買い物
公園を出た後、アイリは疲れたのか眠そうにしていたので背負って寮まで帰った。
背中に感じる体温に新しい相棒を実感して、感じたことの無い嬉しさに歩きながら少しニヤけてしまった。
はたから見たら確実に不審者だろうな。
だけど、まだ不安なことが幾つかある。
1つ目は、元々誰が召還して、どうしてアイリと離れることになったのか。
返せとか言われても今更返せるのかどうかもわからん。
アイリが嫌がるなら全力で守ろう、もし嫌がらなかったら・・・うん、ここは考えるのよそう。
2つ目は、名前と血を与えてプロセスは踏んだけど、本当にアイリと俺は繋がる事はできているのか。
繋がってさえいればアイリは、はぐれになることは無い、超安心。
だが、繋がっていない場合は最悪だ、超最悪だ。
こればかりは、たまきさんの話を聞く限りどうにもならん・・・確認する方法を誰かに聞いてみよう。
3つ目は、学校だ。
はぐれかもしれない霊獣と儀式的な事して、自分の霊獣にしましたとか今更ながらアリなの?
でもまあエリート学園様だ、きっと何かうまいことしてくれるだろう・・・法的なことじゃなきゃ・・・これについては、後で服のお礼のついでに前もって佳奈美に聞いてみよう。
俺は部屋に戻るとアイリをベットに寝かせた。
佳奈美に連絡して今の状況含め話した直後、モエと一緒にダッシュで部屋へ駆け込んできた。
2人は部屋に入るなりアイリの顔を覗き込んで、ほっぺをプニプニ突いている。
「佳奈美、これがネトラレのキセイジジツね」
とモエが大変不名誉な発言をしていたが、どっちかってーと寝取ったの俺だし、どちらにしても人聞き悪いので、その称号は即返上させていただきます。
モエがアイリに夢中の間、佳奈美とはタマキさんから聞いた話と疑問点をストレートにぶつけてみた。
1つ目に関しては、相手が出てこない限り解決策は無いので諦めた。
2つ目の[名前と血を与えてプロセスは踏んだけど、本当にアイリと俺は繋がる事はできているのか]
これはあくまで状況証拠になるが、儀式直後は魂をつなぐ為に寝てる間に構築するらしい、そういえば結城が召還したとき掌で寝てたっけ。
まだ楽観視はできないけど確かめる方法はあるらしい、これは希望が出てきた。
3つ目に関しては、分からないというのが答えだった。
そもそも、こんな事例は聞いたことが無いらしく法律事体があるのかも知らないらしい。
「学校行ったら大騒ぎになりそうね。はぐれ殴りでしょ?はぐれ寝取りでしょ?」
「それどっちも2人の発言由来だよね?概ね事実だけど」
お気楽に佳奈美がサラッと爆弾発言したことで、忘れかけていた現実が湧き出てきた。
取りあえず朝一で先生に相談してみるしかないか。
その後、必要な物とか洋服屋情報を一通り教えてもらい、お礼を言うと2人は部屋へ戻っていった。
ちょっと気が引けるけど行きたい場所もあるし、明日は1日買い物だな。
それにしても学校で諸々の説明するのが大変そうだ。
アイリが変な扱いされなきゃいいな。
ベットに横になり寝ているアイリの顔を見ながらそんな事を考えていたら、いつの間にか俺も寝てしまっていた。
◇
「おはよ」
「お、おはよう」
ビックリした、翌朝目が覚めるとアイリが顔の上から覗いていた。
そうか、コイツは俺の霊獣になったんだった。
なんか嬉しかったが、気恥ずかしくてバレ無いように目線を外した。
「よく寝れたか?」
「ん、お腹空いた」
「顔洗ったら朝飯にしよう」
「モツ煮が食べたか」
朝からモツ煮はヘビーだよアイリさん・・・。
というかアイリが自分から希望出してくるの初めてだ、表情はあまり変わらないが繋がったことで何か変わったんだろうか?何かすごく新鮮だ。
寮で遅めの食をとった後、俺達は早々にアイリの生活に必要な物を買いに街に出た。
まず佳奈美に教えてもらった服屋に行く。
霊獣専門の服が売ってるんだそうだ。
「霊獣専門?そんなものあんの?」
「そうだよ。霊獣は獣化したときにサイズが合わなくなるから普通の服じゃ駄目になっちゃうよ」
それは嫌だ、怒ると緑色のマッチョ化するアメコミ想像した。
何でも霊糸というもので編まれているらしく、霊獣の霊力で獣化しても人化になった時は元のままなのだとか。
そういや最初にモエにあった時も幼女形態になった時は服着てたね。
でもじゃあ獣化したときって裸じゃん?とかは何となく言わないでおいた。
ともかく昨日佳奈美に聞いてなきゃ普通の服買ってただろうから助かったわ。
アイリの服選びは難航を極めた。
ラフな格好が好きな俺はTシャツにジーンズでいいんじゃね?と軽く考えていたんだけど、昨日それを言ったら
「だめよ、可愛くなきゃ女子力53万には到達しないわ」
とモエに言われてしまった。
女子の戦闘力はともかく、女の子だから可愛い格好の方がいいのかもしれない。
なのでアイリに
「好きな服選んでいいよ」
と言って一緒に店の中見て回ったのだが、フリッフリのゴスロリとかスパンコールがびっしり入ったキラキラのドレスを見て
「これ」
と指差すアイリに
「普段着でそれは勘弁してください」
と言うしかなかった。
ちっちゃくてもやっぱり女の子なんだね。
その後なかなか決まらないので、話かけてきた店員さんに何点か見繕ってもらうことにした。
結局そのまま、試着で照れくさそうにモジモジするアイリと、場慣れしてない俺もモジモジしながら店員さんの弾丸トークに押し切られ、
「この子なら絶対ガーリーですよ。何にでも合わせやすいですよー。流行り廃りがないので長く着られますよー。きゃー可愛いー」
と半ば勧められるまま何着か服を買ってしまった。
こんなことなら佳奈美たちに付き合ってもらえばよかった。
デートも出来て一石二鳥だったじゃないか、俺のバカ!
