片鱗
『危ない!!』
場内で誰かがそう叫んだ。
ノエルが飛び退き着地しようとした地点には、別グループで戦闘中のピューマの霊獣が同じように大きく跳ねた直後だった。
2匹の霊獣は強く体を打ちつけ、体格の劣るノエルは大きく跳ね飛ばされた後、頭から地面に叩きつけられ、ピューマの霊獣も背中から地面に落ちた。
「何やってんだクズ!」
放たれる罵声、だがその言葉はノエルに対してではなく、その場に横たわる自分の霊獣に対して放たれた言葉だった。
「はい・・・すみ、ません正樹様」
ゆっくりと起き上がりながら、霊獣は主に対して謝罪した。
だが、立ち上がろうとした瞬間、霊獣の腹に一振りの木刀が叩き込まれた。
その場に蹲る霊獣に、主は怒りを露にしながらも無表情のままノエルを指差し更に言い放つ。
「いつまで寝てやがる。さっさと起き上がって、あのじゃまな狐にとどめ刺して来い」
「ですが――――」
その弱く発した言葉は、主の足が霊獣の顔面に向かって蹴り込まれたことにより遮られてしまった。
「もういい」
主は蔑んだような目で霊獣を見下ろし無表情のまま一言そう言うと、フラッとしながら力なく起き上がろうとするノエルに向かい歩き出した。
◇
その瞬間を俺達は目の当たりにしていた。
善戦していた委員長たちが、モモの攻撃をかわし切ったかのように思えた瞬間、委員長は弾き飛ばされ壁に激突したが、即座に立ち上がり戦闘を再開した。
だが、ノエルも上手く避けて距離をとったかのように思えた瞬間、他の集団の霊獣とぶつかってしまった。
「ノエルちゃん!!」
珍しくアイリが場内に身を乗り出し叫んだ。
「おい、あれヤバくないか?」
「頭・・・打ってる」
啓太とデイジーもこの状況に慌てているようだ。
更に次の瞬間、俺は考えられない光景に目を疑った。
男が横たわるピューマの霊獣を介抱するどころか何か言いながら木刀で叩きつけ、顔を蹴りつけている。
俺は男の意味の分からないその行動に無性に腹が立った。
そして、目を細め何かを確認した啓太が男の方を指刺し言う。
「あ、あれ石上のボンか!?」
「ボンボン?」
「どこぞの財閥のお坊っちゃんで実技では学年トップクラス、だが性格がクソの塊みたいな奴だ」
「でも、自分の霊獣にアレは無いだろう!?何であんな奴に従ってんだよ?」
「さあ?でも前からアイツはあれがデフォルトだし」
啓太は呆れた様に肩を上げ首をを振った。
そうだ、それどころじゃないノエルだ!俺も思わず立ち上がり状況を確認する。
その時、ノエルは頭を押さえながらゆっくりと起き上がろうとしていた。
とりあえず無事そうだけど・・・委員長はまだ一馬達と戦闘中だ、あいつらノエルの状態に気づいてないのか!?
俺がそう思った直後、遅れて場内の雰囲気でも察したのか、委員長達もノエルの異変に気が付いた。
だがそれに気が付いたのは石上が霊獣を足蹴にした後ノエルの前まで歩み寄り、あろうことか起き上がったばかりのノエルに、木刀を振り上げようとした瞬間だった。
◇
モモちゃんはやっぱり強いのです。
一馬さんにもいっぱい攻撃してるのに、全然効いてなくて笑ってるのです。
こんちきしょーです。
雷太がおうえんに来ました、2人でなら一馬さんもいちころなのですよ!
この勢いでビュンビュン跳んでバシバシ攻撃します、雷太もがんばっています。
あ!モモちゃんもう起き上がってる、ヤバいのですよ手がビュンて伸びてきます。
これは作戦ビー実行です、一度距離を取ってから勢いつけてもう一度飛び込むのですよ。
エイッ・・・・!!!?
