディーの爪が掠めていく、あれで軽くなの!?
「あー、あれロディー結構熱くなってきてるぞ」
「マジで?」
「マジで」
里香がヤレヤレしょうがないなって顔してるけど、俺は不安の塊だよ。
「「噂ほどあんまり速くないな。 話が盛られてんだよ。」」
おい煩せーぞ外野共!
いや、でも確かに遅い。
慣れてきたとはいえ、いつもノエルとやってる時は目で追うの必死なのに、今は完全に捕らえられてる。
ロディーに合わせてる?いや、なんかやり難そうな顔だから多分違う。
そういえば、部屋で練習してた時『お互いに力をドバドバ出してるなら絞ればいいじゃない』と、お互いに力絞って均等に練るイメージしてたから、癖で今もセーブしてるのかもしれない。
それじゃ駄目だ!
「里香、糸ないか?霊糸!」
「そんな物ここに持ってこないぞ」
くそっ、あれ無いと目安がなくて感覚が今イチなんだよな・・・しかたない、髪の毛ビョーンになったら許せ。
「アイリ!全力で行け!!」
俺はアイリに叫ぶと、親指と人差し指を合わせ仏像の手のようになったところで、指先に集中する。
アイリの動きはさっきより良くなった、あとは俺も全力だ。
イメージだ!アイリの霊力を感じて、それを人差し指に流し込ませ、親指から循環させる。
ゆっくりだ、ゆっくりでいい手の中で回せ・・・。
すると、フッと体から力が抜ける感覚がした。
その時、アイリがロディーの突進を真上に高く跳んでかわすと、急旋回で反転したロディーが上を見上げ、アイリを確認すると追撃するように跳んだ。
だめだ、宙に浮いた状態じゃ回避ができない、落下の途中で相手の攻撃を待つだけになる。
そう思った。
その瞬間、アイリが宙を蹴って反転しロディーに向かって加速したのだ。
明らかに落下ではなく、地面でもないところを踏み込んで反転し角度を変えて下へと跳んでくる。
驚いたのは俺だけではない。
目の前にいて勝機が見えていたロディーが一番驚いただろう。
そのまま何もせず上昇していたロディーに急接近するとアイリがくるりと体を捻り、ロディーの背中にストンとまたがると楽しそうに笑った。
もしかしたら、俺が感じた力が抜けて体が軽くなる感覚がアイリにもあったかもしれない。
後で聞いてみよう。
ロディーはヒャッホイするアイリを背中に乗せたまま、こっちに帰ってきた。
「意味分かんないけど完敗っスー」
「アイリちゃんハンパないぞ。何だあれ?」
うな垂れるロディー、拳をブンブンさせてなぜか興奮冷めやらない里香、ニコニコ顔のアイリ。
面白い光景だ、こんな興奮があるのなら戦闘課も悪くないかもしれない。
あとロディーのフリフリの尻尾モフりたい。
「おかえり」
「ただいま」
ピョンとロディーから飛び降り、顔を紅潮させて走ってくるとポフンと抱きついてきた。
「なあアイリ、なんか途中で体軽くなんなかったか?」
「なったと。あ、コレ!って思うたとよ」
やっぱりか!
あの状態が霊糸ピーンの状態に違いない。
軽く頭を撫でると、抱きついたままその場で小さくピョンピョン跳ねている、アイリも興奮してるみたいだ。
そんな俺達に場内の雰囲気がどうなっているのかなど、知る由もなかった。