と後悔したが、自分が映った鏡をアイリがキラキラした目で見ているので良しとしよう。
しかし、服やら靴やら意外にまとめて買うと金がかかるもんだ。
もしかするとマスターはこの事を見越して見舞金をくれたのかもしれない。
考えすぎかもしれないけど。
その後、今日の目的であり最難関のルーシーさんの店に向かった。
「いらっしゃい、お、派手にやらかしたヤツが来たね」
「ええ、ルーシーさんが派手にフラグ立ててくれたおかげ様で」
店に入るとルーシーさんは、相変わらず眼光鋭く深い笑みで迎えてくれた。
「それでその子は・・・霊獣かい!?」
「そうです、この子の紹介も兼ねて来ました」
俺は、こないだのはぐれ騒動とアイリについて話した。
何か情報が出てくるかもしれないという期待込みだ。
「それで、あの時はぐれの倒し方も聞いておけば良かったと後悔しましたよ」
「はははは、ヒヨっ子が手を出すには荷が重いさね、はぐれを倒すには鍛えた霊獣が戦って倒すか、特務部が持ってるような特別な武具で霊獣に流れる霊脈ごと断ち切るかしかないよ。殴って倒せるようなもんじゃないさね」
そんなん持ってないよ。
殴る事は出来ても倒せないんじゃ意味ないな、次は絶対逃げよう。
「はい、殴っても効かないどころか体力ごっそり持ってかれました」
「無知恐るべしだね。それにしても、迷子のねえ・・・」
面白そうに話を聞いていたルーシーさんが、カウンター越しに興味深そうにまじまじとアイリを覗き込んだ。
アイリはキョロキョロ店内を見ていたが、ルーシーさんの目線に気が付くと俺の脚にしがみついた。
「それで・・・実は例の騒動で折角貰ったパーカーがボロボロになっちゃって買いに来ました」
「何だ、あれ気に入ったのか?」
そう、今日の目的はあの黒い刺繍入りのパーカーが大本命。
折角貰ったパーカーを駄目にしてしまったので申し訳なく思ったのもあるが、やはりあのパーカーは気に入ってたので罪滅ぼしも兼ねて買いに来たのだ。
「あー、あれは売り物じゃないんだ。私が趣味で作ったからあげたんだよ。気が向いたらまた作ってやるから、今日は死ぬほど商品買っていきな」
そう言うと自慢げに、だけど少し照れたように笑いながら店内の商品を指差した。
よし、ならアイリにもリングを買ってやろう。
小鉄兄のくれたリングが俺に力くれたように、アイリにも何か力になるかもしれない。
「なあ、アイリに似合いそうなの買おうぜ」
「アイリんかうと?」
「そう、アイリが気に入ったやつ。アイリ用買い物ツアーの締めくくりだ」
そう言うとアイリは今日1日で買い物に慣れたのか、俺の手を引き店内を物色し始めた。
並べられたアクセサリーはアイリ目線だと見辛いので抱きかかえて一緒に店を回っていると、アイリが1つのペンダントトップを指差した。
「月」
「これが気に入ったのか?」
俺の問いにアイリは肯定も否定もせず笑顔のまま俺の顔を見ていた、あざと可愛いが子悪魔すぎてお父さん将来が心配です。
でも一緒にいることを決めたあの月の出る夜は、アイリの印象にもあったのかもしれない。
選んだのは三日月の中に小さく光る小さいウサギがプラプラぶら下がっている可愛い感じのペンダントトップだった。
トップに合わせてチェーンを選んだ後、アイリに持たせてカウンターに行くと、様子をニヤニヤしながら見ていたルーシーさんから「カップルか!」とツッコミが入ったが、笑顔でごまかした。
アイリはご満悦そうに、首から提げたペンダントを指で転がしながら見ている。
気に入ったようで何よりだ。
でも結局アイリに関しての情報は無かったな。
夕方、帰りがけにコンビニに寄り、飲み物とオヤツを買って寮に向かう。
どうやらアイリはチョコとかポテチには興味をあまり示さず、なぜか酒のおつまみコーナー悩みまくっていた。違う意味で将来が不安です。
寮も近くなってきた近くの公園入口に差し掛かった時、何か叫ぶ声と激しい物音がした。
まさかまた・・・。
思わず身構えてしまうが、状況だけでも把握しておきたい。
もしまた誰か襲われているなら通報だけでもしよう。
アイリを後ろに下がらせながら物音の方へ恐る恐る近づくと、そこには見覚えのある顔があった。
「もう少し判断早く!」
「はいっ!」
公園内のフィールドアスレチックを敵や障害物に見立て訓練をしているクラスメイト、後藤雷太と狐の霊獣ノエルだ。
その尻尾を是非モフらせてほしい!