あれ・・・?おかしいのです。
誰かとぶつかっちゃったみたいで、頭が痛くてフラフラします。
むこうから男の人が歩いてきました。
もしかしたらぶつかった人かもしれないので、ちゃんと起きて謝らないとです。
「あ、あの、ごめんなさ・・・え!?」
男の人が木の棒を上にあげて叩かれるかと思ったら、とつぜん青い光がピカッと眩しくて怖くて目を閉じちゃいました。
でも何も起きません、目をあけたら・・・ふしぎです。
目の前にチーズをもったアイリちゃんが立っているのです。
◇
ヒャッハー!
いきなり俺狙いかノエルさすが速いな、やるやんけ。
お、おおお!?委員長の野郎、モモ攻撃しよった!!
しばく!!絶対しばきたおしたる!!!ってこっち来るんか~い!
よっしゃまとめてかかってきてみぃ痛っ、おんどれ何してくれとん痛ぁっ!
委員長はともかくノエル速すぎて捌くのが精一杯や、いっぺん体制立て直して委員長からや。
木刀の叩き込みからのぉフェイント前蹴りっ、お入った。よっしゃ一発返し痛っ。
それにしても、委員長あがり症のはずやなかったのかいな?
ごっつ腕上げたな。
お、モモたん復活!そこや!2人まとめていったれぇぇぇぇ!
薙ぎ払えぇぇぇぇ!!
よっしゃ、ノエルはどっか飛んでったし攻撃は軽い、委員長は体制崩れとる、チャンスや。
「モモ!先に起きてくる委員長逝くで!」
「おー!」
「2人共やっぱり強いね」
もう起きてきた!?こいつの強さ正味どれぐらいなん?
からの前蹴りっ!ゲ、外した。
ここだとモモの攻撃の邪魔になる、ちょっと立ち位置ずらし・・・・!?
「2人共ちょい待ち!ノエルが変や!!」
「「ノエル!?」」
俺達は異様な空気に気がつくと、すぐに駆け寄ろうと走り出した。
おいおいおいおい、ちゅうかあの男何するつもりや!?
その瞬間、俺達は見たんや。
たった一瞬青白い眩しい光と共にえげつない速さで跳んできたか思たら、ノエルに木刀振り下ろそうとする男の腹に頭から突っ込み、男が壁際まで吹き飛ばされる姿を・・・。
そしてノエルの前で立ちはだかるアイリを。
◇
俺は目を疑った。
スタンドから身を乗り出しノエルを心配していたアイリが、スタンドの低い柵によじ登り、先生と授業でやっていたグッと溜めてバッと飛び上がるあの動作をしたかと思うと、はぐれ騒動で俺が最後に見たあの青白い閃光が目の前でまた輝いたからだ。
直後、目の前にアイリの姿は無く、柵から場内に落ちたのかと慌てて周囲を見渡すと、ノエルの前にアイリは立っていた。
そして、そこにいた筈の石上はその先の地面に腹を抱えてのた打ち回っている。
色々起こりすぎて頭の生理が追いつかないが、今はそれはいい。
急いでアイリ達の方へスタンド内を走り出すが体が鈍い、おそらくアイリが力を使ったせいなんだろう。
だが事態はまた急変する。
アイリの元に辿り着くより早く、アイリに向かって茶色の大きな物体が襲い掛かった。
アイリはそれを跳んでかわすと、そこにいたのはさっきまで石上に虐げられていたピューマの霊獣だった。
一瞬、低くした姿勢で牙を剥きうなり声を上げると、着地したばかりのアイリへまた飛び掛る。
そこからは俺の目で追えるか追えないか程の速さで横へ、上へ、後ろへ、牙を剥き爪で掻くピューマの霊獣の追撃をアイリは必死に繰り返し避け続けている。
この速さでは俺は何も出来ない。
俺は走るのを止め、せめてアイリに力を使わせようと集中することに専念した。
ノエルはいつの間にか駆けつけた委員長達によって介抱され、モモは4つ足で立ち臨戦態勢のままアイリ達の動きを目で追っている。
「ちょっと分が悪いね。アイリちゃん攻撃の訓練は?」
