台風の目
学校に・・・来た。
案の定、一瞬の沈黙の後で職員室は騒然の嵐となった。
職員室に入り担任の山根先生に挨拶してはぐれの件の話について説明しようとしたが、先に目に入ったアイリが誰なのか聞かれて素直に
「霊獣ができました(テヘッ)」
と答えて経緯を説明してからが大変だった。
額に脂汗を掻き唖然とした表情のまま自分を落ち着かせるように生唾をごくりと飲んだ後、声を押し殺し山根先生が質問をしてきた。
「血・・・飲ませたのか?」
「はい」
「名前も付けちゃった!?」
「はい、アイリです」
「あいりです。よろしくおねがいします」
アイリはそう言うとペコリと頭を下げた。
よーしいいぞ、昨日の夜練習した自己紹介がバッチリできている。
だが先生はそれどころではない、普段は何でもプロテインが解決してくれると思っている脳筋マッチョだが、逆境には弱いようだ。
「そもままちょっと待ってろ」と一言告げると、叫ぶように霊獣を見てくれる先生を呼びに言っている。
プロテイン飲んで落ち着け。
それを聞いていた先生達が騒然として一斉にアイリを見た。
その雰囲気にアイリが萎縮して俺の足に抱きついたので、
「大丈夫だよ。挨拶よく出来たじゃん」
と声を掛けて頭を撫でたら、ほっとしたのか肩の力が抜け俺の顔を見上げて少し笑った。
間もなく「検査してみます」と言って、別の先生が緊張の面持ちでアイリを椅子に座らせ色々調べた後、暫く考えてから真顔で山根先生に顔を向け話し始める。
「山根先生、信じ難い話ですが間違いなく霊獣です。意識も霊脈も安定しています」
いいぞ、よくわからんが安定してるってことはちゃんと成功してるってことなんだろう。
後先はあまり考えずにやった行動だが、取り合えずホッとした。
額に脂汗をテカらせながら、戦々恐々な顔で山根先生が俺の肩に手を置き質問してきた。
「柴田、マジで召還したとかじゃないんだよな?」
「ご存知の通りっす。佳奈美・・・本城も一応、一部始終の流れ見てますから拉致監禁じゃないっす」
「そこじゃねーよ!はぐれかもしれないとか思わなかった?」
「いい子だったんではぐれでもいーやと思いました」
「えっ?」
「えっ?」
「ちなみに、お前がはぐれ殴ったっていうのもマジか?」
「マジっす。全然効いてませんでしたけど?」
「その殴ったはぐれがこの子って事は無いのか?」
・・・・・・その発想はなかったぁぁぁ!!
でも、あの時のはぐれが消滅してったのは、うっすら覚えてる。
しかも、あの蜥蜴がアイリだと!?全然モフモフして無ぇじゃねぇか!
否だ!断じて否だ!
てか、今のアイリがまともなら別に良くね?
根拠は無いが、ここは開き直ろう。
「あのはぐれが消滅したのはちゃんと見ました。全然違います」
「山根先生、その辺でいいだろう。後は私達の仕事だ」
「教頭・・・」
話の途中で山根先生の後ろから、恰幅のいい目力強めな老紳士が声を掛けてきた。
「君が柴田君だね?京子君から君のことは聞いているよ。今回は災難だったね」
「京子ち・・・先生こと知ってるんですか?」
「そうだね、あの子は私の教え子だよ。君は取りあえず教室に戻りなさい。詳しい事はまた話そう」
京子ちゃんの知り合いってこの人のことだったのか。
俺は一礼すると、またザワつきが収まらないままの職員室を出て、アイリを連れて教室へ移動した。
◇
何か教室に入るのも久々の気分だ、教室に初めて入る転校生ってこんな気分なんだろうか?