一般入試を成績トップで合格した雷太は「凡人の星」の2つ名を持ち、入学式の時1年代表挨拶したのも雷太だ。
しかし、人前で何かするのは緊張するらしく、3秒に1回カミ倒す開校イチ閉まらない挨拶と今や伝説になっている。
入学早々クラス委員長に立候補して今では「委員長」と皆から呼ばれている、体育会系爽やかボーイだ。
今は、お揃いのジャージを着てノエルが攻撃、委員長が木刀でそれを受けている。
ていうか2人の訓練初めて見たが、しっぽフリッフリのノエルの動きが恐ろしく早い。
アスレチックを足場に縦横無尽に駆け回りながら飛び掛っているが、それに対応できる委員長も十分凄い。
「よう委員長!」
「克己君!?退院したの!?」
委員長は突然声を掛けられて驚いた表情をすると、登っていた岩の塊から転げ落ちた。
相変わらず緊張するらしく、学校での訓練でも実力はあるのに発揮しきれないので一馬にいつも弄られている。
俺は転げ落ちた委員長と合流したノエルにジュースを差し出し、岩場に腰掛けるとはぐれ事件の事を話した。
委員長も「ありえない」と驚いていたが、クラスどころか学校中で既に話題になっていると聞いた俺の方がありえないと叫びたくなった。
超学校行きたくねぇ。
「でも休日まで訓練とかすげーな。さすが凡人の星」
「いや、クラスのみんなと違って余裕は無いからね」
「いや、実力はあるってみんな言ってるよ。ただ緊張しいなだけで」
「でもね、この学校で成績優秀者で卒業して霊獣特務部に入るのが夢だから、人前であがっちゃうのも含めて人より訓練しないとなんだよ。才能ある人多いからいくらやっても足りないよ」
俺はその言葉に気づかされる、どこか学校の訓練は霊獣のいなかった俺には人事で、他の世界の出来事のような感覚だった。
エリート校と呼ばれる学校に努力して入った後でさえ必死に努力を続け、さらに上に行く厳しさを語る委員長に、初めてこの学校にいる自分の認識の甘さを感じた。
それは同時に、はぐれに襲われた時に「勉強しよう」と思った感情を思い出させてくれた。
愕然としている俺の横で、ノエルがアイリに近寄り声を掛けた。
「こんばんわ」
オヤツに買ったさきイカを食べていたアイリが驚いた表情をした。
アイリがモジモジしている間に追い討ちを掛けるように、ノエルはアイリの顔を覗き込むようにしながら再度笑顔で声を掛ける。
「こんばんわ、ごあいさつはダイジなのですよ」
「こ、んばんわ・・・」
「お名前は何と言うのです?」
「アイリ・・・です」
そうか、人見知り以前に挨拶とかそうゆうのちゃんとさせないと駄目だ。
全っ然考えてなかった、凄い出来た子だよノエルさん。
「ところで克己君その子は?」
「あ・・・そうだった。実はさ、色々あって俺の霊獣のアイリだ。よろしくな」
「は!?召還できたの!?」
「召還はできていない。でも儀式はした。This is 俺の相棒。OK?」
「ごめん、意味が分からない・・・」
俺はアイリとの出会いを話し、はぐれ騒動と合わせて規格外な話にパニックになる委員長を置き去りにして、アイリの頭を撫でながらノエルに話しかけた。
「だからノエル、これからこの子に色々教えてあげてくれるかな?」
「友達には優しくするものなのです」
ノエルは両手をアイリの手に添えて、目をキランとさせながら当然と言う表情で答えた。
アイリは恥ずかしそうだが嬉しそうに「よろしく」と小さく答えて、オヤツに買ったさきイカをノエルにあげていた。
今まで運動していた人に、さきイカ食わせるとか口の水分全部持ってかれそうな物を・・・と思ったが、ノエルも喜んで食べてるから良しとしよう。
帰りがけにアイリはノエルに自ら手を振っていた。
アイリに友達が出来たのは俺も嬉しい。
学校でもそうであって欲しいけど、最初は厳しいかな・・・。
今はむしろ俺の方がテンパりそうだわ。