俺の後を追いかけてきた啓太が背中越しにもどかしそうな声で聞いてきたが、俺はアイリ達に顔を向けたまま無言で首を振って答えた。
学校でも公園でもアイリは基本、飛び回る動作しかしていない。
ノエルと遊びで何かやっていたことはあるが、こんな状況で使えるものじゃない。
実際は啓太の言う通り、着地してから距離を取りたいアイリに、間髪入れず間を詰め寄るピューマの霊獣。
攻撃こそ受けていないが、少しづつアイリが追い詰められてきているのは、俺にも分かるほどだ。
経験の差、力の差、助けてやりたいのに何も出来ない苛立ちがだけが溜まっていく。
その時、俺の目に手で腹を抱えたまま上半身を起こし壁に寄りかかり座り込む男の姿が映る。
俺は再度走り出した。
重い体、もつれそうな足に、今だけだ、一瞬だけで終わらせるから耐えろと自分に言い聞かせ走り、すぐ先にいる石上に向かってスタンド内を全力で駆ける。
啓太は言っていた。
[霊獣の力を使わせないために人から攻撃するか、もしくは霊獣を先に倒して優位な状況を作るのか、圧倒的な力の差がある場合どちらを優先するかで局面は大きく変わる]
そう、今局面を変えられるとしたらこれしかない。
意識を刈り取るだけなら簡単だ、ただ眠らせてやればいい。
正面からではなく不意打ち、それだけでいい。
俺はそう考えながらスタンドの柵を乗り越え、壁際に座る石上の頭上から場内へと飛び降りると石上の方へ向き直り、突然の事に呆気に取られてポカンと見上げている石上の顎を横から蹴りつけた。
力なくズルズルと地面に倒れた石上を確認する。
よし!これでいい。
即座にアイリの方へ振り向いたその瞬間だった。
俺の眼前には大きな牙が迫っていた。
反射的に思わず身を引いて顔は回避したが、そのまま俺の肩口に喰らい付き、その勢いのまま壁へと押し込まれた。
また左肩かよ、俺の左肩になんか恨みでもあんのかよ!
そう叫びたくなる思いと肩口に走る痛みに目を閉じていたが、ドフンという鈍い音が耳に入り目を開けた。
そこには下手から手を振り上げたモモの姿と、短いうめき声と共に口が開いたまま俺から離れてゆくピューマの姿がスローモーションのように流れた。
そこからは一方的な展開だった。
たたらを踏んだピューマの霊獣にモモが咆哮を浴びせ、避けられず直撃を受けたピューマの霊獣が離れた壁まで吹き飛び叩きつけられる。
モモはダッシュで詰め寄るとピューマの霊獣に覆いかぶさり、そのまま喉元に噛み付こうとしたところを一馬たちに止められていた。
俺がその光景を目にしている頃、精魂尽き果て壁にもたれて半分寝ている状態の俺に、少し泣きそうな顔をしながらアイリが駆け寄ってきてポスンと腹の上に飛び乗り抱きついてきた。
「アイリ怪我ねーかー?」
「チ-ズ・・・。チーズ落としてしもうたと」
力なく質問する俺に、少し泣きそうな声で腹に顔を埋めたまま謎回答が返ってきた。
いや、気持ちはわかるけど今そこ心配してないからね。
「いや、怪我・・・・」
「しとらん。怪我しとーん克己やろ?」
腹の上で顔を上げ、今度は少し剥れた顔でアイリがそう答えたので正直ホッとした。
俺が軽く頭撫でてやるとアイリは腹の上に座り直し、剥れた表情のまま糾弾してきた。
「無茶したらいかん!」
「いや、先に飛び出したのアイリさんですよね?」
「あれは無茶やなか、救助ばい!」
「だよな、ノエル助けたもんな。」
そういうと2人同じタイミングでニカッと笑った。
その後、石上たちのグループが謝罪と共に、倒れていた石上とピューマの霊獣を連れて闘技場を去った。
この日を境に「戦慄のモモ」と「はぐれ殴りの相棒アイリ」の名は学年内で轟くこととなった。