なんだかソワソワする、何よりクラスのみんなの反応がどうなのか気になる。
俺の緊張が伝染したのか、職員室での一件で萎縮しているのかアイリも微妙に顔が強張っていた。
いかん、ここは俺がしっかりしないと、アイリはもっと怖いはずだ。
そう思うと、自分の気持ちを誤魔化すようにアイリの頭を軽く撫でて話しかけた。
「アイリ緊張してる?」
「し、しとらんばい」
「友達いっぱい出来るぞー。楽しいぞー」
精一杯強がって見せるアイリは小さく首を振って答えたが、顔は強張ったままだった。
平常心を装い、いつも通りに教室のドアを開けると、一瞬教室が静かになり視線が一斉にこちらに向いた。
「お、おはよっす」
教室を見渡し軽く手を上げ挨拶した後、あれ?思ったより反応が薄いなと感じながらも、ま、いいかと何事も無かったのように自分の席に座る。
座席はベンチシートになっていて霊獣と並んで座れる仕様になっている。
今まで御一人様だとただのボッチ感増幅器だったが、隣にアイリがちょこんと座るこの空間がたまらなく嬉しくてちょっと震える。
「おはよう柴田君、退院おめでとう。大変だったね」
そんな事を考えていたら、席まで近寄ってきた結城が声を掛けてきた。
「おー、おはよう。あの時、来てくれたんだってな。佳奈美から聞いたよ、ありがとなー」
「無事で良かったよ。あの時は本当にどうなるかと思ったけど。で、この子は?」
「ふふふ・・・紹介しよう、色々あって俺の相棒になった柴田アイリさんだっ!」
「へっ?」
俺はニヤッと笑い、ポカンとしている同じ境遇だった結城に俺にも相棒が出来た喜びを伝えるべく、アイリの肩にポンと手を置き、アイリ必殺の自己紹介待ちの状態になった時だった。
今まで牽制でもしていたかのように遠巻きに見ていたクラスの奴等が、一斉に集まりだし囲み取材状態になった。
アイリはその状況に圧倒され、練習した自己紹介どころではなく俺の腕にしがみついてフリーズ状態だ。
多くの誰何をまとめると――――
『はぐれ殴り殺した後、迷子の霊獣を手篭めにして勝手に霊獣にしたって事でOK?』
こんなところだ。風評被害凄ぇな。
アイリはその間、女子にキャーキャー言われながら弄ばれ、首を振ってイヤイヤを繰り返している。
諸々の誤解を解くように質問の答えをちぎっては投げていると、囲んだ人垣を飛び越えて1匹の獣がシュタッと机の上に飛び乗った。
「みなさん落ち着いて欲しいのです。アイリちゃんが怯えているのです」
机の上でアイリを守るように両手を広げノエルが皆に向かって説得する。
一瞬の出来事に俺も含めて全員唖然としていたが、アイリはだけは瞬時に狐化したノエルを両手で抱き寄せ、目をぎゅっと瞑りながら「ありがと」と一言言うと嬉しそうに頬ずりした。
「あわわ、アイリちゃんくすぐったいのです」
取り囲んでいたクラスメイトは、その光景を見て毒気を抜かれたのか徐々に散っていった。
ノエルさん、そのモッフリした尻尾に俺もスリスリさせてくださいと考えていると。
「おはようさん。なんや克己退院しとったのか」
その時、ピンクのワンピース姿のモモを連れた一馬が教室に入ってきた。
「あれ?モモ出してるけどいいのか?」
「あぁ?かまへんよ、こないだバッチバチに実力見せたったから、手ぇ出そうなんて奴はおらへんやろ」
一馬は不適な笑いを浮かべながら手を顔の前でヒラヒラさせた。
どうやら俺が入院してる間、戦闘訓練でモモが一人で数人の霊獣を蹂躙したそうだ。
こんな可愛い童女が・・・そう思っていると一馬もアイリに気が付いた。
「それより、何ぞ小っさい子がおるやんけ」
「うん、それな。そのくだりが今やっと終わったところでな、早い話が俺の相棒だ」
いつの間にか人型に戻ったノエルに、髪の毛を結んでもらっていたアイリが少しビクッとした後、一瞬俺の方を見たので頷いてやると、椅子から降りて一馬たちに自己紹介した。
一馬との会話中、アイリ達をチラチラと興味津々に見ていたモモだったが、両手を挙げながらダッシュで駆け寄ると、
「わたしもー!わたしモモ、モモや」
と言いながらアイリに自己紹介すると、ノエルと一緒にアイリの髪の毛を弄び始めた。
