懸念事項
「だからアイリは綺麗な髪してるんだから、断然ゆるフワで女子力マックスなのよ」
「え~、編みこみも可愛いのです。お人形さんみたいなのです」
「今度なモモんちでふぁっしょんしょーせえへん?あ、アメちゃんあげよか?」
教室でキャイキャイしながら三人にされるがままのアイリを眺めていると、教室の入り口で山根先生が呼びに来た。
「柴田、急だがこれから特務部へ行って貰う事になった」
「特務部って、あの警察的な?」
「そうだ、だが別に悪い事をしたわけじゃない。ちょっとした調査みたいなもんだ。何があっても俺が守ってやるから安心していって来い」
テカテカした顔でそれだけ言うと、副担任のジェロム先生に任せて行ってしまった。
アイリを連れて先生の車で特務部へ向かう途中、突然ジェロム先生が車を路肩に停車させると時計を凝視した。
「ジェロム先生どうしたんですか?」
「ムフー、約束の時間まで少し早く着きそうなので時間調整だ」
いや、真面目か!牛って大らかなんじゃないの?
「ムフー、それより柴田、主はああ言っていたが、俺には楽観視が出来ん。ムフー、むしろ何か嫌な思いをする可能性の方が高いかもしれん。ムフー、脅かすわけではないし、お前達を何があっても守ってやりたいというのは俺も同じだ。ムフー、だからそこは心に留めておけ」
「・・・はい」
「ムフー、時間だ行こう」
鼻息が気になって内容があんまり入ってこなかったが、野性の感なのか本当に何かある前提で教えてくれたのか、とにかく気は抜かないでおこう。
特務部の正面へ到着すると、建物の入り口には黒いスーツを着てシュッとしたスタイルの1人の女性が待っていた。
「こんにちは、あなたが柴田君ね。で、こっちが噂のアイリちゃんかしら、私は霊獣特務部・第一捜査課の加賀屋アヤカです」
「ど、どうも」
「あいりです。よろしくおねがいします」
穏やかな笑顔で挨拶をするの女性の額には、エリ姉と同じような角があった。
おそらく霊獣なのだろう。
「あら、鬼人は珍しい?」
「いえ、姉が鬼人なので珍しいと言うか・・・それより、俺達これからどうなるんでしょうか?」
「心配はいらないわよ。大体の事情は聞いているけど、詳しく本人から聞きたいのとアイリちゃんには検査を受けてもらうことになるわ。まずは中にどうぞ」
そういうと俺達は建物の中へと誘導され、ジェロム先生は俺達を見送るとそのまま学校へ戻っていった。
アイリと手を繋ぎ、ロビーから長い廊下をアヤカさんの後ろについて行きながら考える。
ジェロム先生の言葉を鵜呑みにするつもりも無いけど、何気ない会話の中の1つの単語「検査」。
建物の中、それも特務部の中でなければ何も思わなかったかもしれない。
普通の警察署とは違う、静かで何か重い空気感に嫌な予感がよぎる。
アイリははぐれ同然として扱われないだろうか?
痛い思いはしないだろうか?
何より、このまま意図的に引き離されてまた寂しい思いをさせてしまうことになるんじゃないだろうか・・・。
そう考えていると、知らないうちにアイリの手を強く握っていた。
察したかのようにアイリが俺の顔を見上げてきたので、笑って返したが、ちゃんと笑えてたかどうか自身が無い。
長い廊下を歩き暫くすると、表札も何も無い1つの扉の前で止まり「どうぞ入って」と言われ、部屋の中へと通された。
赤い絨毯張りの10畳程の部屋の奥には、椅子に座った色白の宝塚に出てきそうな顔の青年がこちらを見ている。
俺達をソファーに座らせ、アヤカさんが青年に向かって首を振ったをの見ると、青年が視線をこちらに戻し静かに話しかけてきた。
「はじめまして、僕は第一捜査課の加賀屋といいます。まず君の誤解を解いておきたいと思う」
「誤解・・・ですか?」
「そうだ、おそらく君はいいイメージでここに来ていないと思う。だが君の霊獣を手荒に扱ったり、君自身をどうこうしようとはこちらは考えていない。むしろ逆だ、僕は今回の件をはぐれ対策に有用な手がかりと捉えているんだよ」
それって手荒な真似はしないけど、結局アイリをはぐれとして見てるって事か?なんかムカつくぞ宝塚野郎。
「・・・それで、ウチの大事な家族に何を?」
「何もしなくていい。これから簡単な検査はいくつか受けてもらうけど、安全な事が確認されたら君たちは、いつも通りの生活をしてくれればいい。ただ、それを僕達は見させてもらう。」
「見る、とはどういうことですか?」
頭に血が上って少し言葉が強くなった俺を見越したのか、アヤカさんが割って入った。
「ごめんなさいね、礼二はいつも少し言葉が足りないの。
あのね、これからアイリちゃんには学校でしてるような霊脈の流れや安定性だったり、魂魄の定着ができてるのかとか詳しく見させて欲しいの。
これはあなた達が暮らしていく上で周りの人から怖がられたり、変な目で見られないようにするためなのよ。
それから、今回は異例すぎる事態だから不確定要素を無くす為に事後経過の観察として、今後暫く監視役が付く事になるけど、密着取材みたいにベッタリ居るわけじゃなくて影から見守らせてもらうことになるの」
「そういうことだ」
そういうことだじゃねーよ。
全然まともな話じゃねーか!お前の話でむしろ誤解したわ。