モモの行動に驚いたアイリは、最初は目をパチクリさせて一瞬怯んだが、すぐに銅像に戻った。
俺は一馬に軽くアイリとはぐれの経緯を話し、それを聞いた一馬も「はぁ!?」と驚いていたが、何か諦めたような表情をしながら話し始めた。
「それにしても、けったいな話やなぁ。あの夜もしばき倒したろう思て、駆けつけたらもう終わっとったし」
「うん、俺もそう思う。てか、来てくれたんだ悪いな」
「せや、モモの晴れ舞台や思て、気合入れて衣装選んどったら終わっとってん」
「そこはダッシュで来いやぁ!!」
何故かドヤ顔でサムズアップした一馬に、優先順位というものを教えてあげたい。
一馬とそんなやり取りをしていると、笑顔の佳奈美と少し不貞腐れた顔のモエが話しながら遅れて教室に入ってきた。
「おはよう。予想通り大騒ぎみたいだね」
「ほら佳奈美出遅れたじゃない。克己のアタフタ顔見損ねたわよ」
「しょうがないじゃない、先生に捕まってたんだから」
佳奈美が相変わらずの向日葵のよふな笑顔で挨拶してくれたのに、モエの言動で台無しだ。
「なんかあったん佳奈美ちゃん?」
「うん、アイリちゃんの事聞かれた。これから職員会議するから自習だって」
「佳奈美いろいろごめんな」
「いいよ、何となく予想はしてたし」
笑いながらそう言うと佳奈美は、思い出したように黒板に「自習」と大きく書いて委員長に話しかけていた。
それより生徒1人のために職員会議とか随分おおごと過ぎやしないか?
まぁでも、それくらいの事なのかも知れないな・・・重大かどうかの現実味も無いけど。
◇
一方、職員室では数名の職員とその霊獣が机を囲んで会議を始めていた。
召還はしていない、だが顕現している霊獣と確認だけはできている存在。
これだけでも十分な不確定要素、それを儀式によって魂が繋がっているのかは未確認だが、成立してしまっている現状など、数々の成績優秀な生徒を育ててきた教師達でさえ異例なことであった。
教師達は生徒の安全を含め、この事態をどう処理すべきなのか決めあぐねていた。
「特務部に確認したところ、数日前に特定していたはぐれの気配がすでに無いことは確認済みだそうです」
「どこかに潜んでいるとか、そういうことは無いのか?」
「無いそうです。昨夜生徒が襲われた個体は直近で数体を殺害し、急激に力をつけたはぐれの個体として特務部でも把握した直後の事件でした。その個体が気配を隠すということは難しいそうです」
「先生は実際にあの子を見てどうだったのかね?霊脈の流れの大きさは測れたのかね?」
「あの子は・・・幼体にしては少し大きいかもしれません。ただ、一般的に解明されているはぐれの荒々しい魂の無い霊脈の流れとは違い、とても静かな安定したものでした・・・」
「同じ個体かどうかは分かりますか?」
「断言は出来ませんが、詳しく調べるにも私では力不足でして」
「問題は他にもある。見た限りアレが何なのかすら未確定なんだよ。通常断定できなくとも、四肢がある、尾がある、羽がある、そういった判断基準に沿わない霊影だ。それを野放しにして良いものなのか?」
「それはつまり、影視で捕らえられない通常の霊獣ではない個体、あるいは・・・」
「何より他の生徒に危害が及ぶのはだけは、避けなければなりませんな・・・」
「「「「・・・・・。」」」」
現状把握のみで平行線の話し合いのまま会議は進む。
誰一人「即処分するべき」と脳裏にあったとしても口に出さないのは、彼らも教師として生徒に対し正しく向き合い判断できる、エリート校の教師達であったからであろう。
重い空気の中、目を瞑り今までの話し合いを静観し続けた一人の男が口を開いた。
京子先生の恩師であり「霊獣特務部 監察官」兼「学園教頭」の肩書きを持つ、矢上宗次郎である。
「生徒に罪が無い以上、このままでは結論は出まい。他の生徒に危害が及ばないことが分かるまで特務部で詳しく調べた後、安全であれば良し、危険と判断したときは処分する。生徒にとっては酷な状況になるだろうが、我々が力になるのはその後という事でどうだろうか」
矢上のその言葉に反論できるものはいなかった。