「じゃあアイリが痛い思いをすることとかは無いんですね?」
「ウチの研究班から採血をお願いされているくらいね。ベットから起きたら人造霊獣とかロボコップになってるとかは無いから安心して」
「例えが古いですけど・・・分かりました。でも同行はさせてください」
「了承する」
警察組織に対して俺が抵抗できるとは思えないけど、この条件なら最低限何かあった時にすぐ駆け寄って守ってやるくらいはできるだろう。
アイリを見ると俺に寄りかかりながら、少し遠い目で窓の外を見ていた。
さっきの部屋から医務室の豪華版のような機械がやたらある部屋へ移動し、足に抱きつく不安顔のアイリの頭を撫でる。
「何かすると?」
「うん、一応検査らしい。注射があるけど俺もここにいるし、すぐ終わると思うから心配しなくていいぞ」
「わかった」
アイリがコクリと頭を下げ頷いた後、白衣を着た医療担当に手を引かれ、薄い検査着に着替えたアイリが大きな機械の台に立つと検査が始まった。
その間に宝塚野郎こと加賀谷と、はぐれ事件とアイリと出合った時の事を一通り話した。
「概ね報告通りだな。何か他に気がついたことは無いか?」
「あっ、そういえばはぐれが消滅した時、青白い光がはぐれを薙ぎ払ったように見えたんですけど何か分かります?」
「青白い光・・・。僕達が使っているはぐれ用の武具に霊力を通すと、その様な発光した状態にもなるが・・・」
「その時は他に誰もいなかったですし、仲間が駆けつけた時も俺以外誰もいなかったらしいです」
「霊力の暴走・・・あるいは他の霊獣の力、どちらにせよ霊脈を断つ程の力がそこに存在したことになる。確かに不可解だな」
そう言うと加賀屋青年は、少し外すと言って部屋から出て行った。
アイリはちょうど採血中だ、注射針を打たれたアイリがムフーと鼻息荒く腕をガン見している。
なにそれ興奮してんの?耐えてんの?
検査は時間こそ掛かったが、心配していたような事も無くあっけなく終わった。
そして重要な検査結果は、暫定規制値ではあるが問題なく俺の霊獣であることが認められた。
これで正式に、超公式に俺とアイリは相棒となったのだ。
そして朗報はもうひとつ、アイリは四肢のある霊獣の可能性が高いそうだ。
これは断然モフモフ霊獣の期待度が上がってきた。
思わずアイリを持ち上げ、
「ウェーイウェーイあいりウェーイ」
と言いながら高い高いをしていたら、
「やめんしゃい!」
と恥ずかしそうに言われてしまった。
調子に乗りましたすみません。
◇
外に出る頃には夕方になっていたので、帰りはジェロム先生の代わりにアヤカさんが車で送ってくれる事になった。
俺達は後部座席に座り、アイリは疲れたのか俺の肩に寄りかかり寝てしまったようだ。
寮へと走る車の中で、加賀屋が言っていた「はぐれ体策の有用な手がかり」について突っ込み忘れたのを思い出した。
「アヤカさん、加賀屋さんが言っていた、はぐれの有用な手がかりって何だったんですか?」
「あー、あの話は私も詳しくは知らないけど、はぐれを元の霊獣に戻すことは出来ないのかっていう研究がずっとされてるらしいの。だから今回のケースは、その答えに近いんじゃないかって事なの」
「あぶねぇ、やっぱ一歩間違ったら実験対象じゃないですか」
「ふふふふ、もし君がアイリちゃんを庇わなかったり、君自身の胆力が破綻するような事があったらそうなってたかもね」
アヤカさんがミラー腰に悪戯な笑顔で、サラッと答えるのを見て寒気を感じた。
大人、超怖ぇ・・・。
ジェロム先生言ってたの、この辺りのことだったのかもしれない。
でも俺の胆力なんて今回計ってないけど?
そう思っている俺を見越したかの様にアヤカさんが続けて言った。
「でもまぁ、はぐれと素手で大立ち回りして生きてるような君ならどんな霊獣が顕現しても平気だろうどね。君が会ったはぐれも危険度は高かったんだよ?」
「はぐれに危険度なんてあるんですか?」
「うん、はぐれは人を襲うと胆力を奪うのは知ってるわよね?で、霊獣を襲うと胆力以外にも霊脈から能力を取り込んで俊敏性とか毒の強化とかパワー系なら単純に力を増す事があるの。今回のはぐれは個体を感知できた時、霊力は結構高かったのよ」
なるほど、じゃあ複数取り込んだはぐれはすでに何か取り込んでた?って俺ヤバイやつ相手にしてたんじゃねぇか、今更ながらゾッとした。
いや、でもちょっと面白いかも。
もし違う霊獣同士が合体して、見た事無い生物になるとしたら是非見てみたい。
「じゃあ、ゴリラが鳥食ったら羽とか生えるんですかね?」
「面白い発想だけどそれは今のところ確認されて無いわ。基本手当たり次第捕食して、その中で同系統の霊獣を捕食していたときが最も危ないの」
「ですよねー。蛇に足とか生えて歩いてたらさすがにひくわー」
そんな会話をしていると、アイリがモソッと起きて腿の上に頭を載せ寝なおした。
俺はアイリが落ちないように支えながら窓の外を眺め、これからのことを考えた。
相棒が出来た事でみんなと同じスタートラインには立った、だけどやることは多い、才能の上に努力するやつさえいる、何もかも足りないだろう。
だが後はやるだけ。そう思った。
アイリと二人で。